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リアクション
21.ほーむぱーてぃ!*だけどそれよりも。
美緒に招待されて、崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)はラナの家を訪った。
魔女の恰好をして、薄くメイクもして。
特技の誘惑も最大限活用して、妖艶に、官能的に。
……少々やりすぎて、ラナの家に着くまでに視線が鬱陶しかったけれど。
「こんにちは、美緒」
「いらっしゃいませ、お姉様」
挨拶してくれる可愛い妹の頭を撫でて、軽くハグ。
「お、お姉様?」
「……ふむふむ、胸は成長していないようね。
成長期なんだから成長しなきゃ駄目よー。……ああでも、それ以上成長されても……困るわね?」
「肩凝りが結構、酷いので……止まってくれると助かりますわ」
「そうよねー……」
なんて話をしみじみ玄関先でするものではないなと、途中で気付いて苦笑い。
「今日は楽しんで行って下さいね」
はにかんで笑う美緒だけど。
「ごめんなさいね。今回は、小夜子の相手をさせてもらうわ」
亜璃珠は断りを入れた。
美緒のことも気になるけれど。
こういう日には、普段から良くしてくれる人の手を取っても、いいんじゃない?
誰かを選ばなきゃいけないわけじゃない。
だけど。
「別に、嫌いになったわけではないわ」
寂しそうな眼で亜璃珠を見上げる美緒に微笑み、頬を撫でた。
「それと。これ、護身用に持っていなさい」
預けたのは、パラミタペンギン。
きょとんとしている美緒の耳に口を寄せて、
「もし、魔法にかかりたくなったらいらっしゃいな」
甘美な声で、囁く。
離れると、美緒は真っ赤な顔で亜璃珠を見ていた。
嫣然と笑い。
「それじゃあ、また後でね?」
小夜子の許へと、去っていく。
「今日はお招きいただきありがとうございました」
ラナの家を、亜璃珠が訪れる少し前。
冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は、ラナ・リゼットと美緒に、併せて礼をしていた。
ハロウィン用のお菓子を渡し、恐縮ながらお返しにとお菓子をもらい。
お姉様と食べよう、とほくほく笑顔。
美緒に対しては、少し後ろめたさがあったけれど。
寂しそうに笑いながらも、「楽しんでらして、お姉様」と気丈に言われてしまっては、これ以上気を遣う方が野暮である。
「楽しみます」
なのでそう言って微笑んで。
亜璃珠の到着を、リビングで待つ。
途中、あい じゃわにお菓子を求められたりして、お菓子をあげたらカードを渡され(おみくじ付きだった。結果は『サングラス』で、回りを気にせずこっそりと……とあったので、何があっても踏み切ろうと思ったり)、それなりにハロウィンも楽しんで。
「お待たせ、小夜子」
待ち人が来て、手を取られると、もう我慢できなくて、片手は繋いだままぎゅっと亜璃珠を抱き締めた。
「こらこら。性急ね?」
「だって、御姉様」
今日は大丈夫なんだって。
今日は私だけの御姉様で居てくれるんだって。
そう思ったら、我慢できないししたくもないし。
「……甘えさせて、もらいますよ?」
ぎゅーっとくっついたまま、首筋に息を吹きかけるように言葉も投げる。
よしよし、と頭を撫でてくれる手が心地良い。
受け入れられている。甘えていることを、寄りかかっていることを。
「いいわよ。私がいいって言ってるんだから」
――だから、存分に独り占めなさい。
亜璃珠の言葉に、また強く抱き締めて。
ああ、なんだか雰囲気に呑まれているなぁ。でも、そうしていても、いいって言ってくれているのよね?
これ以上もなく安心して、嬉しくて。
人目さえなければ、もっとくっつけるのにと歯噛みもして。
いたら、
「ねえ。ちょっと、外行こうか」
亜璃珠の囁き。
まるで悪魔がするような、甘い誘惑。
ふらふらと、夢を見ているような足取りで外に向かう。
「プレゼントしたいものがあるの」
家の裏手。人気など皆無。
亜璃珠がそう言って、手渡してくれたもの。
「……ロケット……?」
真鍮製の、小さなロケット。
蓋を開けると、中に入っているのは写真じゃなくて、ふたりの彫刻。
「……よく知らないけど、日本のとあるメディア作品では、自分が妹にしようと決めた人間にロザリオを渡すそうなの」
熱に浮かされた瞳でそれを見ていると、亜璃珠の呟くような声。
どういう、ことだろう。
わかるのだけど、わかるのだけど。
――これは私が舞い上がって聞いている幻聴ではなくて?
