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温室の一日

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温室の一日

リアクション


1.温室入口


 温室に入ろうとした瞬間──
 どりーむ・ほしの(どりーむ・ほしの)は、違和感を感じた。
 何かが…おかしい……
「どり〜むちゃん? 入らないんですか?」
 パートナーのふぇいと・たかまち(ふぇいと・たかまち)が、どりーむにぴったりしがみついた形で、後ろから声をかけてきた。
「つかえちゃってますよ?」
 触手に襲われないようにする為、今回はどりーむから離れないことを誓った、ふぇいと。
「あ、あぁ……うん。入るよ」
 どりーむは違和感を感じながらも、足を前に踏み出した。
 むっとする熱気──
 瞬時に汗ばんでしまう。

──学園並みに大きい温室には、管理人が我が子のように可愛がっている番犬ケルベロスと食虫花タネがいる。
 入り口付近はそうでもないが、奥に進めば温室は密林のジャングルに変貌し、天を仰げばタネ子が優雅に浮遊している姿が見える……
 足を進めるごとに、どりーむの中で分からなかった違和感の原因がハッキリしてきた。

触手が……無い!?


 いつもなら、温室に入った瞬間からでも感じられる触手の気配が、消えていた。
(なんで? どうして?????)
 だが、その違和感を感知したのはどりーむけではなかった。
(な、な、な、無い!? 触手がないでございます??? なぜ? どうしてですか? それだけを楽しみに来たと言いますのにぃっ!)
 秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は心の中で絶叫した。
 百合園の温室のタネ子さんが凄いと言う噂を耳にして──男子禁制のため「女子のぞき部」部長の出番! と、のぞきにやって来た。
 それなのに……!
(憧れの触手プレイ〜〜〜!)
 それでもつかさは、心の動揺を周りに悟られないように努めた。

 お手伝い募集によって、温室入口付近の拓けた場所に徐々に人が集まってくる。
 その内の何人かは、すぐにこの異変に気づいた。
 しかし。
 言葉には出さなかった。いや、出せなかった。
 視線だけを四方八方に巡らす。
(触手は? 触手?? 無い? そ、そんなわけないであります! ま、まさか…)
 大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は、パートナーのコーディリア・ブラウン(こーでぃりあ・ぶらうん)をちらりと横目で見た。
 作業と言う名目で温室に侵入し、一通り仕事をこなしながらタネ子さんの触手に捕まった女子を見に行く予定だったのだが。
 今回は常にコーディリアの厳重な監視下にあり、隠密行動が不可能に近い。
(近くに触手があることを期待していたでありますのに!)
 剛太郎の怪しい視線を感じたのかコーディリアが顔を上げた。
「なんですか?」
「いや、別に……」
「………」
 慌てて視線を逸らす。
 前回、剛太郎の愚行を目の当たりにしたコーディリアは、作業間はもちろん作業外も変な気を起こさぬ様、『見せない、見させない、見させられない』を徹底することにしていた。
(エロ行動なんて、絶対に起こさせません!)
 剛太郎の忙しなく動いていた眼が、同じように、何かを探し求めている葉月 ショウ(はづき・しょう)のそれとぶつかった。
 一瞬にして気持ちが通じ合う。
 アイコンタクトで会話を始めた。
『これはどういうことだよ!? 触手は?』
『分からないであります』
『無くなったのか?』
『こっちが聞きたいでありますよ!』
 その時──
 パートナーのリタ・アルジェント(りた・あるじぇんと)がのんきな声で、言った。
「あれぇ? 触手の森が見えないですぅ」
 その言葉に、やましい思いを抱いていた面々の緊張感が、一気に高まった。
「そ、そうだねぇ〜おかしいなぁ〜」
「不思議なこともありますねぇ〜。あぁ、きっと休憩中なんですわ〜」
 姫野 香苗(ひめの・かなえ)佐倉 留美(さくら・るみ)が、わざとらしい、いかにも芝居染みた口調で言った。
 そして乾いた笑いを響かせる。
 香苗は、タネ子に捕まった沢山の女の子を助けたいと思っていた。……いや、本当はタネ子を羨ましく思っていたのだ。
 触手に捕まる女の子を横取りし自分が可愛い女の子達と楽しもうと、タネ子との対峙を決意してやって来た。
 なのに肝心の触手が無い!?
 冗談じゃない!
「……ど、どこだろうねぇ〜まぁ関係ないけどぉ〜」
 香苗の目が触手を求めて鋭く光る。
「そうですわ。触手なんて……」
(でも……先日お邪魔した時、あの触手にからめとられて……色々と、弄ばれてしまいましたわ…)
 留美は思い出して、自分の身体を抱きしめた。
(とっても素敵な思い出……触手…あの素晴らしい時間…あぁ……)
 うっとりした目が、急に見開かれた。
(ももももしかして! 触手の皆さんは害虫の被害に遭われたのでは!? そんな……)
 そうであったとしたら、楽しみが無くなってしまう!
 留美は必死で自分の考えを否定した。
 しかし。
 更にその上を行く意見が出た。
「触手、管理人さんが伐採しちゃったんじゃないですかぁ?」
 リタの言葉に、時が止まる。

