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真女の子伝説

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真女の子伝説

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4.広場
 
 
「えっほっ、えっほっ」
 鈴木周は、百合園女学院をめざして、繁華街からはばたき広場へと移動していった。
「お待ちなさーい」
 その後ろを、冬山小夜子が追いかけていく。
「なんなのじゃ、あれは。おお、卑猥などピンクに輝いておる。あれこそが、噂の真珠じゃな」
 はばたき広場で聞き込みをしていたセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)は、さすがに異様な光を放つマラソン体育服少女に気づいて叫んだ。
「他の者に取られてはまずいのじゃ。行くぞ、エルド!」
 セシリア・ファフレータが、自分たちの方へむかってくる鈴木周へ、躊躇なく火球を放った。
「やれやれ、主人につきあうのも大変だよ」
 後を追うようにして、エルド・サイファル(えるど・さいふぁる)が走った。
「いきなり、らめぇ!」
 ちゅどーんと鈴木周が吹っ飛ぶ。
「オーライ、オーライ。ホイ。ナイスキャッチ……ですわ。えっ!?」
 落下してくる鈴木周は無視して、ちゃっかり真珠だけを受けとめたエルド・サイファルが、セシリア・ファフレータの方を振り返った。その姿は、白いスクール水着の少女になっている。
「あの……、どちら様ですのじゃ?」
 呆然と、セシリア・ファフレータが訊ねる。
「いやだあ。エルド・サイファルちゃんですよぉ」
 内股でもじもじしながら、エルド・サイファルが答えた。
「隙あり!」
 その機を逃さず、追いついた冬山小夜子が、もじもじしているエルド・サイファルの手から真珠を奪い取った。
「はっ、しまったのじゃ。これ、エルド、取り返すのじゃ」
 我に返ったセシリア・ファフレータは、あわてて冬山小夜子に飛びかかっていった。
「ええっ、でもぉ」
「元に戻れなくなってもいいのか。破壊するのじゃ」
「はーい」
 三人は、もみ合いながら真珠の奪い合いを繰り広げた。
「このような呪いのアイテムは、ここにあってはいけないのですわ」
「だから、私が破壊してやろうといっておるのじゃ」
「だめです。壊した人が呪われたらどうするのです。こんな物は、湖に返してしまえばいいのですわー」
 なんとかセシリア・ファフレータとエルド・サイファルを振り払うと、冬山小夜子は片足を高々と上げて振りかぶった。シスター服の裾から、ほっそりとした生足が顕わになる。
「飛んでけー」
「ああああー」
 セシリア・ファフレータの悲鳴を無視して、冬山小夜子は大運河にむかって真珠を投げ入れた。
 そのまま水の中に沈むかと思ったところへ、運河に棲む錦鯉たちが殺到する。きっと、餌か何かと勘違いしたのだろう。その中の一匹が、真珠を呑み込んだ。
「えっ、何が起こりましたの!?」
 突如盛りあがる水面に、冬山小夜子が瞬間凍りついた。水が津波となって押し寄せると、あっという間に冬山小夜子たち三人を呑み込んで、そのまま運河へとさらっていく。
「ににににににーーーーーーしきゃぁぁぁぁぁ!!」
 あろうことか、真珠を呑み込んだ錦鯉が巨大化して、はばたき広場に乗りあげていたのだ。
「あ、あれは、合宿のときのバラクーダの親戚か何かですか!?」
 見覚えのある怪物に酷似した巨大錦鯉を見て、六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が叫んだ。そんな彼女の横を、黒い五つの影が素早く通りすぎる。
「二人は、運河に落ちた者の救助を。あなたたちは、私と一緒にあのでかい魚を」
「はっ」
 ゴチメイ戦隊のリーダーが、素早く仲間に指示を飛ばした。
 さっそく繁華街で騒動が起きていると聞いたので、呪いの真珠を回収するためにむかっていたはずなのだが、途中でこんな化け物と遭遇するなどとはとんでもない誤算だった。
 とはいえ、見過ごすこともできない性分の彼女たちであった。
「どこにいますか」
 大運河の方に走ったゴチメイの一人が美しい光の翼を広げて飛翔した。虹色のフィルムのような光が、巻紙を広げるようにふわりと広がる。もう一人は、背中についていた飾りのような小さな黒い翼が、身長の倍ほどに広がって一気に羽ばたいた。
