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彼氏彼女の作り方 1日目

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彼氏彼女の作り方 1日目

リアクション



プロローグ

 秋、それは夏の華やかさが静まり、寂しげな空気を纏った季節。
 春の出逢い、夏のひとときの恋、花火と共に散ってしまった思い……秋の冷たい風を心に受けながら、蒼空学園の生徒たちは今までの行いを振り返りました。
 どうすれば、こんな悲しい思いをせずにすむのか。どうすれば、いろんな人に好かれるのか。
 そうして思いついたのは、教養を身につけること。このパラミタには6つの特性をもった学校がありますが、きっと薔薇の学舎では共学の蒼空学園よりも紳士的な振る舞いに長けていることでしょう。
 男子学生はその振る舞いを参考とし、女子学生はそんな男子生徒から見てどんな女性が魅力的なのか聞いてみようと思い立ったのです。
 そんな蒼空学園の生徒たちが縋るような思いを込めた手紙は、薔薇の学舎へ届きました。ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)を蒼空学園へ招待し、指導をお願いしたのです。
 薔薇の学舎が高く評価されていることを誇りに思ったルドルフは、その申し出を請けることにしたのですが何分忙しい身。蒼空学園まで行くことは困難です。
 そこで、同じイエニチェリである真城 直(ましろ・すなお)に代役を頼むことにしました。
「任せておきなよ、こういった学園行事や交流を深めるのは僕の役目。薔薇の学舎の名に恥じぬ指導をしてこよう」
 イエニチェリとなるくらいですから、腕前は信頼がおけます。しかし、極度の恥ずかしがり屋の彼は、いつも被っている仮面が取れると性格が変わってしまうという不安要素があるため、パートナーであり教師でもあるヴィスタ・ユド・ベルニオス(う゛ぃすた・ゆどべるにおす)と一緒に向うよう指示を出しました。
 もっとも、ヴィスタもヴィスタで校長など目上の者以外の前ではおおらかな性格なので、心配ではあるのですが……。



 そんな心配をされているとは思いもしない2人は、使命に燃えたり面白半分だったりと温度差を感じさせながら蒼空学園にたどり着きました。
「助っ人だー! オレたちの救世主様が来たぞっ!!」
 何故だか手厚い歓迎を受け、詳細を聞くこと十数分。直は溜息しか出てきません。
「僕に……恋愛講座を?
 ひと夏の青春として砕けた者、それ以前の問題だった者。
 様々な理由があれど、ようは格好良い人物になるための特訓をしてほしいと言うのです。
 仮面を被っているため表情は読めませんが、口元に手を当てて考え込む直にヴィスタが口の端を上げて言いました。
「つまりだ、相手のご機嫌がとれるようなモンでも作って、トラブル回避が出来る話術が身について……それなりの立ち振る舞いができりゃいいんだろ?
(料理、話術、立ち振る舞い……そうかっ!)
 その言葉を聞いてイメージが纏まったのか、直は決心したようです。
君たちの期待している方向性の指導が出来るとは限らないよ?
 それでも良いのならという言葉を聞き、直が納得してくれたことに生徒達は大喜び。急いで参加者の元へ案内します。
「それでは、お2人だけでは大変でしょうから執事科の方にお手伝いして頂きましょう!」
 噂を聞きつけてやってきた、パラミタ全土の生徒達。
 直たちが開く今日の講座内容は、以下の通り発表されました。

 講座内容
 1日目
 お持て成しの心:紅茶の淹れ方、お茶菓子の作り方(クッキー・カップケーキ)
 会話の実践講座:もしもの時、失敗しないためには
 Q作った物が、美味しく無いと言われたとき(作ってくれた物が美味しくなかったとき)
 Q相手の趣味が、自分とは全く真逆な物を告げられたとき
 Q通学路で一目惚れした相手が、学園の高嶺の花だと知ったとき

