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絶望を運ぶ乙女

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絶望を運ぶ乙女

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第五章 忘れられたモノ




「……ねぇ、ルーノさん。気になっていたんだけど……」

 上半身の裸体を晒したルーノ・アレエの背中を開きながら、朝野 未沙は問いかけた。簡単なメンテナンスだから、彼女のメインスイッチは切らないままで内部のメンテナンスを行っていた。

「なんでしょうか?」
「この……丁度胸の下辺りにある黒い箱のこと、知ってる?」

 朝野 未沙はそういいながらルーノ・アレエの体内にある黒い箱に触れながら問いかける。その箱は明らかに他のものと回路がつながっておらず、強いて言うなら邪魔なものであるとしか言いようがない存在だった。ルーノ・アレエは作業に支障がない程度に首を横に振った。

「……もしかして、ルーノさんが兵器になるときに必要なものではないですか?」

 応接間に簡易的に用意した仕切りの向こうで、エメ・シェンノートが可能な限り視線を向けないようにしながら朝野 未沙に声をかけた。機晶姫とはいえ、女性の裸体がすぐ後ろにあると思うと、無駄に緊張してしまうようで白い頬が赤みを帯びていた。朝野 未那は仕切りの外にいたが、気になって作業している姉の横にちょこんと座った。

「そうかもしれないのですぅ……魔法的なものかもしれませんし、ルーノ様、姉さん。少し調べさせてもらってもいいですかぁ?」
「私は構いません。それで、何かがわかるなら」
「うん。未那ちゃん魔女になったんだもんね。お願い」
「はいですぅ。未羅ちゃん、手伝っていただいてもいいですかぁ?」

 呼ばれて、子犬のように駆け寄ってきた朝野 未羅もその横にちょこんと座った。緑色の瞳をらんらんと輝かせている。

「未那お姉ちゃん、私なにをすればいいの?」
「私は集中して、魔法の動きを見ます。未羅ちゃんにこの黒い箱を取ってほしいのですぅ」

 うん! と元気よく頷いた朝野 未羅は、小さな手でルーノ・アレエの体の中に手を入れた。黒い箱を取り出すのは簡単で、なるべくゆっくりと取り出した。

「どう? 未那ちゃん」
「……確かに、この中に何か魔法的な力を感じますぅ。でも、嫌な感じはしません〜」

 にっこりと笑った朝野 未那の顔を見て、朝野 未沙はほっと胸をなでおろして朝野 未羅が取り出した黒い箱を受け取った。ねじらしきものは見当たらなかったが、一つ穴があるのを発見した。

「私もいいかな?」
「……終夏さん?」
「アーティフィサーの端くれだから、何か手伝えればと思ってね」

 てへへ、と照れ笑いを浮かべながら仕切りの内側に顔を出した五月葉 終夏は、朝野 未沙の隣に座り、黒い箱をみせてっ貰った。あ、と声を出すと、腰から適当なパーツをその穴にはめ込んだ。

「え?」
「もしかして、だけどさ……これ」

 そういいながら、ねじを回した。流れてきた音色は、ルーノ・アレエが歌っていた歌だった。歌が流れ始めると、不思議と朝野 未羅の目じりに涙が浮かんできた。鉄 九頭切丸や、ザ・タワーも何か自分自身では抗えない感情の波が押し寄せてきているようだった。ただ、言葉にするのが難しく押し黙ってしまった。

 オルゴールが鳴り始めて間もなく、その黒い側面に何かが淡く光って文字が浮かび上がっていた。朝野 未沙は五月葉 終夏からオルゴールを受け取ると、その文字を指でなぞりながら読み上げる。

「『大事な妹達へ』って、コレは……エレアノールさんから、ルーノさんへのメッセージ?」
「……未沙さん! 今なんといいましたか!?」

 エメ・シェンノートが思わず仕切りの内側に駆け込んだ。もちろん、女性の裸を無意識であろうと見てしまった男性への報復を受けることになったが。

 佐野 亮司が氷の替えを持ってきてやると、彼の口から改めて問いかけなおした。

「で、あのメッセージがなんかおかしいのか?」
「大事な妹『達』へとなっているのが、です」

 エメ・シェンノートの言葉に、緋山 政敏も鋭く顔を上げた。

「私たちは、『完成した機晶姫は一体だけ』と思っていました。本当に、そうだったのでしょうか?」
「あの記録を残した段階で開発に成功したのは一体、その後、もう一体作ることに成功した……あるいは」
「イシュベルタ・アルザスが入れた、ってことかな?」 

 朝野 未沙の言葉に、緋山 政敏は無言で頷いた。

「妹と呼んでいたのは、恐らくアイツだけじゃないだろうか。エレアノールを姉と慕い、日記に妹ができると書き記しているところから推測できる」
「あの、聞いてもいいですか?」