「いたよ」
 波にさらわれて気を失ってぷっかり浮かんでいた三人を、二人は沈んでしまう前に素早く拾いあげた。三人とも水に濡れて、衣服がべったりと身体に貼りついて水を滴らせていたが、都合よく水着に変身していたエルド・サイファルだけはなんとなく海水浴帰りという感じだった。もっとも、真っ白の水着だったので、後で意識を取り戻したときに大騒ぎするのだが……。
 広場では、巨大錦鯉が大暴れして、迂闊には近づけない状況だった。広場にいた人々は、ひとかたまりになって端の方へと避難している。居合わせた学生たちも本来なら戦いたいところだが、突然現れた謎のメイドたちが対峙しているので、まずは人々の避難に専念していた。
「こここここーーーーーぃ」
 巨大錦鯉が、暴れながら色とりどりの鱗を飛ばしてくる。
「アイスウォール!」
 ゴチメイの一人が、氷術で作りだした分厚い氷の壁で、飛んできた鱗を防いだ。その陰から、氷を乗り越えて跳んだリーダーが、仕込み箒を縦に一閃させた。鼻先を切り裂かれて、巨大錦鯉が苦痛に暴れる。
 巨大錦鯉は、そのままぴょんとジャンプすると、巨体でリーダーを押し潰そうとした。
「甘い!」
 リーダーは足場を固めると、落ちてくる巨大錦鯉にむかって組み合わせた両手を突き出した。
 ドラゴンアーツを応用したプロテクトウォールで巨大錦鯉の巨体を受けとめ、あまつさえ弾き返す。力と巨体がぶつかり合う衝撃波が、腹に響く低周波とともに広場全体に広がっていった。
 そのまま両手を開くと、リーダーは落ちてきた巨大錦鯉にむかって手を叩くような仕種をした。見えない巨大な手で両脇から叩かれた巨大錦鯉が呻いた。口から、なにやら中身が飛び出して飛んでいく。実は、それこそが阿魔之宝珠だったのだが、そのときには誰も気づかなかった。
 苦しんだ巨大錦鯉が、暴れて鱗を飛ばしてくる。
「おまたせー」
 水に落ちた者たちを助けて戻って来た小柄なゴチメイが、弾幕援護で鱗を撃ち落とした。
 さすがにたまらず、巨大錦鯉が運河に逃げようとする。
「水に逃がすな!」
 その言葉を受けて、ひらひらとした黒いショールを着けたゴチメイが雷術で巨大錦鯉を麻痺させた。硬直が解ける前に、今度は氷術で作りだした巨大な氷の杭で尾を石畳に打ち留める。
 動きが止まったところへ、両手持ちのフランベルジュを持ったゴチメイが、剣に爆炎波を纏わせて突っ込んでいった。魚をさばくかのように、胴体を横一文字に切り裂く。
 それが止めとなって、巨大錦鯉が動かなくなった。ゴチメイたちが集まってくると、みるみる間に縮んで本来の大きさの錦鯉に戻る。
「これは、真珠を持ってはいないようだ。なんで巨大化したのかな」
 トレジャーセンスで調べながら、長身のゴチメイが言った。
「あーあ。一匹一〇〇万ゴルダはする錦鯉なのに、殺しちまったんだ」
 ビデオカメラを持った国頭 武尊(くにがみ・たける)がぼそりとつぶやいた。彼は、登校してくる百合園女学院生徒のビデオを撮って、マニアに高く売りつけようとヴァイシャリーにやってきていた。だが、呪いの真珠騒ぎを聞いて、こっちの方が面白い絵が撮れそうだと、繁華街の方へとむかう途中だった。運のいいことに、先ほどのゴチックメイドたちの戦いは、ローアングルからバッチリと全編撮影している。
「これが一〇〇万ゴルダ……」
 ゴチックメイドたちが、死んでいる錦鯉を見下ろしてから顔を見合わせた。
「さ、さあ、私たちは仕事があるのだ。繁華街にむかって探索を始めるぞ。急げー」
 棒読み台詞でリーダーはそう言うと、仲間たちを連れて一目散に逃げだした。さりげなく、錦鯉の肢体を運河へ蹴りこむことも忘れない。
「今さら、証拠隠滅は無駄だと思うぜ」
 そう言って、新しい被写体を探そうとした国頭武尊は、何か光っている物が落ちているのに気づいた。持っていた飲みかけのミネラルウォーターをかけて洗ってみる。
「おお、こいつが、噂の真珠なんじゃないのか」
 反射的にそれを拾ってしまってから、国頭武尊はしまったと思った。だが、もう遅い。
「あらん、どうしましょう」
 セーラー服の女子高生姿になってしまった国頭武尊は、困ったように片足をあげた。短いスカートが、あげられた生足でぴらんとめくれる。
「おお、これはこれで……」
 スカートの裾をつまんで自分の下着を確認しながら、国頭武尊はちょっと考え込んだ。
「まあ、私だとばれないでしょうし。美しい物は記録に残してお金儲けしませんと」
