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ハート・オブ・グリーン

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ハート・オブ・グリーン

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SCENE 20

 ぷか、と死んだ魚のようにリンダが浮かび上がってきたときに、もう少し警戒しておくべきだったかもしれない。
「……ッ!」
 まさか敵襲が水中からあるとは思わず、セルファは防御行動が遅れた。構えをとろうとしたときにはもう、人知を越えた力に撲たれ、強化ガラスの窓を突き破り壁に叩きつけられている。その壁にメリメリとヒビが入る音を聞きながら、セルファは砕けたガラスの破片が、夜空の星のように降るのを呆然と眺めていた。
(「私……何にやられたの……? まだ、生きてる……?」)
 セルファは気がつかない。激突の寸前、真人が彼女の盾となりかばってくれたことを。
 気づくより先に彼女の意識は暗転した。

「R U OK? アハハハハ!」
 リンダと真人、セルファを倒し、クシーは事件室内に突入する。無論、ファイスを追っていた。
 このときクシーは単体で現れたのではなかった。彼女を追うようにして、水中からめまぐるしい勢いで植物が生え、増殖を始めたのだ。プールだけではない。『緑の心臓』の至るところから怪植物が姿を見せ、そこにいる者を襲い始めたのである。緑の心臓の各所で非常事態が発生していた。
 棘が飛び、食虫植物が噛み付いてきても、ジュレール・リーヴェンディは些かも動じない。
「脱出路は我がメモリーにインプットされている。カレン、付いてくるがいい」
「うわっ、ジュレ! 植物……あんな大きなハエトリグサが!」
「慌てるな。我のレールガンで破壊するゆえ、進行方向に光源を掲げよ」
 カレン・クレスティアを励ましつつも、ジュレールは一言、これだけは言うことにした。
「蔦をまとってカムフラージュしても意味がなかったようだな」
「うん! ごめん!」
 正々堂々、変に悪びれたりしない素直なカレンに、ジュレールは少しばかり……ときめいた。

 地割れから、天井から、悪夢の様に植物が触手を伸ばす。黒みを帯びた蔓で、茨で、命を吸い取ろうと襲ってくる。
「まさかこれはすべて罠だったというのか……我々を包み込んで抹殺しようという……」
 レオン・カシミールは手近な植物を斬り払うも、斬るほどに植物は勢いを増し、彼も仲間も包み込もうとした。
(「命を掛ける時かもしれんな……」)
 最悪、自分を囮にして茅野瀬衿栖だけでも逃がそう。レオンは躊躇せずそう決断している。
 しかし、それは、衿栖の力を見くびっていたといえるかもしれない。
 数々の修羅場をくぐり、レオンの弟子は、師の予想を超える成長を遂げていたのだ。
「リーズ、ブリストル! その力を見せて!」
 目に見えぬほど細いワイヤーが、ぴんと張って命を紡ぐ。緩急自在、衿栖の手のワイヤーが操るのは二体の人形、それぞれ『リーズ』『ブリストル』と名づけられたアンティークドールだ。ただの人形ではない。それぞれが握る銃と剣は、植物が再生する以上の速度でこれを斬り、焼き、たちまち一種の真空地帯を生み出す。
「このような植物を生んだ人達! どこかで聞いているなら心しなさい。……あなた達は謝っても許しません! 改心するまでやっつけ続けてあげます!」
 その戦いぶりは鬼神と呼ぶにふさわしい。見る間に衿栖は茅野瀬朱里を救い出して腰を抱き、レオンを縛めより解いて道を造る。
「行きましょう! この奥に、私たちの敵がいるはずです!」

 地下に植物が溢れ、さらにはアイアンゴーレムまでどこからか出現し攻め寄せてくる。
「ファイ……!」
 その勢いに負けず、ルース・メルヴィン、橘カオル、ルカルカ・ルーを中心とする『鋼鉄の獅子』は『緑の心臓』内をひた走っていた。時折、頭上から激しい振動が伝わってくるのは、脱出口を拡げるべく夏侯淵が、飛空艇で祠の周辺に爆撃をしているためと思われる。
「いた! 彼女よ!」
 ルカルカは顔を輝かせた。リーズ・ディライドらに護られ、瀕死ながらクランジΦがこちらに歩いてくる。
 痛々しいファイの様子に胸が詰まりそうになるが、ルカルカは彼女の身を抱きしめ、その胸に鋼の薔薇を挿した。
「迎えに来たよ……」
「これ……は?」
 ファイスは、その美しくも強い花に視線を落とす。
「お守り、この薔薇がきっとあなたを……」
 ルカルカは言葉を言い終えられない。ファイの来た方向から激しい爆発が起こり、全員、床に投げ出されたからだ。ちぎれた植物、アイアンゴーレムの武器やパーツ、あるいは石壁の破片などが散らばり、周囲は昏迷の極みにある。
「頼む。ファイスを地上まで連れて行ってやってくれ。オレはあれを食い止める!」
 七枷陣は禁忌の書を手に、迫り来る者に立ち向かう。
「帰れ! お前なんか帰れ! ファイスちゃんを殺そうってんならボクが相手だ!」
 リーズも同じだ。ファイを物陰に隠し背後を振り返った。
 味方であるはずのアイアンゴーレムも、植物も、容赦なく斬り伏せてやってくるその姿は、義手を取り去ったクランジΞではないか。もはや殺戮機械以外の何者でもない。クシーの射程圏内の存在はすべて叩き斬られていた。
「何か勘違いしているボーイズ・アンド・ガールズがいるのネ♪」
 クシーは、真っ赤な唇を歪めて嗤った。
「アタシはファイだけを狙っているわけじゃない。全員、殺ス!」
 だがルースは気合い負けしなかった。平然と相手を見据えた。
「そちらこそ、何か勘違いしているのではないですか」
 ライフルを構え、ルースはクシーの額に狙いを付ける。
「あんた邪魔なんですよ……オレは無事に帰ってナナと結婚するんだ、任務の邪魔しないでくれますか……」