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ジャンクヤードの亡霊艇

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第8章 走る者・潜る者


「倉庫、か」
 辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)は道の先を確かめ、呟いた。
 そこにあったのは倉庫の空中に渡った吊り橋のような細い連絡橋だった。
 大きな倉庫の壁の上部に開いたこちらの入り口から、向こう側にある出口へと続いている。
「下には機晶ロボが二機。見つかるとまずそうだけど……」
 椎名 真(しいな・まこと)が下方を覗き込みながら言う。彼らに出会ったのは偶然だったが、彼らもまた巻き込まれた立場であるというので、共に外を目指すことになったのだ。
 真の言う通り、下方のフロアでは機晶ロボが二つほど、ゆったりとした動きで侵入者を探っていた。しかし、この連絡橋を這って移動すれば、なんとか見つからずに、やり過ごせるかもしれない。
 それに、刹那たちは番組ディレクターたちを連れていた。彼らを連れ回して動ける場所は少ない。
「ここを行くしかあるまい」
 刹那はジャンクの組み合わせで作られたナイフを手に小さく頷いた。これは彼方 蒼(かなた・そう)が作ったものだ。機晶ロボの骨組みと装甲を研いで組み合わせ、はんだ付けしてある。
「真さん」
 綾女 みのり(あやめ・みのり)が緩く笑みながら真に呼びかけ、
「多分、ボクは鎧になっていた方が良いよね?」
「え? ああ……そうだね。最悪、機晶ロボ二体を相手にしなきゃならないだろうし。頼める?」
 みのりが頷き、その身を真の足を守る薄鈍色の薄型足鎧へと変えた。

 ぎ、と足場が小さく軋みを上げる。
 先頭は刹那で、一番後ろに真が付いた。その間にディレクターを始めとしたスタッフたちや蒼が居る。全員が四つん這いになって身を伏せながら、慎重に慎重に進んでいく。
 足場の金属板の隙間からは、真下を通る機晶ロボの上部が遠くに見えた。
 全員の緊張感が伝わってきていた。
 かくいう真自身も緊張していた。
 唾をゴクリと飲み込んで、ゆっくり、ゆっくりと進んでいく。かすかな軋みと揺れを生みながら。
 と、真は自分の前を行く蒼のポシェットからジャンクが覗いているのに気づいた。
 それが、少しずつポシェットの外へと零れ出しそうになっている。
「……蒼。蒼」
 小声で彼の名前を呼ぶ。
「へう?」
 蒼が気づいて、止まり、こちらを向きやって小首を傾げた。
 その瞬間。
 蒼のポシェットからジャンク片が零れ落ちた。
「――ッ!!」
 思いっきり身体と腕を伸ばした真の手の中に、ジャンク片が受け止められる。
