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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第3回/全3回)

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【十二の星の華】「夢見る虚像」(第3回/全3回)
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第1章 想いを探せ

「いちる、お前……もうやめておけ、爪を割るぞっ」
 
 空京。
 顔を真っ赤にして街路の側溝の蓋を持ち上げようとする東雲 いちる(しののめ・いちる)の肩をギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)の手がためらいがちに掴み、しかし確かな力を込めて揺さぶった。
「ギルベルトの言う通りですよ、我が君。それに――」
 言って、クー・フーリン(くー・ふーりん)は周囲を見渡してから眉を潜めた。
 メインストリートからも近く、普段はにぎわっているこの通りも、今は数えるほどしか人が歩いていない。
「洗脳された剣の花嫁も未だ数が知れませんし、何よりティセラ本人が動き出しています。徒に身をさらしているのは、得策とは思えませんよ」
「……や、やめません……だったら、なおさらやめません……」
 いちるは萎えそうになる腕にグッと力を込めた。
 さっきからあちらへこちらへと、女神像の胴部を探して顔をつっこんだため、衣服の裾には所々かぎ裂きが走り、たった今の作業でその両手は黒く汚れてしまっている。
「……たとえ不安定な存在だったとしても、カンバスさんがそこにいたことはたしかなのに……話した言葉はほんものなのに……想いはちゃんと、あったのに……だから、カンバスさんの残したものを探したいんです。わがままだってわかってます……でもっ、ティセラさんに渡したくはないんですっ」
 振り仰いだいちるの顔。
 頬にはすすの汚れが走り、その瞳はあふれそうな涙と強い意志の力をたたえていた。

 スッと。

 脇から伸びたエヴェレット 『多世界解釈』(えう゛ぇれっと・たせかいかいしゃく)の手がいちるの手を支えた。

「美術品に宿る『想い』の結晶カンバス・ウォーカー……私たち魔道書も、同じようなものなのかもしれません。そんな存在のためにいちるは泣いてくれる。怒ってくれる……なんなのでしょうね、すごく嬉しいのです。この辺りが」
 エヴェレットは片手で左胸を押さえた。
「だから、あなたが望むのならいくらでも力をかしましょう。ええ、これは私のわがままです」
 小さく微笑むエヴェレット。
 クーは苦笑してため息をついた。
 それからグルグルと肩を回す。
「やれやれ……ま、それが前向きというものでしょうね。お手伝いしましょう、我が君。ギルベルト。警戒を、怠らないでくださいね」
「上等だ。言われるまでもない」
 ギルベルトは一瞬、ニヤリと太い笑みを返してからキッと目を細め、空京の空に鋭い視線を向けた。

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『おねえちゃん、おねえちゃんっ! また協力してくれる人見つけたよっ! ツィオルコフスキーさんでしょ、ゴダードさんでしょ、それからガガーリンさんっ! みんなにおねえちゃんの携帯番号教えといたからねっ! 剣の花嫁さんたちが東に走ってくの見たってっ!』

「うん、ありがとう。さっき電話をくれたよ。今あたし達も追いかけてる」
 空飛ぶ箒を操りながら、クラーク 波音(くらーく・はのん)ララ・シュピリ(らら・しゅぴり)の声に答えた。携帯電話からは『えへへー、おねえちゃんに褒められちゃった』とララの弾んだ声が返ってくる。
『ララ、もっとがんばるねっ』
「うん。気をつけてね」
『もっちろんだよっ! じゃあね、おねえちゃん――あ、そう言えば、カンバスおねえちゃんはどこいっちゃったのー? みんな忙しく飛び回ってるのにこんな時にかくれんぼなんてずるいよぉー。見つけたら、『コラっ』て言わなくちゃね」
「……」
「……どうしたの、おねぇちゃん?」
「な、何でもないよっ! そうだねっ! きっちりしかってあげようね」
『? へんなおねぇちゃん。今度こそじゃあね。また後で』