「何もこれは恋愛に限ったことじゃない、たくさんの人を視野にいるのなら覚えていて損はないことだしね」
 自信のあるプラン内容を確認しながら案内された部屋。控え室には十分過ぎるくらいの部屋で、迎えてくれたのは蒼空学園の本郷 翔(ほんごう・かける)椎名 真(しいな・まこと)とパートナーの双葉 京子(ふたば・きょうこ)。そして、薔薇の学舎の変熊 仮面(へんくま・かめん)。これだけの人数がいるなら、手伝ってくれるには十分だ。
「今日、こちらで恋愛講座の指導にあたる、薔薇の学舎イエニチェリ、真白直だ。よろしく頼む」
「同じく、薔薇の学舎で教師を務めるヴィスタ・ユド・ベルニオス。これより手順を説明……の、前にだ」
 突然ヴィスタが自分の上着を変熊へ投げつけ、マントを引っ張り隅へ追いやる。
「ウチの学舎代表執事を名乗るなら、その格好はねぇよな? ウチだけならともかく、共学でそれはねぇだろ」
「な、直様っ! 私は常日頃女子からキャーキャー言われております! どうかお助け……っ」
(君は、そう言われないように努めるところからしてもらわないと……)
 はぁ、と頭を抱える横ではまるでリードを付けられた犬のように引っ張られて説教を受けている変熊。そんな様子を見ながら真は呟く。
「あの人、本当に薔薇の学舎の人だったんだ……」
 派手な身なりはそう見えなくもないが、共学校にマント1枚と仮面のみでやってくるそのファッションセンス。蒼学生全員の不安げな視線を浴び、直は咳払いするしかない。
「大丈夫だ。彼は……そう、極度の暑がりでね。パラミタの気候は合わないみたいでよく薄着になるんだ」
「代表者の方がそう仰るのでしたら……申し遅れました、私は執事の家系を生まれとしこの蒼学で学んでいる本郷 翔と申します」
 腑に落ちない表情をしながらも、丁寧な自己紹介をしてくれる翔。続いて真や京子も手伝ってくれることを改めて伝え、直からも1日の流れを伝えながら打ち合わせを進める。
「おらっ! じっとしてねぇと針でぶっさすぞ!」
 バックミュージックにはヴィスタの怒る声と怯える変熊の声。そして、説明が終わる頃にはそちらも戦いが終わったらしい。
「……嫁をとれない格好にされてしまった」
 がっくりと項垂れるその姿は、上には少し大きめなヴィスタのジャケット、そして下には先ほどまでマントとして着用していた派手な薔薇柄のスカート。時間の都合上なのか大きなスリットの入っているそれは、美脚を披露しつつも大事な場所はしっかりと隠されている。
「バランスはともかく、これで女子生徒の前に出てもらえるよ」
「はい、さっきまでの格好はちょっと……」
 胸をなで下ろすように、京子も苦笑した。出来るだけそちらを見ないようにしようと気を遣っていても、1度その姿を確認してしまえば気になってしまうもの。全貌は真の死守により見ていないが、安易に想像出来る出で立ちだったためにどうにかして欲しかったのだ。
「女装なんて……女子の前でスカートなど、なんたる屈辱!」
(いや、世の大半の人はアレをさらけ出してない方がいいと思うはずだけど……)
 こうしてサポート係たちの準備も整い、5人は会場に向かうのだった。



