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大怪獣と星槍の巫女~前編~

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大怪獣と星槍の巫女~前編~

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 手には白旗だけを持っていた。
 何も持っていない手と白旗を持った手を上げる。
 目の前にはアサルトカービンやら剣の切っ先を向けてくるホブゴブリンども。
 そうして、朱 黎明(しゅ・れいめい)は、彼の後ろで同じように両手を上げたネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)と共に愛想の良い笑みを浮かべた。


第一章 エメネア
 ムゥ、と押し付けられるような湿気と植物の匂い。
 頭上で鳴く動物や鳥の高い声。鳴り止まぬ虫の音。
「随分と盛大に育ってますぇ〜……」
 一乗谷 燕(いちじょうだに・つばめ)が野生の天蓋を見上げながら、ややげんなりと呻いた。
 時々、ハタハタと扇ぐ扇子の端にぴしぱしと小虫が当たる。
 そこは間違いなくジャングルだった。
 苔むした巨大な木々にはツタが絡まり、入り組んで広がった枝葉が何層にも連なって分厚い天井を作っている。
 その枝葉のわずかな隙間を縫って。
 細い細い陽光が暗い地面に降り落ちていた。
「なにぶん、田舎ですからぁ」
 エメネアが、はふと溜め息を付きながら零す。
 ぼんやりとした陽光の粒に照らされた泥地が、足の裏に引っ付いて音を立てる。
「皆さん、本当にありがとうございますぅ。わたし、頑張ってチューしますっ」
「いえ、あの、わたくしもお嬢様もチューは結構ですので……」
「そうです、その……ご自分をもっと大切になさって下さい」
 ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)が困ったような笑みを浮かべながら言う。
「で、でも、星槍や怪獣の復活に比べれば、わたしのチューなんてっ――」

 エメネアの言葉を聞いて。
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は小さく息を零した。
(有栖達の言う通りだ……)
「そういう事は」
 呼雪は静かに言う。
 エメネアがこちらへと視線を向けた。
 呼雪の静かな瞳に見据えられ、エメネアの表情が少しばかり強張る。
 真っ直ぐと彼女を見据えたまま、呼雪は続け。
「自分が本当に望んでいる相手でなければ虚しいだけじゃないのか?」
 軽く顎を傾ける程度に首を傾げる。
「……あぅ」
 エメネアが困ったように頭を揺らげながら言葉をふやかせてしまう。
 呼雪はエメネアの様子に軽く息を付いた。
(まぁ、その辺の男どもはそんな事を考えてはいない、か――俺は興味無いが……)
 と、頭をよぎる顔がある。
 一度だけ目を瞬かせて、呼雪は軽く頭を振った。
(……何考えてるんだ。馬鹿か、俺は)

「……あ、あのぅ?」
 エメネアが、呼雪の方へと、そろっと声を掛け――。
 と。
「チューはねぇ、とっても大好きな人としかしちゃいけないんだって!」
「ひゃあっ!?」
 ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)がひょっこりと元気良く、呼雪とエメネアの間に割ってはいる。
「エメネアさん、星槍を取り戻した人を大好きになれる? ケッコンしてもいいって思う? どう? そうじゃなければ、やめた方がいいよ〜。きっと後悔しちゃうもん」
「え、ええぅう」
「あ、ボク。ボクはね、大きくなったら可愛いドラゴンの女の子とね……」
 と、ファルが顔を赤らめながら話の方向を間違えてきた所で、
「そこまで」
「あれ?」
 クロード・ライリッシュ(くろーど・らいりっしゅ)がファルの頭に手を触れて、くるんとファルの体を回転させた。
 回転し終えたファルの視線の先。
「話がそれてました」
「ですわ」
 有栖とミルフィが頷いていた。
「なんにしろ。今はエメネア殿のために、お礼の事より、星槍を取り返す事を考えねばなるまい」
 クロードがわずかに目を細めながら言って。
「そうであります」
 比島 真紀(ひしま・まき)が真っ直ぐとエメネアを見据えた。
「星槍は巫女である貴殿の元にあってこそ、その真価を発揮し、意味を成す物だろう――だから星槍は必ずや貴殿へと届ける、安心して欲しい」
「俺もエメネア殿の剣として、手足となろう」
「……本当に、ごめんなさいぃ……わたしの不始末を、皆さんに……」
 肩を落とし、視線を俯かせたエメネアの背をサイモン・アームストロング(さいもん・あーむすとろんぐ)がポンっと叩く。
「まあ、誰だってそういう時はあるもんだ」
「……あぅう」
「そうでありますよ、エメネア殿」

