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【野原キャンパス】吟遊詩人と青ひげ町長の館(前編)

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【野原キャンパス】吟遊詩人と青ひげ町長の館(前編)

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「あれですね?」
 美央が狐に語りかけると、狐はコクコクと頷いた。
「それにしても、陰気な館ですねー」
 陽太は素直な感想を漏らす。
 前庭も。
 中央の噴水も。
 その奥に控えた石造りの館も。
 長く手入れがなされてないのか、ツタが絡まりついてボロボロだ。
「というより、この館を取り巻く『気』が陰湿そのものなんだと思います」
 美央が意見する。
 彼女が用済みとなった狐を放さないのは、どうやら別の理由からのようだ。
「そうだね。『気』……森を抜けたというのに、この陰鬱さは何なのかな?」

「それにしても、エリシアはどこ行っちゃったんですかね?」
 陽太はぶつぶつと言う。
 透乃もどこかぼんやりとしている様子だ。
「そうですね。エリシアさんも、陽子さんも近くにいるはずなのですが……」
 気を利かせたのは、「案内役」のナナだった。
 近くにいても、1度はぐれてしまえば会えなくなってしまう。
 森が、「迷いの森」たるゆえんなのだ。
「わたし……ちょっと見てきますね? 町長さんもいないことだし」
 ナナは疲れた体を押して、1人で森の中へ戻ろうとする。
「ナナちゃん!」
 エルが引き止める。
「そうだ! これ、エルさん」
 ナナは自分の携帯電話を彼に渡した。
「携帯電話に着いたわたしの臭いを狐くんに嗅いでもらって、帰りに拾ってやってください、ね」
「ね? じゃない! 第一ナナちゃん1人でなんて、危ないじゃないか!」
 だがナナは「自分はシイナさんから頼まれた『案内役』ですから」と言って、首を縦に振らなかった。
「それに……エルさんは、何かあったらわたしを守って下さるのでしょう?」
「ぐっ、そ、それは……」
「わたしに何かあっても、大丈夫でしょう?」
 ナナはイタズラっぽく笑って、のぞき込む。
「だから、大丈夫です! 2人を連れて、すぐ戻ってきますから!」
 そして彼女はタタッと森の中へ飛び込んだ。
「何かあったら、助けを呼ぶんだぞ!」
 
 一行は様子を窺うために、館へと近づく。
 
「人が住んでそうな気配もなさそうですね?」
 玄関の大きな観音扉の前で、美央は首を傾げる。
 さすがにここを、確かめもせずに開ける度胸はないのだが。
「だが噂は本当のようですね」
 と、これは陽太。
 彼が指差す先には、娘達の蝋人形らしき姿が窓越しに見える。
「人攫いの噂は、誤解かも知れない――そう考えていました。だからまず町長に会わなくちゃ、話さなくちゃって。でも、その考えは甘かったですね」
「そうだな。それで、どうやらボクらも甘かったようだ!」
 サッとエルと透乃が警戒したのは、「殺気看破」に反応が見えたから。
「『館に近づくな!』、と、これは警告だね!」
 だがおかしなことに、肝心の敵の姿がどこにも見当たらない。
「聞こえるのは、木の揺れる葉音ばかりとは。一体どういうことだ?」
 敵の正体と、その弱点を見極めるために、エルはとっさに「博識」を使った。
 
 その時だ。
 
 きゃああああああああっ!
 
 森から、悲鳴が上がった。
「あれは、ナナさんの!?」
 陽太が断定する前に、エルは声の方角へ駆けていた。
 その前に、無数の大木群が立ちはだかる。
「何だ! こいつらはっ!?」
 木々の枝葉が触手のように伸縮し、何百というそれがエル目掛けて鞭のようにしなった。
 間一髪――。
 エルは枝々の攻撃を飛び退ってかわす。
 その時、携帯電話が鳴った。ナナのものだ。
 エルが出ると、シイナの冷静な声が出た。
「あ? エルか……」
 から始まる彼女の説明は、エル達を驚愕させるには事足りた。
「何だと!」
 攻撃を身軽にかわしつつ、エルは叫んだ。
「つまり、この化け物はスキルやアイテム、特技を使う度に、パートナー契約をしたパラミタ人を襲うというのか!?」
「そうだ。そしてその森は、おそらく鏖殺寺院が仕切る『トレント』達の巣窟。奴らの弱点は誰にもわからない。という訳で、すぐに撤退してくれ!」
 その時エルは、木々の上にゆっくりと赤黒い両眼が開くのを目撃した。
 その下に、人影――。
「ナナちゃん!」
 その姿は、その目は焦点を失い、体は人ならずの者へと変貌している。
(シイナは「トレント」達が鏖殺寺院の手下だと断言していた……ということは、まさか!!)
 エルはナナの携帯電話を放り投げ、無謀にもトレントの大群の中へ身を投じる。
 だが、枝葉が邪魔して先へ進めない。
 多事に無勢で羽交い締めにされてしまう。
 
 カラーーンッ。
 
 陽太の足元に、「トパーズ」。
「これはエリシアの……まさかっ!」
 ついで、透乃の足元にも「銀の飾り鎖」が。
「陽子ちゃんの! どうして!?」
 この2つはトレント達が投げてよこしたもので……ということは、伝えたいことは明白だ。

「お待ちなさい!」
 2人の前に立ちはだかったのは、美央だった。
「お化け」に脅えていた少女は、敵が鏖殺寺院の手下と分かったとたん、戦闘モードに切り替わっていた。
「策もないのに行くのですか? 全滅してしまうだけですよ!」
 でも、という。
 助走をつけてトレント達を飛び越えよう、とやってきたエルの襟首を捕まえて、3人に言い聞かせた。
「今はいいです。でも親玉の町長が館に戻ってきてしまったら? 私達、どうなると思います?」
 ぐっ、と3人は言葉に詰まる。
 美央の論はもっともなのだ。
「トレント達はパートナーを襲って、私達契約者を襲わない。それが、主の命令だから。彼らはおそらく、命令に従って機械的に動いているだけなのですよ……今はね」
「で、でも、でも! ナナちゃんがっ!」
 駆けだそうとするエルを、美央は引っぱたく。
「つらいのはあなたじゃない! シイナの方。私達も……私も、これ以上犠牲を出したくはないのです! 分かって!!」
 拳をこれ以上なくきつく握って俯く陽太達を見て、エルはくそっ! と頭を抱えた。
「ボクは……ボクは! ナナちゃんを助けるって。そう約束したのにいっ!!」
「今は、ここから脱出することだけを考えましょう」
 美央は冷静に言って、ナナの携帯電話を拾い上げた。
 どうしたんだ、何があった? とシイナの声が響く。
「後で説明します、シイナ」
 美央は電話を切ると、狐に案内を頼んだ。
「さ、トレント達に囲まれないうちに。私達もここを離れましょう。狐くん、頼みましたね?」

 こうして美央に先導され、陽太、透乃、エルの3名は、ナナと歩いた記憶を頼りに野原キャンパスへと戻ったのだった。