不安の混じる瞳で、亜璃珠を見上げる。
優しく、微笑んでくれていて。
「厳密には違うけど、真似っこしてみた。……なんでそんな顔してるのよ」
「だって、私、嬉しくて。これ、現実なのかな、って……」
「……現実よ。体温も、感触も、あるでしょう?」
右手に握る、亜璃珠の左手。温かさと柔らかさ。強く握ると、強く返される。
うん。
夢じゃ、ない。
もらったロケットを、じっと見て。
それから、口付けを落とす。
冷たいそれに、体温を分けるように、愛しむように。
「ありがとうございます、御姉様。……肌身離さず、持っています」
首から提げて、強く亜璃珠を抱き締めた。
お礼、ではないけれど。
これ以上ないぐらい、密着して。
強く亜璃珠を抱き締めて。
熱い口付けを、交わす。
ああ、もっと。
もっと、ほしいな。
御姉様の、味。
御姉様、が。
求めたい。
もっともっと、亜璃珠を求めたい。
だから、期待を裏切らないようにしなくちゃ。
ずっと、亜璃珠の妹で居たいから。
「亜璃珠さんは、」
だから言葉も慎重に選ぶ。
「私の大切な大切な御姉様ですわ……」
そんな小夜子の頭を撫でながら。
「でも小夜子、これは『姉妹』のすることかなあ?」
困ったような、嘲るような、そんな色を含んだ声で、亜璃珠は言う。
――駄目、でしょうか?
見上げる小夜子の目に映ったのは、悪戯っぽく笑う亜璃珠。
「……ふふ。いいけどね」
肯定と、口付け。
甘い甘い、ハロウィンの日のこと。
*...***...*
お菓子を配ろうと思ったのは、幸せを配ろうと思ったから。
鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)は、渋い海賊の仮装をして、ヴァイシャリーの街へやってきた。
海賊、という衣装に似合わず、傍らには穴の開いた段ボール。
そんな装いで、虚雲はま泉 美緒の家を訪れた。
「あら? いらっしゃいませ」
突然の訪問に、軽く疑問符を浮かべても丁寧に挨拶してくれる美緒へと、
「Happy Halloween!」
お菓子を差し出し、プレゼント。
トリック・オア・トリート、も言っていませんのに……と、もらってもいいかわからずおろおろする美緒に、「おじゃまします」と一礼して家に上がり込み。
「Happy Halloween!」
美緒に投げた言葉を再び、叫ぶように言ってリビングへ向かうと、
「虚雲。少し、落ち着いた行動を取った方がいい」
藍澤 黎にたしなめられた。反省。
「ごめん。ハッピーハロウィン」
だけどめげずに、お菓子は渡す。
そんな虚雲に黎が苦笑し、「お返しだ」とチョコレート色の薔薇をくれた。胸ポケットに挿してくれたおかげでふんわり薔薇の香りに包まれる。
「ありがとう」
純粋に嬉しくて、お礼を言うが。
自分の冷静な部分が、
――海賊の衣装で薔薇を挿して、それでダンボールも持って『Happy Halloween!』って……なんかすごい恰好だよな、俺……。
などと言うので。
「Happy Halloween!!」
見かけたメイベル・ポーターに、ダンボールからお菓子を噴きかけた。
虚雲が持っているダンボールは、側面を強く押すことによって開いている穴からお菓子が勢いよく噴出する仕組みになっている。
メイベルから、虚雲はペットと思われているらしく。
ならば下剋上だ、とばかりに通常の三倍くらいの速度で飛ぶように、気合を込めて発射させたお菓子三連星は。
「あらあら〜」
おっとりした彼女の手に、全て収まった。
「くっ……!」
「まだまだですわ」
にっこり、整った笑顔で答えられ。
「ちくしょおぉぉ!」
下剋上ならず。
悲しみに暮れて、美緒の家から走って出て行った。
すると、人影を見つけて立ち止まる。
「……南さん?」
「ヒャッハァ。トリックオアパンツ!」
「いや、俺のパンツもらっても嬉しくないでしょ。何やってんすか」
「新入生諸氏のパンツを狙えるチャンスを伺ってるんだぜェ〜」
美緒の家の外、窓付近。
南 鮪がそんな怪しい発言を。
「捕まらないように気を付けて。Happy Halloween!」
「ヒャッハァ! いただくぜェ〜!」
お菓子をあげると、一応は喜んでくれたので。
まあ、よし、かな?
帰り際、外からとても見えにくいところに崩城 亜璃珠の姿を見かけたが、どうやら誰かといちゃいちゃしているようで、さらには近付き難いオーラが出ていたからお見送り。
どうやらみんな、思い思いにハロウィンを楽しんでいるようだ。
この後虚雲は仮装行列で賑わう広場へ向かおうと思っている。
きっとそこでも、男女恋人独り身友達同士関わらず、楽しんでいるだろうし、虚雲はお菓子を噴き付けるのだろう。
そんなことを考えていたら、今日、恋人が急に来れなくなった悲しさも、ちょっとだけ和らいだ。
「Happy Halloween!」
*...***...*
自宅に届いた一通の招待状。
差出人は、泉美緒。
受取人である如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、
「…………」
招待状を手に、考える。
ついこの間、病院でぶっ倒れて世話にもなったし。
その前から、借りを受けているし。
手土産や、あの時の感謝の気持ちを込めて何かプレゼントを持っていこうと。
考えの答えが出た結果。
「よし」
シーツおばけの仮装と銘打ち、傍らにシーツを持って、家を出た。
手土産に選んだのはチーズケーキ。
理由? 特にない。
「御持ち運びのお時間は?」
「一時間くらいで」
保冷材も入れてもらって、可愛い箱と可愛い紙袋。
喜んでもらえたらいいなあと、それを持ってラナの家まで行ったは良いが。
――あれ? ちょ、人多すぎじゃない?