 水無月 睡蓮が恐る恐る手を上げた。一斉に、視線がそこに集まって困ったようにうつむいてしまうと、鉄 九頭切丸がホワイトボードからエールを送る。ザ・タワーもその手を握ってにっこりと微笑みかける。

「ルーノさん、イシュベルタさんと別れたときのこと………覚えておられない、のでしょうか?」
「……不思議と、そのときの記憶がないんです。エレアノールから逃げるよう告げられ、イシュベルタ・アルザスに手を引かれてあの遺跡を飛び出したのは覚えています。ただ、その周辺の記憶が、消去されているかのようで」
「イシュベルタさんが、消したのかもしれませんね」

 水無月 睡蓮がそう呟いたとき、オルゴールの音色は二週目を奏で始めていた。







「天に舞う光の水は、空の大地を埋め尽くす
 川を流れる炎の壁は、風のその先海を割る
 星が落ちる、陽が滴る
 影が上れば、沈む銀河
 愛すべき仇を、殺したいのは恋人

 あなたを壊し、
 あなたを輝かせた罪
 あなたが放つは破壊の音
 私が歌うのは絶望の呼び声……」

 ユリ・アンジートレイニーが歌いながら歩みを進めていると、フィル・アルジェント、シェリス・クローネも声を重ねて歌に参加してきた。その様子を、リリ・スノーウォーカーと、ララ ザーズデイはほほえましく見守っていた。

「その歌だったよね? 以前の機晶姫誘拐のときにも流れていたのって」
「厳密に言うと、その逆さ歌だな。巨大な自動演奏機が間逆に奏でたって話だろ?」

 桐生 円の言葉に、高村 朗が言葉を添える。その言葉にむっとしたのか、鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。その先にある部屋に、誰に言うでもなく入っていこうとする。オリヴィア・レベンクロンはそれを静止するように肩を叩いた。

「あら円〜、勝手に入っちゃダメじゃないの〜」
「違うよ、ここ、未沙ちゃんたちが調べたって言う部屋のはずだよ。まだ何かあるかもしれない」
「発掘発掘ー!」

 二人よりも先に、結局ミネルバ・ヴァーリィがその部屋へと入っていったので、リリ・スノーウォーカーもその後を無言でついていった。内部の灯りはいまだに生きており、そこに巨大なカプセルの中に入れられた、『機晶石のない機晶姫たち』がならんでいた。
 ララ サーズデイは悪趣味なものを見せられたといわんばかりに顔をしかめると、深々とため息をついた。

「まだ彼女たちは生を与えてもらっていないが……この遺跡の奥にはもっと悪趣味な場所があるのだと思うと、気が重い」
「書物は、ほとんどロザリンドさんが集めたデータと一致しているようですね」

 フィル・アルジェントが荒らされた本棚の中をざっと見て回ってそう呟いた。本棚の中身は乱雑に外に放り出され、置かれた本棚の中身は空っぽになっている。本の山が邪魔をして本棚に近づくことはできない。ふむぅ、と唸りながらシェリス・クローネは、おもむろに積みあがった本をどけながら、高村 朗を呼んだ。

「ん? なんだ?」
「この本棚を避けてくれぬか?」
「本棚を?」
「本棚の後ろには、秘密があるのじゃよ」

 どこから拾ってきたのか全くわからない名言めいた言葉を言ってにやりと笑う魔女にしたがって、高村 朗は本棚を避けるために作られた足場に立ち入って、腕に力を込めた。ララ ザーズデイも手伝うと、その本棚はようやくその場からずれてその奥から扉が現れた。

「これは、ナガンからは聞いてない情報だね」
「あの時は一刻も早くルーノを探すという目的があったから、ここまで細かく調べられなかったのだろうよ」

 桐生 円とリリ・スノーウォーカーは扉の前に立ち、その扉を開いた。そこは小さな書庫で、その中にある本棚も、本がほとんどない状態だった。「やっぱりねぇ〜」とオリヴィア・レベンクロンがのんびりした口調で呟いていたが、桐生 円は気にせず適当な本を手にする。中身は研究日誌が主で、それも機晶姫関連ではないかこのものであり、ほとんどが読む価値もないほど無駄な研究ばかりだった。

「あら? これは……」

 フィル・アルジェントが一冊の本を見つけた。そこには上手ではないものの、名前がきちんと書かれていた。

『いしゅべるた・あるざすヒミツ日記 お姉ちゃんも見ちゃダメ!!』

 幼い子供が書いたらしいその本の中身は、秘密基地の設計図や、悪戯の計画など男の子が考えそうな夢が沢山つまった一冊だった。後半になると、ぬいぐるみの作り方が載っていた。上品な筆跡のメモ書きが挟まっており、これはきっと彼の姉、エレアノールから貰ったものを書き写したのだろうと見て取れた。

