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リアクション
ANOTHER 少年犯罪王誕生(決闘編)
砂。いや、天井の細かな欠片が、ぽつぽつと落ちてくる。
ニコ・オールドワンドは、意識を取り戻した。
隣で派手なメイクとボディペイントをした春夏秋冬真都里が寝ているが、気にもならない。
かすかかだが体感できる震動が間断なく続いている。
時計塔の崩壊は、近い。
茅野菫も雷霆リナリエッタもついさっき去っていった。ニコは、それにも気づいていないようだ。
(僕は、先生に、裏切られた。僕は、先生に、見捨てられた。僕は、先生に利用された。僕は)
認めたくない事実を心の中で何度も反芻する。
「相棒。死んじまうぜ。キシャシャシャシャ。なんだよ。その顔は。バッサリ髪切って、化粧なんかしてロックスターにでもなるつもりかよ。にしてもよ。あいつの本性がわかってよかったじゃねぇか。さすが、犯罪王ノーマン・ゲインだな。利用できるものは、女子供、容赦なしだぜぃ。まったく、立派な先生だよなあ。前途有望なニコ・オールドワンドくんよう」
ニコの隣では、たったいま、ようやくニコを見つけだしたパートナーのナイン・ブラックが、降ってくる欠片をかわしながら、軽いステップを踏んでいる。ゆる族の黒猫である彼は、いまの状況を楽しんでいるようだ。
悪行三昧の生活を送ってきたナインにしてみれば、ノーマンのニコへの振る舞いなど、ごくごく普通の日常的な風景である。
「おいおい。しっかりしろよぅ。そんなにウブじゃ生きてけねぇぞ。それともなにか、ここで、ブロークン・ハートしてオッ死ぬてか。冗談きついぜ」
「うるさい」
「は。お声が聞こえませんよ。坊ちゃん。いかがしましたか? お母さまをお呼びいたしましょうか」
「うるさい! うるさい! うるさい! 黙れ。黙れよ。ナイン。おまえになにがわかるんだ。僕は、僕は」
「キシャシャシャシャ。なんなりと言ってみろよ。だが、話はここをでてからにしようぜ。な。わかるだろ」
上をむくナインの仕草につられて、ニコも天井を眺める。
二人の間に、欠片というにはあまりに大きすぎる、墓石大の天井の一部が落ちてきた。
どすん、という重い音に、ナインは首をすくめる。
しかし、ニコは、うつろな視線を床にむけて、まだ動きだせずにいた。
「でも、僕は、これから、どうしたら」
「そっちこそ、うるせーよ。御託はいらねぇ。いつもみたいに走りだそうぜ」
(僕の生き方や考えたなんて。あの人には、僕は、自分に都合よく利用する駒でしかないのか。そんなの、それじゃ僕の気持ちは)
「しょうがねぇなぁ。こっちだ。行くぞ。ホラ」
ニコのローブの袖を引っ張り、ナインは歩きだした。
「口は好きにほざいてろ。とりあえず、足だけは動かせ。今日は大サービスだぜィ」
だんだんと揺れを増す部屋の中を二人は、階段へ進んでゆく。
そして、あと、数歩で階段というところで、二人の足はとまる。
「うぎぃ」
まず、前にいたナインが吹き飛ばされた。
強烈に床に叩きつけられ、すぐには起きられない様子だ。
「ノーマンは、ここでも死体役か。少年、きみは彼の仲間ですか?」
階段を上ってきたのは、メロン・ブラックだった。
一人だが、その目は殺気走り、強烈な気を発している。
腰まである長い黒髪、紋章つきのローブ、まさにイメージ通りの魔法使いだ。
(彼と僕は、僕は、いまの僕は)
「僕は、僕は、ぬわっ」
剣を抜き、いきなり斬りつけてきたメロンの一撃が、ニコの肩口を切り裂く。
ニコは片膝をついた。傷口から、血が流れだす。
とっさにかわしたので、傷は浅く、致命傷にはなっていない。
「よけなければ、自分も君も楽です。君のことは知らないが、ノーマンには、多少、頭にきているのでね。自分は機嫌が悪い」
「先生。僕は」
床の血だまりを見つめて、ニコは、また自問する。
(先生。僕は、僕が、あなたを先生だと思ったのは、僕が、学びたかったのは。弓月も他の探偵連中も関係ない。僕は、僕らしく、自分らしくやりたいだけで)
二撃めがくる寸前に、ニコは床を転がって、メロンから離れた。
立ち上がり、部屋の隅の死体に駆け寄り、死体から剣を奪い取る。
ニコは剣を構えて、切っ先をメロンにむけた。
まっすぐに、にらみつけて、叫ぶ。
「僕は、ニコ・オールドワンド。犯罪王ノーマン・ゲインを超える、違う、とっくに超えた男だ。かかってこいよ。メロン・ブラック! 僕のおそろしさを味わうがいい」