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序章 最下層の二人


 シャンバラ大荒野の大地変動が起きてそう時も経たぬ頃――床に転がるようにして気絶していた若者が、うめき声を発しながら目覚めた。
 女性とも思しき中世的な顔をした若者だった。燃えるような赤い長髪を靡かせて、彼はむくりと上半身を起こす。思考は動き始めたばかりで、まだぼんやりとした視界に戸惑っていた。
「いったい……なにが……」
「目覚めたか」
 ガシャっと重奏な音とともに、若者に向けて思い雰囲気を持つ声がかかった。すぐに若者がそちらへと振り向くと、通路の影から巨体の甲冑が現れた。
「ヴェルザ……」
「どうやら、先ほどの地殻変動に巻き込まれたらしいな」
「地殻変動……?」
 甲冑――ヴェルザ・リ(べるざ・り)の言葉に、若者は眉をひそめて訝しそうな顔をした。そういえば、と先刻までの自分たちの状況を思い出す。シャンバラ大荒野を通り抜けようとして、なにやら大きな地響きに襲われて……
「そうか……」
 ようやく自分の置かれた状況を把握して、彼は起き上がった。
 若者――セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は辺りを見回す。
 そこはまるで神聖な神殿ともおぼしき場所だった。中央から自分たちを見下ろす巨大な彫像は、機械で出来ているもののどこか不可侵の領域にあるような印象を受ける。
 セリスたちのいる場所は、そのほとんどが機械で完成されていた。コンピュータの中にでも人間が入れば、おそらくは彼と同じような気分になるのかもしれない。眠り子の瞬きのように光るランプや発光体が、部屋――というよりドームであるが、その場所を明るく照らしつけていた。
 セリスは自分の身体全体を見下ろして、幸いにも怪我がないことに安堵した。
「とにかく……脱出だな」
 そもそもが感情の起伏が少ないせいなのか、セリスは冷静に状況を客観視して目標を定めた。
「まだ、残っていたのか……」
 要塞のようなドームを見上げた甲冑が口を開いた。その感情は、甲冑の仮面に遮られて読み取ることはできなかった。
「ヴェルザ……? ここに見覚えでもあるのか?」
「いや、今の私たちには……関係ない。それよりも、早く脱出ルートを見つけたほうがいいだろう」
 ヴァルザはどうもこの遺跡をよく知っているようだった。
 だが、セリスはそれに詰め寄ることはしない。たとえ、どれだけ行動を共にし、信頼を持っていたとしても、誰しも暗黙の領域はあるものである。セリスは、自分の過去の記憶がない分だけ、そのことを誰よりもよく理解していた。
 二人は、脱出路を計るべくその場から動き出した。
 彼らを見下ろす巨大な機械彫像の瞳は、まるでそんな彼らを酷薄に見下ろしているかのようだった。