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絶望を運ぶ乙女

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絶望を運ぶ乙女

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第三章 遠ざけられたモノ




 ルーノ・アレエが自分の出生について語れるところまで語り終わる頃には、11:40を過ぎていた。

金 鋭峰(じん・るいふぉん)校長から言付かっています。客人としてもてなすように、と」

 クエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)は柔らかく微笑むと、ルーノ・アレエと桜井 静香に薫り高いジャスミンティーのお代わりを差し出した。思った以上に綺麗に整えられた室内で、二人は柔らかなソファに腰掛け、ローテーブルをはさんでサイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)とクエスティーナ・アリアと向かい合っていた。少しはなれたところに置かれたイスにトライブ・ロックスターとランドネア・アルディーンが押し黙ったまま座っていた。

「ただ、この事件がルーノ・アレエさんが無関係であるとも思っていません。ただ、鏖殺寺院が絡んでいる関係上生徒達に大げさに騒がれては大変と、当校の校長があらかじめ手を打ったとお考えくださいませ」
「……金 鋭峰校長が?」
「ええ。百合園女学院は、こういった血なまぐさいことは苦手でしょうから、少しでもお力になれれば、と……」

 クッキーをほおばりながら、桜井 静香は隣にいるルーノ・アレエの顔をちらりと見た。桜井 静香がはじめてあったときには「なんて哀しそうな顔をする人なんだろう」と常々思っていたのだが、今の彼女の顔は晴れやかだった。教導団の対応が思った以上によいものだったからというのもあるが、きっと彼女を支える友人達のおかげなんだろう。そう、先ほどの話を聞いていても思った。それを改めて確信し、桜井 静香は口を開いた。

「でも、彼女には彼女のために戦ってくれる友人がいるから、そこまでしなくても大丈夫ですよ」
「校長……」
「でも、不思議ですね。とても長いお話だったのに、百合園へ来る前のことはほとんど聞くことができませんでしたが……あまり覚えていないんですの?」
「自分でもわからない……改めて聞かれたこともなかったし、とても大事なことを忘れている気がするのだけれど、それはエレアノールが残してくれた何かなのかもしれないし、イシュベルタ・アルザスを助けられなかったときのことなのかも知れない」
「時間だ。一度休憩にする」

 ランドネア・アルディーンの言葉に、一同立ち上がって部屋を出た。扉の前で立って待っていたのは、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)と狐の皮を被ったゆる族ラズ・シュバイセン(らず・しゅばいせん)だった。ほとんど口を利かないアシャンテ・グルームエッジはルーノ・アレエの顔を見て少しだけ表情を和らげた、ように見えた。ラズ・シュバイセンはそれを見て心底驚いた顔をしていたが、後から出てきたランドネア・アルディーンに歩み寄った。

「この部屋の扉、防音は聞いていないんだな」
「次の取調べは別の部屋で行うことになっている」

 そうそっけなく答えた彼女の背中に向かい、ラズ・シュバイセンは舌を突き出した。クエスティーナ・アリアは、頬に手を当てながら教官の背中を見送って「なんだかいつもと雰囲気が違うわ」と呟いていたのを、桜井 静香は耳にした。







 すぐ先の廊下で夏野 夢見(なつの・ゆめみ)はたった今、話に聞いていた赤い髪、赤い眼、黒い肌の百合園女学院の制服らしき青いメイド服?を纏う人形を見つけた。あまりにも人形と呼ぶにはかわいそうなできばえではあったが、爆発物である可能性が高いということで固唾を呑んだ。

「爆発物の可能性があります! みんな、ここから離れて!!」

 夏野 夢見は光条兵器である偃月刀を構え、その先端で恐る恐る、人形をつついた。持ち上げた途端に爆発した、という情報は周知の事実であるため、この程度では爆発しないだろうとは思ったのだが、それでも不信感はぬぐえず大量の冷や汗をかいた。
 白い肌に玉の汗が流れ、頭の横に結い上げ流れ落ちている青髪すら今はうっとおしく思える。

