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リアクション
マリエルの涙『推理』
マリエルは、丁度良く冷めたハーブティーを、ゆっくりとすすった。
口の中に残っていたケーキの甘さが、ほっとする暖かさと一緒に喉へと滑り込んでいく。
鼻に抜ける香りは、春の風のようにさわやかだ。冬だというのに、心の奥から暖かくなっていく。
「ダイエットしてたんじゃなかったでしたっけ?」
アリア・ブランシュが、マリエルの口の端をナプキンでぬぐってくれた。
いたずらっぽい微笑みは、カフェに来る前よりずっと柔らかくなっている。
「これは、マナを探すためのエネルギーだもん。調査で使い切る予定だからいいんだよ」
「あら、それは失礼しました」
つんとにらみ合ってから、マリエルとアリアは同時に噴出した。
「落ち着きました?」
微笑みながら聞いてきたウィングに、マリエルは「うんっ」と目一杯頷いてみせる。
「ウィングありがとね! ホントに涙、ひっこんじゃった!」
「それは何より。……じゃ、そろそろ始めますか」
ウィングの言葉に、紅茶をすすっていた如月 佑也とアルマ・アレフがまず頷いた。
「俺たちは、小谷愛美と交際してるって言う、梅木毅の周囲を洗ってみた。梅木のチームメイトの話だと……」
佑也が眼鏡を持ち上げて、ノートの文字を追いながら話し出した。
「梅木目当てで練習を見学に来る女の子は、小谷愛美のほかにも結構いたらしい。それも、しょっちゅう女の子の顔ぶれが変わるから、部内では梅木の事を「千人斬り」とか呼んでからかってたらしい」
アリアが、綺麗な眉をきゅっと寄せた。
「つまり、梅木さんはいろんな女の子をとっかえひっかえしてたわけですか?」
「ああ、俺も、最初はそうだと思った」
そこまで言って、佑也は傍らのアルマを見た。
アルマは気の強そうなつり目で佑也を見返してから、話し出す。
「あたしは佑也とは別に、梅木毅と仲のいい女子生徒に話を聞いて回ってたの。まあ、大体が、梅木のクラスの子とか、女子バスケ部のメンバーとかね」
アルマはメモなどは持たず、マリエルたちのほうをまっすぐ見据えながら、勢いに任せるようにしゃべっていく。
「そしたらね、梅木のことをカッコイイって言ってた女の子は、わりかし居たらしいのよ。でもね、実際梅木に告白したり、付き合ったりしたって子は、一人もいないの」
「人気があったから、牽制しあってたの?」
マリエルが身を乗り出すと、アルマはかぶりを振った。
「そういう感じでもなかったわ。実際、告白するって意気込んでた子は何人もいたらしいけど、すぐに決心を変えちゃったりしてたみたい。なんで決心を変えたかは誰も言わなかったらしいから、女の子の間ではもっぱら「梅木、特殊性癖説」がはやってたわ。実態を見てゲンメツするようなものを持ってるんだろうって」
えっと、と呟きながら、アルマは初めて、マリエルたちから視線をはずし、ケータイの画面を見た。
「んで、こっからが驚いたとこなんだけど……。梅木と親しい女の子達から、梅木のことを好きだって言ってた子の名前をあらかた教えてもらってきたわ」
「そんなの、簡単に教えてもらえるんですか?」
ウィングが目を見開いた。アルマがケータイの画面から顔を上げて、いたずらっぽくウインクする。
「女の子ってのはね、カンケーない相手には口が緩むもんなのよ」
「はあ……そんなもんですか」
「ま、ただの持論だけどね」
言いつつ、アルマはケータイを、みんなに見えるよう机の上に置いた。
メール作成画面に、女子生徒の名前とクラスがずらっと並んでいる。
「よく見てね。これが、梅木に恋してた女の子のリスト。んで、神楽坂、あれ見せて」
アレフの隣に座っていた神楽坂 翡翠が頷いて、懐から一枚のコピー用紙を取り出した。
丁寧に広げて、ケータイの隣に置く。