『………な!?』


 一瞬の後。
 爆音のように響いた、その『な』の言葉に、周りの皆は目を丸くした。
「そんなに驚くようなことですぅ?」
 リタが首を傾げた。
「……そ、そうですよねぇ〜? おかしいわぁ〜。声が出ちゃいました〜」
 頭をかきながら、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が笑った。
「ちょっと……ほーんのちょっと、驚いただけですよぉ」
 明らかに無理がある。
(伐採された? ……確かに考えられないことじゃないわ。害虫にやられるよりも真実味がある…)
 誰もいなければ、アリアは発狂していただろう。
(でも、まだ…! まだよ! 触手が駄目でも害虫がいますわっ!)
 アリアは大きく頷いた。
 害虫からも辱めを受けないとは限らないわっ!
「…触手を喜ぶような人がいたら、一番に餌食にしようと思っていたんだけど……」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の何気なく言った言葉に、アリアはびくりと反応した。エスパーか!?
「でもこれじゃあ、その必要は無いみたいね」
「…………」
 視線から逃れるようにアリアは空を見上げる。
「管理人さんに伐採されたか、害虫に齧られたのか。ま、触手なんて無いほうが良いのよ。無くなって正解!」
 祥子は明るく笑った。
「本当ですぅ…あんなものに襲われたら……怖くて…」
 不安そうな顔をして、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)が言った。
 隣でうんうんと頷きながら、パートナーの冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)が答える。
「触手なんて百害あって一理無しだよ。害虫に食べられたのなら害虫さまさまーだね」
「害虫は放っておいたら…どんな、被害が出るか…わかりませんし…だから触手に構っている暇はありません……。とりあえず…ホームセンターで、売ってるような…害虫駆除用の薬を…持ってきましたから…触手が無ければ早く行けます…」
「私はみんなの護衛をするつもりだったんだけど、触手が無ければ負担も減ってラッキーだよ」
「…何が、起きるか…わからないから…超感覚で…用心だけは、しておいたのですが…」
「良かったね!」
「はいですぅ…温室が…綺麗になって良かった……ですぅ〜…」
「……………………」
「流石に、前の触手みたいな事態にはならねぇだろうと思っていたが……全然、余裕だったな。まぁ、既に全裸晒してるし怖くはなかったんだけど」
 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は豪快に笑った。
 管理人が行くなって言う事はやっぱ危険って事なんかな? ──だったら、修行にもってこいなんじゃね!?
 勢い込んでやって来はしたが、やはり触手はネックだった。
 だが見渡した限り、不気味に蠢く木々や植物は無い! 心配事はナッシング!
「巨大害虫だろうが人食い虫だろうが俺の拳でぶったおしてやるぜ!」
 戦いたくて身体がうずうずしてくる。
「楽しみだ……腕が鳴るぜ!」
「本当ですね」
「?」
 柔らかく微笑みながら、神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)が現れた。
「久しぶりの温室です……植物大きくなっていますね」
 ゆっくりと植物を眺め、まるで独り言のように翡翠は言った。
「本当に、久しぶりだよな〜。で、奥に害虫ねえ……なんか、すげ〜嫌な予感しているんだが……」
 パートナーのレイス・アデレイド(れいす・あでれいど)が、ため息をついた。
「でも触手が無くなってて良かったんじゃない? ここ、初めて来たけど……すごい…見た事無い花がいっぱいある〜…」
 もう一人のパートナー榊 花梨(さかき・かりん)が、ふらふらと温室奥へと進んでいく。
「あまり遠くに行ってはいけませんよ? 迷子になってしまいます」
「分かった〜」
 本当に分かっているのかは怪しいが、とりあえず返事が返ってきたので翡翠は安堵した。
「さらば触手ー! 二度と現れんなよー!!」
 久途 侘助(くず・わびすけ)が大きく手を振った。
「つうかぁ、触手なんざマジどうでもいいんだよ! 珍種の果物を食うためだけに温室来たんだから!」
「侘助さん……」
(……周りに人がいると言うのに、隠す気は無いのでしょうか?)
 パートナーの香住 火藍(かすみ・からん)は苦笑した。
 珍種の果物を食べるとか……また変なことを言い出して──
(俺はそこまでして食べたいとは思わないですが、興味が無いわけでもありません。止めても無駄でしょうし……仕方ないので、協力することにしますよ)
