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リアクション
マリエルの涙『突入』
マリエルは、ガムテープで補強された暗幕の前で、深く深呼吸した。
「マリエルさん。やっぱり、私たちが先頭を切りましょうか?」
背後に控えるウィングと恭司を、マリエルは片手を挙げて制する。
「ううん……これは、マナの問題だから。パートナーのあたしが何とかしなきゃ。……ほんとうは」
言いかけて口ごもったマリエルの肩に、アリア・ブランシュがそっと触れた。
「無茶はだめですよ」
「うん、平気、……ありがと」
マリエルは暗幕をまっすぐ見据え、一息に払った。
「――いらっしゃい。そろそろ来るころだと思っていたわ」
暗闇の中に浮かび上がった蛍光グリーンの瞳が、まっすぐに、マリエルを見返した。
「でたな妖怪!」
マリエルの右脇で、ミルディアが、
「妙なまねはしないでくださいね……」
左脇ではアリアが、それぞれ油断なく益代を見据えた。
さらにその後ろでは、益代の出口を奪うように一同が守りを固めている。
「浦深益代。あたしたちがここに来た理由はわかるよね?」
声を震わせて問うマリエルに、益代はあっさり頷いて見せた。
「小谷愛美を取り返しに来たのね」
「……やっぱり、マナはここにいるのね?」
蛍光グリーンの瞳が、怪しく細まった。
指を鳴らすくぐもった音とともに、部室の四隅に明かりがともる。
居並ぶ人形たちが、深い陰影を刻まれて、ぼんやりと浮かび上がった。
「マナ!?」
その人形の中には、きょとんとした顔で棒立ちした小谷愛美の人形が、確かにあった。
マリエルが駆け出す。
「ちょっ、待って!」
とっさに伸ばしたミルディアの手は、わずかに、マリエルには届かなかった。
マリエルが、棒立ちしたままの益代の脇をすり抜けて、愛美に飛びつく。
「――ごめんよっ」
マリエルが愛美に触れるより一瞬早く、横から飛び出してきた綾乃の腕が、マリエルを抱きすくめた。
「離して! 離してようっ! マナぁっ!!」
マリエルは最初こそじたばた暴れたが、長身の綾乃にきつく抱きしめられてすぐに身動きが取れなくなった。
「……ッ、マリエルちゃんを放せ!」
叫んだミルディアを一瞥し、益代は身動きできないマリエルの前に立った。
「見せてあげましょうか。わたしが、どうやって人間を人形に変えるか」
益代は片手を帽子にやり、もう片方の手でマリエルの頬をなでた。
「どうして……そんなことを……」
アリアの声は震えていた。涙を浮かべた瞳に怒りを燃やして、益代を見据える。
「どうして? 決まってるじゃない。放っておいたら小谷愛美を解放されちゃうからよ」
「どうして、愛美さんをそんな目に遭わせるんですか!? ほかの人たちだってそうです! そこまでして、梅木さんを独り占めしたいんですか!?」
「独り占め?」
緑の瞳がアリアを睨んだ。その目に宿る輝きが、ひときわ強まったようだった。
「それが……それが出来たら、どんなにいいか」
「意気地なし!」
アリアは叫んだ、ぬれた涙声で。
「独り占めしたいなら、素直にぶつかればいいじゃない! 告白して、付き合って、恋人になればいい! そんな勇気もない人に、愛美さんや、ほかのたくさんの人たちの想いを踏みにじる権利なんて、ない!!」
「権利なんて、はじめからあるなんて思ってないわ! わたしはきっと地獄に落ちる! それでも……いい。地獄に落ちたって嬉しいくらいよ!」
ミルディアが、ぎりりと奥歯を噛む音が響いた。
「この悪人……ッ」
「悪人で結構!」
益代が帽子に手をかける、エンシャントワンドを頭上に向けて、アリアたちをぐるりとにらみつけた。
「どうせ、あなたたちなんかには分からない! あなたたちなんかに邪魔させない! たとえ地獄に落ちようが、絶対に、絶対に……!!」
