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消えた愛美と占いの館

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消えた愛美と占いの館

リアクション


未来予想図2
「世界中の女の子との恋愛成就のおまじない?」
「頼むぜ」
 おう!と元気よく応えた鈴木 周(すずき・しゅう)は親指で自分を指し示して見せた。
 ナンパ命、女性と見るや声をかける周は、限りなくゼロに近いナンパの成功率をあげるべく益代のもとを訪れていた。
 周がお願いするおまじないの内容を伝えると、益代は帽子の下にぼんやり浮かんだ蛍光グリーンの瞳を胡乱げにしかめた。
「範囲が広いわね」
「だってさー、女の子ってそれぞれいい所があって、みんな魅力的なんだぜ。何がチャンスかわかんねーし、とりあえず声かけなきゃだろ?」
 周は力説するが、益代は感銘をうけた様子はない。ふうんと生返事があっただけだった。
 うーん、と考え込むように腕を組んだ周はぶつぶつと独り言のようなつぶやきを続ける。
「なのに、俺の魅力はなかなかわかってもらえねぇみたいでさぁ。すごい時には「変態のぞき魔」とか「ナンパバカ」とか言われたんだぜ?」
 「のぞき魔」は周がのぞき部に所属していて、しかも部活動に精をだしているせいで言われていることだ。なので的外れでもないのだが。
「そう」
 適当に相槌をうつ益代に、ふと、思いついたように周が聞いた。
「もしかして相手の人数が多いと無理なのか?」
「別に構わないけど……」
「そっか。さんきゅな! ……おっ、そうだそうだ」
 大事なことを思い出して、周は手を打ち合わせた。
「世界中の女の子ってのは益代もだからな! 忘れないで益代もおまじないの相手に入れてくれよ」
 ぐっと身を乗り出した周の言葉に益代は思わず声を裏返らせた。
「からかわないでくれる?」
 益代の唯一、肌が露出している目元の辺りに、さっと赤みが差した。
「なんで?」
 益代が自分を睨んでくる理由がわからず、周はきょとんと聞き返した。
「だって益代もかわいいじゃん」
「かっ――……」
 ふらついた拍子に、益代の帽子とヴェールがずり落ちた。
「隠すことなんてないじゃん。十分かわい――」
「やめて!」
 周の本心からの言葉の途中で、益代が慌てて顔を覆った。周に背を向けて帽子を目深にかぶり直し、ヴェールをしっかりと止めなおす。
「……かわいくなんてないわ」
 ようやく聞き取れるぐらいのか細い益代のつぶやきを聞きつけて、周は勢いよく自分を指差した。
「よし! 今から俺とデートしようぜ!」
「え……?」
 虚を衝かれたように益代が振り返った。
「なんならデートを飛び越えても一向に構わないぜ! むしろ大歓迎!」
 しかし益代は、周の言葉に答えずうつむいた。部屋の中に沈黙が訪れる。
 周は益代から視線をはずして、ぽりぽりと頭をかいた。
「……そっか。好きなヤツがいるのか」
 益代の様子を見た周には、わかった。今までモノにこそ出来なかったものの、いろいろな女の子を見てきたのだ。
「じゃあさ、俺がとっておきのおまじないを教えてやるよ」
 不思議そうに自分を見つめ返す益代に、周はにっと笑ってみせる。
「顔出して、そんで笑いなよ。笑ったらぜってーもっとかわいいぜ」
「無理よ、そんなの。そんなんでどうにかなるくらいなら……今頃」
「そんでもどーにもならなかったら俺が手伝ってやる」
 益代の肩をつかみ、蛍光グリーンの瞳を真摯に見据えて、周は言った。
「……なんで、そんなことしてくれるわけ?」
 周は、益代の肩に手を置いたまま微笑んだ。
「ばっか。だって俺たち、もうダチだろ?」
 大きく見開かれた蛍光グリーンの瞳に、もう一度にっと笑顔を向けて、周はきびすを返した。
 暗幕をくぐって廊下に出た周は、すっかり暗闇に慣れてしまった目をしばたかせ、大きく伸びをした。
「あー、慣れないことすっと腹が減るな」
 なんだか、あいつに会いたくなった。女性で唯一人、自分のナンパ対象ではないパートナーに。
「全部解決したら、帰りに食いもんでも買ってくか」
 待っているパートナーの分も買って帰ろう、なにしろあいつは料理がからっきしなのだ。
 そのためにはもう一働き、と気合を入れなおした周は歩き出した。