「ぬいぐるみまで作っておったとは、なかなかかわいらしい子供だったらしいな」
「ええ、ルーノさんの話では、とても素直な少年だったそうですから」
「……ぬいぐるみ型爆弾、なんて作る大人になりたくないけどね」
「ま、まだ決まったわけじゃありません!」

 桐生 円の小さな呟きに、フィル・アルジェントは声を上げた。それを押さえたリリ・スノーウォーカーがまた一冊の本を差し出した。

「コレは……?」
「エラノールとニフレディルの物語……古い御伽噺だと、イシュベルタは言っていたのだ」
「ああ、確か、その話がはやった頃はどこの家にもエレアノールやニフレディルって名前がいっぱいだったって」

 ユリ・アンジートレイニーは思い出しながら呟くと、リリ・スノーウォーカーはコクンと頷いた。そしてもう一つの本を差し出した。どうやら、ヒミツ日記その2のようだった。

『エレアリーゼと、ニフレディってなまえにすることにきめたんだけど、まだニフレディはめがさめないから、めがさめたらなまえをおしえてあげてっていわれた。おかしいな、ふたりともいっしょにいしをいれてもらったのに、めがさめたのはかたほうだけなんだ』

「ニフレディ……もう一人の完全体、ですか?」

 ララ ザーズデイは一層低いトーンで呟いた。その答えをくれるものは、そこにはいなかった。ユリ・アンジートレイニーは睫を伏せた。そのとき、あることに気がついた。足元を流れている温泉が、ある場所めがけて集まっており、その先が行き止まりだったのだ。

「もう一つ、調べ忘れた部屋があるみたいです」

 ユリ・アンジートレイニーの言葉に、一同が振り向いた。







「……話に聞いていた通り、すっかり荒らされた後だな」

 如月 佑也がたどり着いたのは、機晶姫たちの墓場と誰かが名づけた場所だった。第二グループと第四グループは道中特に大きな問題もなく同じこの墓場へとたどり着いていた。道中に転がっていたのは、魔獣だったと思われる獣達の骸だけだった。
 ラグナ アインは時折身体を震わせながら、膝を付いて涙を流していた。ラグナ ツヴァイはそんな姉の肩を支えながら、いつもとは違う真摯な眼差しをカプセルの中で朽ちている仲間を見つめていた。聞こえるか聞こえないかというくらい小さな声で、彼女は呟いた。

「はぁ、ボクも姉上をこんな風に閉じ込めてしまいたい」

 頭の中身は相変わらずであった。


 伏見 明子は石碑を調べながら、足元を入念に調べていた。魔獣たちがうろついているということであったが、彼女たちがたどってきた道には、誰かが通った形跡は見受けられなかった。メイド服姿をした長身の機晶姫フラムベルク・伏見(ふらむべるく・ふしみ)は周囲への警戒を怠ることなく、カルスノウトを構えたまま入り口を固めていた。サーシャ・ブランカ(さーしゃ・ぶらんか)も魔獣たちからの奇襲に備え、ダガーを構えていたが、少々飽きてあくびをかみ殺していた。

「サーシャ、もう少しまじめに」
「フラムは堅くなり過ぎだ。そんなんだから女らしく見えないのだよ」

 鼻で笑う執事服姿の獣人の言葉にカチン、と着たのかカルスノウトをそちらへゆっくり向ける。待ってましたといわんばかりにサーシャ・ブランカもダガーを両手に構える。

「もう、二人ともやめてよ。護衛するのが仕事なのにこんなところでもめるなんて」

 九條 静佳(くじょう・しずか)がため息混じりに呟くが、当の二人は聞く耳を持たずに追いかけっこを開始してしまう。

「そんなんだから、二人とも女らしく見えないのよ」
「静佳、少しいいかしら?」
「どうかしたのかい? 明子」

 呼ばれて伏見 明子がかがんでいるそばへと歩み寄る。そこには大量の血痕があった。既に長い時間が経過しているようだったが、その場所がイシュベルタ・アルザスが立っていたのであろう場所であることは、ロザリンド・セリナから貰った情報どおりだった。

「この石碑、さすがになんて書いてあるのかわからないわね」
「餅は餅屋に、ってね。解読できそうな人がいないか呼んでくるよ」

 九條 静佳が第二グループのほうへ駆けていくと、退屈そうにあくびを漏らしているヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)の真横を通り過ぎた。

