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来訪者と襲撃者と通りがかりのあの人と

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第9章 ちょっとだけ巻き戻って、(アイス屋の中)


「ねぇ、コハク。ここのアイス美味しいんだって!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は元気いっぱいに言った。
 手にはパンフレットを握り締め、食べたいアイスの話をコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)にふっていた。
 美羽は「コハクと一緒に噂のアイスを食べてみたい!」と思い、コハクを連れてアイスクリームショップに向かっていたのだ。
「食べ過ぎないように気をつけてね」
 コハクはにこっと笑った。
 こういうひと時が、コハクにとって一番幸せな時間だ。美羽にとってもそうだった。
「ん?」
 短めにしたスカートの裾をひらりとそよがせ、美羽が街中を歩いていると、なにやら変な視線を感じる。
 まさか、例の奴らだろうか。
 こんなところまで?
 乙女のスカートの中は、手出し無用の絶対領域。
 何があろうと覗かせない。
 その落ち着かない嫌な感じを抱くも、誰がどこで見ているか、美羽にはまったくわからなかった。
「コハク〜、早く行こっ」
「え、何?」
「何でもないよ。でも、早く!」
 美羽はその嫌な感じから逃げるようにショップに入る。
 変な感じ。
 でも、今は見られてる様な感じは、無い。
 ホッと一息つくと、美羽は当たりを見回した。
 混雑する店の中で、さっきの嫌な感じを受けなくなったことに安心し、美羽はアイスを選び始めた。
「やっぱりアイドルって言えば、可愛い苺よね〜」
 美羽は弾けるような笑顔で笑う。
「そうだね、美羽。僕は何にしようかな」
 コハクは美羽の楽しそうな様子に目を細める。
 コハクが美羽の後ろに並ぶと、背に衝撃を感じた。
「あっ! ごめんなさい」
 小学生ぐらいの子がぶつかり、コハクに謝った。
「あ、大丈夫だし……」
 コハクはニコッと笑って返した。
 少年の横にいた少女も一緒になって謝る。
「ごめんなさぁい。ルシェールさん、よそ見しちゃダメだよぉ」
「うん、わかった。すみませんでしたっ」
 ルシェールと呼ばれた少年は、再びコハクに頭を下げると、少女と一緒にコハクのいる列の最後尾に並んだ。
「ねぇ、ミルディアちゃんは何にするか決めた?」
「う〜〜〜、迷うなあ」
 少女と少年のおしゃべりが続く。
 コハクはそんな光景を微笑ましく思った。自分もアイスを選ぼうと前を見る。
 その少し離れたところで、スーツを着たサラリーマン風の男がこちらの方をじっと見ていた。ルシェールと呼ばれた少年の方を見つめている。その男がそっと少年に近付いていった。
 しかし、コハクは自分の周囲で妖しい動きをする人間には気が付かなかった。


 美羽のすぐ横を、髪をキッチリと纏めた少年が通り過ぎた。
 彼は佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)。薔薇の学舎の生徒だ。店内を見回しつつ入ってくる。
 佐々木は知り合いを探していた。佐々木の知り合いはこの店内には居ない。とりあえずアイスでも買おうかと列に並ぶ。
 佐々木の隣で声がした。
 髪の長い男性だ。
「良い天気ですねえ。こう暑くっちゃかなわないですね……桂、次は、どこでしたっけ?」
「次の目的地はデパートですよ、翡翠殿」
 隣にいるのは相方だろうか。とても綺麗な顔をしているが、多分、男だろう。
 薔薇の学舎に所属する佐々木は、そういうこともあるのを知っている。まあ、よくあることだ。
 まさしくその通りで、二人は薔薇の学舎に所属している。
 神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)山南 桂(やまなみ・けい)だ。
「デパートも楽しいよ」
「はあ……ずいぶんと見た事無い物が多くて、理解するのに時間掛かりそうですねえ」
「徐々にわかるようになればいいさ」
 翡翠殿と呼ばれた男は笑った。
 何を買おうかと視線を彷徨わせた。
 翡翠は甘いものが苦手だ。だが、アイスを使ったシェイクなら飲めるかもしれない。
「ふう……」
 翡翠はため息を吐いた。
 不幸体質ゆえ、なにごともなく一日が過ぎればいいと思っていた。
 だがしかし、神はそれほど優しくはない。その不幸を象徴するかのような人物がやってきたことに、翡翠はまったく気が付いていなかった。


