リアクション
● 「こいつの電気信号が弱くなってる?」 「余力がない……ということだろう」 菜織から緋山――実際はリーンだが――の連絡を聞いて困惑する夢安に、三道 六黒(みどう・むくろ)が分かりやすく説明を加えた。戦いが好き、という理由だけで夢安のもとに助力としてやってきた彼は、今は地祇のたくらみによって少年の姿へと変身している。 菜織は少年姿の六黒を見て、それがあの酷薄かつ野獣のような力を持った三道六黒だということに気づいていたが、あえてそこには触れていなかった。彼が何を企んでいるのか、そして、夢安がそれにどう動くのか……彼女は見届けるつもりである。 いずれにしても、夢安が困惑するのは仕方のないことであった。それまでほとんど気にしていなかったことを、突然告げられたのだから。正直、どないせーっちゅーんじゃーっといったところだ。 「こいつがなぁ……そんなに頑張ってくれてたか」 どこか感慨深そうに、ぽんぽんと巨人の体をねぎらうように叩く。菜織は、もしかしたらこのまま夢安は大人しく地上にもどるのかもしれない、とも思った。 「どうする? 降参、でもするのか?」 しかし―― 「うーん、ま、いいんじゃない?」 その一言で片付けて、夢安は何事もなかったかのように気持ちを切り替えた。それには、さすがに菜織も呆気にとられたように目を見開く。植物の命など、どうでも良いということなのか? 自分さえ良ければ良いと、思っているのだろうか? 「見殺しに?」 「だってこえーじゃんよー。捕まったらなにされるかわかんねぇもん。とりあえず、安全なところまではこいつにまだまだ頑張ってほしいってとこかな」 まるで拗ねた子どものように言い訳して、夢安は巨人の先――蔓の広場が失われる場所を見つめた。 「それに……そういうことをやるのは、俺の役目じゃねぇしな」 「何か言ったかい?」 「うんにゃ、なにも」 ぼそっと何かを呟いたようにも聞こえたが、菜織はそれをはっきり聞き取ることはできなかった。 すると、そんな夢安たちの間に、陽気な声が割って入る。 「ジャンジャジャーン! 怪盗ルカルカ、参上〜! 万年予算不足の教導団の食料費と、全世界の飢餓解消の為、その薬、ルカルカが召捕ったりー!」 はっとなって振り返った夢安を、飛行するルカが抱きかかえるようにして誘拐した。咄嗟のことに反応できない夢安の仲間たち。 だが、ルカはごそっと何か手元を動かすと、 「捕まえたら〜、キャッチアンドリリース!」 「リリースしてどうするっ」 ダリルのツッコミを背後に、彼女は回転して夢安を巨人へと放り投げた。だが、もちろんそこはぬかりなく――目的の薬は彼女の手の中にある。 「大丈夫かい? 京太郎」 「あ、ああ、大丈夫…………げ……な、ないないない!?」 心配してるのかどうかよく分からない眠たげな顔で駆け寄ってきたクドに夢安は返事を返すも、それまで懐にあった安心感がぽっかり失われていることに気づいた。 「やば……あれをとられたらたまったもんじゃねぇぞ」 逃走に成功したら別のどこかで商売でもしようと思っていたというのに、元手の薬品がなければどうしようもない。 「これで、あとは」 巨人を操って追いかけようとする夢安であったが、そんな彼を追い越して二つの箒の影が飛行した。 「薬品を……返してください!」 ルカルカを追った箒に乗るは、朱宮 満夜(あけみや・まよ)であった。これまで一般客を装ってなにやらパートナーのミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)とデートもどきをしていたが、いまは薬品奪還のために箒を駆る。 いつもはおっとりとした彼女も、学校の危機ともなれば懸命であった。 「そ、そうはさせないわよっ! これは私が手に入れたんだもの! 拾ったものは拾い主の物になるのよ!」 「拾ったというより奪ったんだがな。あと、それは落とし主がいない場合の話だ」 冷静にルカルカにツッコむダリルであったが、もちろん、応戦することも忘れてはいない。 「ふん……我輩の前に出るか。遠慮はせぬぞ!」 「これでも……一応戦えるテクノクラートなんでねっ!」 箒を駆って飛行するミハエルは、不敵な笑みを浮かべて火術を放った。その瞳の色のように濃く、そして深く燃え盛る炎は、ダリルを包み込もうとする。 だが、ダリルもそれに対抗するように天のいかづちを放つ。天空から落ちた稲妻が、火術を裂くようにして消し去った。 お互いに一歩も譲らぬ戦い――と、思われたのだが。 「やったっ! と、取り戻しました!」 「きゅ〜」 満夜とルカはその間にも勝負がついたようで、満夜が薬品を手に入れていた。ふらふらっとしているルカとその周りの霧を見る限り、どうやらアシッドミストにしてやられたようだ。 「よ、よし! 行きましょう、ミハエル!」 「うむ……また、いずれ決着はつけるぞ」 ミハエルはダリルに捨て台詞を残して、早々に戻っていく満夜を追った。それにしても、満夜にしては珍しく順調にいったようだ。ミハエルがふとそんなことを漏らすと、彼女は照れたように言った。 「いつもいつもミハエルに頼ってばかりじゃいけませんものね。私も、少しは成長しているんです」 「そうか……」 そうして笑顔を浮かべる満夜を見ていると、ミハエルはどこか淡く恥ずかしい思いがこみ上げてくる。そして、それを隠すように、つけはなすようなことを言ってしまうのだった。 「せいぜい、我輩の足手まといにならぬようにするんだな」 「……はい」 ミハエルの心中が分かっているのかいないのか。その言葉の奥に隠れた優しさに、満夜はくすっと笑みを浮かべた。 ● |
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