「それにしても、お宝とは無縁そうな場所に当たっちゃったなぁ……」

 再度深々とため息をつくと、足元にあった石を蹴り飛ばした。その石が一つのカプセルにぶつかると、カプセルが鈍く光を帯び始め、電子音を立てて動いたのだ。

「え、え、やだ、あたしのせい!?」
「どうかしたのか?」

 悲鳴を上げたヴェルチェ・クライウォルフの下へ、エヴァルト・マルトリッツが駆け寄ってきた。見た目は小柄な少女を思わせる重装甲を身につけた機晶姫ロートラウト・エッカートは鼻息を荒くして声を上げた。

「合体メカが見つかったんですか!」
「いや、そんなに簡単に見つかったら苦労はしないだろう」

 しゃんと伸ばした背筋が印象のドラゴニュート、デーゲンハルト・スペイデルの冷静なツッコミを受け流しながら、ロートラウト・エッカートは動き始めたカプセルを覗き込む。さび付いた機晶姫は、まるで打ち捨てられたミイラのようにも見える。しばらくすると、カプセルの中にある水が引いていき、それと一緒に錆付いた機晶姫もどこかへと流されていってしまった。空になったカプセルは、今度こそうんともすんとも言わなくなってしまった。

「恐らく、処分されたんだろうな」

 後から来てそれを見ていた緋桜 ケイが小さく呟いた。それを聞いて、悠久ノ カナタが顔をしかめた。

「待て、ではかの機晶姫はどこへと流されたのじゃ?」
「そりゃ、どっかこの奥……」
「ってことは、そこにお宝が!?」

 ヴェルチェ・クライウォルフがすくっと立ち上がると、カプセルを割ってその中に臆することなく飛び込んでいった。

「ちょ、まて!」

 緋桜 ケイの静止は間に合わず、カプセルの奥に空いた穴の中へ、ヴェルチェ・クライウォルフは飲み込まれていった。緋桜 ケイはすぐさま自分もカプセルに足をかけた。ソア・ウェンボリスが大慌てでその腕を掴む。

「ケイ! どうするの?」 
「どうするって、ここらにはいなかったが、魔獣がいるかもしれないし……女の人一人で行かせるわけには」
「その通りです! 早く助けに行かないと!」

 ラグナ アインはそのままカプセルの中に飛び込んでいった。彼女の青い髪がその軌跡をわずかながら残し、ラグナ ツヴァイも後を追宇野はもちろん目に見えていた。

「ああもう! あいつは何で考えなしなんだっ! ……皆、すまん。すぐに連れて戻る」

 深々とため息をついた如月 佑也が他のメンバーに頭を下げて二人を追った。その際、彼はロープをカプセルの外に結わいつけていくのを忘れなかった。

「そんなに勝手な行動したらチームわけした意味がないじゃないっ」

 伏見 明子は鼻を鳴らしながらそういうと、自分もロープを手に取った。パートナーたちに声をかけると、緋桜 ケイに視線を向ける。

「恐らく、ここがあのイシュベルタってやつが死んだはずの場所よ。だけど、血痕しか残ってないし、あの中央にある石碑は誰も調べてない。ここ、お願いしてもいいかしら?」

 黒い瞳が強く輝いて頷きを返してきたのに安心して、伏見 明子はロープを下っていった。その後を、フラムベルク・伏見やサーシャ・ブランカも追い、九條 静佳は改めて残るチームに頭を下げる。

「それじゃ、私たちも調べましょう」
「その前にご主人、お客さんらしいぜ」

 雪国 ベアの言葉に振り向くと、通り道にいた魔獣たちの骸が、しっかりとした足取りで此方に狙いを定めているのが見えた。悠久ノ カナタと緋桜 ケイは杖を構え詠唱を開始する。ソア・ウェンボリスも短い詠唱での牽制を行いながら、魔獣たちと距離をとり始める。

 ロートラウト・エッカートは小柄さを生かした身のこなしで、続々と現れる魔獣の脳天に拳をねじりこむ。倒れた魔獣たちを、続々と炎術で再生能力を抑えようとしているのはデーゲンハルト・スペイデルだ。詠唱が完了した悠久ノ カナタと緋桜 ケイは魔獣たちの群れに強大な火柱を食らわせる。そうして、ようやく灰になった魔獣たちが風に吹かれてそこから完全に姿を消した。

「かぜ?」

 ソア・ウェンボリスは指先をぬらして風の出所を探した。どうやら、カプセルの底からの様だった。

「よかった、出口が向こうにもあるみたいですね」
「そうとわかれば、さっさとこっちの調査も終わらせよう」

 エヴァルト・マルトリッツがそういうと、ソア・ウェンボリスは大きく頷いた。