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激戦! 図画工作武道会!

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激戦! 図画工作武道会!

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第五章:集う工作達




 準決勝の終了した武道会を、穏やかな夕日の橙色が照らし出していた。

 激闘を終えたのは、工作を操りトーナメントを戦った戦士たちだけではない。

 一人大車輪の活躍で、およそ200名前後の焼きそばを焼き続けた翡翠の疲れはピークに達していた。
 
後片付けを始めようとした翡翠は、その疲れのため、コテを持ったままの状態で倒れてしまっていたのだ。

「ものすごく疲れましたね。大会の方も盛り上がっていたようですし……あの?」
 そう微笑む翡翠を強制的に横に寝かせ、その頭に濡れタオル乗せながら、様子見ているのはレイスである。

 翡翠は真っ赤になりながら「平気なんですけど、まだやる事残っているんですけど」と言うが、レイスは聞く耳を持たず、寧ろ少し怒ったような顔をする。

「おまえ、昨日も徹夜だろ、あ〜つべこべ言うな。美鈴、手伝え!」

 それでも立ち上がろうとする翡翠に、彼のやり残した後片付けを処理している美鈴が言う。

「了解です。マスターは元々無茶しすぎです 。倒れて、寝込まれると困ります」

「……ごめんなさい」

 そんな三人のやりとりを見ながら、羨ましがったり、邪な妄想を爆発させる生徒達。

 これはこれで暑いのかもしれない。


 そんな中、屋台の前に、トーナメントに出場していた詩穂が姿を見せる。

「翡翠ちゃん、焼きそばってまだやってるかな?」

「え?」

「少しね、数多く焼いて欲しいんだけど」

「仕方ねえな」とエプロンを着用しようとしたレイスを翡翠がチョップで止めて、詩穂に尋ねる。

「数多くというと、どれくらい?」

「あー……10人前くらいかな? これから戦いに行くからお腹減ると思うんだよねー」

「戦い、ですか? 誰と?」

 美鈴の問いかけに詩穂はニッコリと笑い、「黒幕」と告げる。

 その答えに顔を見合わせる翡翠達。


 ……その瞬間。


――ドォォォーーンッッ!!!




 巨大地震が襲ったかのような振動が辺りを襲う。

 思わず、よろめいた翡翠がレイスの腕の中に吸い込まれるように倒れる。

「な、何です!?」

 生徒達が一斉に蒼空学園の校舎を見ている。

 翡翠が見ると、もうもうと黒煙があがっている。

「あーあー、詩穂のカラクリ王が修理終わるまで待っててって言ったのになぁ……」



 黒煙の上がった蒼空学園の校舎内。
 その廊下ではおびただしい数の虎の工作と、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)七瀬 巡(ななせ・めぐる)、そして、これまでのトーナメント戦で敗れ去った工作達とその発明者の生徒達が対峙していた。

「レオ! ランスパレット!! 猫が虎に負けるかぁぁ!!」

 エースが叫び、レオの「ニャンスパレスト!」の声と共に一体の虎を吹き飛ばす。

「後ろ!!」

 誰かが叫ぶとともに、レオの背後から迫る虎!