生白い手が帽子を掴んだ。エンシャントワンドから発光がほとばしる。
ミルディアが飛び出そうとして、
「マ……ナ……ッ」
マリエルのうめき声に、ぐっと足を止める。
「邪魔は、させない!」
「――ちょーっと、待ったぁ――――ッ……です!」
すぱーん、と暗幕がはじけとんだ。
赤い西日を背に受けて、暗い部室に踏み入った広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)が、竹箒をびしりと益代に向けた。
「乙女の恋路を通せんぼする悪い子は、仕込み箒でさっぱりお掃除!」
部屋中の視線を一身に集めたファイリアは、竹箒をびしっ、と上段に構えて決めポーズ。
「ハッピー☆シスターズが次女、ハッピー☆メイド・ファイちゃん参上!」
ファイリアが凛々しく名乗りを終えた瞬間、
「きゃあっ!?」
悲鳴とともに、綾乃がひっくり返った。
綾乃を撃った氷のつぶてが、床や壁にぶつかってがしゃんと砕ける。
「わっ……」
急に解放されてふらついたマリエルを、ウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)がしっかりと支えた。
「乙女の想いを邪魔するやつは、永久凍土で氷付け!」
マリエルをきつく抱き寄せながら、ウィノナがびしりと益代を指差した。
「ハッピー☆シスターズが長女! ハッピー☆ウィッチ・ウィノナ見参!」
部屋中の視線が、今度はウィノナに集中する。
「――よっと……うわ重たッ!?」
不意に、みんなの視界の外で叫ぶような声が響いた。
愛美人形を抱えた広瀬 刹那(ひろせ・せつな)が、「おっと」とつぶやく。
「えっ……ええっと、オトメの純真、なんとかかんとか! あっ……アリスキッスで、メロメロッス!」
刹那も益代を指差そうとして、ぐらりとよろけた愛美人形をあわてて支えた。
「はっ、ハッピー☆シスターズが三女! ハッピー☆アリス・刹那推参ッス!」
益代を囲んだファイリア、ウィノナ、刹那を、蛍光グリーンの眼差しが、軌跡を残しながらぐるりと見回した。
「……で?」
短く言った益代を、ファイリアが箒で指す。
「強がっちゃっても状況は変わりませんですよ! 人質はみーんな返してもらいました! 戦力もこっちがずーと上です! おとなしく負けを認めなさーいっ……です!」
「……ふふ」
真っ白い歯をにやりとむき出して、益代は笑った。
「あなたは二つ、勘違いをしているわ。まずひとつ」
益代は、居並んだ無数の人形をぐるりと見回した。
「ここにある、すべての人形が人質よ? ……それとも、小谷愛美以外の人間はどうなってもいいってこと?」
「そんなわけないです! けど、あなたにはもう、人形になった人たちには指一本触れさせませんですよ!」
「へえ、あらそう? ……じゃあ、二つ目」
益代がエンシャントワンドを振った。ワンドの先に灯った緑色の光が、空中に複雑な文様を描く。
「戦力は、わたしのほうがまだまだ上よ」
人形の影から、鬼崎朔、ブラッドクロス・カリン、三笠のぞみ、マッシュ・ザ・ペトリファイアーが悠然と歩み出た。小鳥遊美羽も、袖口を掴んだコハク・ソーロッドを引きずりながら歩み出てくる。ぶんぶんと頭を振って、志方綾乃も立ち上がった。
「へん! 数の上では、まだまだこっちが……」
言いかけたミルディアの言葉が、尻つぼみになって消えた。
空中に描かれた緑色の文様が、するするとリボンのようにほどけた。幾筋もの緑の光が、蛇のようにうねって、愛美以外のすべての人形たちの体の中へともぐりこんでいく。
すると、人形になった人々の目が、いっせいに開いた。
人々の瞳には、ワンドから伸びた光と同じ、蛍光グリーンの輝きが宿っている。
「さあ、こいつらを一人残らず捕らえなさい」
益代の声に応えて、緑の光を瞳に宿した人々が、静かに歩を進め始めた。