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絶望を運ぶ乙女

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絶望を運ぶ乙女

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第七章 教えてもらったモノ

 

 地下に降りた第一、第六グループは、偶然にも全く同じ場所で出くわした。そこは機晶姫の墓場よりもひどい状態で、機晶姫たちがうち捨てられた場所であった。腕が、首が、足が、内部パーツが飛び出した機晶姫たちの山がそこにあった。

 黒崎 天音が辺りを見回して研究資料と思わしきものを拾っては投げ捨てる。どうやらここの資料も持ち出された後らしく、役に立たない数字の羅列だけ並べられた書類がならんでいた。霧島 春美が何かに気が付いて地面をじいっと見つめながら歩き始めた。ディオネア・マスキプラは助手らしくその後をついてく。魔獣の気配がないかユニコルノ・ディセッテやアリア・セレスティは警戒を続けながら、辺りを見て回っていた。ウィング・ヴォルフリートが探している情報も得られなかったのか、ため息が止まらない。

「……」

 ホワイトカラーはばらばらにされている機晶姫たちに、持ってきたメロンパンをお供えして、手を合わせた。それを見ていたドロシー・レッドフードも習って手を合わせた。エル・ウィンド、ゲー・オルコットもその後ろで彼女たちを見習って追悼の意を表した。

「鏖殺寺院がいかに非道な行いをしているか、これでお分かり?」

 聞こえてきた声に、ユニコルノ・ディセッテは鋭いにらみを向けた。そこにいたのは、フードを目深に被った女性だった。彼女は手を差し出して、優しい声色で言葉を紡いだ。

「さぁ、私たちが集めたエネルギーを返してもらおうかしら? もともと自分達のものだったとはいえ、集めたのは私たちよ」
「エネルギー……? あの時私たちから奪ったものですか?」

 おどろいたように、ホワイト・カラーが問い直す。え? とさらに聞き返したのはフードの女だった。

「あなたたちがこの遺跡を荒らして……違うの?」
「荒らしたのは君達だろう? これ以上この哀しい遺跡を使って、何をたくらんでいるんだ」

 黒崎 天音が鋭く睨みつけると、フードの女は少したじろいだ。早川 呼雪は彼を制止して、その前に立ってフードの女に歩み寄った。その手には、武器は握られていなかった。

「この遺跡のほとんどは、非道な実験が行われたこと以外は価値のないものだ。あなたは何故ここにそのエネルギーを持ってきたんだ? ボタルガからは距離もあるだろうに」
「……ニフレディルよ」
「なに?」
「私の名前。あなた、じゃ呼びづらいでしょう?」
「それが、あなたの本当の名前ですか?」
「イシュベルタ様と同じ事を聞くのね」

 くす、と小さく笑うとニフレディルと名乗った女性はまたいくつもの煙玉を取り出した。 

「また、逢うこともあるでしょう」










 ヴェルチェ・クライウォルフが落ちた場所は、水が膝まで来ていた。上と違い、洞窟の中に直接排水しているようで水の中には錆付いた塊がいくつか浮かんでいた。どうやら、先ほど流された機晶姫の残骸のようだった。
 先客として特大魔法の結果床に穴を開けてしまった第五グループがいた。一緒に落ちたらしい魔獣たちは残念なほど潰されており、しばらく復活しなさそうだった。先客といっても、本の一瞬向こうが先に落ちていただけのようだったが。

「ジェーンさん凄く痛いです……マスター、だいじょうぶでありますか?」
「おぬしがそこから良ければある程度はな」
「それが人の上に乗っかってケガを免れた奴のいうことか」

 ジェーン・ドゥの下に潰されたファタ・オルガナのさらに下にいる国頭 武尊がうめきながら訴えた。ネヴィル・ブレイロックに抱っこされた状態で怪我一つしなかったファム・プティシュクレはすっかり上機嫌な様子で「ぶるぶるどっくー」とネヴィル・ブレイロックに頬ずりしていた。

 華麗に着地したガートルード・ハーレックは、横でしりもちをついていたシルヴェスター・ウィッカーを立たせると、同じくしりもちをついていたらしいヴェルチェ・クライウォルフに手を差し伸べた。その手を素直に受け取ると、びしょぬれになったつなぎから少しでも水分を抜こうと、無理やり手でつかんで絞っていた。