「最奥には珍種の果物が生息しているって子幸が聞いたらしいな。これは行って確認してみないと! 食ってみるしかねぇよな! ……あれ? 奥行く途中で害虫を倒すんだから、依頼から逸脱してはいない…よな?」
「…そ、そうですね」
「久途先輩ー! 呼んだでありますかー!?」
 少し離れた場所から、草刈 子幸(くさかり・さねたか)が小走りで駆け寄って来た。
 パートナーの草薙 莫邪(くさなぎ・ばくや)鉄草 朱曉(くろくさ・あかつき)も一緒だ。
「歩くの…早いですよ。いつの間にか置いてかれて…」
「あぁ、悪い悪い。いや、珍種の果物の生息の話をな」
「そうです! 最奥には珍種の果物が生息していると、食い倒れコミュで聞いております。害虫がこぞって発生しているとは…其処に美味い植物があるからではないでしょうか!?」
「……熱くなりすぎだぞ?」
 莫邪が子幸にあきれ顔を向けた。
「虫なんか嫌じゃ。触手も嫌なんじゃ! 群れている虫になんぞ近づきたくもないし、参戦する気持ちは無いんじゃけんのう」
「…ツキー、もしかしてまだ作戦に納得してないのでありますか?」
「これ以上の奥なんぞに入ったらどうなるか分からん。タネ子採取で…」
「奥に行かなきゃ子幸のデザートが見つからないだろう?」
 朱曉の言葉を遮って莫邪が言った。
(そのデザートは子幸のご飯のおかずになって……気持ち悪いからやめてほしいんだが、言っても無駄だろうな)
「まぁ、なんにせよ? 触手が消えてて身動きも取りやすくなったはずだ! 万々歳〜……ぐふぇ!」
 いきなり。
 ショウが莫邪の首を絞めた。
「それ以上言わないでもらえるかぁあぁぁ〜?」
 顔は笑っているが目は笑っていない。
 触手への否定的な発言に我慢の限界が来たのか、剛太郎も同じ行動に出た。
「……笑ってる場合じゃないであります! こっちは死活問題なんでありますよ!!」
「死活問題? …くぴっ!」
 侘助の首が絞められた。
「この日をどんなに楽しみにしていたか、あなた達に分かりますかぁ〜!」
 絞められる莫邪と侘助の顔が土気色になっていく。
 一瞬何が起こっているのか分からなかったが。
 コーディリアとリタはハッとすると、慌てて止めに入った。
 しかし、イッちゃってる二人には、パートナーの言葉は届かない。
 朱宮 満夜(あけみや・まよ)も、絞めている腕を引き剥がそうと力を込めて引っ張った。
「お、落ち着いてください! そんなことしてもしょうがありませんよ!」
 しっかりと首に絡みついた腕は、中々離れない。
「百合園から殺人者は出さないで〜」
 ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)も一緒になって引っ張る。
「今回はお手伝いが優先なんですよ〜…って、あれ? でも私もそう言えば温室の奥に入ろうとしていたような…」
「手を緩めないでー満夜さん〜…! これからの行動はどうであれ、今はこの腕を解放しないと駄目だよー! 死人が出るー!」
 必死に格闘していると。
「……あの〜管理人さんが伐採したのか、害虫に食べられたかは知りませんが……タネ子さんの触手だよねぇ? 成長は早いと思うし、どこかにあるんじゃないかなぁ?」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の言葉に、パートナーの賈思キョウ著 『斉民要術』(かしきょうちょ・せいみんようじゅつ)も大きく頷いた。
「私がメモリーしたタネ子さんの情報でも、そのように出ていますわ」
「頭を落としても、一週間であの大きさに戻るみたいだし」
「タネ子さんは複雑すぎて、未だ解明は出来ませんが……触手は確かに残っていてもおかしくないかと」
 皆の動きが止まる。
 特に触手を目当てにやって来た連中の目に、生気が戻り始めた。
「……そ、そんなわけないだろう? 期待させるなよ…」
「いや、でも…まさかな?」
「そうね……そうよ! 探せばあるかも!」
 心の中の思いが全部口から出ている。目的が何かバレバレだ。
「じゃあ、気合入れて触手探しの旅に行きますかっ!!」
「おう! …………ぁ」
 言ってしまって、固まる。
 高々と腕を上げた連中も、ゆっくりと下ろしていく。
「……な、なーんて、ね?」
 軽蔑したような眼差しの仲間達の視線が、ほんの少し……痛かった。

「──あ、あれ? 花梨何処です? もしかして、迷子でしょうか?」
 翡翠は厳しい表情で辺りをきょろきょろ見回した。
「え? 花梨が? あぁー本当に、いねえ〜!! 嫌な予感、当たって欲しく無かったんだがな……何処言ったんだ? まさか……奥か?」
 レイスの額に冷たい汗が流れる。
「奥へ行きそうですねえ……急ぎましょう!」
「ああ!」