「でも、とにかく今は安全を確保しなくっちゃ……」

 少しずつ、適当な空き部屋へと人形を押しやっていく。その中に入れて、被害を最小限に押さえられる状況にしてから調査しよう、そう考えていた。ようやく部屋の中に押し込めると、扉を閉めた。歩けばほんの数歩の距離だったが、まるで数時間も歩いていたかのようだった。

「とりあえず、一息つこう……なんだか、凄く疲れた……」
「あれ〜?」

 五月葉 終夏(さつきば・おりが)が素っ頓狂な声で歩き回っていたのは、丁度夏野 夢見がそんな苦労をした廊下だった。ニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)は深々とため息をついて、眼鏡をくいっと持ち上げる。

「いい加減諦めたらどうだ?」
「だって、あれ結構いい出来栄えだったんだよ? 手作りルーノさん人形メイドバージョン」
「私が作ったこのお手製ルーノ人形のほうがすばらしい出来栄えだ」

 そういって自慢げに出したのは、髪の毛が不自然な形をしている少女の人形だ。それをみてむっとしたのか、五月葉 終夏は鞄からもう一つ取り出した。

「私のほうがだんっぜんいい出来だね!! コレなんて特製私服バージョンなんだぞ!」
「なにをいう、私が作ったこの特上ドレスアップバージョンなんて……」

 二人の鞄から、大量のルーノ・アレエ人形が続々と飛び出してきた。制服に限らずさまざまな服装を纏ったいびつなルーノ・アレエの布製人形は、教導団の廊下にばら撒かれていった。転がっているその人形の山を見て、凍りついた者たちがいた。

「こ、コレは……」
「まさか、爆弾か!?」

 トライブ・ロックスターの声を聞いて、五月葉 終夏は振り向いた。その先に、待ちに待った人物がいるのを見つけて一番できがよかった白いワンピースバージョンを差し出しながら「どっかーーーーんっ!」と口で爆音を表現する。思わぬ行為にびっくりして、ルーノ・アレエは目を丸く見開いた。

「この間の列車で逢ったの、覚えてるかい?」
「あ……五月葉 終夏、でしたね。ええ。覚えています」
「よかった! コレはプレゼント! お人形は爆発するものじゃなくって、遊ぶものだからさ。大事にしてくれたら嬉しいよ」

 半ば強引に押し付けるようにしてしまったが、ルーノ・アレエはにっこりと笑って、いとおしげにその人形を抱きしめた。ニコラ・フラメルが差し出してきた装甲付きバージョンも受け取ると、二個ともぎゅうっとだきしめて涙を流していた。



 時間通り応接間に戻ってきたルーノ・アレエを待っていたのは、多くの友人達からの安堵の声だった。緋山 政敏とカチュア・ニムロッドが扉を開けて出迎えてくれた。カチュア・ニムロッドは、装飾の施された小箱をプレゼントされた。蓋を開けると、優しく柔らかな音色が奏でられた。

「あなたを、少しでも癒すことができれば幸いです」
「ルーノさんっ! あいたかったの〜!!」

 オルゴールのお礼を言う間もなく飛びついてきた朝野 未羅を優しく抱きとめると、そのその後ろに立っている朝野 未沙、朝野 未那にも微笑みかける。そこへ、甘い香りが漂ってくる。丁寧にラッピングされたハート型のチョコレートを差し出したのは、水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)だった。
 銀色の瞳を細めて微笑む姿を見て、ルーノ・アレエは立ち上がって頭を下げた。

「初めまして、私は水無月 睡蓮といいます。今月、地球ではバレンタインというイベントがあったんです。お近づきのしるしに、と思って作ってきました」
「知っています。私も友人から教わって、チョコレートの作り方を学んだ……ありがとうございます」

 後ろに控えていた鉄 九頭切丸(くろがね・くずきりまる)は小さなホワイトボードに『同じ機晶姫、コレも何かの縁だから仲良くしてくれるとうれしい』と書いた。銀の髪をたなびかせながら、幼い少女の容姿をした機晶姫ザ・ タワー(ざ・たわー)が、水無月 睡蓮が差し出したのとは少し違う、ややいびつなハートが入った袋をルーノ・アレエノ前に捧げた。