「……」

「は、波音ちゃんっ! しっかり操縦しなさいっ」
 
 呆然と、通話の切れた携帯電話を手に、
 フラフラと蛇行する波音の箒。
 アンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)はそれに慌てて並走し、波音の衣服を掴み揺さぶった。
 波音が、ハッと我に返る。
「し、してるよっ! だ、大丈夫っ!」
「大丈夫じゃありませんっ! 目の前、見えてますかっ?」
 眼下を見やると、ララから報告のあった剣の花嫁と見られる影が駈けていくのが見えた。
「み、見えてるって」
 波音は内心ギョッとしたのを押し隠す。
「波音ちゃん、休んでても……いいんですよ?」
「大丈夫だってばっ! アンナは心配性だなぁ……休んでるなんて……絶対イヤだよ」
 俯いて表情を隠した波音を見て、アンナはため息をついた。
「では、私が囮です。波音ちゃんは隙を見て額飾りを外して、あの方を正気に戻す」
「正気に戻したらティセラを倒すお手伝いをお願いする」
「はい。ティセラさんは――想いを弄んだ報いを受ける時です。行きますよっ」
 言うなり、アンナは高速の下降に移った。
 波音はポケットの中を探り、指先に触れた物を力を込めて握り込む。
 それは、カンバス・ウォーカーが抱えていたレプリカ像の、砕かれた欠片だった。
 波音の顔に真剣な表情が浮かぶ。
「遺してくれた想い……応えるからね……!」

「ぬあああっ!」
 背中に人を庇った無理矢理な姿勢で、葛葉 翔(くずのは・しょう)はグレートソードを振り抜いた。
 聖なる光を宿した巨大な刃が、剣の花嫁に迫り、その体勢を崩す。
 剣の花嫁が手にする光条兵器は軌跡を逸らされ、すぐ脇にあった街路樹を切断した。
「ちっ」
 翔はその様子に悔しそうな舌打ちを送る。
「大丈夫か?」
 背後の人影――空京の住人らしいまだ小さな少女だった――に目をやる。
 人影は、ガタガタと震えながら無言で、しかしコクコクと首を振った。
「立てるな? いいか、しばらくここを離れてろ。なるべく大勢と一緒にだ。できるな?」
 コクコク。
「それから、ケガ人がいるなら――」
 翔が空を振り仰ぐと、空飛ぶ箒にまたがった二つの人影が目に入った。
「ちょうどいい。あの二人に頼んでみるといい」
 コクコク。
 頷きながらも、少女はまだ気がかりそうにこの通りを眺めている。
「まだ友達でも残されてるってとこか? 安心していいぜ。空京の住民には、指一本触れさせないからな」
 ポンポンと、翔は少女の頭を軽く叩いた。
 それで安心したのか、少女は立ち上がり、勢いよく駈けていく。
「さて」
 翔は剣の花嫁に向き直ると、悠然とグレートソードを構えた。
「そういうわけだ。悪いが手加減は出来ないぜ、一旦無力化させてもらう」
 翔の胸元で、ヴァンガードエンブレムが誇らしげに輝いた。

「砕かれた石像ねぇ」
 空京の美術商「Death mask’s Festival dance」
 どういう趣味なのかかやたらに石膏像を扱うこの店の店主は、白髪の交じるあごひげをしごきながら、視線を宙にさまよわせた。
「前に花嫁達に破壊された物とかあるだろ?」
「……嫌なことを思い出させてくれるねぇ」
 緋山 政敏(ひやま・まさとし)の言葉に、店主は眉をひそめる。
「その時の像で、復元する予定のない物だと助かるんだけどな」
「まぁ、そりゃあるがね」

 どちゃ。

 店主がカウンターの上に広げたのは一抱えもある大きなゴミ袋。

「……胴体の辺りだけ、三つあれば足りるんだけどな」
「知らん。中から手頃なのを見繕ってくれ」
 政敏が渋々とゴミ袋に手を伸ばす。

 瞬間。

 ドガンっ!

