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第8章 隠密科・教科科目


 午後、隠密科は教科の授業を見学する。
 しかしながら後方には、教室に似合わぬ優雅な空間ができあがっていた。

(……くノ一とイチャイチャしたいですわ……くノ一1匹ぐらい欲し……いや)

 生粋の日本人であり、コミュニティ【カサブランカの騎士団】団長の崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)
 黒髪縦ロールに着物という斬新なコーディネートが、皆の注目を集める。

「お茶しながら楽しくお喋りすれば、仲良くなれるし、お互いのこともよく分かると思うんですよ。
 飲みにけーしょんですね」

 メイド服で急須を傾ける橘 舞(たちばな・まい)は、【カサブランカの騎士団専属メイド】という肩書きの持ち主。
 だが実際には、舞は騎士団に所属しているわけではない。
 部外者なのによいのだろうかと、心中にて密かに不安を抱いていたり。

「舞、本当にメイドさんみたいになってきたよねぇ。
 うむ、では、本日のティータイム奉行は舞に任せたわ」

 心配を余所に、パートナーのブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)が明るく言い放つ。
 準備を手伝う気などさらさらなく、他のメンバーに混ざって見学だ。

「憲兵科所属なのに潜入とか情報科な活動が多いし、今後の鏖殺寺院との戦いでは諜報活動が重要性を増すでしょう。
 ……少しでも多くの技術を身に付けられるようにがんばります」
「祥子はすごいね〜私も見物、いや見学を楽しもうかな」

 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、歩み寄ってきたブリジットへと高らかに宣言する。
 今回の見学会参加は、【カサブランカの騎士団】にとっては集団研修兼葦原明倫館偵察という位置付けだ。
 ブリジットも、祥子ほど明確な目的があるわけではないのだが、とにもかくにも充実した時間を過ごしたいと思う。

(パラミタにおいて地球人は部外者……今後の戦場はほとんどが未開の地であり、敵地でしょう。
 そこへ乗り込むにあたって、その情報を事前に入手できるかどうかということはとても重要ですわ)

 いずれ、葦原明倫館ともぶつかりあうことがあるかも知れないから。
 祥子と同じように亜璃珠も、今後の戦略・戦術における諜報・斥候技術や潜入工作スキルの重要性を鑑みていた。

「隠密の術にはとても興味がある、だって昔の日本にいたっていう忍者の技でしょ〜?
 本や映画でしか見たことないから、面白そうだよね」
「えぇ、私も特に潜伏や変装術には注目してるのよ……他の皆はどうなのかしら?」

 秋月 葵(あきづき・あおい)は、自分の持っている忍者のイメージを祥子へと語る。
 いわゆるライトノベルやB級映画に出てくるものしか知らないため、ちょっと偏ってはいるのだが。
 葵の言葉に隠密科の生徒達への期待を述べる祥子は、他のメンバーへも訊ねてみる。

「実地訓練も気になりますけれど、指揮官役を請け負う人間としては教養や戦術論を学ぶ方が有用ですわ。
 今後の戦略において諜報技術は重要よ、うまくノウハウを吸収したいですわ」

 亜璃珠は、祥子とは少し違う内容を求めていた。
 しかしこの相違は互いに自身の立場を考慮してのものであり、対立しているわけではない。

(隠密科の授業って、危なくなければよいのですが……)

 パートナーの葵を心配して、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は軽く眉をひそめる。
 教科ゆえに大丈夫だとは思うが、絶対なんてありえないから……気を付けるに越したことはないだろう。

「ちょっ、ブリジットちゃん!」
「これは盗み食いじゃないわよ〜味見よ、味見♪」

 亜璃珠へと、お茶菓子の準備をしていた舞。
 すっと伸びてきた手が、串団子を1本くすねてしまった。
 正体が判ったときにはすでに、団子はブリジットの腹のなか。
 グリーンティーで流し込めば、口の中も気分もすっきりだ。

「アホブリのやつめ、舞の手伝いもせずに茶団子を盗み食いしておるぞ。
 しかし……なかなか美味い茶団子じゃ、さすがは舞の選んだ品じゃな」
「仙姫ちゃんまで……あと手伝ってくれるのはいいけど、踊りながらお茶とか入れてるのは見ててちょっと怖いわ」

 ブリジットのことをけなしておきながら、自身もちゃっかり盗み食いをする金 仙姫(きむ・そに)
 それでも違いを出すために茶を入れるのだが……いつかこぼすのではないかと思うと眼が離せない。
 なかなか、舞の気は休まらなかった。
 ちなみに仙姫は、コミュニティとはまったくの無関係だったりする。
 【カサブランカの騎士団】メンバーと専属メイドに女仙の計7人、楽しく仲良く見学に移る。


 いよいよ授業が始まると、忍びの極意が黒板に書き出される。
 曰く、決して目立たず、騒がず、目標を明確にして立ち回るべし……と。

(相手が豪気に見せると仰っている以上、これは情報科員としては見に行かない手はありますまい。
 とはいえ、こそこそと『見せたくない技術』まで探ることは今後の教導団と葦原藩の協調体制構築に差し障りが出るでしょう。
 体術的なものはそうそう真似できるとも思えませんし、『相手が見せたいと思うもの』で満足するのが上々吉といったところでしょうか)

 静かに内容を聞きながら、ミヒャエル・ゲルデラー博士(みひゃえる・げるでらー)は自身のスタンスを考えていた。
 見学会へ参加した目的は、隠密科生徒や教師との和やかな交流の場を持つこと。
 ここで得られた絆を、今後の対鏖殺寺院対策についての協調・補完体制を作る礎としたいものだと思う。

(『忍者』に憧れていたのでござる〜今日は、晴れて『本物の忍者』の様子を見ることができるのでござるな!)

