天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

トリック・オア・トリート~イタズラっ娘は誰ですか?!

リアクション公開中!

トリック・オア・トリート~イタズラっ娘は誰ですか?!

リアクション




第一章 お菓子作りは愛を込めて

 れろれろ、れろん。
 ハチミツ色の☆型キャンディーの上を、桜井 静香(さくらい・しずか)の赤い舌がちろちろと動く。
(ほんっと、天井高いよね〜。うぅぅんっ、首痛くなっちゃうよ)
 静香が仰ぎ見た遥か高い天井には、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)が、ひとつひとつ選び抜いた“お気に入り”のキラキラと輝くシャンデリアたちが、白く輝きを放っていた。
 薄いグレーに織りの美しい絨毯が細く長く続く廊下には、小さなオレンジのジャック・オ・ランタンや黒い魔女のシルエットなどが可愛いらしく飾り付けられている。
 静香はそのひとつの、赤い舌を出した全然怖くないおばけをつんつん、とつついてみた。
「静香様、こんなところにいらっしゃったんですの。探しましたわ。……あら、なんだかおいしそうなものを食べていらっしゃいますわね」
 ラズィーヤに背中から声をかけられた静香は、☆型のキャンディーを左右に揺らして見せた。
「未沙さんが作ってくれたんだ。すごいよねっ!べっこうあめ、って言うんだって」
 ラズィーヤのキッチンでお菓子作りに集まった女の子たちに混じっていた静香は、朝野 未那(あさの・みな)朝野 未羅(あさの・みら)の妹たちへおやつにと朝野 未沙(あさの・みさ)が手際良く作ったキャンディーをちゃっかり分けてもらったのだった。
「キャンディーって、そんなにすぐに作れるものなんですの?」
 生まれてこのかた、キッチンに立つという習慣のないラズィーヤは小首を傾げながらも、静香が持っているキャンディーに……、れろん。甘いお砂糖の味が口いっぱいに広がる。
「美味しいですわ♪…ところで静香様、まだカードを引いていらっしゃいませんわね。“係”の方たちが待っていますので、ご一緒しましょう」
 ラズィーヤは、胸の上で揺れるカードを指して言った。ラズィーヤのカードは赤いプリンセスのシルエットに5のナンバー。
「誰がダンスのパートナーになるか、楽しみですわね♪」

 二人が長い廊下に歩を進めると、クラシカルなロングスカートの裾をはしたなくない程度に、と気をつけながらも、ぱたぱたと忙しそうにラズィーヤ付きのメイドが現れた。そして、その後ろには…、
「あら、高務さん?何をしていらっしゃいますの?」
 高務 野々(たかつかさ・のの)は、いつものメイドエプロンに、ポップなカボチャと蝙蝠のシルエットのアップリケを付けた姿で、ラズィーヤ付きのメイドの後にくっついていた。ポップなデザインのアップリケにも関わらず、清楚な雰囲気を壊すことがないのは、野々のメイドとしての品位のなせる技だろう。
「ラズィーヤ様!あの、メイドとしてのお仕事を、教えていただいています」
「そんなこと、なさらなくても。みなさんとご一緒に、お菓子作りをなさったらよろしいのに」
 根っからのお嬢様育ちであるラズィーヤは“女の子らしいこと”に理解は示しても“メイドの仕事”についてはよくわかっていないのだが、それだけにラズィーヤのメイドたちは“主人に快適に過ごしてもらう”ことを、完璧に実践しているのだろう。
「いえ、いいんです。とっても勉強になります。ぜひ、お手伝いをさせてください!」
 ラズィーヤ付きであるトップクラスのメイドの働きっぷりに、野々は目をキラキラと輝かせている。
「あ、野々さんはもう、カード引いたんだっ?!…ステキな人が相手だと良いねっ♪」
 静香が目ざとく野々のエプロンの上に揺れるカードを発見した。黒いウィッチのシルエットに10のナンバー。野々は顔をうっすらと赤くして、ぺこりと頭を下げた。
「さぁって、ボクも引いて来ようかな」
 静香はそそくさと前を歩くメイドについて行く野々の後ろ姿を見送りながら、呟いた。


