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空賊よ、パパと踊れ−フリューネサイドストーリー−

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空賊よ、パパと踊れ−フリューネサイドストーリー−
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第3章 a Day in the Life(3/3)




 夕刻、屋敷跡に戻ると、多くの人々が集まってなにやら作業を行っていた。
 そこに転がる瓦礫の山を撤去しようとしているようだ。庭園に停泊するルミナスヴァルキリーの看板から、昼間遊びにきた生徒や、スケルツァーノとカークウッド、そしてヒルデガルドも興味深そうに作業を見守っている。
「……これから何か始まるのか、フリューネ?」
「ううん、私は何も聞いてないわ」
 刀真とフリューネは大きな紙袋を抱きしめたまま、首を傾げた。
 そんな二人を見つけて、この件の首謀者、レン・オズワルド(れん・おずわるど)は声をかける。
「遅かったな、買い物にでも行っていたのか?」
「え、うん……って、そんな事より、レン。これは一体なんの作業をしてるの?」
「この屋敷を建て直すんだ。おまえが生まれ育った家なんだろ、このままにしとくのもなんだと思ってな」
「この人たちは?」
「町の連中さ、家を建てるのには人手がいる」
「レンさん、町の人に頭を下げて手伝いを頼んだんですよ」
 レンの影からちょこんと顔を出し、パートナーのノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が言った。
「うちのためにそこまでしてくれたの……?」
「大し事じゃないさ……。それに俺だけの力で、皆が集まったわけでもない。このカシウナの町を守るため、タシガン空峡を守るため戦ったおまえをのために、町の連中も何かしてやりたいと思っているんだろう」
 その時、作業中の町の住民が、フリューネを見つけた。
「よぅ、おかえり。すぐに立派な屋敷を建ててやるから、しばらく辛抱してくれな」
「あんたはこの町の英雄だよ、フリューネさん」
 次々に声をかけてくる人にフリューネは慌ててお礼を述べた。
「ねぇ、フリューネさん、皆さんのお食事をこれから作ろうと思うんですけど、手伝ってくださいませんか?」
「えっ……、町の人たちの?」
 期待に満ちたノアとは裏腹に戸惑うフリューネ、刀真がその背を押した。
「ちょうどいいじゃないか。折角、練習のために食材を買ってきたんだ、作ってみなよ」
「……わかったわ。ここで逃げ出したらロズヴァイセの名折れね、頑張ってみる」
 厨房はルミナスヴァルキリーにある、二人が並んで歩き出した時、呼び止める声があった。
「フリューネ、パパの話を聞いてくれ!」
 崩れかけた門のところにいるのは、紛れもなくパパだった。言い返そうとする彼女を刀真は制す。
 パパの姿にヒルデガルドの眉がぴくりと動いた。本来ならたたき出されてもおかしくないが、彼女は努めて冷静に成り行きを見守っている。それは刀真のパートナー、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の説得の成果だった。
「ごめんなさい、無理言って……、刀真も私も見たかったの、『子供の為』に全力で戦う父親を……」
「構わないさ。決着がつくまでは、あたしは口出ししない。あんた達と馬鹿息子に好きにさせる」
「ありがとう。それから刀真からの伝言、もしパパゲーノさんを見て、少しでも父親の誇りとか想いを感じる事ができたなら、今日の夕食を一緒に食べる事を許して欲しいって……」
「そいつはダメだね」
 ヒルデガルドが険しい目つきになり、月夜は口をつぐんだ。
「少しなんかで家の敷居は跨がせないよ。あの子に誇りがあるなら、しっかりと見せてもらわないとね」
 鋭い視線の先では、刀真がパパの前に立ちはだかっていた。
「フリューネ、パパゲーノさんは娘を護るという父親の誇りを持っていると思う。母親と喧嘩しても護りたい娘に嫌われてもその誇りを貫き続けた……、ある意味『常に高潔たれ』というロスヴァイセ家の義務を全うしているかもな」
 それから、武器と上着を地面に捨てた。
 パパは怪訝な顔つきで、刀真の不可思議な挙動を見つめる。
「……なんのつもりだ、待ち合わせボーイ」
「だけど娘を護る為とはいえ色々やり過ぎです。ある意味娘を信用していない態度が、嫌われている理由の一つだと思いますよ。ですが、それでもここは引きませんよね。どこの馬の骨とも知れない男が娘の傍にいるのだから」
「当たり前だ!」
「なら、道はひとつです……、俺が邪魔なら手前の拳で何とかしな、パパゲーノ・ロスヴァイセ!」