 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)は占いの館の前に立ち、一度足を止めて姿勢を正した。
 鋭く、ドアをノックする。不快にゆがんだ音が響いた。
「失礼する」
「どうぞ」
 益代の返事を待ってから、イリーナはスライドドアに手をかけた。
「もう、イリーナ? ここは教導団じゃないんですのよ?」
 くすくすと笑うエレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)を、イリーナはちらと振り返った。
「分かってはいるんだが……染み付いた習慣はそう簡単には抜けないものだ」
 小さくため息を吐きながら、イリーナはスライドドアを引いた。
 半分ほど開いたところで、ドアの動きが止まる。
「……ゆがんでいるな。ノックの音がゆがむのはこのせいか」
「教導団の人?」
 部室の奥から聞こえてきた声に、イリーナは「そうだ」と返した。
「じゃあちょうど良かった。そのドア、もうダメみたいだから外しちゃってくれる?」
「承知した」
 イリーナはドアの両側を掴んで、一息にドアを外した。外したドアは、とりあえず手近な壁に立てかける。
「すごいわね、イリーナ」
「ようは力の入れようだ。コツさえ掴めばエレーナにだって出来る。……じゃ、改めて」
 イリーナはもう一度「失礼する」と言ってから、暗幕をくぐって部室に入った。
 部室の中は薄暗く、空気がよどんでいる。
 部屋の奥には蛍光グリーンの瞳が二つ、宙に浮かぶようにぼんやり光っていた。
「ようこそ、占いの館へ」
「二つほど、質問してもいいか」
 益代は一瞬きょとんとしたが、すぐに目を細めて頷いた。
「ひとつ。何故私が教導団員だと気づいた?」
「簡単よ。立ち振る舞いに軍規が染み付いていたわ」
「成程? その察知力は占い師の必須スキルか?」
「それが二つ目の質問?」
「いや……失礼した」
 イリーナはかぶりを振った。
「二つ目の質問だ。あのドアは、何故あんなにひしゃげた?」
 益代は、目を潜めてため息をついた。
「蹴り開けたヤツがいるのよ」
「蹴り開けた? あのドアを? へえ、それはすごい足腰だ。いい兵隊になる」
「どうぞ好きに持って帰って……いや、好きにスカウトすればいいわ」
 なぜか苦々しく笑った益代に、イリーナは首を傾げて見せた。
「さて、それじゃ、占いをはじめる?」
「折角だ。もう少し話していてもいいか」
「なにあなた。堅物そうな割りに話好きね」
「他人との会話はおもしろい。私と違う人生を歩んできた人物の言葉は、私の人生に幅を持たせてくれる。あなたは、会話は嫌いか?」
「好きではないわね。わたし、他人の7〜8割方が嫌いだから」
「へえ? じゃあ、たとえば私は?」
「嫌いよ。顔が綺麗なところと説教くさいところが」
「顔? あなたも十分綺麗だと思うが」
 益代は鋭く舌打ちしたきり、何も言おうとはしなかった。
「……あなたは、何故占いをやってるんだ?」
「まだ何か聞くの? あきれた質問好きね」
 益代はあからさまにため息を吐いてから、それでもしぶしぶと、また口を開いてくれた。
「理由は二つね。……ひとつは、恋してる他人を見てるとイラつくから」
「イラつく? ……詳しく頼む」
「好きになったけど、告白しようかな、怖いな。そういうのが、わたし嫌いなの。運命なんて、努力と行動力さえあればたいていのことはなんとでもなるのに、いつまでもうじうじと悩んで」
「……つまり、そういう連中に勇気を与えたいから?」
「そう言えば聞こえはいいけどね。結局のとこ、わたしがイラつく連中を見たくないってだけよ。五体満足で生まれて、ちゃんと綺麗な顔をしているくせに、これ以上勇気が出ないとかで悩まれるのを見たくないの」
「ふむ……」
 性根が曲がっているような、一週回っていっそ潔いような……素直な感想を、イリーナは黙って飲み込んだ。
「理由は二つ、と言ってたな? もうひとつは?」
「叶わない野望のため」
「……すまん、詳しく」
「イヤ。これは死んでも言わない」
 つん、と益代がそっぽを向いてしまったので、イリーナはこめかみを掻いて話題を変えた。
「……あなたは、自分のことを占ったりはしないのか?」
「しないわ。占いのばかばかしさを誰より知っているから」
 きっぱりと、益代は言い切った。
「占いは指標よ。「運命だったから占いのとおりになった」ワケじゃない。「占いのとおりの運命を目指したから、そうなった」だけ。少なくともわたしはそう思う。だから最終的にわたしが言えるのは、占いでいい結果が出ようが出まいが「すべては心がけしだい」。結論は必ずそこだもの。自分で自分にそんなアドバイスするなんて、ばかばかしくってやってらんないでしょ?」
「占いは指標。結局は心がけ次第。……成程。じゃあ、これが最後の質問」
 ふん、と鼻息も荒く、益代は頷いた。
「なあに?」
「あなたは、自分の野望のために何か努力をしているか? 占い師になったのも、その努力の一環なのか?」
 ヴェールの奥で、益代が息を呑む音が聞こえた。
 イリーナは、瞳をそらさず、まっすぐに益代を見据える。
 薄闇の中、蛍光グリーンの瞳がホタルのように揺らいだ。
「……そろそろ、占いに入りましょう。二人とも、何を占って欲しいの?」
「あっ、占って欲しいのはわたくしだけですわ」
 益代の視線は、声を上げたエレーナのほうへ、つい、と流れてしまった。
「占って欲しいのは、同じ教導団にいる剣の花嫁の男性と、わたくしとの相性なのですけれど……」
「分かっているわ、ぜんぶ。……さあ、楽にして」
 ――ぱちん。
 指を鳴らすくぐもった音と共に、部屋の四隅にろうそくの明かりが灯る。
「なんだろ……いい香り……」
 柔らかく目を閉じたエレーナが、ぼんやりした声で言った。
 イリーナには、蝋の燃える微かなにおいが感じられるだけだった。
「努力ならしているつもりよ」
 イリーナに背を向けたまま、益代は突然そういった。
 ちらちら揺れるろうそくの明かりが、黒い衣装に包まれた益代の背中を揺らがせる。
 イリーナが何も言わずにいると、益代はちょっとだけ振り返った。蛍光グリーンの悲しげな瞳が、イリーナを捉える。
「これを努力と呼ぶことが、許されるのならば」

