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◇第五章 お祭りにおけるゲームの達人 ―1― ◇

 その可哀想な名前の看板は何となくコミカルに描かれていた。思わず、本郷 翔(ほんごう・かける)が足を止めるほどにだ。
「どした、翔。暗い夜道で欲情してきたか? 何なら、そこの草むらで俺が添い寝してやろっか?」
「ソ、ソールと一緒にしないでください!」
 翔は顔を真っ赤にすると、パートナーのソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)を怒鳴りつける。
(でも、かわいそうな人たちの会ですか……たまには男の子と一緒に行動するのも悪くないのかもしれませんね)
 祭りの魔力だろうか? そんな事を考え出した翔の目の前に不思議な雰囲気を持った少年らが通りかかる――スゥッと、その人はまるで蒼空の地に舞い降りた花弁のように華麗だった。しかし、それはどこか闇を秘めているようにも見える。それは鋭い観察眼を秘めた翔だからこそわかる事かもしれない。
「あ、あの……?」
「何?」
 吸い込まれそうな瞳を持つ少年の名前は清泉 北都(いずみ・ほくと)。まるで、北都の瞳に囚われたかのように翔は口を開く。
「私と一緒にお祭りを楽しんでくれませんか?」
(あちゃっ〜〜〜!! あちょ〜〜〜!!!)
 ソールは手で目を覆った。今時、そんなキンバーライト(岩)のようなナンパの仕方など見た事はない。……と言うか、これでOKするような相手がいたら見てみたいくらいだ。
「いいよ」
「な、なんどえすってぇぇッ!!?」
 ソールは目玉を飛び出させて、その眼球を拾い、水飲み場で洗うくらいのショックを受けた。しかし、その目の前に冷たい眼差しを持つ男が立ちふさがったのだ。
「ちょっと、待ってください。私はその方と一緒に行動する許可を出すわけにはまいりません」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)である。北都のパートナーで薔薇の学舎的な守護天使だ。
「クナイ。僕、面倒事は嫌いなんだけどねぇ〜」
「す、すみません。ちょっと、危険な香りを感じましたもので……」
「おいおい、危険な香りってどういうことだよ!?」
 ソールはクナイに掴みかかろうとした。すると、クナイは鋭い蹴りを繰り出すではないか!?
「危ない!!」
 翔と北都は同時に叫んだ。
「へぇ、やるじゃん?」
「ソール様もですね」
 その蹴りは互いの心臓の位置を狙っていた。しかし、実力は伯仲しているらしくこの勝負は痛みわけに終わったようだ。
「それよりもお祭りが終わっちゃうよ。早く、行こうよ〜」
 何事も無かったように北都は翔の手を取ると、屋台に向かう。
(翔があいつと行くと言う事は、俺はこいつとか。大事に接しないとな。下手に邪魔される存在になっても困るし)
(……フンッ、ソールとやらは危険な香りがしますね。他の子は兎も角、北都には手出しさせませんよ)
 ソールとクナイ。あまり相性は良くなさそうだが【バトラーズ】と言うチームになり、北都たちの後に続く。

「うわー、お祭りだよ! カルナス、早く、早く、早くぅ!!」
「お祭りって、アデーレのお祭りイコール食い物かよっ!!?」
「そだよ。それ以外に何かある?」
「………………」
 カルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)はパートナーであるアデーレ・バルフェット(あでーれ・ばるふぇっと)の言葉に思わず苦笑してしまった。すでに彼女はわたがし、イカ焼き、とうもろこし、リンゴ飴とその全てを平らげていた。線が細そうに見えるが恐ろしい食パワーである。
(ったく、『花より団子』とはこいつのためにある言葉だよな。花より男よりは純真だが……)
 カルナスは複数の恋人が同時にいたことがあるほどの女好きだが、アデーレは彼が出会った事もないほどの面白い奴だった。口にパンを咥えて、学校に登校するのはもちろんの事、日に三回はコケる『眼鏡属性ドジッ子風味』的な少女だった。しかも、戦いでボロボロにされても……
「心配しなくてもボクに任せておけば大丈夫だよ!」
 ……と、言う元気なところがある。そんな彼女だからこそ、無類の女好きのカルナスが手を出せずにいるのかもしれない。
(だが、今日の最終目標はずばりキスだ!!)
 向かうは高台。二人っきりで花火を見れば自然と良いムードになるはずだ。カルナスは今、野望に燃えている――