 ◇◇◇


 刀真の拳がパパに、パパの拳が刀真に、互いの顔面を捉えて激しく叩き込まれた。
「どうした、ウジ虫野郎! そんなへなちょこパンチじゃ、パパを倒す事なんて出来ないぞ!」
「それはこっちの台詞ですよ。愛だなんだと叫んでるわりには、大して想いの感じられない拳ですね……」
 そして、再び二人は拳を交える。どちらも一歩も譲らない素手の攻防、もはや互いの顔面しか狙っておらず、どちらが先に倒れるかの我慢比べのようなものだった。とは言え、どちらが先に倒れそうかは既に明らかだった。
 かたや現役で実戦に出ている刀真、かたやただのビジネスマンであるパパ、しかもパパはここ数日の騒動で途方もないダメージが蓄積されている。勝敗は火を見るより明らかだった。
「娘を信用してないとののしられようと構わない……、伝統を捨てた裏切り者と呼ばれても構わない……、パパをどう呼ぼうと勝手だ。でも、パパは絶対に倒れない。ママが死んだあの日から、パパはフリューネを守ると誓ったんだぁー!!」
 パパの拳は空を切り、そのまま地面に倒れた。
「パ……、パパ!」
 フリューネは思わず叫んだ。
 刀真は倒れたパパを見下ろし、フリューネに言う。
「父親の生き様……、ちゃんと見たか、フリューネ。俺に出来るのはここまで……、あとは君が決めるんだ……!」
「私が決める……」
 フリューネは目を閉じ、自問自答する。自分勝手に周りの人間を振り回す父を許せるのだろうか。ロスヴァイセの伝統を捨てた父を許せるのだろうか。そして、本当に父は自分勝手で、本当に伝統を捨てたのだろうか。
 これまで自分に投げかけられた友の言葉が浮かび上がってくる。
『でも、フリューネの事が大好きなんでしょ? やってる事はあなたのして欲しい事と違うのかもしれないけど……』
『パパさんだって頑張ってるって点では、フリューネと同じだと思うよ』
『孝行しようと思った時に親はいねえ……、もう少し優しくしてやってもいいんじゃねえか?』
『オレみたいな人間もいるんです、どうか今を無駄にしないでください』
『この瞬間ですら、どのような事が起きるのかわかりません。今出来る事は思い立った時に行うべきではないか、と』
 迷うフリューネの肩をポンと七枷陣が叩いた。
「何を迷う事あるんや」
 陣のパートナー、小尾田 真奈(おびた・まな)が頷いた。
「お二人の話を聞いて、私はどちらかが悪いとは思えませんでした。パパゲーノ様に非があるとすれば、それは会社を大きくした事、お金を儲ける事はあくまで基本骨子、適度にお金が入れば家を維持するには充分です」
 地面に突っ伏したまま、肩で息をしているパパに優しく語りかける。
「誇りや伝統で食べてはいけないかもしれませんが、人との繋がりは誇りで育つもの。フリューネ様がその証拠です」
「だからって、金は命より重いって真理は揺るがんぞ」
「でも……」
「や、反論は認めない。これに反論する奴は世間知らず且つ夢想家やで。物買うにも食うにもどうしても付きまとうんやから。でも、誇りや伝統が大切ってのも、また真理や。ようするにどっちが間違ってるとかやないんや。どっちも正しいんや。ええやんか、それで。お互い歩み寄れるとこまで歩いてみればええ」
 そして、御凪真人も声をかける。
「騎士の伝統を捨てた、とあなたは言ってましたが、俺から反論があります。日本では粉骨砕身で働く人を指して、『企業戦士』と呼んだりするんです。パパゲーノさんは戦ってない訳ではありません。ただ、剣や魔法ではなく、交渉やアイデアを駆使して戦っているんです。何かを守る為に、誰かの為に戦う人を『騎士』と言うのではないのですか?」
「『剣を振るうだけが戦いじゃない。親父さんは親父さんの戦場で戦ってる』……、か」
 フリューネは出雲竜牙の言葉を思いだし、噛み締めた。
「……たしかに騎士の魂はここにあるのかもしれないわね」
 倒れるパパの姿にそんな事を思い、甲板に立つヒルデガルドに目を向けた。
「おばあ様、私……」
「好きにしな。ロスヴァイセの時期当主はあんたなんだからね。馬鹿息子め……、しばらく見ないうちに少しは根性がついたじゃないか。まあ、ながーいロスヴァイセの歴史にあんな騎士がいてもいいかもしれないね」
「ふ……、フリューネ……」
 よろよろとパパは立ち上がった。フリューネは照れくさそうに微笑むと、パパに言った。
「おかえりなさい、パパ」
 パパは瞳を潤ませながら、答える。
「た……、ただいま」