「ありがとう」
「いえ、それより如月たちと一緒だったのでは……」

「ひゃああああ〜〜〜!」

 悲鳴を上げて遅れて落ちてきたラグナ アインの上に、狙いを定めたように落ちてきたラグナ ツヴァイはやわらかな姉の胸に見事に顔面着地した。もはやその表情はただのエロ親父にしか見えない。

「ああ、姉上……ボク怖かったです……」
「ご、ごめんねツヴァイ……また考えなしに動いちゃった……怪我しなかった?」
「そのくらいでこいつが怪我するか」

 うまい具合に着地した如月 佑也はすかさず姉に人目もはばからずセクハラをしている機晶姫の触覚を掴んで睨みつけた。

「ふふ、兄者、これでボクのほうが一歩リードですよ」
「意味が全くわからん」
「まぁ、みんな無事で何よりじゃのぅ」

 ファタ・オルガナがラグナ アインの腰にさりげなく手を回しているのを見てラグナ ツヴァイはその手を払いのける。二人の間になにやら火花が散っていたが、全く気に止める様子もなく遅れて到着した伏見 明子が状況をガートルード・ハーレックと確認しあった。

 辺りを見て回せば自然洞窟内の地下水道なのがかろうじてわかる程度だった。

「だいぶ南にそれているようですが、風があるのでまた別の出口があるのだと思います」
「それなら幸いね。一応ロープは確保してあるけど、これ以上地上から離れるのも不安だわ」

 ため息混じりに語る伏見 明子の顔には疲労の色が浮かんでいた。如月 佑也は休憩しようかと口を開いた。その視線の先に、赤い髪の女性が立っているのが見えた。黒い肌に、百合園女学院の制服を纏った大人びた容姿の彼女は、柔らかな微笑を如月 佑也に向けていた。

「……前も、こんな手を使ったらしいな」
『そうなのか』

 ルーノ・アレエそっくりな何者かが発した声は、若い男性のものだった。その声に聞き覚えがあったシルヴェスター・ウィッカーは武器を構え、「イシュベルタ・アルザスか!」と鋭く叫んだ。

『俺のことを、覚えている奴がいたか』
「以前も会っている」

 ガートルード・ハーレックも鋭く睨みつけながら、武器を構える。ネヴィル・ブレイロック、ファタ・オルガナ、ジェーン・ドゥも同じく戦闘体制にはいった。

「友人の大切な人、と聞いているけど……本人がいるわけじゃないのね?」

 伏見 明子は臆することなく前に出て問いかけると、ルーノ・アレエにそっくりな何者かは不気味に口元を歪めた。

『ああ。俺の目的は、アイツを捕まえることだからな』

 その言葉を聞いて、ラグナ アインは目を見開いた。思わず天井からその先、地上を仰いでいた。そこに、物憂げな表情で思い悩む親友の顔が浮かんで消えた。

「でも、でもルーノさんは! あなたを助けたがってるんですよ!?」
「アイン落ち着け、向こうの思う壺だ」

 如月 佑也がラグナ アインの前にかばうように立ちはだかった。ラグナ ツヴァイもミサイルを構え、今にも発射ボタンを押しそうな形相で睨みつけている。フラムベルク・伏見が一足先にカルスノウトで偽ルーノに切りかかろうと駆け出した。合図を交わすことなくサーシャ・ブランカも華麗なステップで偽ルーノの背後を取った。だが手ごたえはほとんどなく、液体のように地面へと溶けていってしまった。

『俺にできなかったことが、お前達にできるのか?』

 その声を最後に、偽ルーノも姿を現すことはなかった。







「しらねぇって! ルーノはさっきからそういってんだろうが!!」

 トライブ・ロックスターの罵声が冷たい取調べ専用の密室に響き渡った。それを無視するかのようにランドネア・アルディーンは冷たい黒曜石をまっすぐにルーノ・アレエに向け、赤い眼差しを受け止めた。

「では質問を変えよう。ルーノ・アレエ、君はイシュベルタ・アルザスがどうなったか知っているか?」
「いいえ、知りません。知っているなら彼を助けに行きます」

 毅然とした態度を崩さず、ルーノ・アレエは答えた。一度眼差しをそらしてしまえば負けのような気がしてか、顔を向けずにトライブ・ロックスターの手をとった。

「私は、沢山の人に救ってもらいました。恩を返したいといつも思っています。イシュベルタ・アルザスもその一人です」
「……愚かな娘だ、何故諦めない」

 ランドネア・アルディーンは自分に言うように呟いた。赤い眼差しから、黒曜石がそれたその瞬間だった。


 ドン!!!!!!

