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リアクション
優しい関係
時間は、少し前にさかのぼる。
皆川 陽(みなかわ・よう)は、体育祭があるのは知っていた。
だからと言って競技に参加する気は無かった。
凡庸な自分が、どんな競技に出てもいい成績が残せるはずがないのだ。
たまたま、空京の大会会場前を通りかかった時、イルミンスール魔法学校の沢渡 真言(さわたり・まこと)に声をかけられたのだ。
「私、どうしても執事の腕を競う大会に参加したいんです。制服を交換して、お嬢様として一緒に競技に参加して頂けませんか?」
突然の申し出だった。
「えっと、六校合同体育祭だから、別に制服を交換する必要は無いんじゃないかな? それにボクがお嬢様をやっても上位入賞なんて無理だよ」
「大丈夫です。わたしに任せてください。立派なお嬢様にして御覧にいれます。無理を承知でお願いします」
真言に必死に頼まれ押しの弱い陽は、流される様に真言のイルミンスールの制服に腕を通し、現在お嬢様控え室にいる。
そして陽の番がやってきた。
真言は、自前の執事服に着替えしっかりスタンバって居る。
陽はと言うと、慣れない女性もの制服にカツラ。
控え室は女の子ばっかりだったし、居心地が悪かった。
まあ、控え室で一つの珍事はあったけど。
真言の側まで行くと。
「お待ちしておりました、お嬢様。今日はお嬢様を最も美しいレディーにして変身させて頂きます」
「はあ」
真言の言葉に気弱な返事を返す陽。
真言は、陽の耳元に口を近づけるとこう言った。
「けして、恥だけはかかせません。必ず誰もが羨む姿に変えて見せます!」
「大丈夫だよ。ここまで来たからには沢渡さんに任せるよ。ボクみたいなのはどれだけ恥かいたって一緒だから」
自虐的に言う陽に真言は熱い口調で。
「そんなことは、ありません! 今日、あなたは、私のお嬢様なのですから! 他のお嬢様にも負けないくらい素敵にして見せます」
「は……はい。分かりました。お任せします」
陽は、真言に押され気味だが腹はくくった様だ。
「それでは、コーディネートに移りますね。陽様は、おとなしげなイメージですから、清楚な『物静かなお嬢様』風にコーディネートしていきましょう」
「はい」
「これから寒くなりますし長めのベロア地のスカートにタートルネックと丈が短めのカーディガンをブローチでとめてふわもこのファーの帽子をチョイスしましょう」
真言は手際よく、陽に合わせたコーディネートをしていく。
「それでは、こちらにお着替え下さい」
「分かりました。あっ、でも覗かないで下さいね」
「分かりました。陽お嬢様」
陽がフィッティングルームに入って数分、出てきたのは華奢な感じの女の子だった。
「陽お嬢様、良くお似合いで」
「女装だよ、あんまり褒められても……」
「そんなことありません。メイクも致します。きっと素敵なレディーになられることでしょう」
「はい。分かった」
そうして、真言は陽にメイクをしていく。
普段の陽は美形とは決して良い訳ではない。
かといって、不細工の範疇にも入らない。
至って普通なのだ。
だからこそ、美形の多い薔薇の学舎では普通の容姿の陽は目立ってしまう。
何で、自分が薔薇の学舎にいるのか疑問に感じてしまう。
「はい、出来ましたよ」
真言の言葉に現実に引き戻される。
「鏡をご覧下さい、陽お嬢様」
言われて手鏡を取り、鏡の中の自分を見る。
そこには、華奢で柔らかそうな女の子が居た。
「うそ……これ……ボク」
「つけまつげ等も付けさせて頂きましたが、陽様は化粧のノリが良くて、目元も優しいですし、かわいらしさを表現するのは、簡単でした」
「それは、沢渡さんの腕がいいから……」
「いいえ。あくまで陽様の資質です」
まるで、自分が自分じゃない様な衝撃。
いつも普通の自分。
だけど、女装をするだけでこうも変わる。
多分二度と女装する機会なんて無いけど、ちょっとだけ自信に繋がった。
「沢渡さん、ありがとう」
「こちらこそ、お嬢様。制服は、ちゃんとクリーニングしてからお返ししますね。……ちょっとぶかぶかでした」
二人にこやかに笑い合うのだった。
如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は、執事が自分の所に来るのを待っていた。
格好は、一応体育祭と言うことで、体操着とブルマー。
昨今、減少してならないブルマーを履いてくる勇気はたいしたものだ。いや、天然なのか?