 ギィ、と少し大きめの軋みが鳴って、橋が揺れた。
 ほぼ全員が息を呑んで固まった。
 どくどくと自分の心臓の音が強く聞こえる間が、数秒だか十数秒だか続いて、しかし、下からの動きは何も無かった。
 足場の隙間から見えた機晶ロボは先ほどと変りなく、ゆっくりと辺りを警戒し続けている。
「……はぁぁぁぁ」
 真が深く溜め息を零した、その時、何やら間抜けな音楽が鳴り響いた。
 それは列の中央辺りから鳴っていて……青い顔をしたディレクターが、そろそろと自分のポケットより携帯電話を取り出し、
「こ……ここって、電波入るんですね」
 ひくんっと口端を引き攣らせながら彼は笑った。
 キュィィ、と下方から鋭い駆動音が聞こえてくる。
 刹那が素早く立ち上がり――
「走るのじゃ!! 早くッ!!」
 全員の尻をひっ叩くような声を飛ばしながら、ナイフを放った。
 ナイフが、こちらへ銃口を向けようとしていた機晶ロボの関節に突き刺さり、わずかに狙いを逸らさせる。
 閃いた銃撃が連絡橋の端を掠めて天井を撃ち叩いた。
 ディレクターを含め、スタッフたちが悲鳴をあげながら、連絡橋を出口に向かって走っていく。
「料金、更に2割上乗せじゃからな」
「そ、そんなぁ〜〜!!」
 刹那の至極冷静な声とディレクターの情けない声。
 それらを掻き消すように、真と蒼が走る足場が、もう一体の機晶ロボの機銃で裏から撃ち叩かれて、次々にひん曲がり、火花を散らしていった。
「うわわわっ!?」
「蒼、急いで!」
 ばたばた、と足をばたつかせた蒼を片手に拾って、真は揺れる橋を駆けた。
 と――バキンッ、と大きな音がして、橋と天井の一部が崩落を始める。
 刹那がスタッフたちと共に連絡橋の出口へ辿り着き、こちらへと手を伸ばして何かを叫んでいるのが見えた。頭上に迫る瓦礫の気配。
 真は片手の蒼を彼女の方へと放って、
「みのり!」
「うん――この姿になっておいて良かった」
 真は、タンッと足場を蹴って身を縦に翻した。反転した視界。みのりの力を借りて、上部からの瓦礫を素早く蹴り弾く。
「俺は、執事として鍛えておいて良かった!」
 そして、一回転を終え、着地し、真は崩れていく橋を駆った。
 橋に致命的な音が走り、足場が沈み始め、真は、銃撃と瓦礫との間を跳躍した。ぐぅっと伸ばした手を蒼の手が掴む。
 が――
「あ……れー?」
 ずるっと、蒼の身体は、真の重みに引っ張られて虚空に踊った。
「ぉああ!?」
「まったく、こちらも貰い受けておいて良かったわ」
 刹那の声。
 真の腕に、ひゅるるっと重り付きのケーブルが巻きついて、ぐいっと真の身体は刹那の方へと引き寄せられた。
 それもまた、蒼が作って刹那に渡しておいた物だった。
 ドンガラガッシャーンと出口の奥へと転がり込んで、
「お……おめい、ばんかーい……?」
 蒼が目をくるくる回しながら言う。


