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リアクション
お嬢様のお眠り
黒崎 天音(くろさき・あまね)は鳥丘 ヨル(とりおか・よる)を伴い、お嬢様のお眠りに参加した。
「さ、それじゃお休みの時間だよ!」
ポン、とヨルが用意されたベッドに乗る。
「……人に囲まれて見られての状況は変ではあるけれど……まあ、競技とあれば仕方ないね」
「そういうこと。さ、天音。寝かしつけて」
うれしそうに、ヨルが天音を見つめる。
「かしこまりました、お嬢様。さて、今夜は何のお話を読みますか?」
天音が表紙の真っ白なノートを取り出す。
ぱらぱらっとめくっても、中は真っ白だ。
いわゆる『おてて絵本』の要領で、語り聞かせをするつもりなのだ。
しかし、ヨルはつまらなそうな顔をした。
「天音、いつもと話し方が違うよ」
「あくまでも執事ですから」
「……江戸っ子口調とかで喋ってもらおうかな」
「残念ながら、この競技はお嬢様のお眠りで、お嬢様の我が儘ではございませんので」
執事らしく丁寧に天音に断られ、ヨルはぷうっと頬を膨らませながら、要求を続けた。
「お話は天音がお勧めのがいい」
「それでは『ゴーレムはかせのドラゴンたいじ』を」
小さく微笑み、天音が話を始める。
その様子を見て、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)はホッとした。
「ふむ……どの辺が体育祭なのかよく分からんものだが……一応、やる気はあるようだな」
気だるげな天音だが、逆にお眠りと言う競技に向いていると言えなくもない。
それに、お相手であるヨルが楽しそうなのが、また良かった。
天音はヨルの求めに応じ、寝物語を語り始めた。
ツァンダの遺跡でのドラゴン退治の話に、ヨルは目を輝かせ、途中で出てきた『マッドサイエンティスト』という言葉に興味を抱いた。
「まっど……って何?」
「そうでございますね。興味深い危険人物。とでもいったところでしょうか?」
その言葉にヨルはきょとんとした。
「天音はそういう人好きなの?」
「知的好奇心を満足させてくれる存在には興味はありますよ」
「ちてきこーきしんかあ……」
ヨルは小さく首を傾げ、ニコッとした。
「興味深いっていうなら、ボクは天音がそうだよ! まっどさいえんてぃすとは天音みたいな人だねっ!」
正直すぎる感想に、天音が小さく笑う。
「それで、それで? 他のお話は?」
ふとんの温かさと、囁くような天音の良い声に包まれながら、ヨルは更なる話を期待する。
次のお話を聞きながら、ヨルは瞼が重くなっていったが、それでも寝ることはなかった。
「好奇心旺盛だね、ヨル。喋りすぎて少々顎が疲れたよ。お嬢様、そろそろお休みになっては頂けませんか?」
段々と執事口調が崩れながら、天音がヨルに尋ねる。
しかし、ヨルは引かなかった。
「ヤダ。だって、天音の声聞いてると楽しいもの」
「ん……」
「こうやって、そばにいて、お話聞かせてくれてって機会なかなかないし、うれしいし…………んん……」
そう語りながら、気づくとヨルは夢の中に落ちてしまっていた。
「おやおや……」
目が覚めたら、語り途中だったお話の結末を聞かせてあげようと思いながら、天音は肩が冷えないよう布団を掛け直してあげるのだった。
「ユノとロザリィヌか。これはまた変わった組み合わせになったな」
イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)の言葉を聞き、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)が少し身を乗り出して、自分のパートナーの様子を見つめた。
無機質で機械的なユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)に比べ、お嬢様であるロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)のテンションはものすごく高かった。
「ほーっほっほ! わたくしは簡単には眠りませんわよー!」
眠らないどころか、せっかく眠ったヨルさえ起こしそうなくらいにロザリィヌの高笑いがすごい。
しかし、相手のユニコルノを見て、ロザリィヌは態度を軟化させた。
「あら……これは予想外ですわ……!」
男なんかに簡単に眠らされない、と意気込んでいたロザリィヌだが、小さくて可愛い女の子の出現に、目の色を変えた。
「お相手がこんなに可愛い方なら、『お嬢様の我が儘』に参加して、妹にして差し上げますわ、という方が良かったかしら?」
「妹……ですか?」
普段は主である呼雪に妹のように世話を焼かれている身なので、なんとなく妹と言うのが分かるが……ロザリィヌの言う『妹』は何かが違う気がした。
「そうですわ。百合園で言う『妹』ですわ。ほーほっほ」
「…………」
呼雪が自分に何かをつかめたらということを言っていたが……。
ユニコルノはテンションの高いロザリィヌを見て、いろいろと考えた。
無感情そうに見えるユニコルノに比べて、ロザリィヌは顔の表情も声の感じも、ものすごく感情豊かそうに見えた。
「楽しそうです……ね」
「ええ、楽しいですわよ。人間、生きてる時間に限りがあるのですから、面白おかしく、笑って楽しんで生きないとですわー!」
「笑って楽しんで……」
考え込むユニコルノの身体を、ロザリィヌはぎゅっと抱いた。
「!」
ビックリとして、戦闘体勢を取りかけたユニコルノだったが、ロザリィヌから敵意を感じられず、戸惑った。
「こうしていると、うっとりとして眠ってしまいますのよー……」
「うっとりと?」