「ぅーん……」
「どうしたの、美羽?」
「なんか、嫌な予感がする」
「え?」
 美羽は辺りを見回した。
 周囲を見れば、強烈に熱い視線を感じた。だが、周りを見渡せば、人、人、人。
「おかしいなぁ」
 勘違いかと思い直し、視線を下げれば、美羽のパンツを覗く、小人の爺さんが七人。
 血走った目、ニヤケ下がった表情。鼻息荒い様子は、まさに野獣のようである。
 爺さんは美羽のみに注目していた。

 ぷっくりと可愛らしい美羽のバストライン。
 すんなりと伸びた脚。
 太股の辺りで揺れるスカートの端からは、乙女の香りがしてきそうだ。

 ふっふっふー☆ 半熟乙女は食べごろ季節。
 じっくりと、
 眺めるべしっ!

「ぱんつじゃー♪」

「いやあああああああああああああああああああああ!」
 下から声がしたと同時に、美羽は悲鳴を上げ、派手に蹴り上げた。
「ばかあああああ!」
「見えたのじゃあ!」
 爺さんAはお星様になった。
 爺さんBは、それを見ると吐き捨てるように言い放つ。
「こンの、痴れ者があ! 趣味道は修羅道ぞ! 見てどうする。見えるか見えないかの微妙なラインが命なんじゃ……ぅお!?」
「消えて無くなれぇーーーーー!!!!」
 美羽は爺さんBも蹴り上げた。
 命の火も消えそな強烈なキックだ☆

ぼしゅうん!

「きゃぁ!」
「わあ!」
 悲鳴が聞こえた。
 突然、スモークが焚かれ、店内は騒然となった。
 照明が落とされ、店内が暗くなる。昼間とはいえ、大きな店舗の中では、さすがに奥の方は暗かった。
 飛び交う罵声。客を宥める店員の声。その中で悲鳴が上がる。
「な、何なのよう!」
 美羽が叫ぶ。

ガシャーーーン!

「っぶなーい!」
 降りかかるガラスの破片に対し、腕を十字にガードラインで盾となるべく飛び出してきたのは変熊 仮面(へんくま・かめん)だった。
 きっちりと制服を着ている。

(もしや、この少年は!?)

 変熊の脳裏に先日の噂が浮かんだ。
 我が学舎に、財閥の子息が入学するらしいとの情報を小耳に挟んでいたのだ。そのことと、目の前の事件が脳内でがっつり直結した。

(おおおおおおッ!)

(これはきっと産業スパイに違いない!)

(――俺様の勝利!)

 勝手に決め付け、独り盛り上がる変熊だった。
 突然のことに、ミルディアは硬直していた。混乱する思考から覚醒したときには、ルシェールはスパイの手にあった。
 ついでに言うと、変熊もスパイの手の中にあったのである。
 サラリーマン風の男がルシェールの腕を掴んでいた。スプリングコートに隠れて見えないが、拳銃を所持しているようにも見えなくは無い。
 店舗内に散開していたスパイ数人も集まってくる。
 変熊はそれを見ると言った。
「おとなしく従った方がいい……君はソルヴェーグくんだね?」
 変熊は先輩っぽく見えるよう、普段使わない『君』付けをした。非常にうそ臭い。
「え?」
 ルシェールは長い睫を瞬かせた。
 小首を傾げて変熊を見る。
「俺様も薔薇の学舎の生徒だ。君の噂は聞いているッ☆」
「あ、あの……」
「みなまで言うな。恐いだろう、辛いだろう、しかしッ! 俺様がいれば、もう大丈夫だぞ、ソルヴェーグくん」
「あのっ、ちがいま……」
「おい、お前! なにをやって……」
 サラリーマン風の男は、固いものを変熊の背中に突きつけたまま言った。
 しかし、変熊の妄想は止まらない。
「いいか? こういう男二人きりの時は受けと攻めが基本だ。お前は受けだ。四つんばいになって腹の力を抜け! いいか、動くなよ!」
「やっ、やだぁ! 人がいるよ!」
 ルシェールは叫んだ。
 変な展開に、周囲の空気は凍ったままだ。
「俺は攻めだ! ソルヴェーグ、よく見ていろよ」
「黙れ、変態! おとなしくしろ」
 強盗、もとい、産業スパイは言った。

