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リアクション
25.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのじゅうろく*かえるぞ! まどかんぱにー!
さて、後ろでそんなことが行われていたとはいざ知らず。
円は、人形工房の窓に張り付く。
工房の中は、ハロウィンらしい飾り付けがされており、大きな机の上には何種類ものパイや、手作りらしいクッキー、それからチョコレートもある。
そして、窓は……うん、開いている。
窓の鍵がかかっていないことを確認し、カラカラ、窓を開ける。外の冷えた空気が入ってきたことに気付いた数人が、何事かと窓を見てきた。その中には、あの時の人形や、人形師の顔もあった。
それらの視線を無視して窓から距離を取る。
そして、走る。
――ユパ様ジャンプ!
「とぅ!」
開け放った窓へ、助走を付けて飛び込み。
ころり、転がって着地。
「惚れ惚れするほど美しい登場だよね」
うんうん、と自画自賛していると、
「危ないよ」
人形師――リンスに、そう言われた。
「危ない? きちんと窓は開けたし、受け身も取ったよ」
「だけどもし怪我をしたら、向こうの皆が悲しむんじゃないの」
向こうの。
窓の外、円の行動を見守っていた、友人たち。
心配。はて、するだろうか。円だから大丈夫、と思われていそうな気がする。
「まあまあ、今日はお祭りだから硬いことは言いっこなしさ。
それよりも、とりっくおあとりーつ! お菓子くれないと悪戯するよ、この店はお客様を大事にしないって噂を流しちゃうよ!」
「それは困るわ!」
真っ先に反応したのは、店主のリンスではなくて。
従業員の、茅野瀬 衿栖だった。
予想外のところから、
「ほらお菓子!!」
どさどさどさっ、と予想以上のお菓子をゲット。
「…………なんだろうこの気持ち。ボクは複雑だよ」
「真面目ないい子なんだよ」
リンスのフォローに頷いておく。
ま、ないよりあるほうがいいし。
そして、そんなリンスからは飴玉詰め合わせをもらった。ので、代わりにと。
「はっぴーはろうぃん、でいいんだっけ? ほら」
リンスと衿栖の肩をぽんぽん叩いて、酢昆布をぽいっちょ投げる。
「なぁに、礼はいらないさ。お菓子を貰ったら返す、レディとして当然の事だからね」
「……また、渋い選択を」
と言いつつ、早速リンスは食んでいた。もきゅもきゅと酢昆布を食べる店主に対し、なんだか小動物っぽい、という感想を残して円はクロエの許へ行く。
「クロエちゃんには、なんだか親近感が湧きます」
膝の上にクロエを乗せて抱っこして、舞は笑う。
なぜかはわからないけれど、一緒に居ると普段よりほのぼのぽえぽえできるのだ。波長が合うとでも言えばいいのか。でもそれだと親近感、と言った自分の言葉は、少し違うのだろうか。
まあいいや、と思ったことはひとまず置いておいて。
「お菓子を食べながらちょっとお茶でもしませんか?」
尋ねると、
「おかし! 好きよ♪」
クロエは楽しそうに笑った。
「なら、お菓子を寄越しなさい」
そんなクロエへと、ブリジットが言い放つ。クロエはきょとんとブリジットを見上げる。
「かめんのおねぇちゃん」
「でっかめんよ」
「でっかめんさん。はい、お菓子!」
クロエは、可愛くラッピングされたお菓子をブリジットに手渡す。ブリジットはそれを受け取り、
「素直なことは良いことだわ」
と、クロエにお菓子を渡した。
例の、カエルパイである。
「……けろっ、?」
「ケロッPカエルパイっていうの。さ、販促しに行きましょ」
パッケージを読もうとしていたクロエに、そう教えてやって。
ブリジットは、リンスの許へ。
自由奔放に工房内を歩く彼女に舞は苦笑する。販促、とか。商売精神旺盛だ。さすがである。
「けろっぴーかえるぱいって、聞いたことないわ」
「ブリジットの実家の、パウエル商会で作っているお菓子なんです。
なんでも、カエル粉末エキスを入れたパイ菓子なんですって」
「かえる……」
「味は普通にパイ菓子なんですけどね、材料が……」
苦笑いしていると、クロエはなんてことないようにパッケージを破り。
ぱくり、さくり。
「……おいしいわ!」
そして、笑う。
無邪気だなあ、というのが素直な感想。
「まいおねぇちゃんは、しすたーさま?」