「ルーノお姉さんが笑顔になるようにって、ママやお兄さんと一緒に作ったチョコなんだよ。絶対おいしいんだよ」

 小さく御礼を口にして袋を開け、いびつなハートを口元へと運んだ。かすかな苦味が、本来の甘さをより引き立てており心温まる味がした。「とってもおいしいです」と、ルーノ・アレエはザ・タワーの手をとってそういった。緑色の瞳も細められ、「うんっ!」と元気な返事が返ってくる。そこへ、神楽坂 有栖が沢山のご馳走をワゴンに載せて入ってきた。佐野 亮司がそれを手伝いながら、手際よく応接間のテーブルへと並べていく。

「教導団さんの台所を借りられたので、皆さんで食べましょう」
「わお〜! すっごくおいしいそう! 昨日夜なべしててあんまり食べてないから、助かるなぁ」
「ああ、終夏が作る料理とは比べ物にならないな」

 ニコラ・フラメルの言葉に五月葉 終夏が鋭いツッコミを返している頃、アトラスの遺跡内部、二人だけで単独行動をとっている者たちがいた。


 今では鏖殺寺院のひとりとなってしまったメニエス・レイン(めにえす・れいん)ロザリアス・レミーナ(ろざりあす・れみーな)だ。以前ここを訪れたときにはなかった、額の紋章に無意識で触れた。遺跡内部を、メニエス・レインは感慨深げに見回っていた。石碑に書かれた文字の一つ一つ、あの時は必死に読み解いていたが、今は用のないものであるというのは分かりきっていた。

「なら、何でこんなところに?」
「……ここが、どうして研究施設になったのか、よ。以前調べて回ったときには『ここが機晶石の発掘に有利だったから』とあったわ。でも、この遺跡のどこにも、機晶石を発掘するのに必要なものはおかれていないし、掘っている場所も見つけていない……それに」

 ふと、金葡萄杯のことを思い出した。
 アンナ・ネモと名乗って大会に潜入した、鏖殺寺院の仲間である女を助ける手引きをしたものの、それ以後その女と顔を合わせる機会などなかったし、そのことについて問いかけるも梨の礫だった。

「つい先日の機晶姫大量行方不明だって、鏖殺寺院が関わってるって話だったわ。関わっていた女はあのアンナ・ネモとかって女。偽名でしょうけど、私が少しだけ話したあの女は、どう考えてもあたしと同等程度の地位しかない筈よ」
「うーん。あたしにはよくわかんないけどさー」

 メニエス・レインは少し古いノートを取り出した。以前この遺跡を調べたときに使っていた、イルミンスール魔法学校の校章入りのノートだ。内部をその後調べたときには、確かに存在していないし、報告もなかった。ふとあることを思い出し、地図を取り出した。遺跡内部の地図の縮尺を、広域地図の縮尺にあわせ、内部の地図の方角を合わせて赤い目を細めた。不意に声をかけられた。

「……研究施設の前はなんだった、か……興味深いですね」

 そこへ現れたのは、ガートルード・ハーレックと、ファタ・オルガナだった。彼女たちの後ろに、他の第五グループメンバーが並んでいた。

「……あんた達と話す気はないわ」
「ルー嬢を助けるために調べとるんじゃが、なにかしらんか?」

 シルヴェスター・ウィッカーが毅然とした態度でメニエス・レインの前に立つ。眼鏡を指先で持ち上げて、鼻を鳴らした。

「例え知っていたとしても、答える義理はないわ。ただ、何でもかんでも鏖殺寺院のせいにしないでほしいわね」
「じゃあよ、鏖殺寺院じゃないって言う証拠を探しに来たんだな?」

 笑みを浮かべながら、国頭 武尊は言い放つ。ロザリアス・レミーナは顔をしかめて武器を構えるが、メニエス・レインはそれを制した。

「……私が知ってることなんて高が知れてるし、鏖殺寺院の内部には仲間はずれにされてるやつらがいるものよ」
「なんじゃと? それはどういう……」

 ファタ・オルガナの言葉をさえぎるように、獣の低い唸り声が響いてきた。振り向けば、涎を滴らせている狼によく似た集団が此方を睨みつけている。

「……確かに、不死身って言うのは面倒ね」
「おねーちゃん、あいつらごと斬っちゃってもいい?」
「ダメよロザ。利用できるものは使えなくなるまで利用するの……ひとまず私たちは逃げること優先にね」
「ジェーンさん! がんばるでありますっ!」

