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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に

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切なくて、胸が。 ~去りゆく夏に
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SCENE 11

 音井 博季(おとい・ひろき)はクランジと遭遇した。
「あなたは……クランジΨ(サイ)、ですね? 非公開資料で見ました。死んだと聞いていましたが……」
「いえ、あの、私は」
 塵殺寺院の機晶姫、その名を『クランジ(The CRUNGE)』、以前、博季は塵殺寺院の秘密工場でそのうち一体と戦った。博季は『彼女』との戦いを思い出す。無表情にして無口、それとは裏腹に凶暴な強さを誇っていたものだ。博季が剣を交えたのは同じクランジでも『Χ(カイ)』と呼ばれる機体だったが、Ψにも似た雰囲気がある。
「待って」
 西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)が口を挟む。
「どうして博季が非公開資料を見たことがあるのよ?」
「秘密の資料でも、見ようと思えば見る方法があるんですよ。蛇の道は蛇と言います」
 平然と答える博季に肩をすくめつつ、幽綺子は少女に向き直る。
「でも待って、あなたは人間でしょ? Ψがモデルにしたという小山内 南(おさない・みなみ)さんよね?」
 と問われて、イルミンスールの制服を着た少女はほっとした表情で頭を下げた。
「そうです。小山内です。その節はお世話になりました」
 安堵したのは博季も同じだ。最悪、ここでクランジが牙を剥くことになりかねないと思っていたのだ。
 ――博季は、戦いたくなかった。あのとき博季と幽綺子が相対したクランジΧ(カイ)を、救うことができなかったから。
 ちくりとした胸の痛みを隠して、博季は手を差し出して名乗った。
「お世話といっても、小山内さんとは直接かかわりませんでしたけどね。ところで幽綺子さんはどうして、クランジΨのモデルが小山内さんだと知っていたんです?」
「蛇の道は蛇、よ」
 ウフフと幽綺子は謎めいた笑みを浮かべた。
「それで小山内さん、今夜はお一人ですか?」
「ええ、せっかくのお祭なので、少しだけ見ていこうかと」
「でしたら、よろしければ僕たちとご一緒しませんか?」
 博季は穏やかな笑みを浮かべた。
「そうそう、一人で歩くよりずっと楽しいわよ。私たち、ひたすら屋台の食べ比べしてるの。焼きそば、綿あめ、りんご飴……色々食べたけど、まだ大判焼きもお好み焼きも焼きそばもまだなんだから。それと、そうそう、カキ氷!」
「そういえばたこ焼きがまだでしたね。小山内さん、たこ焼きはお好きですか? お近づきの印にご馳走しますよ」
「はい……でも」
「同じイルミンスール同士、遠慮は無用よ。同じ戦場を駆けた戦友同士じゃない♪」
「そう、気にしない気にしない!! あんまりもったいぶってると手ぇ引いちゃいますよ!!」
 博季は紳士的に南の手首を取った。やがて南は相好を崩し、弾んだ声で答えるのである。
「実はたこ焼き……大好きなんです!」
「たこ焼き屋さんもいくつかあるみたいだけど、どこが美味しいかは私が見抜いてあげるから安心して。私こう見えて屋台通なの、店を見抜く目にはちょっと自信あるんだから」
 二人が彼女を『南』と呼べるようになるまで、さほど時間はかからなかった。
 なお三人の道中は、幽綺子が気を利かせてイルミンスールの屋台だけ選んで回るようにしたことを書き加えておく。

 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)は一人で縁日を回っていたが、不思議な雰囲気の少女に気づいて声をかけた。
「あの……一緒に回りませんか? 一緒に回りましょ♪」」
 少女――と書いたが、大人っぽい雰囲気もある。黒い浴衣を着てすらりと背が高い。菫色の髪は真っ直ぐなストレート、ファッションモデルのような美女だが、刃物じみた鋭い眼をしている。だが不思議と、ミーナは『近寄りがたい』という印象を持たなかった。なんとなく彼女は寂しげに見え、声をかけずにはいられなかった。
「葦原明倫館のミーナ・リンドバーグって言います。お姉さんは?」
「ユ……ユマ……ユマ・ユウヅキと申します。わたくし、こういう場所に来たのは何分はじめてのもので」
 ユマと名乗った女性は声をかけられたことに戸惑うような口ぶりで、じりじりと後じさりしていた。
 だがけどミーナはそれを、相手が人見知りしているだけだと判断する。なぜって本当はミーナ自身も、人見知りだという自覚があったから。本当は人見知りだからこそ、知らない人と知り合いたいという気持ちも強い。矛盾しているようだがそれが人間というものだとミーナは思っている。だから自分から心を開こうと決めた。
「なら一人より二人♪ お祭に慣れていないなら、私がいろいろ教えますよ。金魚つりやってみません? 型抜きも面白いですよ〜」
 邪気のない笑顔で、ミーナはユマに小首をかしげた。
 ユマは……小さく頷いてミーナに付いてきた。大人っぽい外見なのに、どこか幼子のような可愛らしさをミーナはユマに感じた。
 そのときズン、と下腹部に響くような音と揺れが襲いかかってくる。
「えっ!」
 驚いて立ち止まったミーナだが、ユマの反応は彼女以上だ。目を吊り上げるや身を低くして、足を止めた群衆の中に駆け込んで身をくらませてしまった。
「あっ、待って……!」
 ミーナが呼びかけたものの、とうにユマの姿はない。