「はいはい、強盗諸君、ちゅうもーく!」

 この手荒な強盗に対し、変熊は決定打になる(と自分だけが思っている)行動に出た。
 さぁ、みなさまお待ちかね☆
 完全無防備のアピールタイムだよ〜♪

「まてまて、こちらは抵抗する気は無い」
 カメラ目線、右斜め四十五度のベストアングル。

 キタ! 来ましたよ!

「脱ぎますよ〜☆ ヘイっ!」

バサッ!

「ウフフ、キャッキャッは俺が許さんッ。シリアス、クライマックスは俺が登場してからにしてもらおうか!」
 おもむろに全裸になり、高らかにパンツを放り投げる。

「ふふふ……見てる見てる」

 みゃ〜が、ぷるん☆

「みんなッ」

 みゃ〜が、ぽにゅん♪

「俺様のあまりの美しさに……」

 みゃ〜が、ぽよよん☆

「見蕩れているようだな!」

 変熊は腰に手を当て、仁王立ち。
 サラリーマン姿の強盗は呆気にとられてしまったことが余程悔しかったのだろう、硬い物を再度強く押し付ける。
「え、まだ信用できない? ソルウェーグ、お前も脱げ!」
 変熊は言った。
 名前を間違っていることに、まだ気が付いていないらしい。
 変熊はルシェールに『愛の指導』を続けた。
「心意気を見せろ! ついでに、裸も見せるんだ!」
「や、やだぁ!」
「いいか、よく聞け! 薔薇学生たるもの、全裸になっても動じてはいけない! 何故なら……」

「我々は美しいのだから!」

 変熊はみゃ〜をプラりとさせながら言う。
 バックコーラスにロリヲタ爺の怨嗟の声が響いた。

「ダイ! Die! ダイ! Die! ダイ! Die! ダイ! Die !!」
 男は消えろの怨念をこめて、爺いのブーイングが飛んだ。
「お願い……助けてぇ」
 涙をいっぱい溜めて、ルシェールが懇願する。
「ぉおおおう♪」
 爺いどもがどよめいた。
 結局、可愛かったら、何でもいいのであろうか。
「はーッはっは! こうやってやるのだ、ソルヴェーグよ!」
「いやだぁぁぁぁッ!」
 変熊はうずくまって逃げようとするルシェールの半ズボンをパンツごと引っ掴み、ぐいっと引き下ろした。
 カワイイお尻がこんにちは♪
 桃のような双丘が少し覗いている。

「萌ぇ! 半ズボン萌ぇぇぇ♪」
「ニィ〜ソッ! ニーソッ!」
「惑わされるな! あやつはぞ!」
「ちょっとだけ見える桃がぁ!」
「パンツはどうした! わしらの意義は、それだけじゃ☆」
 爺は周囲の空気を読まず暴走する。
「さあ、一気に行け!」
 変熊は言った。
「やぁだ〜!」
 ルシェールが襲われると勘違いして悲鳴を上げた。
 すると、ミルディアを庇っていた翡翠が、ルシェールの悲鳴に振り返った。
「うわあああああああああ!!!」
 翡翠は叫んだ。
 ブツをナマもろ出しアッピール♪ な、変熊を見てしまったのだ。

(し、し、し、死ねぇぇぇ!)