 葦原明倫館隠密科に入学したばかりの、秦野 菫(はだの・すみれ)
 今回は、他校生徒とともに学校の見学者として参加している。


 そうこうしているうちに授業は終了、質疑応答という名の自由時間へ。
 がやがやと、生徒達が騒がしくなる原因は。

「本日用意したのは、茶所として知られる京都は宇治の宇治茶使用のグリーンティーと茶団子です。
 他の見学者の方もご一緒にいかがでしょうか?」

 緊張をほぐして交流が進むように、舞がコミュニティの面々とともにお茶とお茶菓子を配っていく。
 ちなみに舞は京都生まれ、お茶の味は折り紙つきだ。

「私はともかく、お嬢様の団長達がこういうことしてるのって違和感が……」
「こういうのは難しく考えない、楽しんだ者勝ちでしょ」

 団員だけでなく団長の亜璃珠までもがお茶を配布していることについて祥子は、今更ながらはたと思う。
 けれどもブリジットの言葉を受けて、亜璃珠の表情を再確認。
 笑顔で楽しそう……なので、ありなのかなと納得した。

「はい、は〜い!
 忍者の人って、喋るとき『ニンニン』って言うのですか〜?」
(楽しそうでよかった……葵ちゃん可愛いなぁ……あら?
 イングリットちゃんがいない……どこいったのかしら?)

 速攻で挙手をして質問する葵に、エレンディラはめろめろ……なのだが。
 一緒にいたはずのパートナーの姿が見えず、きょろきょろ。

「あれはなんでござるか?
 これはどのように使うでござるか?」

 教室の壁にかかっていたり、棚に収められていたりする忍び道具の数々。
 菫は1つ1つ、先輩生徒に名前や使い道を教わっていく。
 これから幾らでも授業で習うのだが、『本物の忍者』に会えた感動に満たされている現状において訊かずにはいられなかった。

(むしろ術よりも、情報分析と采配を司るであろう、上忍との交誼(こうぎ)を深めておきたいですな)
「限られた範囲ながら現代技術を駆使しようとする教導団と、伝統的技法を基礎に現代技術も適用するであろう葦原藩。
 方法論に違いはあれど、相互に情報の融通を通じて補完関係を築くことが可能ではないかと考えますな」

 教師の机を訪ねていたミヒャエルは、情報の共有について熱く議論を交わしている。
 この話を教師クラスの人間とすることが、教導団情報科・秘術科員としての自身の使命だと感じていた。


 自由時間も終了して、放課後。
 窓からは、綺麗な夕焼けの灯が射し込んでくる。

「そこの『かわいい』くノ一さん、一緒にお茶でもいかがでしょうか?」
(百合的な意味でも仲良くなれれば儲けものかな?)

 あくまでも下心的なものは隠しつつ……残っている生徒達へと、亜璃珠は声をかける。

「拙者でござるか、喜んで」
(綺麗な女性に声をかけられるとは、願ったり叶ったりでござる)

 こちらも菫は、自身の百合な性的嗜好を隠して返答した。

「ちゃーちゃーちゃん、ちゃーちゃーちゃん」

 ティータイムのBGMは、仙姫の歌う『さくらさくら』。
 雅で華麗な舞までつき、豪華な雰囲気に包まれる。

「ちなみにちゃーは茶団子とかけておる、我ながら惚れ惚れするセンスのよさよ」

 誰にともなく話す仙姫は、とっても満足そう。
 心なしか、舞い散る桜の花びらが見える。

「授業では、本日の内容のほかにどのようなことを?」
「忍術……例えばこれまでには、のろしの上げ方や眠り薬の使い方などを学んだでござる」
「実際に斥候などを行ううえで気を付けていることはございますか?」
「不必要なものを持たず、その場での行動も最小限に抑えること、でござるかな」

 先程の串団子とはランクの違う、高級和菓子を振る舞う亜璃珠。
 お向かいでお茶を飲みながら、興味関心のままに問いかける。
 菫はというと、今後の展開を期待してできるかぎり誠実な対応を心がけていた。

(団長……ソレを名目にくノ一の生徒を物色しているなんてことは……さすがにないわよね。
 ……もしそうだとしたら騎士団の良識派として止めないと……)

 祥子の心配は、実は当たっているのだが。
 亜璃珠ったらいっさい表に出さなかったので、祥子が声を荒げることもなく平和な時間が過ぎていくのだった。