「日奈々お嬢様、大変お待たせ致しました」
深々と日奈々に頭を下げるのは、一件少女にしか見えないアルシェ・ミラ・オリヴィラ(あるしぇ・みらおりう゛ぃら)だ。
「いえぇ……待って無い……ですよぅ」
「いえ、執事として日奈々お嬢様を待たせるとは、申し訳ございません」
「頭を……あげて下さいぃ」
アルシェの執事然とした姿勢に戸惑う日奈々。
「それでは、早速お召し物のご用意を致しましょうか?」
「はいぃ……自分じゃ……どんな、服が……似合うか、わかんない、から……アルシェさんに…コーディネートして、もらいたいですぅ」
「私がコーディネートしてもよろしいですか」
「はいぃ……」
これも執事への信頼の現れか。
「日奈々お嬢様。コーディネートのご希望は何かございますか? 私、それに合って尚かつお嬢様の魅力を引き出すコーディネートを致します」
「希望ですかぁ……私の希望イメージはぁ……フリフリふわふわの、かわいい系ですぅ?」
「かしこまりました、日奈々お嬢様。少々お待ち下さい」
そう言うと、アルシェは、大量にある衣服から、白を基調とした服を持ってきた。
「お嬢様は白がとてもお似合いですので、白を基調とし、可愛らしさを引き立てる様にフリル使いの甘めのテイストに致しましょう」
「フリルですかぁ……私も見れたら……良かったな」
そう、日奈々は両目の視力を失っている。可愛い服を着ても自分で見ることが出来ない。
「ご心配なく日奈々お嬢様。お嬢様の視力のことも考えまして、身体で服の感触を感じれる様にフリルは大きめのものを、そして、可愛い服を着ている気分をより一層楽しめるように、香りも使ってみたいと思っております」
「香りですかぁ……気持ちが嬉しくなっちゃいますぅ。香りはぁ……甘いストロベリーの香りがいいですぅ……駄目ですかぁ?」
「いいえ、もちろん、日奈々お嬢様のお望みのままに叶えて差し上げます」
「それじゃぁ……もう一つだけぇ……お願いしてもいいですかぁ?」
「なんなりと。日奈々お嬢様」
「お洋服の着方がぁ……分からないとぉ……思うのでぇ……着せて貰っても良いですかぁ?」
「はい。もちろ……」
日奈々のお願いは、何でも叶えてあげようと思っていたアルシェだが、流石にこれは躊躇した。
可憐な少女に見えても、アルシェは健全な男の子なのだ。
「駄目ですかぁ……?」
「いえ、もちろん引き受けさせて頂きます。執事としてお役に立つことが私の喜びですから」
そうして、二人はコーディネートした服を持って、フィッティングルームに向かった。
アルシェが用意した服は、フリルがふんだんに使われた白いワンピースに、腰には上品な金色の細いチェーンベルト。そして、太めの白と赤のストライプリボンをウエストのやや左あたりで蝶々結びにしてワンポイントに。
首元には薄桃色でフラワーモチーフのストールをふわふわ感が出るようにくしゅくしゅと巻き、ストロベリーの香水でほのかに香り付けた苺のストールリングを留めた。
流石のアルシェも日奈々が下着姿になった時には、目の行き場に困ったが、執事として彼女を着飾っている内に、ショートケーキの様にふわふわで愛らしいお嬢様の完成に喜びを感じていた。
「出来上がりましたよ、日奈々お嬢様」
「出来たですかぁ……私……可愛くなれましたかぁ?」
「もちろんでございます。お嬢様お気に入りのリボンの髪飾りとも、良くお似合いです」
日奈々の疑問に、自信を持ってアルシェが答える。
「ありがとうございますぅ……良い香り……すてきな執事様でぇ……私……嬉しかったですぅ」
そんな日奈々の言葉に、心が温かくなるアルシェだった。
真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)は、パートナーである佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)に最後の復習をさせていた。
