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はじめてのひと

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はじめてのひと
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●序

 銃弾の雨をかいくぐる。煉瓦塀を乗り越え、急流に飛び込んで追っ手を逃れた。直後その塀が、迫撃砲で吹き飛ばされる音を背後に聞く。しかし安堵するもつかの間、今度は川の下流に敵の一派が、装甲車で乗り付けてきたではないか。どうやら一戦交えずに突破するのは無理なようだ。
 死と紙一重の激戦の中、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は胸中に振動を感じた。
「……?」
 一瞬それに気を取られるも途端、弾丸が頭上を掠めエヴァルトを現実に引き戻す。携帯電話だ。メール着信の合図である。やけに音色の良い着信音は『アルハンブラの思い出』、硝煙と銃声に満ちたこの状況にはあまり似つかわしくない。先週、ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)のために、『cinema』2020年秋モデルを購入したことをエヴァルトは思い出していた。買ったときに送ったはずのメールが今届いたのだろう……つまり、タイムカプセルメールだったというわけだ。
 メールそのものは嬉しい。しかし、
「今は読んでる余裕が無いんだ……!」
 新型携帯電話の購入が手痛い出費だったため、現在エヴァルトは、高額報酬につられ引き受けた依頼の遂行中なのである。お供はデーゲンハルト・スペイデル(でーげんはると・すぺいでる)、二人して敵の包囲を受け、必死に道を切り拓いている。
「……何故、我はエヴァルトと二人だけでこのような雑魚の大群と戦っているのであろうか」
 川から駆け上がり岩場に背をつけ、デーゲンハルトは苦々しげな顔をする。
「経済事情、というやつだ。それにしても敵の数、やたらと多いな……ッ!」
 岩陰に飛び込む際、パワードスーツの肩にライフル弾がはじけた。今日はずっと走り詰めだが、エヴァルトの呼吸に乱れはない。ヘルメットの間から汗を拭って溜息する。
「もっと財政に余裕があれば、こんなことには……!」
「まったく、頼まれるままに買い与えるからいかんのだ。しかも先行発売で一切値引きがないものを……今日まで待てば安く抑えられたであろうに」
「腐すな、こんな稼業だ。必要なときに必要なものを買ってやりたい……」
「……このロリコンめが」
「俺はッ、ロリコンでもシスコンでも……ッ!」
 エヴァルトは思わず立ち上がりかけ、流れ弾を受けそうになって慌てて身を屈めた。
「内輪揉めの続きは後回しにするか」
 ドラゴニュート特有の深い眼差しに光を宿らせ、デーゲンハルトは杖を握り直した。
「ああ、まずはこの包囲を抜けるとしよう……!」
 時に憎まれ口を交わすこともあれど、いざ戦場となれば無二の相棒同士、二人は呼吸を合わせ、装甲車に向かって突撃を開始する。
 エヴァルトのアーマーの内側、頑丈そうな形状の携帯電話には、『メール着信:2件』という表示が鈍く輝いていた。ロートラウトとミュリエルからのメールは、日ごろの感謝と好意を伝えるものである。まだエヴァルトは目にしていないが、
「せっかくのメールだ。読むためにも、こんなところでやられるわけにはいかない……!」
 闘志を新たにするのであった。