 そう言うと、国頭武尊は真珠とカメラを石畳の上においてポーズをつけ始めた。
 ローアングルから録画を始めたビデオカメラはちゃんと役目を果たしたが、真珠の方はそうはいかなかった。度重なるひどい扱いにかなりいびつになってきてはいたが、それでも球体である。戦いで盛りあがった石畳の上で、コロコロと低い方へ転がっていったのだ。だが、ポーズに夢中になっている国頭武尊はそれに気づかなかった。
 最初にそれに気づいたのは、ヤジロ アイリ(やじろ・あいり)だった。真珠を探して空飛ぶ箒で町中を飛び回って隊のだが、巨大錦鯉の騒ぎに気づいて広場へとやってきたのだ。戦いが収まるのを待って、パートナーとともに空飛ぶ箒で広場へと着陸したところだった。
「なんだろ、これ」
 妖しい光を放ちながら転がってくる真珠を、ヤジロアイリはひょいと拾いあげた。
「それは……、今話題になっている呪いの真珠じゃないんですか?」
 一緒にいたセス・テヴァン(せす・てう゛ぁん)が、真珠をのぞき込みながら言った。
「これがそうだったのか。これで、俺もかわいい女の子に……。もう誰にも、見た目が男だなんて言わせないぜ」
 そう言って喜んだヤジロアイリだったが、いかに見た目が男の子でも、その本当の性別は女性である。阿魔之宝珠の力では、なんの変化も起こりようがなかった。
「どうだ、とびきりかわいくなったか?」
 訊ねられて、セス・テヴァンは瞬間返答に困った。
「あのですね、アイリ。そういうことは、呪いのアイテムなどを使ってすることではないのですよ。君がほしがっている物は呪いではないのですから」
「そんなことは分かっているさ。でも、何も変化がないなんて、これって偽物なんじゃないのか」
 そう言うと、ヤジロアイリは思わず真珠をセス・テヴァンにぴとっとくっつけた。
「こら、そういうことはしてはいけませんよ」
 目の前に現れた、切れ長の目の黒いドレスの美人がそう言った。ヤジロアイリよりも頭一つ高い、ボンキュッボンの美人だ。
「こ、これは……」
「本物みたいだわねえ」
「どうして、セスには効果があって、俺にはないんだよ」
 ぽかぽかとセス・テヴァンを叩きながら、ヤジロアイリは言った。その直後、ハッと我に返る。
「ちょっと、セス。そのままじゃまずいんじゃ……」
 今になって、大変なことになったと認識する。
「まあ、なるようになるわよ」
 ふぁさっと、長い黒髪をかき上げてセス・テヴァンが言った。
「そこのカップルねお写真どうですか」
 カメラを持った六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)が、二人に声をかけてきた。すぐ横に、『記念写真1ゴルダ』と書いたスケッチブックを持ったアレクセイ・ヴァングライド(あれくせい・う゛ぁんぐらいど)が立っている。
「そうねえ、ついでだから頼んじゃおうかしら」
 あっけらかんとセス・テヴァンは言い、困惑するヤジロアイリの腰に手を回して横にならばせた。
「ハーイ、では撮りますのでこっち見てくださーい」
 瓶底眼鏡を輝かせて、六本木優希はセス・テヴァンに答えた。二人がならんだところへ、ストロボつきの大型のカメラをむける。
「いきますよ。シャンバラ山羊のチーズ!」
 六本木優希がシャッターを押した。そのとたん、フラッシュがもの凄い光を発する。
「うう、目が……」
 ヤジロアイリたちが思わずうずくまった隙に、六本木優希はその手から真珠を奪って逃げ去った。
「しまった、真珠が……」
「まあ、役にたたなかったんだからもういいじゃない」
 追いかけようとするヤジロアイリを、セス・テヴァンが引き止めた。
「でも、それじゃあ……」
 セスはどうなるんだという言葉を、ヤジロアイリは呑み込んだ。
「とりあえず。この姿になって初めて分かったこともあるから……買い物に行きましょ」
「えっ、ちょ、ちょっと……」
 戸惑うヤジロアイリを引きずるようにして、セス・テヴァンは繁華街の洋服店に入っていった。
「今度はこれなどどうかな」
「いや、そのサイズだと、胸がきつそう……」
 店の中では、緋桜ケイと悠久ノカナタが楽しそうに服を物色している。
「あんな感じの服もいいんじゃないの」
「絶対胸が余るから嫌だ」
 セス・テヴァンの腕の中で、ヤジロアイリはもがいた。
「じゃあ、ゆっくりと、あなたにあった物を探しましょう。フリフリ系もいいわよねえ。こんな呪いに頼らなくても、女の子は変われるんだから」
 そう言うと、セス・テヴァンは、ヤジロアイリを試着室に押し込んだ。