「クロスインパクト!!」

 ザカコのグラビトンボールが空中から急降下で舞い降りて、レオの背後にいた虎を挟み、拘束する。

「ありがとう!」

「構いません……倒すべき敵はまだ存分にいますからね」

 ザカコがサラリと言って周囲を見やる。

 
 やませの最適君が虎にメロンパンを押し込もうとしている。

「いけー!!」

「いや、無理だろう」

 白虎の冷静な突っ込みも何のその、最適君が迫る。

 しかし、別の虎の攻撃でメロンパンが吹っ飛ばされる。

「ああ〜っ!!」

「エイミーちゃん! メイドインヘブンを使用し、マッサージですぅ!」

 パティの声と共に、虎に飛びかかる萌えっ子メイドエイミーちゃんが、上手に虎を捕獲し、変形スリーパーホールドを決める。

「……ドラゴン?」

 若干格闘技に精通した誰かの声と共に、虎を絞め落とすエイミーちゃん。

「エリザ……彫刻さん! さーちあんどですとろいで攻撃ですぅ!!」

 明日香の声に彫刻の周囲に炎が巻き起こる。

 獣の習性ゆえか炎に慌てふためく虎たちを、閃光のように次々とライトブレードで切り捨てていくのは、美央の操るスノーベイダーである。

「炎は、嫌いです……」

「同感です。女王!」

 美央と背を合わせたクロセルが叫ぶ。

「スーパースノーマン!! 炎を消しつつも、虎に氷術で攻撃!!」

 スーパースノーマンの氷術が炸裂し、周囲の炎が掻き消え、同時に数体の虎も氷漬けにされる。


 数分後、そこそこダメージの残った廊下に、倒れている虎の工作を見下ろす生徒たちがいた。

「トーナメントで負けたから、帰ろうと思っていたら、まさかこんなところにも戦いがあったとは……」

「ええ、でも本戦に比べれば楽でしたね」

 笑いあう生徒達。

 彼らは詩穂の指示のもと、家路につこうとした矢先に緊急招集されたのである。
 いくらかダメージを負っていたものの、修復可能もしくは参戦可能と判断された精鋭たちである。
いかに手強い虎の工作といえども、その頭脳とも言える発明者無しでは勝利は難しい。それを改めて証明した一戦であった。

「もう、大丈夫ですよ」

 歩が自身の工作のからくりハタキマシーン「端希(はたき)ちゃん」でベシベシと倒れた虎の工作を掃除しながら、教室の扉を開ける。

 そこからは、孤軍奮闘のためボロボロになった影野やエヴァルト、いちるといった面々が続々と出てくる。

「助かりました……ですが、誰が一体応援を呼んでくれたんです?」

「感謝は詩穂に言ってね。彼女が大会に参加する傍ら、自分のオッズを調べに来た生徒からあなたたちの事を聞き出したんだよ?」

 えっへんと胸を張る歩のパートナーの巡。

 巡は環菜に噂のブローカーについての話をしてみて、大会を利用しておびき出そうとしてることを知ってる人がどのくらいいるか聞いてみたのである。
 「賭けの元締めって、最初からそうするってわかってないと、結構難しいんじゃない? だから、実は内部の人が犯人だったり、共犯がいたりするんじゃないか? そう考えたのである。

「ボクの目が黒い内はどんな悪事も見逃さないんだから」

 そう言う巡であるが、如何せんパートナーの歩の工作だけでは心許ない、そう考えていた時、偶然同じような調査を行う詩穂と会い、共同戦線を張っていたのであった。
 同時にブローカーの懐に潜入捜査をしていた小次郎にも会い、彼の真意を聞いた上で協力していたのである。

「準決勝の一試合目がそろそろ決まりそうだな……」

 誰かが呟き、生徒達が窓から校庭のリングを覗き込む。
そこでは準決勝第一試合がいよいよ佳境へと突入していた。



 1DAYトーナメントの難しいところは、如何にダメージ少なく突破し次戦に備えるかであるといっても過言ではない。
 さらに細かく言えば、目に見えないダメージを如何に見抜けるかである。
一見普通に動作していても、普段滅多にしない全開駆動を酷使すれば、体のどこかの箇所への負担は少なからずあるはずなのだ。

 その点においては、自身が工場長を務める未沙のキャタピラASANOスペシャルは、メンテナンス面においては限りなく優勢に立っていた。
 相手のルカルカも戦車の知識は凄いが、如実にここにプロフェッショナルとアマチュアの差が現れ始めていた。



――ガンッ



 強烈な未沙のキャタピラASANOスペシャルの突進攻撃にさらされるビートル。

 突進攻撃でもルカルカには自信があったが、ここまでは未沙に見事に押さえこまれている。

「ルカルカさん、素人なのにここまで強い工作をよく作ったと思うよ」

「それはどうも……未沙もそんな素人相手にムキになっちゃって……」

「ふふん! 戦っているのはあたしじゃないもん、キャタだもん!」

「ビートル!! 距離を取り、相手駆動部に主砲連射!!」

 スッと砲台をキャタピラASANOスペシャルに向けるビートル。

「キャタ、回避よ!!」

「キュルキュルキュル」

 駆動音を立てて回避するキャタピラASANOスペシャル。

 同時に砲身の先にいる観客も慌てて避難を開始する。先程、ビートルの流れ弾に当たった生徒が保健室へと運ばれていったのは記憶に新しい。

「動きが速いのよ……」

 舌打ちしたルカルカ。その一瞬の隙を見逃さず、反転したキャタピラASANOスペシャルがビートルに迫る。
 これまで以上のスピードだ!



――ガシャッッンッ!!!