「ゴクリッ……」
 息を呑むような金魚すくいの屋台は、丑三つ時のような静寂に包まれていた。その時の様子を露店の主である比賀 一は後にこう語る。
「とびっきりの一発だ! きっと眠気も吹っ飛ぶぜ?」
 ……いや、それは彼の決め台詞である。一見クールだがたまにドジを踏むのが彼のお茶目な部分でもあった。
「俺はね。目を疑ったよ。何が凄いかって? そいつらは金魚すくいに全てをかけてやがったんだ。たかが金魚すくいにだぜ。信じられねーよ」
 比賀の言うとおり、決戦場には異様な風が吹きすさんでいた。

 その戦場の中心に立っているのは【白馬の王子】のシャンテ・セレナード(しゃんて・せれなーど)。そして、蒼空学園在住なのに【黒薔薇の勇士】の称号を持つ、裏切り者の鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)である。
「悪いが俺は負ける気ないから本気で行くぞ。罰ゲームなんて御免だ」
 即席で作られた金魚すくいトーナメントの一回戦は虚雲とシャンテ。虚雲は手加減をするつもりなどまるでない。もちろん、最初はそんなつもりはなかった。相手は金魚すくいの『き』の字も知らない素人のシャンテだ。初めて手にしたポイを逆に掴んで、すでに端っこが破れてしまっている。しかし、シャンテは言ったのだ。
「僕にハンデは要らない」
 ……と、新手のギャグなのかと思えるほど、破れたポイを持つシャンテの顔は爽やかだった。
「いい度胸だぁ〜!!! シャ〜ァンテッ!!!」
 虚雲はバキバキと骨を鳴らすとポイを掴んだ。腕まくりをして片膝を立て、その際に浴衣から覗いた下着がチラッとセクスィー! かくして、勝負は始まった。もちろん、負ければ地獄の罰ゲームだ。

「虚雲くん、頑張って下さいね。応援してますから」
 虚雲のパートナーである紅 射月(くれない・いつき)は笑顔で応援の言葉を投げ掛けるが、あまりの虚雲の興奮ぶりに罰ゲームをさせようと妨害し始める。虚雲を後ろから抱きしめて、その逞しい腕に噛み付く。
「お前っ、邪魔すんな!」
「何言ってるんですか〜、虚雲くんを一生懸命応援してるんですよー?」
「どうみても邪魔してるじゃないか! ええいっ、集中出来ん!!」
 シャンテのパートナーであるリアン・エテルニーテ(りあん・えてるにーて)も負けじと応援する。
「フフッ、さすがはシャンテ。金魚すくいが上手い……その笑顔はたまらんな」
 何とも薔薇々しい展開だが、彼らの戦いは激しさを増していった。
「うりゃ! どうせ! そりゃ!!」
「フフッ、なかなか出来ますね? では、こうです!」
「ふわあああぁぁぁっ!!? そ、そんな馬鹿なぁぁ!!? お、俺の金魚すくい魂がぁ!!?」
 見せる事が出来ないのが残念だが、この勝負で虚雲は肋骨を三本折り、シャンテは小指を一本失った(もちろん、本当に折ったのではなく、それくらいの勢いだったと言う事)。
 そして、結果は虚雲一匹、シャンテ二匹――驚くべき僅差であった。もちろん、勝負はシャンテの勝ち。【トリプルデート】を行っている彼らの次の相手はVS天 黒龍(てぃえん・へいろん)のはずだが……

「闇に迷う影あれば、それを僕が奪ってあげよう。命よ、赤く染まれ」
「可愛い小鳥、鳴くくなら俺の腕で啼け。消え行く前の絶鳴を…」
「ふむ。ほっとけませんね、この状況は……」
「まだ大丈夫! 諦めるのはちょっと早いよ!」
「自由が1番だナ」
「未羅ちゃんの自由と平和はあたしが護るんだから!」
「お姉ちゃんのために、私頑張るの!」
「わ、私だって、やれば出来るんですからっ!」
「努力が結果をもたらします。研鑽を怠らないようにすることです」
「葉月はワタシのもの! 近づく虫は駆除に限るよね!」
「悪、即、滅! それが俺様のやり方だ!」
「とびっきりの一発だ! きっと眠気も吹っ飛ぶぜ?」
 なんと、そこにニューチャレンジャーが現れたのだ。その数はなんと十二人。