 
 取調室の壁が爆発を起こした。そこにいたのは、夏野 夢見だった。だが彼女は全くの無傷で、壁だけが綺麗に粉々になったのだ。本人が一番驚いているようで、小動物のようにきょろきょろとしていた。

「え、え、な、なんで!?」
「夏野 夢見、一体何があったんだ?」
「あ、それが、見つけた人形をこの部屋に集めていたら、人形達が勝手に動き出して……『ルーノさんを開放しろ』って言いながら壁に張り付いて……」

 ランドネア・アルディーンは「ほう」とだけ呟いた。

「寺院の手先でないのなら、爆弾と無関係なら、なぜ爆弾が彼女を救い出そうとするのだ?」
「それは……」

 爆発音を聞いて、応接間にいたメンバーも耐え切れずにその場に集まってきた。アシャンテ・グルームエッジが緋山 政敏から預かった通信機をランドネア・アルディーンに差し出した。

「……何がしたいんだ?」
『ちょっと、聞いてるの!? 爆発物は前回の事件で取られた機晶姫たちのエネルギー。それを人形につめていた子がいたのよ!』

 リーン・リリィーシアの叫ぶような声が通信機の向こうから聞こえてきた。



「もう! 聞いてるのかしら?」

 一足先に地上に出ていた緋桜 ケイたちはほこりと泥にまみれた姿でニフレディと名乗る少女を連れて帰ってきた。
 その次に戻ってきた早川 呼雪と黒崎 天音たちから事情を聞けば、確かにこの遺跡に再度鏖殺寺院の女が出入りしていたらしいということがわかった。

 そして、一人分のエネルギーは小さな球体としてつめられた瓶を見つけた少女は寂しさを紛らわすために沢山あった人形に話に聞いた百合園の服を着せ、思いを込めて旅立たせたのだ。よもや、彼女たちが不用意に触られれば爆発する危険なものだったとは知らずに。今彼らは一足先の休息として、入り口付近にある無人露天風呂施設を利用して、疲れを癒している。

『ってことだから、ルーノさんは無関係! ってことで開放してくれない?』
「……ふ。校長からは、君を護るためにわが校への編入を最終的に勧めるよう言われていたんだが……こんなにも頼もしい仲間がそろっているなら、不要そうだ」
「はい!」

 ルーノ・アレエは初めてランドネア・アルディーンに笑顔を向けた。ランドネア・アルディーンは颯爽とその場を後にした。

「す〜み〜ま〜せ〜んっ!」

 ばたばたと駆け込んできたのは、寝癖ではみ出す黒髪を何とか押さえつけて掛け違えたボタンを何とか走りながら直そうとしている女性の姿だった。

「すみません、ランドネア・アルディーンですっ! えと、取調べの、担当……えと、寝坊……しちゃった……テヘ☆」

 うつむいたその姿は、とても先程までそこにいた人物と同じ顔をしているとは思えなかった。佐野 亮司とクエスティーナ・アリアが手を叩いて、「そう、こんな感じの人なんだ(ですよ)」と声を合わせた。その場にいた教導団外の生徒達は肩を落とした。

「明らかに違うじゃないですか……」
「でも、悪意がないのに何故ルーノさんに近づいたのでしょうね……」

 






「事情がわかっちまえば、探すこともなくなったな」

 ルビィこと、ロッテンマイヤー・ヴィヴァレンスは六本木 優希に右手を差し出した。瓶底眼鏡の少女は眼鏡がずり落ちるほど驚いていた。恐る恐る、右手を差し出すとそれを目いっぱいの力ではたかれた。どうやら、彼女龍の挨拶らしいが、手が折れてしまったのではないかと思うほどの衝撃が走った。

「なかなか骨のある奴じゃないか。優希、だったか。どっかであったらよろしくな!」
「え、ええ。こちらこそ……ルビィさん」

 そう答えてその後姿を見送ると、通信機に呼びかけた。「百合園の爆弾は全て回収済み」とのメッセージだった。ほぼ同時に他の学校も回収が終わったようで彼女は胸をなでおろした。