 火炎放射器と機関銃を両腕で構え、白髪の機晶姫は満面の笑みで魔獣に退治した。ファム・プティシュクレは大鎌を魔法少女がステッキを振るっているかのようなか仕草で構えると、ウィンクしながら「魔獣さん、ばらばらーばらばらー♪」と愛らしい唇から連呼した。

 ネヴィル・ブレイロックはセスタスをつけブルドック顔の鼻を鳴らしながら魔獣たちに突進していった。その豪腕を見せ付けるがごとく、魔獣たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げすると、それを国頭 武尊がアサルトカービンで脳天を打ち貫く。

「一時的に仮死状態にはなるようですが、時間がたてば復活してしまいます」
「何かしら方法が在れば、見つかり次第連絡も入るじゃろ……ひとまずは燃やし尽くすのみじゃ!」

 ファタ・オルガナが炎術を駆使して魔獣たちを炎の渦に包み込んだ。だが、魔獣たちの毛並みはまるで炎の中で生きるために作られたかのように焦げることすらなかった。

「おっかしーのぅ、前より強くなっとるような……」
「それでも、今は仮死状態に期待するしかない」

 冷や汗をかきながら、シルヴェスター・ウィッカーも武器を構えなおす。ネヴィル・ブレイロックは淡々と作業をこなすように、魔獣たちを蹴散らしていく。


 同じく魔獣たちの声が上がっていたのは、第一グループが入った分かれ道だった。わき道から突如現れた魔獣によって、早川 呼雪が腕にかすり傷を受け、それをかばう形で立ちはだかったユニコルド・ディセッテへ、魔獣たちは集中攻撃を開始した。

「ユノ!」
「俺に任せな! アイスウォールッ!」

 ウィルネスト・アーカイヴスの詠唱が響き渡ると、分厚い氷の壁が出現し、ユニコルド・ディセッテへの集中砲火がやんだ。その分厚い壁も長くは持たず、すぐに砕かれて魔獣たちがなだれ込んでくる。ゲー・オルコットは自分の周りに集まってくる魔獣をドラゴンアーツで何とか投げ飛ばすが、明らかにきりがなかった。

「うわあ、さっすがに量が多いんじゃないか?」
「まぁ、魔法でできる限りやってみるしかないんじゃないかな☆」

 輝く金髪を優雅にかきあげると、エル・ウィンドは詠唱を開始した。やや長いその詠唱を聞き取って、ウィルネスト・アーカイヴスも援護に回る。霧雨 泰宏は薙刀を構えて歌で援護する霧雨 透乃たちをかばいながら、魔獣たちを一箇所に集める。

「「凍てつけ、心の臓までっ!!」」

 集められた魔獣めがけ、二人の詠唱が重なった。二人がかりの魔術のおかげで、魔獣たちは氷像と化した。当たり一帯は急に冷凍庫に叩き込まれたように寒々しくなったが。ドロシー・レッドフードは身につけているフードをより深く着込もうとすそを掴んだ。吐く息が真っ白になるのを見て、それだけで体温が奪われている気がした。

「とりあえず……凍らせるのが一番有効、ですか?」
「一応、連絡を入れておこう」
「それより呼雪、ケガは大丈夫なのですか?」
「ああ、かすり傷だ」
「ひ、ヒールッ」

 黒い長髪をたなびかせた剣の花嫁は、控えめに回復魔法をかける。早川 呼雪は回復してくれた緋柱 陽子に短いお礼を口にすると、通信機に声をかけた。「氷術が今のところ有効ではないかと思われる。足止め程度にしかならないかもしれないが……」とだけ伝えると、通信機をポケットにしまう。視線を落とすと、入り口から流れ込んでいる温泉が目に入った。さすがにここに到着するまでに水になっているようだが、流水があるとなればこの氷術もいつまで持つかわからない。

「先を急ごう」

 早川 呼雪の言葉に、一同は頷いて一本道を駆け出した。ウィルネスト・アーカイヴスは念のためもう一度氷像に向かって氷術をかけてその後についていった。