「自分が調べたのは、愛美さんのほかに、最近行方不明になった生徒がいないかどうかです。いなくなった状況、名前やクラスなどから、彼らの共通点を見つけ出そうとしていたのですが……」
「まるでわかんなかった。無作為すぎて。せいぜい女子の数が圧倒的に多いってことくらいでな」
レイス・アデレイドが、よく響くテノールで翡翠の言葉を継いだ。
「そうやって頭を悩ませているときに、アルマさんたちと行き会ったんです」
「いやー、びっくりしたね。これ見たときには」
アルマが、ケータイとコピー用紙をとんとんと叩いた。
マリエルが、まず身を乗り出して二つの表を見比べる。アリアとウィングも倣って……三人は息を呑んだ。
「おっ……おんなじ名前が、一杯」
マリエルが震える声で言うと、翡翠が「ええ」と頷いた。
「梅木毅に好意を寄せていた人間と、ここ数ヶ月の間に失踪した人間を見比べてみると、7〜8割が一致するんです」
「じゃあ……じゃあっ、マナの失踪には、梅木さんが何か関わっているってこと……!?」
マリエルは、机を叩いて立ち上がった。
「こうしちゃいらんない! あたし、梅木さんを問い詰めてくる!」
駆け出そうとしたマリエルの首根っこを、ウィングががしっと掴んできた。
「ウィング!? なに!?」
「先走るのはよくないですよ、マリエルさん。その前に、確かめなければいけないことがもうひとつあります」
「なんです?」
アリアが首をかしげながら、マリエルの手をそっと引いて、椅子に引き戻した。
マリエルがしぶしぶ椅子に着くと、ウィングはこめかみに人差し指を当てて、微笑んだ。
「愛美さんが、失踪直前にどこへ行ったかです。私の考えでは、あとそれさえ分かれば、すべてのピースがぴったりハマる、確信があるんですよ」
「でもっ、そんなの調べようがないよ! あたしも梅木さんも知らないんだから!」
「いいえ、方法はあります。先ほど連絡を入れておいたので、そろそろ来られると思いますよ」
ウィングが言い終えた瞬間、ちりん、とドアベルが寒々しく響いて、長身の青年がカフェに入ってきた。
青年はずかずかとマリエルたちのテーブルまでやってきて、ウィングのすぐ背後に仁王立ちする。
「やあ、橘。相変わらず時間には性格だね」
振り向いたウィングを、橘 恭司(たちばな・きょうじ)は細めた青い瞳でじっと見下ろした。
「ウィング。お前はいつから、俺をあごで使える人間に出世したんだ?」
「あごで使ってるわけじゃない、ちょっと協力を頼んだだけじゃないか。頼む、君の力が必要なんだよ」
「気色悪いこと抜かすな。お前の私用だったら表へひっぱり出して、決着つけてやるところだぜ。……だが」
恭司は、テーブルを囲んだ面々を見回して頭を掻いた。
「どーも私用じゃねえみてえだから、とりあえず許す。……んで、俺は何をすればいい?」
「話の分かるやつで助かるよ」
「今度おごれよ。それでチャラだ」
恭司はぶっきらぼうに言って、空いている椅子に腰を下ろした。
「君の超感覚を借りたいんだ。マリエルさん、なにか、愛美さんの使っていたものは持ってるかい?」
「あっ、借りたハンカチなら……」
マリエルは、スカートのポケットからたたんだハンカチを引っ張り出して、ウィングに差し出した。
「確かに、俺の獣化は犬だがよ……。強化は聴覚がメインだ。においを追うのは得意じゃないぜ?」
「確かに、嗅覚だけならキミより優れているヤツなんかたくさんいるさ」
恭司が肩眉を跳ね上げたが、ウィングは構わず続けた。
「けれど、においを追えるだけの嗅覚と、人探しの技術、その両方を持っているヤツはそういない。……だろ? 学生兼傭兵の橘君」
「……チッ」
恭司は、ウィングからハンカチをもぎ取って鼻に当てた。
青い髪がざわついて、恭司の頭頂部に犬そっくりの三角耳がぴんと立ち上がる。
「ヒトを乗せんのがうめえよな、お前は」
恭司は、鼻からハンカチを離して、カフェの出口を睨んだ。
「……近いな。校内だ」
「ここだ」
