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リアクション
3.繁華街
「ほほほほほほほ。こうして水路を静かに進んでいけば、簡単には見つかりませんわよ。たぶん……」
怪しい桃色に輝く真珠をうっとりと眺めながら、ゴンドラの上でお嬢様はつぶやいた。
ヴァイシャリーは、町中に複雑に大小の水路が張り巡らされている。それらは石畳の歩道に面している物もあれば、建物の外壁の間の狭い空間を静かに流れている物もある。所によっては、建物の中を水路が流れている場合さえあるのだ。そういった裏道にも相当する水路を辿っていけば、たとえ上空から小型飛空艇などで探されたとしても、そうそう簡単には見つからないはずだった。
「ゆけ、ヤマダ。どんぶらこっこと真珠を探して急ぐんだあ〜」
ゴンドラの舳先に立ちあがって叫んでいるのは、山本 夜麻(やまもと・やま)だ。真珠の行方をみごとに推理して水路にいる……というわけではなく、偶然水遊びをしていて桜井静香の放送を聞いたらしい。
「そんなこと言われてもさあ。どこに行けってんだ?」
ゴンドラの艫(とも)に立ったヤマ・ダータロン(やま・だーたろん)が、オールを振り回しながら言った。ピンクのカバの姿のゆる族が漕ぐゴンドラは、ちょっと異空間化している。
「まずいですわ。あのゴンドラからお逃げなさい」
お嬢様が、船頭(ゴンドリエーレ)に命令した。だが、その動きが以外と目立った。
「おおっ、あれに見えるピンクの光はもしや……。いっちゃえー、ヤマダー」
めざとく真珠の光を見つけた山本夜麻が、ヤマ・ダータロンに命令した。
「よっしゃあ。ぶっつけるから、しっかり真珠をつかんで奪えよ、山本ー」
「えっ、それはやだよ」
スピードをあげるヤマ・ダータロンに、山本夜麻は素っ気なく言った。
「なんだよ、それは」
「だって、女の子になんかなりたくないもん。ヤマダなら着ぐるみだから、触っても平気だろ。試してみてよ」
「ううむ、それは……」
大丈夫かもしれないし、だめかもしれない。つまり、試せってことか。だいたい、女の子になったからといって、まさか着ぐるみまで変化するなんてことは……。
今ひとつ踏ん切りのつかないヤマ・ダータロンであった。だいたい、二人とも男であるのだから、運搬方法は考えておかなければいけなかったのだ。
「とりあえず、手に入れてから考えようよ」
「だな」
山本夜麻の言葉に、ヤマ・ダータロンはうなずいた。
「うりゃりゃりゃりゃ!!」
ピンクのカバが、猛スピードでゴンドラを漕いだ。一気にスピードがあがる。
「逃げなさい!」
お嬢様があせって叫んだ。
「待てー!」
「どりゃぁぁぁ!」
あっという間に、二艘(にそう)の間が詰まる。
ゴンドラが衝突すると思われたその瞬間であった。
「そっこぉかぁあぁぁぁぁ!!!」
突如、彼らの頭上から、謎の人影が降ってきた。
バシャァァァァーーン!!
巨大な水飛沫があがり、二艘のゴンドラが乗り手ごと宙に吹き飛ばされた。
「きゃあぁぁぁぁ!!」
バンザイして悲鳴をあげたお嬢様の手から、真珠が零れて空中に舞った。
「うわあぁぁぁぁ!!」
「げはっ!!」
ぐわっしゃ!
