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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-3/3
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chapter.1 駆り立てる標 


 薄く、しかし確かな実体を持った不安が、彼の背中を撫で上げた。
 アグリ・ハーヴェスター(あぐり・はーう゛ぇすたー)は契約者であるキャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)が船着き場の岸から落とされた時、ヨサークの船近くに佇んでいた。その距離の近さ故か、アグリはおぼろげながらもその感覚の素因がヨサークだと察する。そして、ヨサークの気配がパラミタの地から消えたことも。
 危機感を覚え慌てて地上に降りたアグリはその後、横たわったまま目を覚まさないヨサークの姿を目にすることとなる。そして自分ひとりでは現状を変えられないと判断した彼は、搾り出すように助けの声を上げたのである。
「どうかヨサークを、空峡を助けておくれ……!」
 とは言え、大きなコネクションも無くましてや地上から発せられたその願いは大勢の生徒に届かない。そんな細い希求に応え、広めんと動いたのが椿 薫(つばき・かおる)弥涼 総司(いすず・そうじ)だった。のぞき部の中核を担っている彼らは、そこから得た捜索能力でまずヨサークとアグリの細かい現在地を割り出していた。
「海賊服姿の男性と老人型の機晶姫はさぞ目立つでござるからな。ましてや怪我をしているなら、病院や診療所を片っ端から探せば、そう難しいことではないでござるよ」
「オレの予想では、地上に落ちてったヨサークの第一発見者は場末の雀荘のオーナーあたりじゃないかと思ったんだがな……」
「じゃ、雀荘でござるか?」
 なぜ総司がそのような予想を立てたかは分からないが、ともかくふたりの捜索はやがて、アグリたちがいる福島県の小さな町に辿り着く。同時にヨサークの容態が思った以上に深刻な状況にあることを知った彼らは、増援を計るべくすぐさま携帯で各々の知人に連絡し、このことを広めるよう手配を済ませていた。結果、十数人の生徒がパラミタからこの地上へと集まった。

 応急処置を施されていたヨサークはいくつかあった空き家の一室で横になっており、そばにいるアグリはそれを心配そうに見つめている。
「おーい、オッサン。起きなくていいのか? ケツにキュウリ突っ込んじゃうぜ」
 総司のからかいにも、ヨサークは一切反応を示さない。脇腹に包帯を巻かれたヨサークは、指一本動かすことなくその体を布団に預けていた。
「目を覚ます気配もないとは……重傷だな、これは」
 それは、ヨサークの身を案じているようにも思える言葉だった。隣にいた薫が少し意外そうに尋ねる。
「先日ヨサーク殿と殴り合いをしたと聞いたでござるが、総司殿もやはり心配なのでござるか?」
「オレはまだ、本当のヨサークをのぞいてない。だからヨサークにはもう一度空に上がってもらわないとな」
「……そうでござるな。役者が欠けたままでは盛り上がらないでござる」
 すると、ふたりの会話を後ろで聞いていたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が話に加わった。
「それなら、美味しそうなお料理をつくってその匂いを嗅いでいただければ、ヨサークさんの目も覚めるかもしれないですぅ」
「わ、名案だねそれ! そんでもってみんなの思いがこもったその料理を食べさせれば体力も回復、元気百倍勇気百倍! 相乗効果でパワー千倍ってわけだね!」
「セシリア、100かける100は10000ですぅ」
 パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が、メイベルに突っ込まれつつも勢い良く賛同する。
「よーっし、腕によりをかけてつくっちゃうぞ! たしか前ヨサークさんの船に乗ってたコックさんが、ヨサークさんはマヨネーズが好きって言ってたっけ……」
 セシリアは以前船の厨房で料理の手伝いをした時のことを思い起こす。それは元ヨサーク空賊団料理長、クレッソンから聞き及んだ情報だった。
「でしたら、新鮮なお野菜を素材にマヨネーズをたっぷり使ったお料理をつくるのですぅ」
「あとは、ヨサークさんがお目覚めになられた時、女性嫌いが進んでないことを祈るばかりですわね。ザクロさんに良いように使われてしまった挙句、怪我まで負わされてしまったのですから……」
