天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

年越しとお正月にやること…アーデルハイト&ラズィーヤ編

リアクション公開中!

年越しとお正月にやること…アーデルハイト&ラズィーヤ編

リアクション

「みなさーん! 待っていてくださいねー!」
 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)は声をはりあげた。遠からんものは音にも聞け、近くばよって目にも見よ! と言わんばかりにはしゃいでいる。
 さあ、並み居る在野のつわもの共を薙ぎ払い打ち倒し、勝ち取ってきた食材の数々を見るがいい!
 さっきまで気絶してぼろぼろの状態で放置されていたくせに、それなりに寝たせいか再起動は早かった。
 もみくちゃにされてマントはぐしゃぐしゃ、仮面にもひびが入ったままの満身創痍のかれも、今は称えられるべき勇敢な戦士なのである。シャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)も似たり寄ったり、マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)だけが二人の尽力も手伝って無傷である。
「さて、マナさんシャーミアン、私はそば打ちを致しますよ!」
 マナは海鮮雑煮、シャーミアンは寒ブリで刺身とブリ大根の予定だ。皆においしいものを食べて年越しをしてもらうのですよ! と張り切っている。
 手分けして運んできた食材を運び入れ、それぞれの準備をはじめた。作るものがばらばらなので、単独行動である。
 そこへイリーナが、クロセルに頼まれたといってそばの打ち粉を取りに来た。
「打ち粉はこれだろう」
「ああ、これだ。広場で大規模にパフォーマンスをやるらしくて、手伝わせてもらおうと思ってな」
「何!? クロセルのやつはそば打ちパフォーマンスだと!?」
 なんということだ、とシャーミアンの対抗意識に火がついてしまった。
「負けてなるか! では某は寒ブリの解体ショーだ!」
 ちょうど場所が昼間のバトル会場にかぶっていたので、誰かが頼み込んだらしく見事なセットが3Dで演出された。背後に巨大なスクリーンが浮かび、手元や行動を拡大して映し出すことができる。
 ちゃっかりフューラーも、後でおいしいものをいただく約束で司会に参加している。
『私の記憶が確かならば、本日この方々は、あのオヴァ…なんとかという悪鬼羅刹の跋扈する、空京の激安スーパーなる魔窟にて、この燦然と輝く食材の数々を獲得してきたと聞き及んでおります!』
 観客からどよめきが上がる。
「なんと、あそこからか…!」
「ご存知なのですかアーデルハイト様?!」
「うむ、もともとあそこはな…」
 アーデルハイトは厳かに語りだした。
 ―激安スーパー、とは、言い換えれば流通ルートが常軌を逸して終結している場所である。当然店も乱立するその中で客を獲得するために価格競争が起こり、集客戦争スポットとなった。商品の質を上げ、値段を下げれば、自然と各地から台所を預かって生死を賭ける古強者達が集う場所となる。
  人が集まれば、その古強者とてごろつきや智謀策謀に長けたもの、腕っ節ではなくハッタリでのし上がってきたものなど、千差万別のいずれ劣らぬ闘士たちということだ。
  商品の奪い合いに負けぬ腕力、恫喝にひるまぬ胆力、目指す商品にたどり着く脚力、お買い得品を見逃さぬ眼力、他人が獲得した商品も我が物と豪語する図々しさを全て兼ね備えたものだけが、かの場所の勝者となれるのだ。
  それに対応する店員も自然と老獪さを獲得し、話術を駆使し、時にはその身に見合わぬ力を振り絞って百戦錬磨の客達と死合う…
  かくのごとく、あの場所で目当てのものを獲得するには非常な困難が伴うが、店もまたそれらを乗り越えた客のどんな欲求をも満たす底力を発揮するという…
                 参考文献…イルミン書房『空京秘話』 ―

「…あの場所は、それほどまでに恐ろしい場所だったのですね…」
 ラズィーヤは神妙に、眼前で行われているパフォーマンスの真のすごさを思い知った。
 
 いつの間にか忙しく働き回る3人ともにアシスタントがついていた。
 蕎麦打ちをするクロセルには、そのままイリーナ・セルベリアがつき、打った蕎麦を茹でる準備や、年越し蕎麦のためにてんぷらなどの付けあわせを用意している。
「ありがとうございます、とても助かりますよ」
「いや、楽しそうだと思って押しかけたのは自分だ。蕎麦打ちを続けてくれ、みんなが待っているからな」
 この分だと、想定していたよりもずっと早くそばを提供できそうだ。
「皆さん、待っていてくださいよー!」

 マナには冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)がつき、小さな身体ではやりにくいことの代行をしている。
 てきぱきと餅を切り分け、だしを作って海鮮もののパックを片っ端からあけている。
「手伝っていただいてすまない」
「いえかまいませんわ。大変でしょうし、私も食事を作ろうとしていたのですから、目的の合致というものですよ」
「そうか、ならば我々でおいしい雑煮をたくさん作って、たらふく食べてもらうのだ!」
「はい、がんばりましょうね」