すぐそばの繁華街の大通りにゴンドラが墜落して木っ端微塵になる。
乗っていた山本夜麻たちは、石畳に激突して大の字になってのびてしまった。その上を、落ちてきた真珠があたってポンポーンと跳ねてから転がる。その後には、イルミンスール魔法学校の制服を着た黒髪の美少女が、めくれたスカートからズロース丸出しで、大の字にのびていた。隣には、どう見ても北欧のテーマパークにいるようなピンクのカバのぬいぐるみに微妙に変化したヤマ・ダータロンが倒れている。
再び水柱があがって、彼ら−−今は彼女ら−−のそばに、一人のメイドが舞い降りた。全身ずぶ濡れで、ブラウスから下着のラインがくっきりとのぞいている。
「はふっ。これで、やっと呪いのアイテムを破壊できるわ」
全身の力を拳に集めながら、最初の被害者である執事ちゃんがつぶやいた。前髪から滴り落ちる水の雫が、気迫で蒸発していく。
「みんな、星になってしまえばいいのよぉぉぉぉ!!」
渾身の実力行使が放たれると思われた瞬間、執事ちゃんが突き飛ばされてつんのめった。
「あわわわわ、いやん」
どうもバランスがとれずに、ぺったんこ座りになる。
「いただき〜!」
派手に叫びながら走り回っていた執事ちゃんを見つけて、こっそりと後をつけてきていた麻野 樹(まの・いつき)が、執事ちゃんを跳ね飛ばして真珠に飛びついた。
「うわっははははははは……」
素早く目的の物を拾いあげ、二メートル近い屈強なガタイを生かして猛スピードで走り去っていった。
「はははっ……はは……、あはっ、あはっ……、はっ、はっ……あはははは……」
猛スピードで執事ちゃんから逃げ去った麻野樹の息がだんだんとあがり気味になって、こころなしか高くなっていく。完璧なフォームで勢いよく前後に振られていた両手が、いつの間にか左右に開かれ、親指と人差し指が合わされて微妙な輪を作っていた。
「うふふふふふふ……」
すでに、走っているのかスキップしているのか分からないほどの速さにまで、走るスピードが落ちていた。ツンツンとんがっていたはずの短髪が、豊かなウェーブを描くロングの黒髪となって、ピンク色のゴチックロリータファッションのドレスの開いた背中に零れかかっていた。
「発見しました。現在真珠を持っているのは、身長一五〇ほどのゴスロリ少女です」
氷翠 狭霧(ひすい・さぎり)が、麻野樹を追いかけながら携帯電話で篠北 礼香(しのきた・れいか)たちに伝えた。
麻野樹の足が遅くなったため、難なく追いつく。
「ていっ!」
「はうぅ……」
首筋に手刀の一撃を受けて、麻野樹があっけなく気絶した。倒れていく麻野樹の手から、氷翠狭霧が真珠をもぎ取る。
「よくやりました、狭霧。さあ、それをこちらへ」
ジェニス・コンジュマジャ(じぇにす・こんじゅまじゃ)とともに駆けつけてきた篠北礼香が、嬉々として手をさしだした。
「はっ、礼香様」
氷翠狭霧が真珠をさしだす。それを、さっと横からジェニス・コンジュマジャがかすめ取った。
「やりぃ」
そのまま、ジェニス・コンジュマジャが逃げていく。
「おいおいおい、ジェニスよ、何しやがんでえ。そいつは、ぶち壊すって言っておいただろうがぁ!」
唖然とした篠北礼香が、顔を真っ赤にして江戸弁でまくしたてた。
「面白そうじゃん! 姉貴、その辺のむさいおっちゃんとかに触らせてみようよ!」
高らかに笑いながら、ジェニス・コンジュマジャが犠牲者を求めて走っていく。
「勝手なことすんじゃねえ。そんな物で遊んでたら世の中、女だらけになって世界が滅びるだろうに。追うぜ、狭霧!」
眼鏡の下の眉間を軽く押さえてすら、篠北礼香はあわててジェニス・コンジュマジャの後を追いかけていった。
「へへへ。おっとごめんよ」
「えっ、なんのことかしら」
いきなり見知らぬ女性にぶつかられて、志位 大地(しい・だいち)は、ずれかけた伊達眼鏡をあわててなおした。
「あれ? なあに、今の口調……。って、きゃあ」
聞き慣れない女性の声に、志位大地はやにわに自分の身体を触って確かめた。三つ編みお下げのツインテールがある。胸がある。伊達眼鏡はそのままだ。そこそこよかったガタイが、スレンダーになっている。
「やられた。これじゃ思いっきり委員長キャラだわ。そうか、あれが今噂の呪いの真珠か。よし、絶対に奪って、百合園の校長に突きつけてやる……わ!」
混乱しながらも、志位大地は豪奢なプラチナブロンドを怪しいピンクの光に染めているジェニス・コンジュマジャを追いかけていった。
「待ちなさい、お待ちになってー。いや、待てー、このー」
幸い、女性化しても身体能力はさほど落ちていないようだった。志位大地は手をのばして、ジェニス・コンジュマジャの身体をつかみかけた。
「何をしてるんでい。この暴漢めぇい」
ゴズッ!