「はい、良い気分になるのですわー。おーほっほっほっほ…………」
笑いながら、ロザリィヌはこてんと寝てしまった。
そのロザリィヌを抱き上げ、ユニコルノは用意されたふかふかのベッドに寝かせてあげた。
小さなユニコルノだが、機晶姫なので、それなりのパワーはあるのだ。
公園にダンボールの城を建てて暮らしているロザリィヌは、いつもダンボールとは違う、暖かな感触に包まれて気持ちよく寝るのだった。
競技後に、主である呼雪に会ったユニコルノは、彼にこう答えた。
「得るものはあったと思います。善処します」と。
「暗くして差し上げられないのが残念ですが、せめて、これでお気持ちを楽になさってください」
清泉 北都(いずみ・ほくと)はお嬢様役であるレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)のためにリラックス効果のある香を焚いてあげて、ベッドの傍に置いた。
「あ、ううん。いいの。……じゃなかった、いいです。ボ……私も暗いと緊張してしまうので」
「かしこまりました」
くすっと笑って、北都が櫛を用意した。
「お嬢様、さあ、どうぞ。御髪を」
「え、ど、どうすれば……」
「私のほうに背中をお向けください」
北都に丁寧に言われ、レキはくるっと北都に背中を向けた。
すっと伸ばされた北都の手が、レキの髪に触れ、ピンクのポニーテールの髪が解かれた。
「え……」
寝る前に着替えとかなくて良かった、と安心していたレキだったが、髪を解かれて、触れられ、ちょっとドキッとした。
北都の手が優しく、レキの髪を梳き、その感触に少し眠気を誘われる。
気づくと、北都が普段のポニーテールと違い、下のほうで緩く髪を止めてくれた。
「おやすみのときに邪魔になってしまうのではと思いましたので」
「あ、ありがとう……」
声をかけられ、レキはちょっと頬を染める。
外見年齢も身長も、レキの方が大人なのに、大切に扱われているせいか、レキの胸が少し高鳴っていた。
「さ、どうぞ、ごゆっくりなさってください」
布団を膝の辺りにかけられ、レキは頷く。
しかし、髪を梳かれて少し眠くはなったものの、簡単には眠れそうになかった。
「いつもお眠りになるまで、時間のかかるほうですか?」
北都の問いかけに、レキは首を振る。
「う、ううん……普段は寝つきがいいんだけど……」
「だけど?」
「競技だと緊張しちゃって」
「なるほど、そうでしたか。それでは、少々お待ちくださいませ」
緊張気味のレキのために、北都があるものを用意してきた。
「これ……は?」
「ホットミルクに蜂蜜を入れたものになります。ミルクや蜂蜜は苦手でしたか?」
「う、ううん。あ、いえ……苦手ではありませんわ」
慣れない口調で答えながら、レキはちょうど良い温度に暖められたホットミルクを身体に流し込む。
「あったかい……」
心も身体も温められるような感じがして、レキはホッとした息を漏らした。
「それは良かったです。それからお嬢様」
「はい?」
「どうぞ、ご無理はなさらないでください」
「え……?」
不思議そうなレキに、清泉は柔らかな笑みを向ける。
「丁寧な言葉を使うから、私、と自分のことを言うから、お嬢様なのではありません。お嬢様だから大人しくとか、お嬢様だからこうでなきゃいけないなんて、ないんですよ」
「北都さん……」
「どうぞ、ご普段どおりに。お嬢様がお気を楽にしてくださるのが、執事にとっては一番喜ばしいことなのですよ」
「う、うん、ありがと」
目指せ淑女! と意気込んでいたレキは、肩の力を抜いて、頷き、ホットミルクをもう一口飲んだ。
「おいしい」
思わず笑みがこぼれたレキを見て、北都も目を細めた。
「その笑顔こそが、執事にとって最高のご褒美です」
気が楽になったレキは、ホットミルクを飲み干すと、ベッドの上に横になった。
そのまま北都と話をしているうちに、いつの間にか競技だということや、周囲に人がいて見られていると言うことを忘れて、リラックスしていた。
「ん……」
瞼が少し重くなってきたレキを見て、北都は少し深めに羽毛布団をかけてあげた。
「大丈夫ですよ。お眠りになるまで、ずっとそばにいますから」
「あ、うん……」
これって競技だから、寝たら負けになっちゃうのかな? と最初は思っていたレキだったが、気づくとふわふわして気持ちの良い感覚が頭を占めていて、そんなことはすっかりと忘れてしまっていた。
暖かくて、何かに包まれているようで。
レキはあと少しで気持ち良い眠りにつけそうだった。
「……北都さん?」
「はい?」
小さなレキの言葉も聞き漏らさずに拾い、北都が問いかける。
「手、握って……」
ベッドの中からおずおずと差し出された手を、北都は優しく握った。
レキの要望が、添い寝とかキスだったならば、執事の範囲を超える行為は出来ないからと、北都はお嬢様が傷つかない・恥をかかない範囲でやんわりと断ろうと思っていた。
しかし、手を握るくらいならば、問題はない。
触れた手の暖かさにホッとして、レキが瞳を閉じる。
「あったかい……昔ね、ママに寝るときによく手を握ってもらってたの」
「お母様に、ですか?」
「うん。北都さん、男の人だからママの手とは違うけれど……でも、あったかくて、安心できる……よ……」
最後の方は段々途切れ途切れになりながら、レキはすうっと眠りに入った。
レキが瞳を閉じた後も、北都はずっと手を握り続け、レキの手が自然と離れると、その肩が冷えないように、布団をかけなおしてあげた。
「あなたが私の今日のお嬢様になってくれて、本当に良かったです。レキお嬢様」
幸せそうに眠るレキに、感謝をこめて、北都はそう語りかけたのだった。
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