「それにしても」
 ふと、クロードが咽の奥で噛み殺すような笑みを漏らす。
「バーゲン……とは」
 その言葉を聞いて、エメネアが、ひゃあっと恥ずかしげに顔を崩した。
「ううう……わたし、とっても嬉しくて、浮かれてしまってぇ……なにせ、『バーゲン』のお誘いを貰ったのなんて初めてで――って、あえぅううう!?」
 エメネアのこめかみを、後ろからにゅっと出てきた拳が襲う。
「お前はー、だからって物騒な物をそこら辺に置くなよ!」
「うにゃぁあああ!?」
 樹月 刀真(きづき・とうま)がエメネアのこめかみを拳でグリグリと捻った。
「……悪い癖が出た……」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が刀真の様子を見ながら、ぽつりと漏らす。
「まったく」
 刀真はパッとエメネアのこめかみから拳を離し、嘆息した。
 そして、こめかみを抑えながら、ふらんふらんと揺れるエメネアの頭をぽつと叩いて。
「独りで寂しかったのなら時々遊びに来ますよ」
「――え?」
 目を瞬いたエメネアの前に、すっと月夜の手が差し出される。
「……友達」
 エメネアは、その手をしばらく見つめながら、ぱちぱちと瞬きをして、
「ぅお、おおっ、よよよよよよろしくおねがいいたしますっ、ふつつつかものではありますがっ」
 両手で月夜の手を掴んでぶんぶんっと振った。

「孤独には同情出来るが――」
 鄭 紅龍(てい・こうりゅう)が冷ややかな声を落とす。
「盗まれてしまったエメネアの責任であるのは変わらない。そうだろう?」
「……はい」
 エメネアは月夜の手を離しながら紅龍の方へと顔を向けた。
「わたしは……巫女としての使命を……」
「そう、ならば、その使命を果たすために自ら赴くべきではないか?」
「え、う……」
 と、紅龍の後頭部を扇子がぺんっと叩く。
「……?」
 紅龍が振り向くと、燕が片目を瞑りながら、ひょいっと扇子の先を紅龍の鼻先に揺らした。
「声が重いですぇ」
「……そうか」
「でも、思てる事はウチと一緒て分かります」
 燕が頷き、エメネアの方を覗き込み。
「そない不安ならんでも大丈夫です。ウチら護衛しますよってに、自分で取り戻しに行かはる気ぃあらしまへん?」
 燕が明るく弾んだ声が飛ぶ。
「そうそう、危ない目には遭わせないアル〜」
 と、紅龍のパートナーの楊 熊猫(やん・しぇんまお)が白黒のもさもさな体を揺らしながら、おどけた声を重ねた。
「何かあってもヒールするアルよー!」
 二人の調子を聞いて、紅龍は一つ息を付いてから、改めてエメネアの方へと視線を向けた。
「俺達は星槍やゴアドーについて詳しくない。下調べをしている鏖殺寺院には様々な部分で情報に劣るだろう……だから、エメネアが必要なんだ。皆を導いて欲しい」
 そして、紅龍は己の胸にスゥと手を当てた。
「お前の身は俺が必ず守る――それから」
 言って、わずかに間を置いてから。
「……協力してくれたなら、今度、空京一のデパートのバーゲンに付き合うと約束しよう。その時には星槍が盗まれないように、俺が持っていてやる」
 紅龍は肩をすくめた。
「わたし……」
 胸の前に両手を添えたエメネアの声が少しだけ震える。
 サラス・エクス・マシーナ(さらす・えくす ましーな)が、すっと胸を張り。
「大丈夫。危なくなる前にサラスが守る。エメネアは自分の使命果たす。心配することない」
「うむ、一度の失敗は一度の成功であがなえばよいのじゃ。どっかの専制君主が言っておったぞ」
 御厨 縁(みくりや・えにし)が笑う。
「失敗は……あがなえる……」
 ほつりと繰り返しながら、エメネアは皆の方へと視線を巡らせた。
「皆さん……」
 一同の笑みや同意を受け、その胸前に置いた両手をグッと握る。
「あ、あのあの、わたし、頑張りますっ! よろしくお願いしますっ!」
「決まり、ですね」
 フィル・アルジェント(ふぃる・あるじぇんと)が、よいしょっとアサルトカービンを背負い直しながら言う。
「えっと、エメネアさんに来てもらえるなら、地下通路が良いでしょうね……おそらく、他の場所より敵は少ない筈です」
「まあ、妥当なとこね」
 セラ・スアレス(せら・すあれす)が頷き、
「全く、星槍をバーゲンにつられて奪われるなんて……あほらしくて呆れてしまったけれど……」
 淡々とした口調で零す。
「責任を果たすと言う。――なら、私達はなんとしてでもエメネアを守り抜くわ」
 そうして、セラは強い視線の先を密林の奥へと滑らせる。
「急ぐわよ。寺院の連中に大怪獣を復活させるわけにはいかない」
 神殿の方からは、先ほど、幾つ目かの光が空へと飛んだばかりだった。
 エメネアの話では、もう本当に時間が無いらしい。
「俺や樹月は裏口から行く。ライリッシュ、神楽坂、比島もそうするようだ――エメネアを頼む」
 呼雪が静かに言って、フィル達の方へと視線を向けた。
 フィル達が頷く。
 刀真が一つ息を付き。
「それでは――」
 言う。
「パラミタを護りに行きましょうか」