やっと追いついた篠北礼香が、アサルトカービンで志位大地を殴り倒した。真珠を、他の誰かの手に渡すつもりはない。
「追うよ」
篠北礼香の言葉に、氷翠狭霧が、倒れている志位大地を飛び越えてつき従った。
「なんだろう? なんだか騒がしいですね」
カフェテリアの前で、トイレに行ったリア・ヴェリー(りあ・べりー)を待っている明智 珠輝(あけち・たまき)は、怪訝そうに周囲を見回した。
「でも、兄者、リア、一緒。買い物、楽しい」
上半身裸の筋骨逞しい身体に、短いエプロンを腰に巻いた姿のポポガ・バビ(ぽぽが・ばび)が、つたない口調で言った。
「そこのお二人さん、あたしとハイタッチ♪」
突然やってきたジェニス・コンジュマジャが、二人に言った。思わずつられて、手をさしだしてしまう二人だった。その手に、何か丸い物が一瞬触れる。
「あらあ、何かしら。きゃっ、ポポガさん、どうしましたの、その格好」
なんとも珍妙な台詞が、明智珠輝の口からもれた。
「そう言うお姉様こそ」
ポポガ・バビの口からも、突然流暢な台詞が飛びだす。
そこに立っていたのは、豊かな胸をつつんではち切れそうになったブラウスに、黒いタイトスカートを穿き、その上から黒いマントを羽織った明智珠輝であった。
「あら……意外と乳はでかいですのね、私。残念、生足ではなくて黒いタイツでしたか」
しげしげと自分の姿を確認しながら明智珠輝は言った。
対するポポガ・バビは、ボディビルダーのような褐色の身体に、虎縞のビキニと白いエプロンという姿だ。はたして、顔だけが艶やかな黒髪の美人になった他は、変わったと言えるのだろうか。
「ははははは、面白いったらありゃしないわ」
予想外のカオスに、ジェニス・コンジュマジャが立ち止まってカラカラと笑った。
「今ですわ、ポポガさん!」
「ええ、お姉様!」
一瞬の隙を突いて、ポポガ・バビがジェニス・コンジュマジャに飛びかかった。倒れ込むジェニス・コンジュマジャの上に、ポポガ・バビが馬乗りになる。体格のいい二人のもみ合いは、迫力があった。
「きゃー、きゃー、何これ。だめだよう、女の子同士で喧嘩なんかしちゃあ。でも、写真は撮っておきましょう。ハイチーズ!」
偶然通りかかったヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、携帯のカメラを二人にむけた。
髪の毛振り乱して取っ組み合いをしていた二人が、一瞬その動きを止める。
「もーらい」
その隙を突いて、明智珠輝がジェニス・コンジュマジャの手かせ真珠をもぎ取った。
「ああ、返しなさいよー」
「ポポガさん、そのまま押さえ込んでいてくださいましね。ふーん、これが元凶なのね……」
叫ぶジェニス・コンジュマジャをポポガ・バビに任せて、明智珠輝はしげしげと真珠を見つめた。そこへ、運悪くリア・ヴェリーがカフェの中から出てくる。
「お待たせ。あれ? 珠輝? ポポガ?」
連れが見あたらないので、リア・ヴェリーは困ったように周囲を見回した。
「あーら、やだ、リアちゃん。ここよ、ここ」
口許に片手をあてて不気味に笑いながら、明智珠輝がリア・ヴェリーに声をかけた。
「ぼ、僕は幻覚でも見てるのか? 珠輝!? あ、悪夢だ」
リア・ヴェリーが絶句する所へ、遅ればせに篠北礼香と氷翠狭霧がやってきた。
「そこの娘……、いや、おっさんかもしれねえが。とにかく、その男を女にする真珠をこちらへ渡しやがれ」
息を切らしながら、篠北礼香が明智珠輝に言った。
「なんだってー」
明智珠輝とリア・ヴェリーが声をそろえて叫ぶ。
「うふふふふ。そうと分かれば……」
明智珠輝は、じりじりとリア・ヴェリーににじり寄っていった。
「ちょ、ちょっと待て。ど、どうしてにじり寄ってくる。女性化だって……ぼ、僕は御免だー!」