恭司が足を止めた瞬間、マリエル以下、後ろに続いていた全員がため息をついた。
「なにか不満か」
「不満も何もね……」
マリエルは頭を掻いて、教室の名前を示すプレートを指差す。
「ここ、マナの教室だから!」
「……おっと」
「ここから出た後の足取りが知りたいのよー!」
ばたばた、と地団太を踏みまくるマリエルを、アリアが後ろから「どうどう」と抑えた。
「でも、あれですよ。愛美さん、もしかしたら教室に何かメッセージを残しているかもしれませんよ?」
アリアが慈愛の笑みを恭司に向ける。恭司はマリエルにハンカチを手渡しながら、こめかみを掻いた。
「別に慰めてくれなくてもいいぜ……。別に、俺嗅覚に自信ねえってちゃんと言ったし……」
「えっ。ええっと……とにかく入ってみましょう!」
アリアがばたばたとドアに駆け寄り、教室に滑り込んだ。
マリエルもすぐ後に続く。
「えっと……マナの席はね……あそこ」
マリエルの指差した席には、すでに先客が居た。
先客……メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とセシリア・ライト(せしりあ・らいと)、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)の三人は、マリエルの声に、ぱっと振り返った。
「あっ。マリエルちゃん!」
メイベルは駆け寄ってくるなり、マリエルの頭をぎゅうっと抱きしめた。
「よかった……探してたんですよぉ。愛美がいなくなったって聞いて、心配してたんですからー」
「わわっ……メイベル、ちょっと苦しい……」
「あらら、ごめんなさい」
はふはふと息をつきながら、マリエルはメイベルを見上げた。
「じゃ、三人であたしのこと待っててくれたの?」
「うーん、いろいろ調べながら、ですねぇ」
「現場百編というからね。徹底的に調べて……こんなものを見つけたんだ」
セシリアが、ノートの切れ端をマリエルに差し出した。
「愛美様の机の中から出てきたんですわ。まったく、他人に当てたメモを机の中に入れておくなんて、愛美様もとんだおっちょこちょいですわね」
「フィリッパが誰かにおっちょこちょいだなんて、言う日が来るとは思わなかったよ」
「へ? それはどういう意味ですの?」
「別に」
セシリアとフィリッパの掛け合いを尻目に、マリエルは受け取ったメモを声に出して呼んだ。
『梅木くん&マリエルへ。放課後は、ちょっと占いの館に寄ってきます。先に帰っちゃったら、マナミン泣いちゃうからね!』
マリエルがメモを読み終えた瞬間、メイベルたち三人を除いた全員が、一斉に息を呑んだ。
「さて、ここで情報を整理してみよう」
ウィングが人差し指を立て、芝居がかったしぐさで片目を閉じた。
「一。梅木は女性にモテたが、梅木に興味を持った女性たちはみんな、何らかの理由で告白には至っていない」
メイベルたち三人が、こくこくと頷いた。あごに手を当て、精悍な顔で頷くセシリアなど、本当にテレビで見る敏腕刑事のようだと、マリエルは思った。
「ニ。梅木に好意を持っていた女性の七割以上が、ここ数ヶ月の間に姿を消している」
ウィングは、三本目の指をそっと立てる。
「三。小谷愛美は姿を消す直前、占いの館へ行った」
ウィングは、一呼吸置いてから、おもむろに四本目の指を立てた。
「そして四。これは、私が個人的に入手した情報です。大した役にも立たないと思って言っていなかったんですが、どうやらこれが、最後のピースになるみたいだ。……私は、アルマさんのリストにも翡翠さんのリストにも書かれていない、梅木毅に好意を寄せていた人物を、一人だけ知っています」
その場に居並んだ全員が息を呑む音が、大きく響いた。
「その人物の名は、浦深益代。占卜同好会唯一の会員。つまり……占いの館の主です」
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