 料理づくりに気合いを注ごうとするメイベルとセシリアの後を、心配そうにもうひとりのパートナー、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が呟きながらついていく。
 もちろん、彼を元気付けたり回復させたりするのに食事も必要なのは分かっている。それでも、心を完全に蘇らせるのは難しいかもしれない。唯一、希望があるとすれば……。
 フィリッパはちら、とひとりの生徒に目を向ける。そこにいたのは、陰を滲ませたような瞳でヨサークを見つめている荒巻 さけ(あらまき・さけ)の姿だった。
「フィリッパ、食材を準備しに行くのですぅ」
 メイベルの声で視線を前に戻したフィリッパは、ふたりと共に部屋から出ていった。
 無言のままのさけにつられるように、沈黙で埋められていく室内。それを破ったのは、山本 夜麻(やまもと・やま)だった。
「そうだ! 僕ね、こんなこともあろうかとヒールを覚えておいたんだよ! キャプテンにさっそくぶっかけちゃおっかな。あ、アグリも看病で疲れてるだろうからかけてあげるね!」
 言って、淡い光をヨサークに向ける夜麻。もちろん、生徒ひとりのヒールだけで現状が好転しないであろうことは皆気付いていた。三日三晩看病を続けたアグリも、傷の深さを見た生徒たちも、もしかしたらヒールをかけている夜麻自身も。しかし夜麻は、それでも魔法を使い続けた。その光が少しでも先に伸び、何かに触れることを信じるかのように。そんな夜麻にアグリが近付き、深く頭を下げる。「すまない」とでも言わんばかりの様子だ。
「へへ、困ったことがあったら遠慮しないでって言ったじゃん」
 少し照れくさそうに夜麻が笑う。それは数日前にヨサーク空賊団によって制圧したカシウナの街で、彼がアグリにかけた言葉だった。
「アグリ……ううん、キャプテンもだけどさ、ひとりで色々しょいこまなくてもいいんだよ」
 夜麻が、アグリにも光を分ける。
「たしかにキャプテンのこと、僕らだけじゃどうしようもないかもしれないけど……団員の人とか、団員じゃないけど力になろうとしてる人とか、ふたりのために動いてくれてる人っていっぱいいると思うんだ」
 ヒールをかけられながらアグリは、何かを言いよどむ。が、心の内を晒すようにゆっくりとその口を開いた。
「だども、他人様をあてになんてほつけなこと……」
「いいじゃない、いっそ他力本願だっていいよ。空賊船だって、ひとりじゃ飛ばせないじゃん。自分が出来ることを頑張る。出来ないことは他の人に頑張ってもらう。キャプテンもアグリも、ひとりじゃないんだよ?」
「相変わらずヤマモトはアレだな、能天気っつーかなんつーか」
 夜麻のパートナー、ヤマ・ダータロン(やま・だーたろん)が横から口を挟む。
「そもそも俺は日本てことを考慮してそれっぽい装備で来てんのに、ヤマモト思いっきりフル装備じゃねーか。まあ、魔法使いのコスプレしてる痛いヤツってことで誤魔化せなくもなさそうだけどよ」
「緊急事態だもん、大丈夫だよこれくらい。それに僕、能天気が取り得だしね。それよりヤマダも、きちんと装備直してくるなんて真面目なとこあるじゃん」
 夜麻の軽いからかいに、ヤマは「オレは元々こういうちゃんとしたキャラなんだよ」とぶっきらぼうに答えた。その口ぶりとは裏腹に、ヤマはヨサークとアグリのすぐ近くに陣取り周りを警戒している。おそらく無防備な彼らが襲撃されないようにということなのだろう。それに気付いてか気付かずか、夜麻はにんまりとヤマの様子を眺める。
「……なんだよ。邪魔だってんなら出てくぞ」
「ううん、今まで散々キャプテンのこと妬んでたのに、不思議だなって思って見てただけー」
 ヤマはヨサークの目が閉じているのを確認し、夜麻に言葉を返す。
「そりゃ妬ましいさ。イラっともさせられるしな。けど別に、き、嫌いなわけじゃ……」
 いい歳こいて夢追いかけて。他人にまで夢見せて。そんなロマン駆り立てるようなヤツを嫌うわけないだろ。
 ヤマはそう言い出しそうになって、急いで言葉を呑み話題を逸らした。
「おい、それより何か役に立つかもと思って保健体育の教科書持ってきたぞ。手当ての参考にならないか?」
「……なんでそんなもの持ち歩いてるの」
「バカ! むしろカバ! これには男のロマンが詰まってるんだ、常備品だろ!」
「……ふーん、まあいいや、とりあえず借りるね。あとカバは僕じゃなくてヤマダじゃん。完全なるカバじゃん。完全体カバじゃん」
 ヤマに呆れつつも夜麻は教科書を開き、治療に使えそうな情報がないか一生懸命探し始めた。そんな夜麻にアグリが再度頭を下げると、夜麻は無邪気な――本人の言葉を借りるなら能天気ともいえるその笑顔と独学で学んだ方言で、アグリを元気付けた。