「あ、私、こう見えてもプリーストなんです。この衣装はこの間買ったばかりの新しい服なんですよー」
「ぷりーすとさま」
「はい。怪我もぱぱっと治しちゃいますよ。私自身が気絶しちゃったりしたら無理ですけどね」
と自虐ネタで笑うと、思いのほかクロエは真面目な顔をしていて、
「……クロエちゃん?」
「じゃあ、あのね、リンスに、もしも、なにかあったら、たすけてほしいの」
「えっと、何かって……?」
何か、あるのだろうか。舞はリンスの方を見る。
ブリジットの販促を受けて、物珍しそうにパイを見て、食べている。元気そうだ。
と、クロエを見たら、彼女は頭を振っていた。
「わたし、リンスしかいないから」
……ああ、そうか。
この子がここに、現れた日の事を思い出す。
「おともだちは、たくさんいるのよ。だけど、リンスは、……」
なんと言えばいいのか、わからないと言うように。
クロエが言葉に詰まる。
「家族じゃな?」
そのとき、工房を回ってお菓子を集めていた仙姫が戻って来て、言った。
「ただ一人の家族だから、失いたくない。そういう想いなのではないか?」
問いかけると、クロエはこくりと頷いた。
「任せてください。クロエちゃんが助けて、って言うなら、私たちがお助けします。……ね、仙姫」
「わらわもか?」
「嫌なんですか?」
「……ふむ、まあ良いがな。
ところでクロエ、みゅーじっく・おあ・とりーとじゃ。どちらがよい?」
少し変わってしまったその場の空気を変えるように、仙姫が明るく言った。
「みゅ……?」
横文字が苦手なのか、クロエはケロッPパイの時のように首を傾げた。
「音楽か、お菓子か、ということじゃの。一曲奏でるか、それとも菓子にするか?」
「ええと、ええとっ……」
クロエは本気で悩んでいた。
その様子がいたく可愛らしい。
舞はぎゅっとクロエを抱き締め、仙姫も思わず頭を撫でて、
「まあこの際、歌と菓子、両方ともでよいの。今日は祭りじゃ」
楽しめればそれでよい。
言って、仙姫がクロエの手にクッキーとチョコレートを渡す。
それから椅子に浅く腰かけ、曲を奏でた。
曲が終わる頃、
「いい曲だね」
いつの間にかやって来ていた円が笑い、クロエの隣につつつと寄る。
「クロエくんクロエくん」
「なあに?」
「ハロウィン、楽しいかい?」
円の問い掛けに、
「とっても!」
満面の笑みで答えるクロエ。
そうかい、と円も答えに満足そうにして、
「今日は合法的にお菓子を要求できる素晴らしい日だから、もっともっと楽しめばいいよ。
そうだ、ボクからも君にあげよう」
酢昆布を、ぽいっちょ。
「……! すっぱい!」
さっそく食べたクロエが、顔をしかめてぴゃーっと騒ぐ。
その様子がおかしいらしく、円が声を上げて笑った。
「あうあう。あう」
「クロエ。先程わらわがあげたクッキーがあったじゃろ。それを食べろ」
「はう、あう」
慌ててクッキーを食べて、「ほ」と顔を緩めるクロエの頬をむにむに(するほど柔らかくはないのだが、実際)しながら、円は再び笑った。
「むむぅ」
「酸っぱかったかい?」
「びっくりしたわ」
「ボクと一緒に来た子は甘いお菓子持ってきてたと思うよ? そっちに行っておいで」
「そうするわ! まどかおねぇちゃん、びっくり屋さん!」
謎の捨て台詞を残して、エレンやエレア、祥子のところへ走って行くクロエを見て。
また、みんなで笑った。
「というわけで、ケロッPカエルパイのPには、パウエルのPとパイのPをかけているの」
一方、ブリジットはリンスに対し、カエルパイを売り込んでいた。
「美味しいのよ? ほら、食べてみなさいよ。……美味しいでしょ?」
「うん。さくさく」
「だけど売り上げは伸び悩んでいるのよ。何がいけないのかしら。舞や仙姫は、名前だとか材料だとかが問題だって言うけど、現に美味しいんだから問題にならないでしょ?」
「イメージだろうねえ」
「……むう」
困ったわね、と腕を組んで、工房を見回す、と。
「あ」
目に付いたのは、デフォルメされた可愛らしいカエルのぬいぐるみ。
「あれと一緒に、このパイを並べて置いたら売れるかしら」
「さあ。やってみたい?」
「いいの?」
「委託販売とかが行われてる昨今だから、いいんじゃないの」
「じゃあ、お願いするわ」
いそいそと、人形を売り買い出来るスペースにカエルの人形とパイを置いて。
――……売れるかしら?