 翡翠は脊椎反射よろしく愛銃を取り出そうとするが、レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)に預けていて、それはできなかった。
「な、何ィ! 無い! 愛銃が無い!」
 拳を握り締めた。
 当のレイスは翡翠のいる正確な場所がわからなくて、銃を投げられないのだ。
 向こうも焦っているはずだ。
 それは、わかっている。
 だが……。
 不意に虚しさが過ぎる。握った拳を振り下ろし、翡翠は我が身を呪った。


「神妙にするのじゃ!」
 アーデルハイトは言った。
 アーデルハイトの声と共に、本郷がバーストダッシュを使って店内に突入する。
「面白そうなことやってるのって、ここですか♪」
 ガートルードは楽しげに言った。
 スーツを着た妖艶な美女の姿は、事件現場でも華やかに見えた。
 スカートから伸びた脚は滑らかそうで、ロリヲタ爺も思わず注目する。
「その方らの悪事は既に明白である!」
 そう言ったのは、芦原 郁乃(あはら・いくの)。最近、夕方に見ている時代劇の影響を受けての台詞だ。
 秋月 桃花(あきづき・とうか)蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)はコケかけた。
 緊迫した場面で実際に口にするほど影響されていたとは知らなかったからである。
「あ、イルミンスールの……」
 不意の登場人物に、変熊は呆気にとられた。
 本郷と真綾が光術を使い、強盗に向けて撃つ。
「うわぁあああ!」
 サラリーマン姿のスパイは目をやられ、よろめいた。
「悪いやつはぁ、お仕置きですにゅ!」
 真綾は叫んだ。
「あ、コラ! 場所を教えてどうするのじゃ」
「てへっ♪ 失敗、失敗。戦闘服に変身ですぉ☆ えーい♪」
 杖をクルクルっと回せば、あっという間にトラ縞ネコミミメイド服に衣装替え。
 それを見て明日香は叫んだ。
「ああーーー! 私のまねですぅ!」
「え〜? じゃあ、アーデルハイト様もお着替えですぉ♪」
「こら、待たんか。やめっ……」
「えーい☆」
「をぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」
 ロリヲタ爺は拳を握って叫ぶように言った。
「ぐっじょぶ!」
 アーデルハイト、真綾、明日香のミニっ子ネコミミメイド登場に燃え上がる、爺七人衆。
「ちみっ娘(こ)♪ ちみっ娘♪ ちみっ娘♪」
「ふを〜〜〜〜〜〜〜ッ! 半熟生足、万歳☆」
「な、なんですって!? 半熟が良い?? 許せませんね。そこの貴女、私にもそれをするのです!」
 ガートルードは真綾に言った。
「お着替えですかにゅ?」
「そうです! 成熟ボディーの素晴らしさを教えてあげます」
「はぁ〜い♪」
 ガートルードは正直、勝った!と思った。
 この店舗の中では一番スタイルが良いかもと自負していたからであ〜る。
 だがしかし、神様はそれほど優しくはない。
「何よ、これ! ロングですよ!」
「はーい。大人っぽくアレンジしてみましたにゅ」
「しなくていいです」
「ふぉおおおおお! ロングのスカートから見える足首、萌☆」
 爺さんCがガートルードに近付いていく。
「アイドルは美羽なんだよー! 消えて無くなれぇ!」
 セクハラは退場と美羽のキック。絶妙な足の角度でパンツを隠し、爺には見せない。
「ぐふぉぉぉぉ……み、見えなかっ……うぉ!?」
「きゃっ☆」
 倒れた時にアリアのパンツが見え、爺、再燃。
「乙女のパンツー!」
「いやあああ!」
 爺の攻撃を回避した後、アリアはそのまま上体を回転させた。脚に力を伝え、サマーソルトに繋げる。
「ふォッ、ふォォォォ! まーさーに、理想郷! 昇天じゃー!」
「お星様になっちゃえ!」
「ぎゃあああ!」
 アリアと美羽のWキックに爺はぶっ飛んだ。
 だが、美羽とアリアの連続蹴り攻撃は止まらない。吹きすさぶ蹴り。舞いはためくスカート。見えそで見えないデルタゾーン。
「三角魔境は 今日も 日本晴れぞおおおおお!」
「はあああああ! 逝っちまいな!」
 ロリ好き爺さんたちを強盗と決めつけ、ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)のドラゴンアーツが炸裂した。
 注文をするために並んでいたヴェルチェは、ターゲットを爺たち&周囲一帯の動くものと定めると、蹴りやパンチでボコボコにしていく。
「あ、ちょっ……違っ。 いててっ!」
 変熊にパンチが当たる。
「アイスクリーム屋なんて襲うショボいコはアンタね」
「だから、違っ!」
「別に誰だっていいのよ!」
「ぎゃあああああああ!」
 変熊はみゃーを蹴られるのであった(南無)
「ふぁいやー、ふぁいやー、ですぉ!」
「こ、こら! 狭いところと人のいるところで火を使うなー! TRPGの鉄則だ」
「でも、こうすると早いんですぉ〜」