「――こういった物を調査する時というのは」
 ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)は、ぎっちりと閉まった隔壁の側面の壁をごそごそと探りながら喋っていた。
 周りには、他に誰も居ないので、傍目には独り言のように見える。
「まず警備システムに問題がないか調べ、安全性を確認してから始めるものだろう? だから、今回のような事態になってるということは、だ」
 ガッギンッ、と壁面パネルの一部を開く。覗いたのは斜め下方に伸びる穴だった。
「過去の調査団では制御装置のあるフロアにたどり着けず、状況のみで判断したという可能性が高い。つまり――」
「その制御装置とやらは、新たに侵入可能となったエリアに存在しているだろう、ということだな」
 言ったのは、ジークフリートの魔鎧であるクリームヒルト・ブルグント(くりーむひると・ぶるぐんと)。ジークフリートを覆う”彼女”が続ける。
「……制御装置、か。それを早期に押さえ、停止命令を行うことができれば……」
「今暴れている機晶姫や機晶ロボの被害を最小に抑えることができるかもしれない」
 ジークフリートは壁面に開いた穴の様子を見やり、銃型HCのマップに入力し、しばし考えてから、
「ダストシュート?」
 小首を傾げながら零した。


『要救助者は、まだ出て来ていない』
 亡霊艇の外に残って要救助者の搬送作業に待機している久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)からの電話。
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、特に興味無さそうな相槌を返した。亡霊艇内の通路に居る。
「知り合いには会えましたか?」
『いや、ラットはどうやら亡霊艇ん中に入ったらしい。探索の手伝いだそうだ』
「勇気のある方なんですね。では、規定の方は?」
『ジャンク屋協会の連中に聞いた。ヤードで見つけた物は、そいつの物になるって話だったよ。だから当然、亡霊艇の中で見つけた物は発見者の物になる――今まではな』
「ヤードには危険な物、強力な物は無い筈だったから、ですか」
『そうだ。そういうことで、今回は少し事情が違う。未調査区域に関して、見つかった物如何では多少揉めることになるかもれないな。まあ……どさくさに紛れて持ち出されたものに関しては調べようもないけどな』
「なるほど、了解しました」
『……あー』
「なんですか?」
『つかぬ事を聞くが……ちゃんと救助活動にあたってるんだろうな?』
「では、また何かあったら」
 ッ、と携帯を切り、アリーセはレン・オズワルド(れん・おずわるど)の方へと向きやった。
「首尾は?」
「丁度終わったところだ」
「開きます」
 壁面パネルを引き抜いて機晶技術で弄っていたメティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が言って、壁面上部の通気口の柵が開いた。整備のため、侵入可能なように作ってあるのだろう。
 レンとメティス――彼らとは先ほど遭遇した。
 レンは、ジャンク屋協会で集めた亡霊艇内の情報を元に作成した地図を覚えて来ているらしい、操舵室へ向かうと言った。
 地図は多くの部分がブランクになっていただろうが、ある程度の指針にはなる。
 艦長室に向かおうとしていたアリーセとは、おそらく目的の方向が一緒だろうということで一時的に、共に行動していた。
 細く狭い通路へと潜り込む。
 先頭をレンが行き、後方にメティスが付いた。レンが暗い通路でも躊躇い無く這い進んでいく。どうやら彼は闇を見通せるようだった。
 アリーセは手に持ったスーツケースに”命じて”サーチライトで闇を照らしていた。
「――何故、艦長室に行こうと?」
 レンの問い掛け。
 教導団に所属しているアリーセは、一応、『救助』の名目で船の中に入っていたが……
「興味があります」
「興味?」
「亡霊の記憶に」
「……亡霊、か」
 レンがかすかに笑った気配。
「おかしいですか?」
「おかしいであります」
 と言ったのはアリーセの持っているスーツケース……ではなく、リリ マル(りり・まる)だった。
 いつもは無駄によく喋るくせにずっと黙りこくっていたから、半自閉モードのようなものにでも入っているのかと思っていた。
「この艦はまだ死んでなどいないであります」
「根拠は?」
「今回の騒動であります。この艦は、皆に伝えたいのでありますよ。……自分には分かるであります。この艦は生きようとしている――だから、必死に伝えているでありますよ。自分は、まだ動ける、まだ飛べる、と」
「それで?」
「……もう一度この船を飛ばしてあげて欲しいであります!」
「非現実的ですね」
 アリーセの言葉に、レンが、
「物には魂など宿らないと思う方か」
「コストの話です。船の修繕や埋もれた船を掘り起こすために一体どれだけの時間と労力が必要か、そして、これだけの物を動かした時にヤードに及ぶであろうリスク。見合うメリットの無いそれらを誰が負担するのか――私たちの手に余ることです」
「しかし、このまま打ち捨てられているのは、あんまりであります!」
 リリがいつになく強い調子で食い下がる。なんとなく、理由を察しながら、アリーセはひっそりと息をついた。
「機晶エネルギーが供給されているということは、機晶石は生きているようですから……動力部だけでも移動させますか?」
「俺たちは、この船をもう一度飛ばしてやろうと思っている。まあ、そのためにも救助を優先しなければならんがな」
 レンが言って、後方からメティスの声。
「外でジャンクヤードの人たちを説得している方が居ます。この船が復活すれば、きっと彼らの導になる、と」
 アリーセは少し間をおいてから、小首をかしげた。
「あなたたちの理由は?」
「俺にも分かるのさ。空に生き、空に死すことを決めたものの気持ちがな」