 衝撃が、店を揺らした。
 店主と政敏が弾かれたようにショーウィンドゥの方を振り返れば、店を襲おうとしていた剣の花嫁に、ちょうど翔が体当たりをかましたところだった。
 翔はそのままグレートソードを振るって剣の花嫁を打ち払い、さらに追いかけていく。
「逃げないのか? あんた」
「ふん。若ぇ奴が体張ってるんだぜ? 逃げ出すわけにはいかねぇさ」
 店主は、ニヤリと不適に笑った。

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 一方また別の通りでは。

「そうです。以前壊されたレプリカ像でいいのです。それをこう、ばら撒いていただければと。ちょっとした意趣返しです。……レプリカにだって込められた想いはある。少し奴らを困らせてやりませんか? ……はあ、なるほど。そうですか。いや、ありがとうございました」
「首尾は?」
「『今くれてやったばっかりだ』だそうですが……」
 鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)の返答に伏見 明子(ふしみ・めいこ)は怪訝そうな表情を浮かべた。
「なによそれ?」
「さあ……先約の方でも、いらしたのではないでしょうか」
「よし。次行きましょう。今度はここ」
 明子は籠手型ハンディコンピューターを広げ、BBSの履歴から、過去に襲われた美術商の情報を拾い上げる。
 六韜は再び携帯電話を手に取った。

 う゛ぉん。

 その二人の視界の端を、まばゆい輝きが過ぎる。
 明子は六韜の体を抱えて転がった。
 
「明子殿っ!」

 慌てた叫び声を上げる九條 静佳(くじょう・しずか)にパッと立ち上がった明子は「大丈夫。鍛えてたの、役に立ったわ」と返ししてみせる。
 目標を外した光条兵器を構え直し、さらに明子達を迎撃する態勢を作る。
「はぅぅ、ごめんなさいっ! ちょっとがまんなのですよっ!」
 土方 伊織(ひじかた・いおり)はギュッと目を引き瞑り、雷術を発動させた。
 呼び出された雷は、僅かに剣の花嫁の動きを鈍らせる。
「行きますっ!」
 それに乗じて、ハルバードを抱えたサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が突進をかけた。
「静佳さんっ!」
 明子の意を察して、静佳は剣の花嫁を鋭くにらみ据え、鬼眼の視線を叩きつけた。
 花嫁の動きはさらに鈍る。
「押さえますっ!」
 ベディヴィエールは、ハルバードを構え、捧げ上げた。

「はわわっ。でも、でもどうして剣の花嫁さん達が僕たちを襲ったのでしょうかぁ?」
 気絶させた剣の花嫁から額飾りを取り外しながら、心底疑問そうに、伊織は口を開いた。
「……」
「はわ?」
 無言の返事に伊織が顔を上げる。
「わざとやってたんじゃないの?」
 明子が、きょとんとした顔をしていて、
「伊織殿……囮なのでは?」
 静佳が怪訝そうな顔をしていて、
「……これは奇っ怪な」
 六韜はじっと伊織の懐に視線を注いでいて、
「……」
 ベディヴィエールは困ったように笑っていた。

 伊織は全員の視線が集中する先を辿る。

 自分の懐が、ばらまく予定で用意してきた贋物の胴部で盛大に膨れあがっていた。

「はっ! はわわわわわわっ! わ、忘れていたのですよぅ!」
 
 カーッと一気に顔を真っ赤にし、ポイポイと次から次へ、伊織は女神像の胴部の贋物をばらまいた。
「お、お嬢様っ! ちゃんと『贋』の印は入れましたかっ! 忘れてませんか」
 ベディヴィエールが慌てて伊織のフォローに入る。
「えーと、贋物放出の情報……と」
 捜索者の役に立つように。
 明子はハンディコンピューターから、レプリカ像の欠片放出情報の横に、さらに贋物の情報を書き加えた。

「はううー! カ、カンバスさんのために真剣に頑張りたかったですのにーっ!」
 視線の先ではまだ伊織が頭を抱えている。
「ま、少しくらいバタバタしてる方が騒動好きのカンバスは喜ぶわよね、きっと」
 明子は小さく呟いた。