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ジャンクヤードの亡霊艇

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ジャンクヤードの亡霊艇

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第11章 記憶・記録・妄執


 記憶。
 初めて出会った時の。

「まだ自分は生きているであります!」
 それは、ジャンクヤードの廃棄物に埋もれたボロボロのアタッシュケースだった。
「荷物持ちでも何でもするであります! だから、どうか見捨てないで欲しいのでありますっ!!」
 雨が上がったばかりだった。
 錆や油を含んだ不透明な水溜りに映る灰色の空がぼんやりと白んでいた。
 薄ら寒い棄景の片隅に立って。
 アリーセは、必死に訴えかけるそれを静かに見下ろしていた。
「自分は、まだ、生きているであります!!!」


 ――艦長室。
 そこにあったのは朽ちた物ばかりだった。
 機晶エネルギーが供給されなかったためか、随分とアナログな道具ばかりが落ちている。今まで通って来た飛空艇内のどの場所よりも、そこには人間が確かに生きていたのだという気配が強かった。
 それゆえに。
 今、その全てが長い時間の静寂に侵食されている様は、何よりも生とは真逆のものを感じさせた。
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は一冊の手記に目を通していた。再び黙り込んだままのリリ マル(りり・まる)が傍に置かれている。
 手記は、大きなデスクの上にあった。
 人が自身の手で文字を綴った、とてもアナログな物だった。癖のある古い文字。ほぼ風化していて、記されているものを具体的に知ることが出来ない。所々で拾えた文字から伺えるのは、これがプライベートな内容だろうということだった。5000年以上前に、妻や子へ宛てたメッセージ。
 ふと、かろうじて読める単語に目を止める。
 それは、おそらく、この船の名。
 小さく呟き辿って――アリーセは、人の気配に顔を上げた。
 入り口には黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が立っていた。
 手記を閉じ、先ほどここで見つけた機晶記録媒体の方を天音の方へ差し出してやる。
 ここに来た、という事は彼もまた情報を欲しているのだろう。
 天音が微笑み、近づいてきて記録媒体を受け取る。
「中身は、もう?」
「ええ」
 記録媒体の情報を展開して、天音が内容に目を通し始める。
 そこに記されているのは、公式の航行記録として艦長が残したものの一部だ。
 この飛空艇は、5000年前に墜落した軍用の輸送艦だったらしい。そのことについては、ほぼアリーセの考えた通りだった。
 飛空艇内部での活動に適さない大型ロボの存在から、この飛空艇が軍用艦、あるいはそれに類したものだろうというのは予測がついていた。地面に埋まっていたという点から、廃棄されたのではなく、墜落したものであるということも。
 問題は、墜落した原因と墜落したその後――

 記録媒体の情報によれば、
 この艦はヒラニプラでの積み込みを終え、王都へ向かうところだった。
 その際、SOS信号を発見する。
 艦はすぐに救助へ向かったが、ポイント上空でメイン動力が謎の動作不良に陥ってしまう。そのまま、飛空艇は、SOS信号の発信元と思われる谷底へ吸い寄せられるように墜落した。
 そして――
 直後に艦底から正体不明の敵性生物が侵入する。
 隔壁を下ろし、警備システムを厳戒体勢へ移行させるも――不安定だったメインの機晶エネルギーの供給が完全に絶たれる。
 サブ動力が立ち上がった気配はあるも、メインブリッジのシステムは復活せず。
 艦内は分断されたまま、連絡を取り合うことも出来ない状況となってしまう。
 原因は動力部のメイン機晶石にありそうだが調べることは出来ないため断定も出来ない。
 手動で開閉出来る箇所から脱出を図るも、どうやら墜落の衝撃で崩壊した谷の瓦礫が飛空艇を埋めるような形になってしまっているようで、それも叶わず、艦内は緩慢に迫る静けさを待つだけとなる。
 
