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ハート・オブ・グリーン

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ハート・オブ・グリーン

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SCENE 05

 一方、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)と行動を共にし、『緑の心臓』を目指す一行もあった。悪戦苦闘、ここまで何度も、植物の攻撃をしのぐ厳しい行軍であった。
 何度目かの戦闘を終え、次に進む方角を定めるべく一同は円陣を組んでいる。
「はわわ、あっちですかー」
 土方 伊織(ひじかた・いおり)が問いかけるも、
「うむ、あっちのはずじゃ……待て待て、そうではなかったような」
 アーデルハイトはしきりと首をかしげている。どうも自信が持てないらしい。
「ゆっくり思い出してくださいねー」
「すまぬな。なんせ五千年も生きておるからのう、千年超えてしまうともう、どの時期だったかすわようわからんのじゃよ」
 やれやれ、と握り拳で腰を叩いてみたり、妙に老人っぽい仕草をするアーデルハイトだが、年端もいかぬ少女の姿なのがなんとも奇妙だ。そのことを考え、伊織はなんとも深い感慨を抱くだのだ。
(「ほぇ〜、五千年ですかーおっそろしーほど大昔なのですよ。って、そー言えば」)
「サティナさんもたしか五千歳ぐらい……」
 と、自らのパートナー、サティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)を横目で見る。
「ふむ、伊織よ。乙女に歳の事を言うには……命を捨てる覚悟が必要なのは知っておるのかの?」
 決して声を荒げず顔も怒らせず、ただ静かに言葉を紡ぐサティナである。うっすらと笑みを浮かべてすらいる。
「はわわ、な、なんでもないですぅ!」
 心臓を握られたような気がして伊織は口を閉ざした。
「ふふ、まぁよい」
 サティナは軽く頷くと、ついさっきまで戦っていた植物の種を拾い上げ、掌で転がしてみた。
(「ジャタの森の植物の異常発生がイナテミス辺りにまで及べば、セリシアが困ろう。なので姉としては偉大さを示すためにも、この異常の原因を解き明かさなくてはな。何か面白いものが見つかればよいのだがのう……」)
 妹、こと雷電の精霊長セリシア・ウインドリィのことを案じて溜息する。その願いが叶うかどうか……アーデルハイトの記憶はあまりにあやふやで、堂々巡りばかりしているのだ。
「大ババ様、さっきから迷われているようですが、たとえばあの方角はどうでしょう? 一度も踏み込んでいない方向です」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)が提言すると、
「おお、そうじゃそうじゃ。そっちじゃった」
 ポン、とアーデルハイトは手を打つのだった。
「食べ物の味は百年以上前でも覚えているのに神殿の位置はおぼろげとは、何とも大ババ様らしいですね」
「ふっふっふ、褒めても何も出んぞえ」
 褒めているわけでは……と強盗 ヘル(ごうとう・へる)は思ったのだが、その言葉は抑えて、
「嬢ちゃ、いや、校長代理よぅ、大丈夫なのかよそんなんで」
 ヘルはトレードマークの帽子をパタパタとはたいて被り直した。胞子のようなものがひっきりなしに降っており、ときおり落としておかないと積もってしまうのだ。
「すまんのう」
 アーデルハイトは、困ったように頭を掻いた。
 五千年前と今とでは、いかな原生林といえ様相が異なりすぎる。それになんといっても現在は、熱帯植物の異常繁殖で東西南北すら判然としないという状況だ。アーデルハイトの忘れっぽさばかりの責任とはいえないだろう。

 選んだ進路はついに、一つの建築物に行き着いた。
 朽ちかけた石造りの祠だ。人が十人も入ればぎゅうぎゅう詰めになるように思える。
「おおこれじゃ、これが『緑の心臓』! ……だったかのう?」
 アーデルハイトは最初喜び、すぐに怪訝な顔になった。祠に入ろうとするが、
「大ババ様……じゃなくて、アーデルハイト様、危険があるかもしれません。まずは私が」
 さりげなく浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)が彼女をとどめ、超感覚を発動、黒猫の耳を生やして近づく。胸がかき乱されるような怪しい予感がする。内部から生命の息吹が――。
「大ババ様っ」
 翡翠はアーデルハイトに飛びつき、草むらに押し倒した。メイスのような先端をもつ触手が、ぐん、と二人の頭上を掠めて伸びていった。メイスのごとき棘の先端からは、ぬめぬめとした粘液がしたたっている。特殊進化した食虫植物の植物の蔓である。最初の一本は挨拶状がわり、祠の奥より何本も飛び出してくる。
「本体は狭い祠の奥、ですか……一筋縄ではいかない相手のようです」
 サー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)が、ディフェンスシフトを発動しながら最前列に立つ。連続して襲ってくる触手を、槍でタイミング良く弾いていた。
「この異常植物さん達……ウィール遺跡での植物さん達よりもすっごくじゃまっけなのです」
「邪魔する植物は薙ぎ倒すまでなのじゃー」
 伊織は雷術を発動、サティナも同じく雷を放って彼女を支援する。
「まったく鬱陶しい植物だぜ。食虫植物ってんなら大人しくハエでも食ってろ、っての!」
 ヘルはたちまち光学迷彩を始動、触手攻撃を逃れて接近するや、奥部に向かって射撃を開始した。
「これが『心臓』というのなら、さしずめ『心臓に毛が生えた』状態でしょうね」
 と洒落たりしつつ、ザカコも同じく光学迷彩で姿を消し、爆炎波で打撃を与える。
「大バ……アーデルハイト様、お怪我はありませんか」
「構わんでよい。まずはあれをなんとかするぞ、翡翠よ!」
 翡翠とアーデルハイトも戦いに加わり、間もなくして食虫植物は抵抗を止めた。
「はう! すこし派手にやりすぎましたか−?」
 伊織は、困ったように頬に手をやった。
 戦闘には勝利したものの、集中攻撃を行ったため祠の入口が倒壊してしまったのだ。内部を探索するには入口の石柱を起こす必要があり、楽な仕事ではなさそうである。
「いや、これで良かったのかもしれぬ。ここが正しい『心臓』とは思えんからのぅ」
「と、言いますと」
 首をかしげるザカコにアーデルハイトは語った。
 戦いながら思い出したそうだ。この近辺には遺跡が多く、古いものでも十数カ所存在するらしい。その中で最も広い内部構造を持つものが『心臓』だったという。
「とにかく、内部が一番広かったのだけは自信があるのじゃ! いくらなんでもあの祠は小さすぎるじゃろう」
 他を当たろう、と彼女は告げた。
「十数カ所って、おい……」
 ヘルは首をすくめた。見つかるのはいつになるやら。