 シャーミアンにはアリア・セレスティがついた。
「アリア殿申し訳ないが、そこの包丁を取っていただきたい」
「…ひっ…い、いえあの、お怪我なさらないでくださいね…」
 包丁を取替え、使い分けるのはいいが、べっとりと血糊のついた包丁を渡されるのはびっくりだ。
 さすがに、でかい魚まるまる一体を解体するのは、下手をするとスプラッタでしかない。
 ものすごい寒ブリと格闘するシャーミアンの、クロセルに負けじというものすごい迫力に気圧されて、ちょっとびくびくしているアリアである。
「あれ、こんなところに大根がいっぱい…」
「そうだ、ブリ大根も作らねば! いかん忘れていた!」
 大根に飛びついてだんだんだだんと叩き切っていくシャーミアンをなんとか止めて、ブリに専念していただく。
「下茹では私がしておきますからー!」
 大根ではなくまるで敵の首をはねるような包丁さばきは、怖すぎて見ていられなかった。
 
 ちなみに見た目やうまさ、集客といった点でも、全員が平等で勝負がつかなかったことを、追記しておくことにする。
 正確に言うと、だれも勝負にしようとはしなかった。うまくて腹が満ちるのだから、無為な争いはしないほうがいいのである。
 そういうものは、お正月競技に任せればいいのだ。
 
 百々目鬼 迅(どどめき・じん)は、明日自分が参加するメンコのために、参加者を闇討ちする計画を立てていた。
 昨日はテントの周りをものすごいものがうろついていて、警戒して外に出られなかったのだ。目標をひとつも達成できていないのは許しがたいことである。
 今日こそ獲物を屠るのだ、と隠れ身で暗がりや物陰を伝い、獲物を探して徘徊していた。なぜか人通りが少なくて、目標を見つけられない。
「お、ようやく獲物を発見」
 彼の視線の先には朱宮 満夜(あけみや・まよ)ミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)がいた。
 松明を掲げ、満夜は少し眠そうなミハエルを気遣っていた。
「いや、昼間寝たから我輩は大丈夫だ、おまえこそ大丈夫か」
「私もちゃんと寝ましたよ、それよりイルミンスール生として、皆様の安全を守らないとですよ。それにしても人がいません…」
「ああ、今蕎麦打ちやら何やらで食事をふるまっているから、皆広場に集まっているらしい」
「さすがにそろそろおなかがすきましたね」
 ふう、と満夜がため息をつく。
 気を緩めたな、今だ! と迅は飛び出した。
 
「昨日の犠牲者の犯人はこいつでしょうね」
「許しがたいな、氷の簀巻きにしてくれよう」
 昨日の晩、見回り仲間が二人、ボコボコにされて倒れているのを発見したのは彼らである。
 彼らの足元に、あっさりと返り討ちにあって気絶した迅が転がっていた。
 昨日の分に関して迅は濡れ衣ではあるが、今やろうとしたことも含めて言い訳はできない。
 なんとか満夜は氷の簀巻きを思いとどまらせ、普通の簀巻きにしておいた。さすがに冬空の下で氷付けにしてしまったら、春まで発見されなくなるかもしれない。さすがにそれは夢見が悪いしそんな年明けは勘弁したい。
「適当に切り上げて、初詣に向かいましょうね」
 
「おまたせっ!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はパーティ会場から急いでやってきて、流石に息を切らせていた。
 鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)はルカルカの姿を認めて、にっこりと笑った。
 白い男装の礼服が彼女に似合っていて、凛々しい姿に胸が熱くなる。
「いや、今来たところです」
「そんなはずないでしょう、ごめんね」
 一連のやりとりを、ふと我に返って初々しいデートの待ち合わせみたいだと思って二人は笑いあった。
 確かに今まであまり、普通のデートみたいなことは確かにできなかったかもしれない。もう婚約もしたのに、新鮮さはちっとも失われない。
 見つめあい、白い息をはきながら、どちらからともなく手を取り合って歩き始めた。
「ありがとう、マフラーしてくれて。おそろいでよかったぁ」
 真一郎の銀の髪と白いマフラーに、髪紐の赤が鮮やかに色を差す、その横顔がかっこいい。
 ふと悪戯心を出して、背中に抱きついてみた。このひとは、私を思ってくれる私の大切な人。
「ど、どうしたんです?」
「ふふ、かっこいいなーって、惚れ直したのっ。…あ、照れた?」
 まずは空京のお寺にいきましょう、一年の最後に、一緒に鐘をつきましょう。
 
「ブレイロック、これから出かけませんか?」
「なんだ? 出かけるのはかまわんが、防寒をしっかりするんだぞ」
「はい、鐘つきというものをしてみたくて、お寺に」
「そうか、では行こう。日本の行事には変わったものがあるものだ」
 年越しとは外国ではクリスマスと一緒だったり、爆竹を鳴らして大騒ぎするものらしい。
 日本の風習が多く持ち込まれるパラミタでは、あまりそういうことはせず、静的な祝われ方をするもので、その違いをハーレックは楽しんでみたいらしかった。
 