 以上が、この記録媒体に収まっている大体の情報だった。


 明子の解き放った命のうねりが、明子とカイの傷を癒していく。
「ふぅ……」
 意識無く、明子は疲労を滲ませた息をついた。防御と回復に気を割き続けて、かなり消費している。
「おい、そろそろ休んだ方が良いんじゃねぇか?」
 レヴィの言葉に明子は、
「……んー、でも――」
「救助しに来たこちらが倒れては元も子もない。俺が見張っておくから、伏見は少し休んでおけ」
 カイが言って、ルナが続ける。
「この辺りはあらかた無力化した。他でも敵を引きつけてくれている連中も居る。体を休めるのならば、今の内であろうな」
「一人で助けに来てるわけじゃねェんだよ。ちったァ周りに任せろよ」
 レヴィにとどめのように言われて、明子は、はふ、と息をついて。
「それじゃ、お言葉に甘えてー」
 壁を背に、すとんっと腰を降ろした。カイが見張りのために、通路の奥の様子を探りに行く。
 明子は、肩の力を抜くように息を細く長く吐いて、ふと思い出して、タブレットを取り出した。パリポリとそれを齧ってから、へふ、と息をつく。
 遠くで仲間たちが交戦している音と飛空艇内部が緩慢に胎動している音。かなり深部まで潜り込んでいるためか、緩い閉塞感があった。そういったものに包まれる妙な心地良さを少しだけ感じながら体を休める。
 と――
「……妙だな」
 とカイが呟いた声が聞こえた。
 気になって、立ち上がり、彼の方へと近づいていってみる。
 カイが見ていたのは、通路を曲がった先だった。
 そこには、機晶ロボの残骸が転がっていた。それは明らかに”奥”の方から来た者の仕業で、しかも、どんな武器を用いたのか分からない傷跡にまみれていた。
 カイが、その装甲の隙間に突き刺さっていたカードらしきものを拾いあげる。
「ハートのクイーンだ」
「トランプ? まさかこんなもので……」
 カイからトランプのカードを受け取り、明子はそれをまじまじと眺めた。
 ふと……直感的にある人物の姿が脳裏を過ぎる。
「巻き込まれてる? いや、まさか……でも、こーゆーことをする人って……でも、なー」
「心当たりがあるのか?」
「ある、といえば、ある、よーな……ともかく、こっちは多分、大丈夫よ。こういう事できる人なら、この状況もきっと自力でなんとかするわ」
 言って、明子はぽりぽりと頭を掻いた。


 格納庫、制御室――
 ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)らは、そこで機晶ロボや機晶姫を止める方法を探していた。
 制御装置らしきものを調べていたクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が、
「これは使えそうだな。運良く発令用のコードが残ったままだ――だが、命令を下すための無線装置が壊れてしまっている」
「なら、今の機晶姫やロボットはどうして命令を受けた状態になっている?」とジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)
「命令発令が機晶兵器たちの起動待ちの状態で待機していた形跡がある。それで、機晶エネルギーが一斉に供給され、機晶姫や機晶ロボが起動するのと同時に命令が送られたのだろう。事件発生当初の状況を聞く限り、艦内のシステムはかなり不安定な動き方をしている。そこから、その時、おそらく機晶エネルギーの暴走が起きていたと考えられる」
「機晶エネルギーの暴走の折りに無線装置が、というわけか。……制御装置が無事だったのは良かったが、それだけでは役不足だな」
「――どうにもならんのか……」
 ジークフリートは独りごちた。
 こうしている間にも、多くの機晶ロボや機晶姫が人を傷つけようとし、そして、そのために破壊されていく。
(奴らは、破壊されるために眠っていたわけではない)
 人命救助のために、現状ではそれが仕方の無いことだとは分かっている。
 だからこそ、こうして機晶兵器たちに停止させ、せめて被害を抑えるために、ここまで辿り着いた。
 と――
「まだ諦めるのは早いよ!!」 
 カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が声をあげた。
「壊れてるなら、直せばいい! そうでしょ!? ラット!」
「え……あ、ああ。確かに、そうだけど……そんなすぐに――」
「直せなきゃまた他の方法を探すんだよ! とにかく、希望は最後まで捨てちゃ駄目なんだ!」
 カレンが言い捨てて、そこらにある資料を片っ端から漁り始める。
「クレア様……皆様、わたくしもそう思います。出来る方法を探しましょう。皆で探れば、きっと打開策が見つかります」
 ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)が頷き、彼もまた整備室を探り始めた。


