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温室の一日

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温室の一日

リアクション



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「さてと。とりあえずお水あげようか」
 空気を切り替えるように、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が言った。
「そうですね、確かスプリンクラーのボタンが何処かに……」
 真口 悠希(まぐち・ゆき)がきょろきょろと周囲を見回す。
「あ、あれですかね?」
 入り口のすぐ横の壁に、いくつものボタンが設置されている。
 近くで見ると、何処の場所へ水が落ちるのか、きちんと書かれていた。
「とりあえず、全部だよね。えい! えいっ!」
 ネージュは無我夢中でボタンを押しまくった。
 いくつもあるボタンを全部押すには時間がかかるので、悠希も半分手伝う。
「……あれ?」
 ボタンを全て押し終わったのだが、中々水が落ちてこない。
「う〜ん……時間がかかりますねぇ…」

 ぽつりと水の感触。

「やっと来ました……て、ぇええ!?」
 あっと言う間の出来事だった。
 まるでバケツの水をひっくり返したかのような水量。スコールだ!
「ぐはっ、息が出来ない……!」
「…目、目が開けられないですぅ〜、けほっ、けほっ」
 神野 永太(じんの・えいた)燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が水をガバガバ飲みながら咳き込んでいる。
「勢い、激し……」
「装備品が……錆びてしまいます…!」
 永太が必死に目を開けてボタン箇所を見ると──水の量を調整できるカフがあることに気付いた。
「これ……」
 てっぺんまで上がっていた位置を、永太はゆっくり下ろしていく。
……次第に。
 水は穏やかな霧雨へと変貌していった。
「なんですか……こんな物が付いていたのですね」
「やられましたね……」
 ザイエンデが苦笑しながら永太を見た。
「うわ〜〜、もう、ぐしゃぐしゃのびしょびしょだよ〜!」
 東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)が服を絞りながら、泣き叫んだ。
「キルティなんとかしてよー」
 同じく、ずぶ濡れになっているパートナーのキルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)も、口を開いて言葉を告げようとしたが。
 キルティスは何かに気付いて視線を上げた。
「あれ、見てください……」
 天井から降り注ぐ柔らかな水が、虹を作り出していた。
「綺麗……」
 秋日子は濡れている服のことなど一瞬にして忘れてしまった。
 美しさに……ただ見惚れる。
 その場にいた全員、言葉もなく見つめた。
「……一号…みたいだね……」
 ネージュの呟いた言葉に、詳細を知っている人達は思わず顔を強張らせた。
 しかし。それはほんの僅かな時間。
 顔を上げると、お互い目を見て微笑みあった。
 温室の片隅に眠っている、七色の花の化身──
「あ……」
 ふいに水が止まった。
 どうやら自動的に切れるようになっているらしい。節水エコだ。
「そっか〜、こういう仕掛けになってたんだね。傘持ってくれば良かったよ〜」
 遠鳴 真希(とおなり・まき)は笑いながら言った。
 髪の毛から水滴がしたたり落ちている。
「暑かったから、ちょうど良かったんじゃないですかぁ?」
 遅れてやって来たパートナーのケテル・マルクト(けてる・まるくと)が、着ている「洒落たメイド服」を、パタパタさせる。
 水しぶきが辺りに飛び散る。
「遅かったねテルちゃん……。あれ? ぁ? ぁ、ああー! テルちゃん!? それあたしの服っ!」
「じゃーん、似合いますかぁ? 勝手に借りちゃいましたぁ」
「駄目だよー! サイズ合ってないでしょ!? あたしの服はテルちゃんにはちっちゃすぎて……って、見えそうだし!」
 真希自身が、恥ずかしくなる。
「脱いで!」
「え? 脱いじゃっても良いんですか? ケテルは全然構いませんが」
「やっぱりダメー!」
 そんな二人のやり取りを、周りはしばらく笑いながら見ていた。
「──それじゃあ、そろそろ各自の作業に取り掛かるとしますか」
 永太の言葉に、みんな満面の笑顔で頷いた。

 秋月 葵(あきづき・あおい)は最後尾から皆にくっついて行っていたが、徐々に距離を開け、ルートからそっと外れる。
「……葵ちゃん。誰にも気付かれなかったみたいですね」
 パートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が、葵の耳元にこっそり囁きかけた。
「気を使わせちゃいけないからね、皆に」
「そうですね」
「にゃぁ、にゃぁ! フルーツ食べ放題〜♪♪」
「……!?」
 エレンディラが、慌ててもう一人のパートナーイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)の口を塞いだ。
 相変わらず摘み食いをしながら、自由奔放に飛び跳ねていたイングリット。
 この状況を全く理解していなかった。
 別行動しようとしていたことが今の声で気付かれてしまったのでは? とヒヤヒヤしたが──なんとか大丈夫だったようだ。
 誰にも会わず、無事に目的地まで辿り着いた。
 視線の先には……ひっくり返った五つの鉢が、横一列に並べられている。
 葵は、しばらく佇んでいた。
 タネ子に食べられていったあの日の出来事が、昨日のことのように思い出される。
 葵は頭を振ってしゃがみこんだ。
「クッキー持って来ましたよ、食べてください」
 鉢の前にクッキーを置く。
「みんなで…食べてね……」
「おぉ! 来てたのか」
 後ろから毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が笑みを浮かべながら近づいてきた。
「大佐ちゃん!?」
「我も、おっさんフラワー達に線香をと思ってな」
 そう言うと、大佐はでっかい棒状の蚊取り線香に火をつけ、立ち上る煙を黙って見つめる。
「もしかして…復活もありえるのではとも思ったが……」
「まだ、みたいだね」
「…………」
 ”まだ”と言った葵に、大佐はニヤリと笑った。
「そうだ……、『まだ』だ。……きっとこれからだな」