「不思議な占いでしたわ……まだ身体がふわふわしてる」
 暗幕をくぐって出てきたエレーナは、眠たそうな目をぐしぐしこすった。
「いい未来は見られたか?」
 何気なく聞くとエレーナは、はっとイリーナを見上げて……――まるで花が咲くように、優しく微笑んだ。
「それは秘密、ですわ」

 ※

 神代 明日香(かみしろ・あすか)の前には想いを寄せる相手がいた。青い髪が美しい曲線を描いて顔の周りをふちどっている。美しいのは髪ばかりではない。紅玉のような赤い瞳がおさまったその顔も美しい。
 明日香は、自分と同じ魔法使いの家系に生まれたその人に、親近感を抱いていた。そしてもっと親しみをこめた感情も。
「これ……私にですかぁ?」
 不意にその人から差し出された物に驚いて、明日香は口元に手をあてた。差し出されたのはきれいにラッピングされた包みだった。
 その中身がチョコレートであるのを、明日香は知っていた。
「ありがとうですぅ。私とってもうれしいですぅ……」
 明日香はにっこりと微笑んだ。すると、相手も微笑を返して――……。
 どういうわけかその顔がだんだんぼやけていく。
 驚いた明日香は目を瞬くが、どんどん輪郭は曖昧になる。まるで風が煙を吹き流すように、周囲の景色が消え去った時、明日香の耳に隙間風のような声が聞こえてきた。
「……なさい。起きなさい。ちょっと、あなた」
「えっ……? あっ、はいですぅ」
 腰掛けていた椅子の上で明日香は飛び上がった。その拍子に薄茶色の髪から白い猫耳が飛び出し、後ろで一つにまとめた髪が跳ねた。赤いリボンが揺れる。
「あ、あれ? ここはどこですかぁ?」
 見知らぬ空間の中で明日香はきょろきょろと辺りを見回した。
 薄暗い周囲に必死で目を凝らすと、どうやら自分がいるのは、暗幕を張った部屋の中であるらしいとわかった。
「あっ」
 暗闇の中でろうそくの光をうけて輝く蛍光グリーンの瞳を見て、明日香の記憶が蘇る。
「ここがどこだか、思い出した?」
 ヴェールの奥からかすれた声が聞こえた。それがさきほど自分に呼びかけた声だと、明日香は気が付いた。
 明日香は百合園女学院の生徒だが、益代の占いがよく当たるという噂を聞いてわざわざ蒼空学園までやってきたのだった。そして占卜同好会部室を訪ねてきたのだが、留守の益代を部屋の中で待つうちにいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「ごめんなさいですぅ」
「別に、気にするほどのことでもないわ」
 明日香はぺこりと頭をさげたが、益代は気にかけた風もない。
「それで、恋愛成就のおまもりが欲しいのね?」
「え! どうしてわかったんですぅ」
 ぱっちりとした大きな瞳をさらに大きく見開いた明日香に、なんでもないことのように益代は言った。
「わかるわよ。神代明日香さん」
 そういえば名前を名乗ったおぼえもない。明日香はすっかり感心した。
「すごいですぅ。なんでもお見通しなんですねぇ」
「あなたの想い人も当てて見せましょうか?」
 髪に結んだリボンに負けないくらい顔を赤くした明日香は首をぶんぶんと勢いよく振った。
「相性を占いにきたのではないの?」
「いいえ。今は一緒にいられるだけでいいんですぅ」
「そう……」
 益代は明日香のメイド服に結ばれたリボンの一つに目をとめると手をかざした。
「じゃあこれにまじないをかけるわ。あなたとその人の結びつきが、より強固になるように……リボンで結ぶように」
 益代が選んだそれは、明日香にとって特別なリボンだった。
 プレゼントされたチョコレートにかかっていたリボン。明日香が肌身離さず身につけていたリボン。
「ま。おまじないなんていうのも、実際は強く願いを保つための暗示――……」
「あのっ、本当にありがとうございますぅ!」
 明日香は深々と頭を下げた。
 しばらくして顔を上げると、益代は蛍光グリーンの瞳を柔らかく細めて「またのお越しを」とだけ言って、明日香を見送った。