「ラットが?」
 佐野 亮司(さの・りょうじ)の問い掛けに、九条 風天(くじょう・ふうてん)は頷いた。
「ええ、ボクたちは彼からの依頼を受け、救助に」
「そうか。じゃあ、ラットは無事なんだな」
 亮司が安堵のものらしい溜め息を漏らす。
 風天たちは、番組スタッフを連れてさまよっていた亮司たち、銀星 七緒(ぎんせい・ななお)たちと合流していた。
「……知り合いなのか?」
 七緒が訊ね、亮司がシオ・オーフェリン(しお・おーふぇりん)を指す。
「あいつを売ってくれたのがラットなんだよ」
「売ってくれた?」
 白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)がわずかに胡散臭げに傾げた眼差しで亮司を見やり、亮司は慌てて手を振った。
「元々はラットがジャンクヤードで見つけたんだが、何処をどう弄っても動かなかったとかで、叩き売り価格で売り出すことにして――その時たまたまジャンク屋を覗いた俺が買った。ってわけだ」
「でも、今は……」
 風天は、なにやら宮本 武蔵(みやもと・むさし)にまとわりついているシオの方を見やった。
「叩いたら動いた」
 亮司があっけらかんと言って、まるで家電を叩くような調子で手刀の素振りをしてみせる。
「…………」
「随分と雑な運命だな」
 七緒が静かに片目を細め、セレナが呆れたようにこぼして狐耳を片方垂れた。
「――殿」
 進行方向の警戒にあたっていた坂崎 今宵(さかざき・こよい)の声。
 風天は皆を立ち止まらせ、
「どうしました? 今宵」
「侵入者感知センサーが。これはまだ生きてるようで御座います。反応すれば恐らく警備用の装置が作動いたします」
「解除は?」
「申し訳御座いません。私では……。機晶の技術に詳しい者であれば――」
 聞いて、風天は亮司と七緒の方を見やった。亮司が肩を竦め、七緒が軽く首を振る。
「仕方ありません。別の道へ回り……」
 風天が言いかけた時、セレナが鋭く言った。
「敵だ」
 彼女が転経杖を構えながら、見据えたのは後方。
 センサーがあるため、一般人たちを通路の先に逃がすわけにもいかない。
「白姉、今宵、皆さんをお願いします!」
 風天は言い捨てて、剣の柄に手を掛けながら駆けた。
 なによりもまず、機銃を封じなければいけない。意識をシィンと集中させていく。
 機銃の銃口が、己へと向けられ、銃撃の予備動作で微かに震えたのを把握する。
 銃撃の弾線を紙一重に置いて。
 踏み込み。
 瞬息の抜刀で二閃を交差させる。
 ゴトト、と機銃の残骸が落ちて硬い音を立てる。

「……俺たちも壁になるぞ。ビクティム!」
「了解です、ナオ君。ローダリア!」
「イエス、マスター」
「お姉さまの命とあらば!」
 七緒とルクシィ・ブライトネス(るくしぃ・ぶらいとねす)が命じながら機晶ロボたちの方へと立ち、その命を受けたビクティム・ヴァイパー(びくてぃむ・う゛ぁいぱー)ローダリア・ブリティッシュ(ろーだりあ・ぶりてぃっしゅ)もまた、一般人たちの前に壁を作るように展開した。
 そして――
「あ〜、シオ。おい、そんなモン振りかざしてどこ行こうってんだ?」
 武蔵は、なぜか何かの牙と装甲板を手に機晶ロボの方へ駆け出そうとしていたシオを呼び止めた。
「むむむ?」
「こいつ、任せていいか?」
 怪我人を預ける。
「いいのですよ!」
「頼むぜ」
「シオちゃんに任せるのです! この怪我人さんをおぶって、あの怖いロボットさんを牙で叩くのですよ!」
「違う違う! そりゃ俺たちの仕事。お前さんは、ここでそいつを守るんだ」
「むむ、分かったのです! ここで守るのですよ!」
「くれぐれも宜しく頼むぜ。そいつに何かありゃ、俺が嬢ちゃんにどやされる」
 武蔵は笑って、機晶ロボと戦う風天の方へと身を馳せた。