 ビーッと分かりやすい警告音が響き――
「下がって!」
 ハンスが、咄嗟にラットの腕を引いた。
「へ? ――っわぁあああ!?」
 腕を引かれて空中を踊ったラットの体の目の前を、レーザーが走り抜けて床を打つ。ハンスがラットを庇うように身体を巡らせ、もう一方の手で彼を支えながら、
「上です!」
「了解」
 クレアの銃撃が、天井に張り付いていた小型の警備ロボを撃ち落とす。――が、床へ落下した警備ロボがキリリッと甲高い音を立て、素早く銃口をクレアの方へと巡らせる。
 と。
 尋人の足先が床を擦った音。
 次の瞬間には、彼の切っ先がロボットの背へと突き立てられていた。
「――フ」
 キ、ィ、と動きの余韻を残してロボットが沈黙し、尋人が小さく息をついてから、すぐに顔を上げる。
 天井の端のパネルが次々に開き、その奥から小型の警備ロボやレーザーの銃口が姿を現して来ていた。
 呼雪とヘルの魔法が最前のロボたちを薙ぎ払う。
 呼雪は次の魔術を組み上げながら、小さく舌を打った。
「数が多いな」
「いやん、くじけちゃいそう」
 ヘルがどこか楽しそうに言いながら魔術を撃ち放つ。
 クレアが魔道銃で警備ロボを牽制しながら、冷静に、しかし鋭く、
「退いて別のルートを探る。ラットの安全が第一だ」
「わたくしが先導を」
「わっ!?」
 ハンスがラットをファルの方へと軽く押しやって、槍を構える。
「ファル君――ラット君をお願いします」
「っわ、と了解〜!」
 ファルがラットの手を引いて、転身したハンスの後を追う。
 わらわらと追ってくる警備ロボのレーザーが、シュンッと次々にファルたちを掠めていく。
「急いで急いで!」
「ちょっ、まっ、足がもつれっ――ヒェッ!?」
 前方に現れた機晶ロボをハンスの槍が打ち飛ばし、体勢をよろめかせた機体のすぐ横を、ファルたちは走り抜けた。
「十字路、右だ!」
 後方から尋人の声――次いで、機晶ロボの脚部を斬り飛ばしたらしい音。後ろ走った機銃の音が頭上の天井に瞬いて、ラットとファルは首をすくめた。
「早く!」
 ハンスの手に導かれ、十字路を右へ。
 と、そこで逆方向から駆けて来ていたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)と正面衝突しそうになる。
「わわわっ!?」
「おうあっ!?」
 ごちゃごちゃと絡まりつつ、
「あ、君! 君がラット!? ボクはカレン――」
「話は後だ、カレン!!」
 ジュレールがラットたちの後方に迫っていた警備ロボと壁から生えたレーザーの銃口を機晶レールガンで吹っ飛ばす。
 そして、なんだかんだと逃げまわった先――
 そこにあったのは、隔壁の降りた通路の行き止まりと、壁から生えた人の足だった。

「ギャーーー!!!」
 という悲鳴が聞こえた。
「……なんだ?」
 ダストシュートに潜り込もうとしていたジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)は、身体がそのまま滑り落ちていかないように気を付けながら、中でごそごそと身体の方向を変える。
 何やら騒がしかった外の気配が一層騒がしさを増し、聞こえる声の数々。
「い、いま、壁から足が生えてたんだけどもッ!!?」
「おばけーー!?」
「えー、もったいないおばけってゆーやつ?」
「ええーー、亡霊艇の幽霊!? すごい発見だよ、ジュレ!」
「そんなことを言ってる場合では無いと思うが」
「マズイ! 後ろから来てる!」
「一体、なんなんだ……?」
 ジークフリートがダストシュートから外へと顔を出すと、こちらを見て驚愕したラットとファルの顔が見えた。
「ッギャアアァァァァ!!?」
 抱き合って悲鳴をあげたそれは放っておいて、切迫した雰囲気の他の連中の方を見やる。
「追われてるなら、こっちに来い。ダストシュートだ。多分な」
「……多分?」
 呼雪が、かすかに迷った気配を見せる。
「それほど時間は無さそうだが?」
 通路の向こうにワラワラと姿を現す小型警備ロボたち。
「どうする!?」
 尋人が皆を守るように、そちらの方へ剣を構えながら問いかける。
「行こう」
 クレアの言葉を合図に、その場に居た全員は次々にダストシュートへと飛び込んだ。