「キャタピラASANOスペシャルの隙をついた突進! 決まったか?」

 並の工作なら一撃で大破であろう突進の角度をうまくずらして、ボディの凹みでしのいだビートル。鈍器になる頑丈さをもつ工作ならではの強さである。

「あーん! 惜しい! でも、もう一度は耐えられないんじゃない?」

「……」

 ルカルカが険しい顔つきでビートルについた凹みを眺めている。

「ルカルカ選手、固まったように動きません!」

「こりゃぁ戦意喪失でしょうかー?」

 イチローとアイムがそう述べていると、ルカルカの肩が震えだす。

「よくも……傷を……」

「え?」

「傷……よくも私のビートルを……」

「ルカルカ選手の体からドス黒い怒りが沸き起こっています! アイムさん、これは?」

「昔私が弟にプラモデルを壊された時と同じような怒りですねー」


「……未沙。覚悟しなさい!」

 バッとキャタピラASANOスペシャルを指さしたルカルカ、第一回戦で見せた冷酷な目つきと共に低い声で叫ぶ。

「全方位に魔力解放。お前の力を見せてやれッ!!」

「嘘っ!? キャタ、回避して!」

「無駄よ……全方位って言ったでしょ?」

 ルカルカが呟くと、ビートルから放たれたサイコキネシスがあたり一面を荒れ狂う。

「カタクリズム!?」

 ついに使用されたビートルのスキルに驚愕の表情を見せる未沙。

「これがビートルのスキル……喰らいなさい!!」

「耐えて! キャタ!! これさえしのげば、こっちの勝利よ!!」

 息を飲む展開に観客の歓声が次第に小さくなっていく。

 そして、勝負の瞬間、周囲は白光に包まれるのであった……。


 
 リングサイドに座ったイチローが一口水を飲み、来たる準決勝第二試合に向けてパンパンと顔を叩き、気合をいれている。

「イチローさん、いよいよ残り一試合になりましたねー」

「ええ、アイムさん。泣いても笑っても最後の決勝戦です。一試合目ではルカルカ選手が未沙選手を激闘の末破っています……そして、一回戦以来の登場になります。プロトタイガー! 対戦相手と違い、ここまで三戦分のブランクがあります。これが果たしてどう影響するんでしょうか?」

「確かに実践に勝る経験はありませんが、ビートルはここまでの戦いでのダメージが心配ですねー、なんで大会はカゲロー選手をシード枠に推したんでしょうねー」

「それは彼がこの大会の運営委員長だからよ」

 よく通る声が聞こえ、イチローが振り返ると、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の両名がイチローの隣に腰を下ろす。

「おーっと! ここで、ゲストの校長二人が登場です! 片側は我が蒼空学園の御神楽環菜校長、そしてもう片方は今回の大会の発端を産み出して頂きましたイルミンスールのエリザベート校長です!」

「だぁぁれがぁ、発端ですかぁぁぁーっ!!」

 激昂するエリザベートに環菜が冷ややかに笑う。

「あら、でも事実でしょう?」

「うぅぅ……何故いつもこんな役なのでしょうかぁ……」

「使い勝手がいいのよ。あなたは」

「何の使い勝手ですかぁぁぁーっ!!」

「魔女っ子の神秘性はいつの時代も不変ですからねー」

 そう呟くアイムを睨みつけるエリザベート。

「えー、コホン! さて、少しお話を戻しますが、環菜校長? カゲロー選手が今大会の運営委員長というのは?」

「本当よ。彼が責任を取って、自分がやる、って言ったの」

「責任?」

「知らない? ついこの間、ウチで巨大な虎のオブジェが動いて、大変な事になったでしょう?」

「ああ!」

「あれよ。あれはカゲローの夏休みを賭けた力作だったの。彼はずっと被害者だって言ってたけど……どうなのかしらね?」
 



 薄暗い選手控え室で、カゲローが目を開く。

「時は来た……今こそ、無能どもに俺の才能を見せつける時が……」

 案内役の生徒がドアをノックする。

「カゲロー選手! スタンバイ、お願いしまーす!」

 カゲローはその言葉に横で寝転がるプロトタイガーを撫でて、ゆっくりと不気味な笑みと共に立ち上がるでのあった。


 