 本郷が火を使わない穏便な方法で戦っているのに、その横で、真綾は情け容赦なく火炎系魔法を使う。
 変熊に降りかかる炎。
「あちちっ!」
「きゃっ☆ 焦げたら美人がだいなしよ」
 そう言ってヴェルチェは避ける。
 テーブルの下に隠れ、ある人物に這い寄っていく。
「ねえねえ、そこの人〜?」
 ヴェルチェは反対側のテーブルに隠れている男に言った。
 ワイシャツにネクタイ、アイスクリーム屋のロゴが入った紙製のキャップを被った男はびくっと反応した。
 ヴェルチェは狙いを定めた。この男はきっと店長だ。長年の勘がそう言っている。
「ちょっと、店長さん? あたしがこの場を治めてあげるから、後でお礼を頂くわよ。なぁに、一年分くらいタダ券くれればいいのよ。簡単でしょ? 食べたい盛りのコをいっぱい抱えてんのよねぇ、あたし」
「い、一年分って。無理ですよぉ」
「あ、じゃあ……え?」
 ヴェルチェが言った瞬間、誰かが店に乱入してきた。
 クロト・ブラックウイング(くろと・ぶらっくういんぐ)と、オルカ・ブラドニク(おるか・ぶらどにく)だ。
「強盗か…オルカ、人質を助けるぞ!」
「正義の味方参上! だね〜」
 オルカは楽しそうだ。
 建物内に進入してきた二人は、飛んできた意識を感じ、目潰しの為に目の前で光術を使いはじめた。
「ふふふ……サンドバック発見だ〜」
 目がくらんでる人間に対し、ひたすら殴打しはじめる。
「ぎゃああああ!」
「ちょっと! あたしのアイス一年分!」
 ヴェルチェは叫んだ。
 オルカが殴り始めた相手はお客さんだった。
 おまけにクロトはドラゴンアーツで片っ端からその場にいる人間を殴り飛ばす。
「わぁああ! スーパーバイザーに怒られるぅ! どーしてくれるんですか、あなた! もう、降格だぁ。来月、結婚式なのにィ」
「そんなの、あたしは知らないわよ。いい? 人生はねぇ、蹴落として這い上がってナンボのもんなのよ。それぐらいの失敗で何? 弱いわね」
 ヴェルチェはクロトとオルカの撲殺乱舞の音をバックに言った。
 この騒ぎに乗じて、ガートルードはクールに退場を決め込む。折角のメイド服が汚れては勿体無い。
 そそくさと去っていった。
 入れ替わりに、国頭 武尊(くにがみ・たける)シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)の両名が乱入してくる。
 自分達には関係ない事なので無視しようかと思ったのだが、現場付近でアーデルハイトの姿を見つけ、事件に介入する事にしたのだった。
 国頭は光学迷彩で騒ぎの震源地に近付いていく。
「今ならまだ間に合うと思いますので、投降してください」
 シーリルは言った。
 不意に乱入してきた女子高生に、一瞬、スパイたちは呆気に取られる。
 しかし、さっきからの珍妙なやりとりとクロトたちの攻撃に、シーリルの言葉を無視した。というよりも、応答できる状況に無かった。なんせ、殴られている最中なのだから。
「はあ」
 残念そうに言った。
 そして、メガネを外す。
 殴られて散々なスパイたちに、シーリルは近付いていった。
 閉じている魔力を覚醒させる。男たちはその場に凍りついたように立ち尽くした。
 そして、まだ動けるクロトの方へと向き直った。スパイと勘違いしているようだ。
「な、なにすっ……!」
 クロトが怯んだ。
 国頭が入り込んでくる。
「潜った修羅場の数が違うんだ。パラ実生を舐めんじゃねーぞ」
 そして、間髪入れずにシーリルは光術でクロトの視界を奪った。
「うわああ!」
「やったぞ、シーリル!」
「俺は違うぅぅぅ!」
 国頭は光条兵器の銃を取り出し、人質の存在を無視して攻撃しはじめる。
「パラ実生相手に人質なんか通用すると思ったか。この馬鹿が」
「撃つな、撃つな、撃つなああああ!」
「あなたたち! 何をやってるんですか!」
 サラディハールが叫んだ。
「ねー、ねー、オレの言ったとおりでしょ?」
「はいはい、あとでご褒美でしたね」
「やった!」
 クマラは快哉を上げた。
 そして、乱闘している者たちの方にくるっと向き直る。
「いたいけな子供を攫おうだなんて、分別あるオトナのすることじゃないよ? そういういけないオトナは成敗しないとネ。善良ないち市民としてっ」
 ビシッ!とクマラは言った。
 ぷっくぷくのほっぺたにチョコがついている。
 買い食いの跡だ。
 エースは溜息を吐いた。
「お、薔薇の学舎の先生じゃな」
 新しくやってきた人物を見て、アーデルハイトは言う。
 でも、さっきから一向に手伝ってない。
 サラディハールとソルヴェーグらは、クマラからの情報を受けて駆けつけてきたのだが、アーデルハイトを見てサラディハールは眉を吊り上げた。
「アーデルハイト様、なんで手伝わないんですかっ」
「生徒の成長を見るのも、私の役目じゃ」
「言うに事欠いて、本当に貴女って人は……」
 サラディハールは振り返り、鞭を取り出す。
 乱闘を始めている方に向かって言った。