わずかな不安と、
――完璧ね!
という、自信。
置かせてくれたことに感謝して、
「このハロウィン仕様の激レアケロッPカエルパイをひと箱、あげるわ」
ずいっ、と渡すと、「はっぴーはろうぃん」抑揚のない声で、そう言われた。
「嬉しくないの?」
「? すごく嬉しいけど」
そうは見えない、この鉄面皮店主にため息を吐きつつ。
もう少し、ケロッPカエルパイを宣伝して回ろうと、工房の他の客のところへブリジットは向かった。
役に入り込むことが、好きだ。
きっちり演じることが、好きだ。
だから歩は考える。
今日の配役を、考える。
――まず、『まどかんぱにー』って名前の通り、社長は円ちゃんだよね。
先程窓から飛び込んで、華麗にお菓子をゲットしていく様などを見ていても、適任だと思う。
派手なパフォーマンスで皆のハートとお菓子をゲットする。そんなカリスマ社長である。
――それから、エレンさんが会計担当で、社員にお菓子と言う名のお給料を分担。
――で、広報のあたしが皆にお菓子を配って『まどかんぱにー』の知名度アップ!
――『まどかんぱにー』はもらったお菓子をちゃんと部下にも配るホワイトでクリーンな企業だってこともアピールしなきゃね。
――よし! 完璧!
頭の中で練り終えて。
「円ちゃん社長!」
「なんだい?」
お菓子を食べようとしていた円に、裂帛の声。
「エレンさんが分担するかまで、お菓子は食べちゃだめです」
「えー」
不満げな声をあげた円の口に。
がぼっ。
「ふぐぐ?」
たった今、話に出ていたエレンが、お菓子を詰め込んだ。
「私はお菓子は結構ですから、全部円ペンギンに差し上げますわ」
にこにこ、笑って。
もちろん、歩の意図など知らず。
――あああ! どうしよう、これじゃあ『まどかんぱにー』がブラック企業だと思われちゃうよ! 社長がお給料をせしめる超ブラック企業にしか見えないよ!
しかもタイミング悪く、クロエやリンスがこっちを見ている。
「違うんです違うんです。ブラックな会社じゃないですよ。
エレンさぁん! ちゃんと分担してよぉ〜!」
「あら? 歩さんも欲しかったですか? では、はい、あーん」
「あーん、……じゃ、なくて! 違うんですー、もっと皆に公平に平等に、お給料みたいに〜!」
「でも、世の中には歩合制というお給料体制のところもありますし」
「でもでも、これじゃあブラック企業だと思われちゃうよぅ!」
「あらあら、それも楽しそうですわね〜」
「ぐぐぐぐ、むぐぐぐぐぐぐ」
一方、詰め込まれ続けている円は、頑張ってお菓子を咀嚼して嚥下しているが息がしづらいのか非常に苦しそうである。そして、ぽっこりおなかのあたりが膨れてきた。明らかに詰め込まれすぎである。
おろおろ、歩はリンスの方を見た。
生温かい目で、見守られていた。
クロエが何も分かっていないような、きょとんとした瞳でいてくれたことが救いだろうか。
――いや、だめ! まだ諦めちゃ、だめ!