「な、何だってぇぇっ!! そなた達、ここは私たちの見せ場ですぞ!!? しかも、最後のそなたは店主でしょうが!!?」
「こんな面白そうな対決に参加しなくちゃロックじゃねぇーだろ!!」
「……うぅ……そ、そんな……」
 比賀の正論に黒龍はジリジリと後ろに下がる。
 すると、
 サトゥルヌス・ルーンティア
 アルカナ・ディアディール
 御凪 真人
 セルファ・オルドリン
 レイディス・アルフェイン
 朝野 未沙
 朝野 未羅
 六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)
 アレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)
 菅野 葉月(すがの・はづき)
 ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)
 比賀 一 と言う大所帯の中から、優希とアレクセイが進み出てくる。

 ビン底の様なレンズの眼鏡をしている優希はかなり目が悪そうだ。また見るからに引っ込み思案そうな彼女は胸にあて、少し震えながら言う。
「せっかくのお祭り、みんなで楽しみませんか? 私、友達が欲しいし、ラ、ラブラブな事は後でその方と一緒に過ごせば……いいんだし……」
 そう言った彼女はチラリと、初めて出来た友達でパートナーのアレクセイを見た。すると、その隣で彼女を護るようにたたずんでいるアレクセイ・ヴァングライドは感心する。
(ほう、ユーキがここまではっきりと意見を言うとは、祭りとは不思議なものだな。しかし、前向きになったユーキの願いを叶えるのが俺様の道)
「フフフッ、その通り、祭りとは元々神々を祀る事。そこには人との交わりが不可欠だ! そこの『つり目』! 俺様と勝負するがいい!!」
「つ、つり目だとッ(ガーンッ)!!?」
 勝手にセンスのないアダ名をつけるアレクセイは、黒龍にとんでもないアダ名を付けた。すると、黒龍のパートナーである紫煙 葛葉はクスッと笑ったのだ。
「お、お前まで!?」
「クスクスッ……俺……は……、事実、しか……語、ら……ない……」
 話すのがかなり苦手なため、筆談が主な自己表現の紫煙 葛葉(しえん・くずは)はちょっと笑顔を浮かべながらも、パートナーの黒龍をツンツンする。ツンツン、ツンツン。黒龍は自身の憧れの『先生』に性格も容姿も瓜二つの葛葉に弱い。
「くそっ、わかった、わかったから勝負してやるッ!!! 負けた奴は『LCがMCに大声で愛の告白か』、『焼きそばに大量のタバスコをかけて食べる』だぞっ!!!」

「おおおおおおおおぉぉぉっ!!!」
 その戦いは熾烈を極めていた。
 サトゥルヌスが金魚を捕まえて包丁を取り出すと、アルカナはそれを放流する
 真人は隣で必死になる負けず嫌いのセルファをなだめていた。
 レイディスは朝野コンビに挟まれすぎて撃沈。
 未羅は手で金魚をすくい、未沙がそれをキャッチすると言う重大な反則行為でハーヴェイン・アウグストに怒られる。
 比賀は自らの店のポイを盗み出して無敵モード。
 優希は一匹も取れずにオロオロとするが、アレクセイがそれをカバーした。
 葉月とミーナは雰囲気を楽しんでいるようだ。
 シャンテは二匹。
 虚雲は一匹。
 リアンは八匹。
 射月は五匹。
 葛葉は九十二匹の金魚を釣った。
 果たして、つり目の釣果は!?
 和気藹々とはいかないかもしれない……が本人達は無邪気な子供のように祭りを楽しんでいた。そこに男女の違いや勝ち負けもたいした事ではない。金魚すくいは確かに単純なゲームだ。単純だからこその面白さがそこにあった。

「ふふっ、ミーナ。そろそろ、花火を見に行きましょう」
「えっ、待ってよ。葉月、金魚すくいはいいの?」
「負けです、負け。とんでもない奴が混じってますからここは撤退あるのみですよ。結果の見えるゲームはつまらないし、興味もないですしね」
「クスッ、そうね」
 いくつもの大きな花火が大輪を咲かせる頃に菅野 葉月とミーナ・コーミアは抜け出した。祭りの中心から少し離れた広場。そこは男女の憩いの場が存在した。ここからはとても花火が見やすい場所らしい。
「綺麗……」
「来てよかったでしょう?」
「うんっ、ありがと」
 走り疲れた葉月はパートナーのミーナと肩を寄せ合った。彼は途中、ミーナが屋台に目を輝かせているのを苦笑しつつも、手を繋ぎながら一緒にここまで来たのだ。
「ミーア」
「んっ?」
「頬っぺたに青海苔が付いているますね」
「……じゃあ、取って。葉月」
「ミ、ミーア……」
 ラブラブである。その後方で大量に降り注いだ毛虫や舌打ち、何か重い物を振り落とす音、男の悲鳴すらも気に留めず、葉月たちは二人の世界に入り込んでいるようだった――