「解剖しますよ!」

 その声を聞き、サラディハールの嗜癖を知ってる薔薇の学舎の生徒は硬直した。
「またかい?」
 ソルヴェーグはサラディハールの様子を見て笑いを堪えているようだ。
 隣にいたレンが、みゃ〜モロ出しの変熊を発見し、叫んだ。
「いかん!何かは判らないが、相当ヤバイぞ! 大切な何かをもっていかれそうだ! 野郎共! 女子供を緊急避難だ!!」
 あれが、かの有名な『薔薇学に所属する、裸で出歩く奴』! 危険すぎる。
「おお、暴れてるな! 俺も混ぜろ」
 ラルクは大喜びで走り込んでくる。
「スパイはこの拳でわからせるしかねぇよな!」
「こら、ラルク! 待ちなさい!」
「フルボッコにしてやんよー!」
 ラルクはスパイの戦意を無くすため、カウンターを殴った。
 一撃で岩や壁を打ち抜くことができるドラゴンアーツを乗せたパンチは、簡単にカウンターの一部を粉砕する。
「店を壊すなぁぁぁぁぁ」
 レンは叫んだ。
 そして、当たらないようにラルクの足元から離れたところをスプレーショットで撃つ。
「非契約者を殴ってはいけません! 貴方も、弾をばら撒いてどうするんですか! こら、そこぉ! 話を聞きなさいっ」
「「あ〜?」」
「はいはいはい。お邪魔しますよ〜。あ、どうぞ。続けてください。私は通りすがりのメイドです」
 すっと現れた女の子は高務 野々(たかつかさ・のの)
 いきなり掃除を始めた。
「片付けは得意ですよ〜」
 一同は目が点になった。この状況はなんだろう。
「ちっくしょう! 俺の休日を返せ!」
 買い物のため道を歩いていたところ、割れたガラスが降ってきたことに驚いて、先ほど店内に入ってきた人物がいた。
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)である。彼はこの珍妙な状況に怒りを隠しきれない。
 話聞けば、ルシェールとかいう子が原因というではないか。
 こんな状況を作るワルい子はお尻ぺんぺんしかない!
 如月は怒りに燃えていた。ルシェールにとっては理不尽な怒りだが、この際、仕方が無い。原因が無いとは言い切れないのだから。