今ならまだ間に合うのかもしれないのだ。
「かっ、『株式会社まどかんぱにー』は、皆さんのハロウィンを応援しております!
はっぴーはろうぃん!!」
広報担当として。
そして、この日を楽しく過ごしていきたい一人として。
歩は、声を大にして、言った。
もちろんお菓子を配りながら。
「はっぴーはろうぃん」
それに対して、抑揚の薄い声で、リンスが返し。
「はっぴぃ、はろうぃん!」
楽しそうに、クロエが返してくれた。
ちょっと、幸せ。
自然と笑顔がこぼれた。
「クロエさん、クロエさん」
「?」
エレンはクロエを手招きして。
「はい、どうぞ」
パンプキンクリームパイを、いくつも手渡した。
「も、もちきれないわ、おねぇちゃん!」
「ふふふ、では両手に一枚ずつで。……そうです、バランスを取るのがお上手ですね」
「ん!」
頑張って、手をぷるぷるさせながら立っているクロエを撫でてから。
そっと、耳に囁きかける。
「クロエさん、いいことを教えてあげますわ。
ハロウィンは恐ろしいお化けを追い払うためにパイをぶつけるのです」
「パイを?」
「はい。それが、このパイです」
もちろん、大嘘だ。
「お化けが取り憑いてそうな人にはこのパンプキンクリームパイをぶつけてお化けを追い払うのですわ。
ほら、まずはあのノリの悪いリンスさんなんかどうでしょう?」
「のりとおばけがかんけいあるの?」
「お化けが憑いているから、ノリが悪いのですよ」
「そうだったの!? たいへんね!!」
素直なクロエを、こんな……騙すような形にしてしまったのは申し訳ないが。
それでも、こういったイタズラがあったって、いいでしょう? と。
思ってニヤニヤ、見守った。
「リンスー! おばけばいばいなのー!」
「は?」
クロエが振りかぶり、パイを全力投球する。あまりに全力だったため、もう片方の手に持っていたパイは床に落ちてしまった。
そして投げパイは――
「ちょ、ちょっとリンスくん……何か飲み物ない? お菓子が喉に詰まりそうで……」
飲み物が欲しいと、よろりらふらり、やってきた円の横っ面に、
ベシィン!!!
「………………」
「………………」
「………………」
沈黙。
「はい、お茶」
そして、空気をまったく読まず、お茶を出すリンス。
「ありがとう」
プライドか、それとも意地か。
出されたお茶を、ごくごくごくと一息で飲み干した円は。
「うわあああん覚えてろよー!!」
入ってきた窓から、再びユパ様ジャンプで出て行くのだった。
「ま、円ちゃん社長ー!」
それを歩が追いかけていく。
彼女らが出て行ったのを見て、舞や仙姫、ブリジットも追いかけることにして。
「あら……失敗してしまいましたわ」
「私にもクリームがかかったしね」
偶然リンスの近くに居た祥子の頬や服に、飛び散ったクリーム。
「ああ、祥子お姉様……すみません。お詫びに舐め取りますわ……」
頬に、唇の近くに、飛んだクリームを舐める。
キスを落としながら、ペロリと。
「……あんまり人前ですることじゃないわねえ……」
困ったように祥子は笑い、エレンを抱き寄せて工房を出ていく。
*...***...*
台風のようなまどかんぱにーの面々は、全員来た時と同じような突然さで去っていった。
「エイボン、服は洗って返すね」
「気になさらなくてもいいですのに……」
パイ投げの被害の三割程度をこうむった、クリームまみれの仮装衣装を見て息を吐きつつ貸してくれたエイボンへと声をかけ。
「ま……丁度いいかな。
そろそろお開きにしようか」
リンスは、そう言うのだった。
もう、夕方暗く、遅くなる時間。
これ以上遊んでいたら、本当のお化けが出てきてしまうよ。