 リング上で対峙するルカルカのビートルと、カゲローのプロトタイガー。

 決勝の舞台というこれまでとは違うような緊迫感がリングに漂っていた。

「それでは、図画工作武道大会、決勝戦を行ないます! まずはここまで4戦を制して勝ち上がって来ました、ルカルカ選手とビートル!!」

 イチローのアナウンスにリングに立つルカルカが観客たちに向かって軽く会釈する。

「そして、シード枠! 第一回戦で見せた圧倒的な破壊力が通じるか!? カゲロー選手とプロトタイガーです!!」

 若干ブーイングの交じる中、カゲローが周囲を見て不敵な笑みを見せる。

「それでは……と、ここでカゲロー選手が?」

 カゲローはレフリーにマイクを要求している。

「あー……」

 マイクを持ったカゲローが大きく息を吸い込む。

「まず、この試合が始まる前に諸君に三つ謝罪すべき事がある。一つは今大会期間中に行われていた非合法な賭博行為についてだ」

 観客席がザワつき出す。

「これに関しては、運営委員長を拝命した僕の予想外の出来事だった。これは謝罪する、すまなかった」

 リングサイドでその様子を見つめる環菜にエリザベートが言う。

「さすが、金の亡者の校長の学校はお金に汚いですねぇー?」

「あら、私は合法的にしかやってないわよ?」


 カゲローが一呼吸置き、続ける。

「そして、そのブローカー、胴元を見つけ出そうと奔走してくれた生徒達には感謝したい。二つめは、その二代目のブローカーと僕は非常に親しい間柄であったことだ」

「は?」

「え? 二代目?」

 イチローとアイムが同時に声を出す。

「知っての通り、僕は工作の研究者だ。だが、研究にはいつもお金がかかる。その二代目のブローカーは僕にこう囁いた……カゲロー、一石二鳥の素晴らしいアイデアがある、と。僕はそんな囁きに乗ってしまった。愚民の快楽のために使われるより、ある天才の研究に使われた方が、金の価値はあると思ったのだ。つまり……」

 カゲローがニヤリと笑う。
「僕がその初代のブローカーだ」

 イチローがマイクを握り絶叫する。

「何と言う事だっ!? 大会の運営委員長自らが、違法な行為の元締めであったとは!!」

 時折怒号の飛び交う様相の観客に向かって、カゲローが叫ぶ。

「五月蝿いっ!! そして三つめは、この僕の工作、プロトタイガーは本来の姿ではないという事だ!!」

 それまで呆気にとられそうになりながらも冷静を装って話を聞いていたルカルカの顔色が変わる。

「えっ!?」

「見るがいい! これが僕の工作の本当の名前、ブラックタイガーだ!!」

 プロトタイガーの瞳が妖しく光と同時に静まり返る観客たち。

「……エビ?」

「あ、ワタシもそう思った!」





 校舎内からカゲローの演説を観ていた満夜や綺人達に衝撃が走ったのはその少し前であった。

「何これ!?」

 誰かが叫び、皆が振り向くと、倒したハズの虎の工作達が続々と立ち上がってくる。

「第二ラウンド希望? 仕方ないなぁ!」

 エースがそう言い、レオと同時に身構える。

「勘弁してほしいですね……」

 クロセルもスーパースノーマンを前に出す。

 ところが、虎たちは一斉に校舎の窓から飛び出していく。
「何ィ!?」と
慌てた生徒達がその虎たちを見る。

 渦をまくように空中を飛ぶ虎たち。
そしてその中心にはリング上のカゲローとプロトタイガーがいた。


 空を舞う無数の虎たちが、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、渦をまいてプロトタイガーに舞い降りてくる。

 プロトタイガーのワイヤーと、虎たちのワイヤーが複雑に絡まり、膨れあがったそれは、次第に漆黒の巨大な姿へと変貌を遂げていく。

「この姿をお忘れではないでしょう? 御神楽環菜校長?」

 相変わらずリングサイドで表情を変えずにいる環菜にカゲローが問いかける。

「勿論、覚えているわ……随分高いツケを払わされたもの。そして、またやる気なのね? 反省は嘘?」

「嘘? 違いますね、言葉は選んで使われた方がいい。作戦ですよ」

 そう笑うカゲローの傍に、全長5mはあるかという巨大な漆黒の虎、ブラックタイガーが姿を現すのであった。


 校舎から出てきたエヴァルトも、その姿を指差し怒号をあげる。
「あーーっ! おまえは!! やっぱり、この前の虎!!」
「これは復讐だ! 折角動いた僕の傑作を潰してくれたあなた達へのな! そして歯向かう工作達はこれまでの戦いでもうほとんどゼロだ!」

 カゲローの高笑いと共に、咆哮するブラックタイガー。
 その野太い咆哮に、恐怖を感じた生徒達が会場から一斉に避難を開始する。

「そう……大会を開いたのは、あなたに対抗できる工作達を疲弊させるためなのね……」

「ど、どうするんですかぁぁぁーっ!!」

 エリザベートが未だ表情を変えない環菜の襟首を掴んでユッサユッサと揺らす。

「仕方ないわ……人は裏切るものだもの」

「なぁぁにぃ、カッコいいこと言ってるんですかぁぁーっ!!」

 ルカルカの方へと向き直ったカゲローが言う。

「お待たせしました……では始めましょうか? 決勝戦をね?」

「随分悪い趣味してるじゃない? かなりムカッときたわ……」

 ルカルカがスッと冷酷な目になり、腕を振る。

「ビートル!!」

 ブラックタイガーに向かって、ビートルの砲撃が始まった。