 * * *


 ハート、☆、くまさんにお花。たくさんの種類のクッキーの型抜きに囲まれて、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は悩んでいた。可愛いクッキーにしたいですぅ。
「メイベル、そんなにゆっくり選んでると、生地がダレてしまいますよ」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)は、クッキーの型抜きをしやすいように、生地に薄力粉を振っている。
「これなんて、良いんじゃないかしら?」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は、アルファベットのMの文字の型に指を通して、くるんくるんと回している…が、カク・カクと、角に当たるたびに落っこちてくるのを引きあげて、実際にはくるん・カク・すとん・くるん、を繰り返している。
「お名前を型抜きするのも、可愛いですよね♪私にも、そのMの文字、後で貸してもらってもいいですか?」
 クッキーのつや出し用に卵を溶いていた神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は、フィリッパが、くるん・カク・すとん・くるん、を繰り返しているMの型抜きを見つめながら声をかける。有栖がクッキーをプレゼントしたい相手…Mの文字は欠かせない。メイベルは十分にお花の形を吟味した後、今度はゾウさんの型をまじまじと見つめている。うぅん、こっちのほうが可愛いかもしれないですぅ。
「あ、Mの文字はあたしにも貸して欲しいなっ!」
 同じくクッキー生地を囲んでいたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、アリスなうさ耳を揺らしながら言った。張り切ってたくさんお菓子を作るつもりのミルディアは、もちろん自分用のお菓子も忘れない。
「あの、それってYの文字もありますか?!」
 粉糖にジュース、キスチョコやアラザンなど、アイシングの準備をしていた遠野 歌菜(とおの・かな)は、小さなデビルの羽を揺らしながら、身を乗り出して聞いた。積極的な態度のようでいて、ほのかに頬を染めているあたりが愛らしい。
「あら、あげたい人が、いるんですね」
「えぇぇえっ!そおなんだっ。誰にあげるのっ?」
 恋話は、乙女の大好物。百合園女学院の外での恋愛事情はどうなっているのか、正直聞いてみたいっ!そんな、みんなの予想外の食いつきに、歌菜はたじたじ、としている。

「女性というのは、やっぱりああいう話しが好きなんだな」
「そりゃそうだよ、おにいちゃん。だって、楽しいもんっ!」
 えへへー、とクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)は、はにかんだ笑みを見せながら、大きいスプーンでさくさくとオレンジのパンプキン底から、中身をほじくり返している。サイドには、△の目をしたユカイな表情を浮かべた顔が描かれている。
「ちゃんと手元見て作業しないと、危ないぞ」
 本日、お菓子作りの黒一点となっている、イルミンスール魔法学校の本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は、クレアのジャック・オ・ランタン作りの道具に目をやりながら言った。よく手入れのされているぺティナイフの先が、キッチンの光を反射している。
「おにいちゃんこそ、ソレ、もっとちゃんと混ぜないと粉っぽくなっちゃうんだからね」
 涼介の手元のボウルには、パウンドケーキの生地。まだレーズンのしわしわに白いお粉が入りこんでいる。お菓子作りの本の曖昧な指示に、涼介は四苦八苦していた。全体が均一になるようにって……、どの状態で均一になればいいんだ?やっぱり和菓子にしておけばよかったか。
 同じテーブルでは目の前の女の子、蒼空学園のルナ・エンシェント(るな・えんしぇんと)が、涼介と同じくらいぎこちない手つきで、いちご・バナナ・くりの甘露煮を刻んでいる。
「あちっ!あちちっ!!」
 アリシア・ノース(ありしあ・のーす)は、オーブンミトンをしたまま、あつあつとお餅の生地の入った耐熱ボウルを運んできた。和菓子という匠の技の集大成も、電子レンジという便利機器のおかげで簡単なものなら手軽に作ることが出来るらしい。
「バナナは、レモンかけてあるけど、色変わっちゃう前に先に包んじゃったほうがいいよっ!」
 アリシアは、ボウルを置くと、白あんでバナナをくるくると包んだ。ルナはそれを真似して、白あんでバナナを包もうとするが、なかなか上手に丸くならない。バナナがちょっとはみ出たりしている。
「もっと、ふんわり包みこむようにすると、上手に丸くなるよ」
 手に片栗粉を持った朝野 未沙(あさの・みさ)は、ルナに声をかけた。いつも“アサノファクトリー”でルナのお世話をしている未沙は、ルナの様子を気にしていたのだった。アリシアは、片栗粉を受け取ると、振り粉をして、お餅の生地を伸ばし始めた。
「私たちも、お手伝いしますぅ」
 姉にくっついて来た、朝野 未那(あさの・みな)朝野 未羅(あさの・みら)も、ルナの隣から、白あんに手を伸ばした。
「あの、私も手伝いましょうか」
 パウンドケーキの生地を型に流し込んでしまった涼介は、和菓子好きなのもあって、手伝いを申し出た。ゆっくりしていたら、大福の餅が固くなってしまう。
「ありがとうございます。……あら、可愛いジャック・オ・ランタン。後で一緒に飾り付けに行きましょう」
 未沙はクレアにころんとしている小さめのカボチャたちをつんつんしながら言った。
「今、ちょうど高潮さんとセシリアさんがオーブンの調整をしていたので、ご一緒しましょうか」
 涼介は、未沙の申し出を受けて、パウンドケーキの型を手に取った。