「ッッ!? ハッハァーーー!!」
 ヒルデガルド・ゲメツェル(ひるでがるど・げめつぇる)がモンスターの爪に斬り飛ばされていく。
「ジェーンさんストラーーーイクであります!」
 ライトニングブラストを放ちながら突撃していったジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)の攻撃でモンスターがたたらを踏み、
「TALLYHOOOOOOOOO!!!」
 ヴェッセル・ハーミットフィールド(う゛ぇっせる・はーみっとふぃーるど)の刀がモンスターに突き刺さった。
 更にシェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)の一刀が振り下ろされた瞬間――
 モンスターはボロボロと崩れ、土塵となってドボドボと床に広がった。
「倒した、のかな……?」
 と、小首をかしげたミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)の後ろからクロシェット・レーゲンボーゲン(くろしぇっと・れーげんぼーげん)がそうっと床の土を見やる。
「……泥人形?」
「さて?」
 ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな)が、土を拾い上げ、
「ただの土のようだがのう」
「ただの土が飛空艇の中にあるというのも、少し違和感がありますけどね」
 シェイドは刀を仕舞いながらこぼした。
「なんかねぇーのか? 土だけじゃなくてッ! こう、金になんでもなくて良いから、面白そうなもんは」
 モンスターを形造っていた土を弄りながらボヤくヴェッセルを――
「ヴェッセル様」
 ローザ・オ・ンブラ(ろーざ・おんぶら)が呼んで、彼女は彼をじぃっと見つめた。
 ヴェッセルが首を傾げ、
「……何だ?」
「…………」
「……な、何だよ? 一体――っへぶ!?」
 ヴェッセルは急に剥がれ落下してきた天井の一部に脳天を打たれて、その場に倒れた。
「先ほどの戦闘で、その辺り天井へのダメージが多かったものですから、そろそろ危ないかもしれません、と申し上げようとした矢先の出来事で御座いました」
「あ、明らかに落ちてくるのを待ってたよね〜……?」
 ミレイユのおろおろした声。
 ヴェッセルがザバッと早々に復活して、何やらうっすら笑っているローザを半眼で見やっていた。


 メインブリッジ――
 ここは警戒エリア外に指定されているらしく、機晶ロボが入り込んでくる心配は無かった。
 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が警備システムの停止作業を行っている間に、フライトレコーダーの中身を確認していた。
 そこに記録されていたのは、SOSを受け取った飛空艇が墜落し、艦内に敵性生物が侵入したところまでの混乱。
 唐突に途切れたレコーダーのノイズを聞きながら、この場所に唯一形を残していた機晶姫を眺める。彼女はもう遥か昔に、壊れて動かなくなっていたようだった。
「生き残っていたのは、記録だけ、か」
 と、メティスが、
「……駄目ですね。一部の警備システムの停止は行えましたが――」
「一部?」
「一度メインの動力が落ちて、予備のモードに切り替わった形跡があります。その際に、幾つかのエリアと、ここのシステムが切り離されたようです。それと同時期に機晶兵器への命令権限が格納庫側の制御室に譲渡されたままらしく、こちらからは停止命令を出せません」
「おそらく、メイン動力が落ちた時、敵性生物とやらに対抗するため格納庫側で制御する必要があったんだな」
 と――入り口の扉が開く。
 姿を表したのは、三道 六黒(みどう・むくろ)両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)
「先客、か」
 こちらを一瞥して
「おまえたちも警備システムを停止させに来たのか。それとも情報を?」
「どちらも、否と」
 返答した悪路の声にメティスが手を止め、振り返る。
 悪路がブリッジの艦内コンソールに触れながら、
「なるほど――やはり、なんとか出来そうですね」
「何をするつもりだ?」
 レンは銃を抜きながら問いかけた。
 六黒がゆっくりと手を翳しながらレンの方へ体を向ける。
 その向こうで、悪路が言う。
「艦の輸送エリアをパージします」
「……何?」
「機晶エネルギーの供給は不安定なようですが、身を軽くすれば飛べるかもしれないでしょう」
「分かっているのか? この船はジャンクに埋れている。今、無理に輸送部分を切り離しなんぞすれば、多くの人間が外へ放り出され、危険な目に合うことになる」
「だからこそ、ですよ」
 悪路がにんまりと言って。
 レンが銃を放とうとした瞬間、六黒の身体はすぐそこに迫っていた。