「さすけねさすけね。大丈夫だよ」
 それは、気にしなくていいよという意味の言葉。アグリはしっかりとした温かさを受け取ると、ヨサークへと近付く。それを目で追っていた夜麻も、自然とその視界にヨサークを入れた。そこで夜麻は、何気ない疑問を口にした。
「ところで、その扇の破片は抜かなくていいのかい?」
 微かに赤い光を残した扇の破片が、たしかにヨサークの脇腹に巻かれた包帯の隙間から覗いている。アグリが言うには、無理に抜いて傷口が広がってはいけないと判断しとりあえずそのままにしているらしい。
 と、同じく近くでその光る破片を見ていた佐伯 梓(さえき・あずさ)が、あることを思い立つ。
「これ……光ってるってことは、まだこの光条兵器の力が生きているってことにはならないかなー」
 バッ、と一同がその言葉に振り向いた。
「光条兵器の力が、生きている……?」



 同時刻、ツァンダからやや離れた丘陵地帯。
 【乙女座】の十二星華ザクロ・ヴァルゴ(ざくろ・う゛ぁるご)は30隻近い大規模な空賊団を従えてこの地域をツァンダに向かって進んでいた。
 蜜楽酒家近くの船着き場でヨサークを刺し、地上へと落とした彼女はその後僅かでも自身に好意を持つ空賊たちを次から次へと集め始めた。その中にはもちろんヨサーク大空賊団に所属していた者たちも大勢いる。そうしてヨサークが消えた後そのまま空賊団を引き継ぐ形となったザクロは、強大な戦力と女王器である白虎牙を携えたまま、カシウナから沿岸部をなぞるように進軍しつつ途中の街を次々と制圧していったのである。そしてその魔手は確実にツァンダへの距離を縮めていた。
「美海ねーさま、見つかってないよね? 大丈夫だよね?」
 そんな船の群れを遠くから双眼鏡で観察する者がふたり。久世 沙幸(くぜ・さゆき)とパートナーの藍玉 美海(あいだま・みうみ)だった。沙幸は心配そうな顔をして美海に確認する。
「このくらい距離を置いていればまず見つかる心配はありませんわ、沙幸さん。念のためディテクトエビルも使っていますし」
 船団と彼女たちの間は軽く数キロは離れており、常人では目視はほぼ不可能な位置にあった。
「だよねだよねっ、もう夕暮れだから脱いじゃったけど、さっきまで青空のスモックも着てたもんね」
 どうやら彼女らはスキル以外にも服装でカモフラージュを目論み、より完璧な偵察を行おうとしていたらしい。ただ残念なのは、青空のスモックに景色と同化する効果が無かったことである。どのみち日が沈んだ今の時間帯では意味を成さないのは確かだったが。
「テレビとかの情報だと、カシウナからツァンダの通り道にある沿岸都市を征服しながら進んでいってるみたいだけど……ここからツァンダまでって、もうそんなに街もなかったよね?」
「……ですわね。小さい町がひとつふたつ、といった感じだったと思いますわ」
「まっ、まずいよ美海ねーさま! それじゃもう時間が……それに、また町の人がつらい目に遭うのかと思うと……!」
「沙幸さん」
 美海が、強めの声で名前を呼ぶ。
「この役目をすると決めた時から、それは避けられないことですわ。今は、わたくしたちに出来ることを全力でしませんと」
「……うん、そうだね。悔しいけど、私たちだけでどうにか出来るものじゃないもんね」
 唇を噛み締めるようにして、沙幸は視線を船団に戻す。
 彼女らがやろうとしていること、それはしっかりと準備を整えて来るべき決戦の時を迎えるため、船団がツァンダに到達するまでの時間を計ることであった。進行方向や移動速度からそれを割り出し、その情報をツァンダにいるはずのユーフォリアに届けようとしていたのである。
「この先に町が少ないこととあのスピードを考えると……2日、ううん、もっと早く着いちゃうかも」
「楽観せずに見た方が良さそうですから、おそらくあと1日半といったところですわね」
 沙幸は一瞬空の暗さを確認し、すぐに視線を戻した。空は青と黒のグラデーションで埋まり始めており、夜が訪れつつあることを告げている。
「つまり……あさっての明け方がリミット、ってことだね」
 ごくん、と沙幸が喉を鳴らす。
「さあ沙幸さん、こうしてはいられませんわ。これを他の皆さんに伝えなくては」
「うんっ、すぐ迎え撃つ準備を始めないとだね!」
 できうる限りの対策を講じようと、ふたりはツァンダへと急いだ。そこには女王候補であるミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)がいて、ザクロがミルザムを排除しようとしているのは間違いない。
 時間はもう、多く残されていなかった。