 ◇◇◇


 パパを介抱していると、大量の資材を積み込んだトラックがやってきた。
 それはメティス・ボルトが手配したトラックである。彼女はボロボロのパパを見つけると駆け寄った。
「どうしたんですか、何があったんです?」
「やあ、君か。傷の痛みよりも、幸せのほうが上回ってるからね、パパの心配はいらないよ」
「えっと……、知り合いなの?」
 フリューネが尋ねると、代わりにレンが答えた。
「実は、この屋敷の建て直し計画なんだが、費用はパパゲーノ氏に出してもらったんだ」
「肝心な時に家を守れなかった罪滅ぼしだよ……、これで許してくれなんて言わない。ただ、今度はパパが絶対に守ってみせるからね。どんな空賊が攻めてきても、フリューネと……、そして家族には指一本触れさせないさ」
「パパ……」
 和やか空気を壊すのは気がひけたが、ノアはパンパンと手を叩いた。
「ごめんなさい。積もる話はあとにして、食事の準備をしましょう。町の方々もお腹を空かせてるみたいですし」
 そう言った瞬間、一台の軍用バイクが門を突き破り、こちらに猛スピードで突っ込んで来た。
 滑り込むようにフリューネ達の手前で止まると、ライダーの百々目鬼 迅(どどめき・じん)が颯爽と降りた。後部座席には、相棒のシータ・ゼフィランサス(しーた・ぜふぃらんさす)が何故か土鍋を抱えて座っている。
 二人はカッと目を見開き、周囲を威嚇するように見回した。
「……ふん! どうやら、親子問題に決着がついたみてぇだな、てめーら!」
 ニヤリと笑って、土鍋のふたに手を伸ばす。
「じゃあ、こっから俺の時間だ! みんなーっ!! あっそぼうぜーっ!!!」
 パカッと空いた土鍋からはホクホクの湯気が、たーっぷり味の染み込んだおでんが良い匂いを振りまいた。
 生徒や住民から歓声が上がったのは、言うまでもない。
 それからはもうただの宴会のようであった。迅の持ち込んだパーティーグッズ、100人対応型人生ゲームに同じトランプを三つ組み合わせた大人数対応トランプ、それから空の水風船×10000、パーリータイムは大いに盛り上がった。
「おい、水風船で遊ぶ奴はこっちに飛ばすんじゃねぇぞ! 冷えたおでんなんて食べたくねーだろ、てめぇら!」
 辺りに罵声と気配りを振りまきながら、迅はおでんの調理に余念がない。
 最高のつゆに浮かぶ、はんぺんやジャガ芋、大根……、そして、トロットロの牛スジ肉。
 さらに主食として、ノアとフリューネが作ったオニギリも食卓に並んだのだが、こちらは若干罰ゲーム状態だった。
「か、かてぇ! このオニギリかてぇ! だ、誰だ、石なんて入れた奴は!」
「このオニギリ……、マジで人殺せるぐらいの硬度があるぜ……、たぶん次の火サスの凶器はこれだな」
 残念ながら、フリューネの握ったオニギリは鋼鉄のような固さだった。
「だ、大丈夫だよ……、フリューネ。とっても美味しいから。パパは好きだなー、固いぐらいのほうが……」
「……無理しなくていいわよ、パパ」
「おい、おっさん、口から血ぃ出てんぞ。こんなクソ固い握り飯はだなぁ……、こうしてやらぁ、ヒャッハー!」
 迅は鍋にオニギリを投入し、そいつでたちまち雑炊を作り上げた。
「どうだ、迅ってすげー家庭的な奴だろ」
 シータはフリューネの横に座ると、パパに気取られないよう小声で話しかけた。
「なあ、ここだけの話……、フリューネは迅の事好きだったりしないか?」
「え? 友達としては好きだけど……と言うか、今のところ鍋料理でしか繋がりないし」
「そっか。いや、実はあいつ、最近リフルって子にフラれちゃってさぁ。あれでも結構傷ついてるみたいなんだわ。こういう時って、誰か好いてくれる奴がいると救われるじゃん。それで訊いてみたんだけど、やっぱダメだよなぁ」
「うん、ごめんね」
「気にすんなよ。まぁ、ここはオレが盛り上げてやるとすっか!」