何の、復習かと言えば、執事のなんたるか、執事の礼儀、そういったものである。
今回の体育祭に弥十郎が参加することに決まった時、真名美は執事の心構え、立ち居振る舞い、お茶の入れ方等々、自分が教えられることを、徹底的に弥十郎に教え込んだ。
『違うでしょ。もう一度やり直し』
と、弥十郎を叱りつけ、ある意味スパルタ。
だが、それもパートナーである弥十郎が競技で恥をかかない為である。
「弥十郎さん、私が教えられることは全て教えたよ。頑張ってね。私は、柱の陰から見てるから」
「分かったぁ、頑張るよぉ」
「もう、本番入ったらスイッチ入れてよ」
なおも、心配げに真名美は歩き去る。
「どれじゃあ、頑張ろうかねぇ」
弥十郎は、ポケットから小さな根付けを取り出す。
それを握りしめると、いつものほほんとした弥十郎の顔がキリッとした執事の顔に切り替わる。
「瑠菜さまがいらっしゃった様だな」
弥十郎の視線の先に七瀬 瑠菜(ななせ・るな)が歩いてくる。
「今日は、よろしくお願いするねっ!」
「こちらこそよろしくお願い致します、瑠菜様」
「あたし、おもてなしとかされ慣れてないから、超緊張しちゃう」
「大丈夫ですよ。私にお任せ頂ければ大丈夫です」
瑠菜の元気な声に弥十郎は執事然とした話し方で、緊張をほぐそうとする。
「それでは、瑠菜様コーディネートの方、致しましょう」
「うん♪」
数多の服を見て、瑠菜が小さな溜息をつく。
「あたし、正装って言ったら着物しか着たことないし、どんな服が良いかよく分からないなあ。パートナーに着せたりするのは、好きなんだけど」
「それでは、瑠菜様。瑠菜様のコーディネートは、全て私にお任せ頂いて構いませんか?」
「うん。よろしく執事さん♪」
「では、まずは、髪型のコーディネートから始めましょう」
そう言うと、弥十郎は瑠菜をそっと椅子に座らせ、髪に櫛を通す。
弥十郎は、瑠菜のことを野に咲く雛菊のようにかわいらしいお嬢様と考えていた。
だから、今回はカトレアのように少し大人な雰囲気をの彼女を演出しようと考えた。
少し考えて思いついた髪型は、ハーフアップ。
華やかさを出す為にホットカラーを使用し、弾むようなカールをアレンジで加える。。
耳上はすっきりまとめて清潔感を引き出すことも忘れない。
「瑠菜様、髪型の方、この様になりましたが如何でしょうか?」
一通り終えると、弥十郎は瑠菜に手鏡を手渡す。
「うわー♪ すごーい。何だか大人っぽーい♪」
「喜んで頂けて幸いです。こちらの髪型に合わせたお洋服をご用意させて頂きます」
「うん。お願いするね」
無邪気に喜ぶ瑠菜に、弥十郎も自然と笑みを浮かべる。
「私、瑠菜様のイメージで何着かお洋服をお持ちしますので、瑠菜様は先にフィッティングルームでお待ち下さい」
「はーい」
言うと、弥十郎は洋服を何着も見比べ始める。
数分後、瑠菜の待つフィッティングルームに数着の洋服を持って弥十郎が現れた
「瑠菜様のイメージで数点お洋服をお持ち致しました。お気に召すものがあればよろしいのですが」
「綺麗で可愛い服がいっぱーい♪」
「試着をなさって頂いてよろしいですか?」
「もちろん♪」
瑠菜は、弥十郎が用意した洋服全てに袖を通した。
「お気に召すものはございましたか?」
弥十郎が問うと、瑠菜は笑顔で。
「今着ているこの服が一番素敵♪」
寒さのことも考えて弥十郎が選んだ一品だ。
「お気に召して頂けて、幸いです」
弥十郎が頭を下げる。
「でも、試着をいっぱいしたから少し疲れちゃったかな」
「それでしたら、こちらでローズティーとミルククッキーをお召し上がり下さい」
「わー♪ 嬉しい。執事さんは、アタシのことすごく考えてくれてるんだね。感動しちゃった」
瑠菜が笑顔を弥十郎に向けると、弥十郎は優しい笑顔で「瑠菜様の為ですから」と言うのだった。
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