一目散にリア・ヴェリーが逃げだした。
「いやーん、お待ちになってー」
明智珠輝は追いかけようとしたが、タイトスカートでは走ることができない。
「それは、こちらへ渡してもらいますよ」
落ち着きを取り戻してきた篠北礼香が、明智珠輝の前に立ちはだかった。
「いやーん。これは私の物よー」
嫌がる明智珠輝を中心に、ジェニス・コンジュマジャたちも加わって五人による壮絶な争奪戦というかじゃれあいが始まった。
「すごーい、すごーい」
一応今はすべて女の子たちの取っ組み合いのあられもない姿を、ヴァーナー・ヴォネガットが写真に収めていく。本当は、もっとちゃんとしたおしゃれな姿の女の子が好みなのだが、これはこれで記録写真としてはありかもしれない。
「後で、みんな、ぼろぼろになった服を綺麗なのに着替えようねー」
微かな期待を込めつつ、ヴァーナー・ヴォネガットはシャッターボタンを押し続けた。
そんな明智珠輝たちの足許に、光条兵器から打ち出されたらしい光の杭がドガドガと突き刺さった。
「見つけましたわよ」
盾に光杭射出機(パイルシューター)がついた光条兵器を構えながら、神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)が叫んだ。
「白百合団として、学院の秩序を乱す真珠は破壊します……って、わっ、ちょ、こっちこないで〜」
先ほどの威嚇射撃でおとなしくなるかと思ったのだが、明智珠輝たちはまったく気にもかけないで争奪戦を続けている。それどころか、ひとかたまりになってもみ合う彼女たちは、神楽坂有栖の制止も聞かずに、もみ合いながら近づいて来た。
「だめー、きちゃだめー」
争奪戦の押しくらまんじゅうに呑み込まれそうになった神楽坂有栖が、パニックになって光条兵器を乱射した。だが、頭の上に突き上げられた何本もの手で取り合いをされている真珠には命中しなかった。対人には無効の設定をしているために、光条兵器が明智珠輝たちを傷つけることはなかったが、その代わりに石畳がボコボコになっていく。
「その真珠は、私の物だも〜ん!」
突然の台詞とともに、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の乗った小型飛空艇が一同の上に落ちてきた。
「むぎゅう〜」
押し潰された六人が気絶する。転がり落ちた真珠を素早く拾いあげると、小鳥遊美羽は小型飛空艇を飛翔させてその場を脱出した。
後には、強烈なプレスを食らった六人が、花びらのような形にならんでのびている。
「まったく、変なことを考えるから。自業自得だ。えい、えい」
危機が去ったのを確認すると、戻ってきたリア・ヴェリーが明智珠輝をゲシゲシと足蹴にした。
「やっと手に入れたわ。阿魔之宝珠。まったく、私はバラクーダと戦ってまで、これを手に入れようとしたんだよ。所有権は、当然私にあるんだもん。だから絶対に譲れないの!」
ピンクに輝く真珠をしっかりと握りしめながら、小鳥遊美羽はつぶやいた。
合宿の後もお宝のことが諦めきれなくて、いろいろと調べたのだ。図書館にあった古文書の阿魔之宝珠という男性を女性化する宝珠がお宝の正体だと目星をつけたものの、肝心のお宝は合宿からの帰りの飛空艇からヴァイシャリー湖に落ちてしまったままだった。なんとかして探し出せないかと思ってヴァイシャリーに来たところで、都合よくこの騒ぎだ。まったく、運がいいとしか言いようがない。
「さあ、このまま百合園女学院の校長の所へ持っていって、高く買ってもらうんだもん」
小鳥遊美羽は、大運河を渡って百合園女学院へ行こうと、進路を北へむけた。
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