(いいだろう、この「デローン魔人」とまで一部でいわれたこの力で八つ当たりをしてやろうじゃないか!)

「最近、なんか触ったものは全部溶かすとか言われてるしな。ふふふ……」
 瘴気でも噴出しそうな勢いだ。
 如月はスモークの残る薄暗い店内を進む。
 トレジャーセンスで、位置を把握しつつ、ルシェールを探した。
 誰がルシェールなのかわからなかったが、襲われかけている子が床に倒れているあたり、多分、この子だろう。
 そして、その勘は大当たりだった。
 発見した少年の前に立ちはだかる。
「な、なに……?」
「悪い子は……お尻ぺんぺんだっ!」
「やぁだ!」
 ルシェールは立ち上がりかけた。
「逃がすかぁ!」
「そこの生徒! やめなさい!」
 サラディハールの声が聞こえた。
 しかし、如月にはそんなことはどうでもよい。
 目の前の獲物の方が重要。
「これでもくらえ!」
「ひゃぁ!」
 ルシェールは転んだ。
 瞳に涙をいっぱい浮かべて如月を見上げる。
 着乱れた服に、解けた長い白髪。どう見ても、如月に襲われかけているように見える。
「助けてぇ……」
「ルシェール!」
「ソルヴェーグ、助けてぇ!」
「邪魔はさせん!」
 なんだか変な状況が出来上がっている。
 如月は氷術でルシェールの足元を凍らせ、逃げ場を奪った。
 ソルヴェーグは眉を顰める。一歩、歩を進めた。
「死を見たくはないかな?」
 そう言ったソルヴェーグの気配が変わった。
 肺腑を抉るような恐怖が如月の心に沸き起こる。
「ま、まさか……お前」
「少しは楽しませてくれると嬉しいんだけどね?」
「ま、待てっ」
「ソルヴェーグ、だめだよっ!」
「なんだ、この気は! 美しい私に、新しい試練かッ!」
 誰も聞いてねーのに、変熊は横から口を出した。
「ええい! 俺は、俺はッ! 怒ってるんだあああああ!
 如月は何もかも振り切るように、魔剣から氷気をぶっ放す。ブンッと剣を振り回せば、辺りに冷気が舞った。
 その冷気は皆の足元を凍らせていく。
「おわぁ!」
「きゃあ!」
「歩けないのじゃ☆」
 七人の爺さんたちはコロコロと転がっていった。
「寒さなどには負けはしなっ……うわぁ!」
 足元を掬われ、変熊は氷の上を滑って行った。
「俺様を止めてくれ!」
「あーい、止めるですぉ〜……はいっ☆」

ゴーーーーーーーーーーーーーーーン!

 真綾は自分の杖を振る。
 容赦なく変熊を殴打し、止めた。
 転んだり。倒れたり。殴られたり。火責め水責めで災難な人、約一名は完全にのびていた。