「真にいちゃん、この音なに? さっきからごーんごーんっていってるんだけど」
「さすがに蒼の耳にはよく聞こえるんだな。これは除夜の鐘だよ、一年の終わりから新年にかけてでっかい鐘をつくんだ」
「でっかいの!?」
「そうだぞ、でっかい鐘をドカーンとやるんだ」
「兄さん、ヒロイックアサルト禁止ね。じゃあ蒼、鐘突かせてもらいに行こう」
 でっかい鐘をどっかん、…すごい、すごいすごいすごい!
「じーぶーんーもーやーりーたーいー!!!」
 顔を真っ赤にして、お目めをキラキラ、興奮で抑えられないしっぽの動きは、なんとしても望みを叶えてやりたくなるような愛らしさだ。
 お寺まで、彼らはぞろぞろと足を伸ばした。
 
「ほーれほれ、鐘をつきにいくぞフィリア」
 あまりのすごい音に、目をまんまるに見開いて耳を伏せてしまっているフィリアを引きずって、ファタはさらに音源へ向かって進行していく。
「おねーちゃぁん…、ボクはいいよぅ…」
「何を言うか、これをやって一年の悪運をつき殺さねば、来年も悪運がつきまとうそうじゃ」
「ほ、ほんと!?」
 嘘である。
 
 せっかくの鐘を前にして、虚雲と射月はぎゃーぎゃーとやりあっていた。もしかすると鐘よりもうるさい。
「どうでもいいが、紅何故俺の手をつかむ、放せ俺は穏やかに鐘をつきたいんだ」
「手取り足取り教えてあげますから」
「出身地的に俺の方が詳しいぞ阿呆!」
「じゃあ、是非とも教えてくれませんか、腰を入れて」
「だが断る! 手繋ぐな気色悪い!」
「じゃあこれを」
「…なんで同じマフラーを巻かねばならん…!」
「…凧は真面目にやったんですから、少しぐらいいいじゃないですか…」
 マフラーは断固拒んだが、しぶしぶ妥協して一緒に鐘をつく。
 があああーーーん、と力いっぱい鐘をつく。以外に重くて、実は一人ではこんな大きな音は出せなかったかもしれない。
 射月がとてもうれしそうなのでまあいいかという思いがちょっとだけした。鐘の音に比べると、猫の首の鈴以下のちょっとだけ、ではあるが。
 今年も、面倒な一年になりそうだ。横で対照的に、うれしそうなため息がつかれた。
 
「幸、そろそろ朝日が昇りますぞ」
 ガートナの腕の中で、島村 幸はやさしく揺り起こされた。
 すこしまだ寝ぼけているのか、無邪気に微笑む幸に、ガートナはいとしい思いを募らせる。
 夜更けから二人は隠れ場所を探し、大木のうろに守られるように夜を過ごしていた。
 ガートナはずっと、大木の中で彼女を抱きしめながら、さまざまな息吹を感じていた。
 凍りつく寒さと、木々の中で息づく樹液のせめぎあうかすかな音、そして彼女の鼓動と息遣い、身を委ねてくるその思い、それらのすべてが今ガートナをここに、彼女の隣へと据え、守り守られて自分達は生きているのだ。思考を穏やかにし、息をひそめ、静謐のうちにしか感じることのできない幸福のひとつずつを、全てに気を研ぎ澄ましながら味わっていた。
 だから、幸が何かをつぶやいた気配にも気づくことができた。これもまた幸福なのだ。
「ガートナ……暖かい…です」
「もっとこっちに来なさい、もうすぐ朝日が上って、空気が動きますから、寒いでしょう」
 目が覚めたら、初詣に行って新年を祝いましょう、とその耳にやさしく吹き込んだ。
 
「奇麗…。大地が、新しい年に静かに目覚めていくようね」
 じわりと地平線から姿をあらわす太陽に照らされて、ルカルカの頬に色味が差していく。
 真一郎はその肩にゆっくりと手を回し、しっかりと傍に引き寄せる。
「ね、素敵ね」
 その額に彼は口付ける。答えることなんてできない、君の方が素敵だけれど。
「それだけ?」
 彼女はちょっとすねたように笑い、今度は唇同士が触れ合うのだ。
 姿を完全なものにした朝日が、二人を包み込んでいた。
 
 
「素敵な初日の出ですわ…」
 身体いっぱいに朝日を浴びて、さて朝ごはんの用意をしましょう、と小夜子はきびすを返した。
 今日は最後の勝負なのですから、しっかり食べて万全に勝負をしていただかなければ。
「ホットサンドと、飲み物は紅茶でいいかしら。昨日お雑煮をいただいたし、流石にお節は無理だもの」
 今年も1年素敵な年になりますように!