彼女の家は、来客でごった返していた。
そりゃ、今日はハロウィンだし、百合園女学院のアイドル的存在、美緒が開いたパーティだけど。
これじゃ、お菓子を渡すに渡せない。
でしゃばるのも、目立つのも、嫌だし。
――そーっと置いて、そーっと帰ろうか。
だけど、折角のプレゼント。
どうせなら手渡ししたいし、喜ぶ顔だって見せてほしい。
――……じゃ、パーティが終わるまで、待とうか。
そう結論付けて。
「とりっくおあとりーと」
お菓子をねだって、それを持って部屋の隅。
体育座りでパクついた。
レティーシアにもらったクッキー。ほんのり甘い、カボチャの味。
――美味しいなー。
――これ、美緒さんも作ったのかなー。
シーツおばけになるために、頭からシーツをかぶり、人目につかないようにして。
本当のおばけ気分。
シーツには穴を空けてあるから、楽しんでいる人たちの姿が見れる。
飛び跳ねるあい じゃわ。
それを追いかけ、時折来客に薔薇を手向ける藍澤 黎。
黎のことを目で追いながら、「とりっくおあとりーと!」とお菓子を集めシュークリームを配る姫宮 みこと。
チャイナドレスで桃まんを配るレティシア・ブルーウォーターと、月餅を配って回るミスティ・シューティス。
冬山 小夜子の手を引いて、部屋を出ていく崩城 亜璃珠。
シズルとお喋りに興じるセシリア・ライト。
同じく、レティーシアと喋るフィリッパ・アヴェーヌ。
給仕をしたりと大忙しのメイベル・ポーターについて回る、ヘリシャ・ヴォルテール。
――うん、楽しそうだ。
そして、それを見る正悟の横で、パンツが落ちてないか探す南 鮪。
「…………」
「…………」
目が合った。
「ヒャッハァ! トリックオアパンツ!!」
「俺のパンツが欲しいの? ねえ、本当に本当に、欲しいの?」
真剣な目で問いかけると、同じく真剣な目で見つめられ、「いらん」とはっきり言われた。だろうな。鮪はそのままパンツ探しの旅に出る。と言っても、リビングを出ただけだが。
見張っていなくて大丈夫か、と思いつつ、思考は別の方向へ。
――保冷材、大丈夫かな。
――まあ、夏とかじゃないから、多少なら。
――あ、でも早く渡したいな。でも、人多いし。
逡巡していると。
ぺら、とシーツがめくられた。
「見つけました」
いたずらっぽく、楽しそうに笑う美緒の顔。
「……見つかった」
「では、トリック・オア・トリート、ですわ」
言われると思った。
シーツの中から、おいでおいでと手招きして。
ふたり入って大きく膨れたシーツおばけの中で、正悟は美緒にケーキの袋を渡す。
「美味いって評判のチーズケーキ。買って来てみた」
「わざわざそんな、お店でですか?」
「いろいろ、迷惑かけたからな」
病院で倒れたり。
もう美緒は忘れて――というか、水に流してくれているのかもしれないが、胸を触ってしまった事件のことや。
「そういえば、あの手紙。美緒さんが届けてくれたんだって?」
「ええ。如月さんの想いを無駄にするわけにはいけませんし」
「……なんだか申し訳ないな」
「あら? 仰る言葉が違うのではありませんか?」
「確かに。……ありがとう」
少し恥ずかしいけど、面と向かって礼を言うと。
美緒がふふふと楽しそうに微笑んだ。
シーツにこもって、たぶんまだ数分だけど。
「あまり、隠れていると変な事を言われるかもね」
不意に思い至り、正悟は呟く。
「それは困りますわね」
言って、美緒はシーツから出て行こうとして。
思わず正悟はその手を取った。
きょとん、と疑問符混じりの瞳が、まっすぐ正悟の目を見た。
「あのさ」
「はい」
「これ。あの時のお礼」
渡したのは、銀の鎖のネックレス。
細身で、飾り気のないものだけど。
飾らない美しさが、美緒のようで目に止まって。
気付いたら、買っていた。
「迷惑かもだけど、受け取って」
押し付けるように渡すと、正悟は立ち上がりシーツを引っ張る。
美緒の姿が露わになり、シーツの中には正悟だけ。
「じゃ」
シーツの中から、顔も見せずに目だけを合わせ、バイバイと挨拶して。
部屋を出ていく。
ぱたぱた、追いかけてくる足音と気配に振り返り、美緒が出迎えてくれたことを確認したから、言い忘れていた言葉を投げた。
「ハッピーハロウィン!」
良い一日を!