指令1 紅茶の淹れ方をマスターせよ

 恋愛講座を開くにあたり、希望内容に合わせてグループ分けを行った。まず最初にお持て成しの心を学ぶべく、紅茶の淹れ方とお菓子の作り方を指導するため、会話の実践講座が希望の人にはくつろいで貰っている。
「それではまず、道具と材料を取りに来てもらおう。その際、質問があれば遠慮無く申し出てくれ」
 こだわりの紅茶を淹れたい人は葉を持参している人も多いようだが、料理が下手で見返してやろうという人までいる。アドバイスをしたり、得意な人には逆にスキルアップをして貰うべく難しい注文をしてみたりと、細かな指導と交流を持つためにあえて各テーブルには何も準備していなかった。
 そうして材料を取りに来てもらう中、特に質問もなく材料だけ持って行く人も当然いる。不安そうな面持ちなら、声をかけづらい人もいることを考慮してサポート係から声をかけるよう伝達してあるが、あーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)はとても嬉しそうな顔をしていた。
「いっちばんスゴイのを作り上げるのは間違いないよね!」
 そのウキウキとした様子は身を包む段ボールロボの表面がケーキやクッキーなど楽しいイベントが演出された物になっていることからも見て取れて、この日のために用意したそれは気合いが入っているようにも見える。もっとも「いつでも新品!」と若々しさをアピールする彼女にとって、それは当然のことなのかもしれないが。
 そうして材料はテーブルに運ぶものの、彼女のパートナーたちはこっそりと実習室を出て行く。お互いに「健闘を祈る!」とでも言うようなジェスチャーを交わし、それぞれの役割を果たしに向かうのだった。
 材料と道具が行き渡ったところで、まずは紅茶の淹れ方。直から簡単に紅茶の歴史や種類の説明があったあと、実践に入るため教壇には簡易コンロなどを用意したテーブルが運ばれた。
「その程度の説明、直様の手を煩わすこともありません」
 颯爽と現れた変熊は、今のところ上着をはだけさせているもののスカートは脱ぎ捨てることもなく直は胸を撫で下ろす。
「じゃあ……君の復習のためにもお願いしようか」
(ふっ、ここでイエニチェリに認められれば、俺様がその座に就くことは容易……っ!)
 自信たっぷりに黒板に要点をまとめていき、たくさんの参加者から注目を浴びていることにも緊張せず、真面目に講座を続けている様子にヴィスタも関心する。あんな服装で他校に来るが、きちんと授業は受けていたようだ。
「常に相手を思いやり、相手が欲した時にくつろぎの時間を与える。それが茶の心ですッ!」
 ドンッ! どこからともなくティーセットを取り出す変熊。どうやら執事としてのスキル「ティータイム」を発動させたらしい。その余波を受け、スリットの入っていたスカートは少し解けてしまい、回転しまったようだ。教卓に阻まれて参加者からは何も見えないものの、ふわりと両サイドに広がるそれからは正面から見ても嫌な予感を感じさせる。横に立っているサポート人にしか詳細が見えなかったことが不幸中の幸いだが、参加者の戸惑いは波紋のように広がるばかりだ。
「……せんせー、早すぎてよくわかりませーん」
 確かに、スキルを習得していない者からすれば何が起こったのかわからないだろう。そもそも、今日は執事の講習会ではないのだから、スキルを習得していない者にも美味しい紅茶を淹れてもらえるようになるのが目的だ。
「直先生っ! 普段全裸の私は一体どこから紅茶を出し……」
「ああ、うんっ! 君はいいよ、もうね、大丈夫だからっ!」
 全裸……? と会場内がざわめき、直は必死に誤魔化すしかない。折角、薔薇学が評価されて招待されたというのに、このままでは「薔薇学の執事は全裸が基本」という変な噂が広がりかねない。そんなことになってはルドルフや校長に会わす顔がないどころか、何故だか男色家が多いと噂されるのと合わされば変な納得を生み余計に否定出来なくなってしますだろう。
 変熊のスカートを引っ張るようにして問題のある部分を隠しながら、翔へと役割はバトンタッチされる。
「では、1番基本的な部分を……ポットは丸みのあるボーンチャイナ製、水は汲みたての軟水を使用し――」
 定番とも言われるルールにも何通りかあるし、結局最後には茶葉の種類や相手の好みによりさじ加減を変えなければならない。応用が利くように注意点をまとめ、どこを変更していくかの説明は初心者にもわかりやすかったようでメモを取る姿も見えた。
「……と、言う理由からポットとカップは磁器を使用するのが望ましく、作業を効率化するには沸かしている間にレンジで――」
 説明を行いながらも手際が悪くなることはなく、些細な待ち時間にも1ポイントアドバイスが入るという心遣い。蒼学に呼ばれるくらいだから全体的に指導が必要なのかと少し心配していたが、まったくその必要性を感じさせない立ち振る舞いに直は感服するばかりだ。
「以上で、実技の説明を終わります。……こちらで問題ないでしょうか」
「ありがとう。蒼空学園にも素晴らしい執事がいるんだね。翔君にはそのまま各テーブルについてもらうから、最高の1杯が出せるよう頑張って欲しい」
 今では手軽に飲み物が買えてしまうものだが、こうして時間をかけて淹れた紅茶は格別なものだ。持て成したいと思える人と安らぎの時間が過ごせるように頑張ってもらおうと、直はみんなの奮闘ぶりを見守るのだった。