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酷薄たる陥穽-シラギ編-(第2回/全2回)

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酷薄たる陥穽-シラギ編-(第2回/全2回)

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第3章 村人の行方

 金の光が水平線に広がっている。
 夜明けを感じさせる風を受けながら、紺色の空をふよふよと、光る箒が飛んでいた。
 箒には月谷 要(つきたに・かなめ)が乗っている。
 そばにパートナーは1人もいない。昏睡から目覚めた悠美香の無事を確認して、その足で追ってきたからだ。
 地獄の天使は昨夜負った鎖骨骨折のせいで展開することができないため、光る箒だ。
 要の両腕は機械化している。支える枠が鎖骨まで及んでおり、実際にはそれが折れたわけだが、神経が通っているため、結局は人の鎖骨骨折と大差ない。むしろリジェネが効かない分不便だったが、痛覚をなくすわけにもいかないのだから仕方なかった。
「……つっ」
 極力肩を動かすまいとしていたが、それでもときおり、何かの拍子でズキリと痛んだ。
 服の上からさすって痛みを緩和する。
 この傷を負わせたのは、ドゥルジだ。やすやすと片手で握りつぶした。
 悠美香やほかのみんなを傷つけたのも彼だ。
 なのに、ドゥルジを憎み続けるのは難しい。

『なぁ人間。俺は、おまえたちのそういうところは嫌いじゃないよ』

 彼は子どものように笑って、そう言った。
 自分が傷つけた――そして、傷つけられた相手だというのに。怒りも憎しみも、ドゥルジにはないようだった。
 憎しみのない相手を憎むのは難しい。もともと要自身、そういう負の感情を持ち続けるのは苦手だというのもあるが。
「なのになんでオレはあいつを追ってるのかねぇ」
 追えば、どうしたってドゥルジと戦わざるをえないのに。
 憎んでも嫌ってもいない相手に、オレは銃を向けられるのか?
 そのとき、突然ブルブル携帯が震えた。
 メールでひと言「下」とある。発信者は緋桜 遙遠。
 要は光る箒を下の森に向けた。



 うっそうと茂るジャタの森の東の一角に点在する、わずかに緑の薄い場所。
 はたしてそこには緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が立っていた。
「ほかの皆さんは一緒じゃないんですか?」
 舞い降りた要に訊く。
「集まるの待ったり作戦立ててるやつもいたけど、オレは先行して出たから。でもたぶん、機動力のあつやつはもう着いてるころだと思うよ」
 全速力で箒を飛ばしてきたわけでもないし、飛空艇は箒より高速だ。
 遙遠は頷き、こっちだと要を先導して歩き出した。
「あいつはどうしてる?」
「無人の村を焼いたあとはしばらく動かずにいたんですが…」

 風龍を駆って到着した海辺の村は、どうしてドゥルジ襲来を知ったかは不明だが、既に無人だった。それと知ったとき、彼は村に火を放った。
 それは、遙遠にはドゥルジらしくない行動に見えた。
 先手を打たれた怒りのあまりと思うこともできるが、先のおり、全身が砕けるぐらいの攻撃を受けながら、あっさりとそれ以上の戦いを放棄した者らしくない。
 そんなに感情的な者とも思えなかったからだ。
 もちろん、この地になんらかの因縁があるのだろうというのは推測できた。
 あのときドゥルジの垣間見せた弱さ――そしてシラギへの憎しみ。
 シラギ殺害の宣言はともかく、あれは、だれにも話していない。
(話すと、ゴチャゴチャよけいなことを考える者が出てきそうですからね。この要とか)
 あれは倒すべき敵。
 それ以外の認識は不要だ。

 そして事実、あれはドゥルジの計略だった。
「火をつけたのは、隠れていた村人をおびき出す目的だったようです」
 夜の闇の中、炎を吹き上げて燃える家々は、遠目にもはっきりそれと分かったことだろう。
 そろそろ大丈夫だろうと、ぱらぱら家の様子を見に現れた村人が、次々とドゥルジに捕まっていった。
「おまえ、それを黙って見てたのか?」
「どうやって止めるっていうんです?」
 要の方が、反対にあきれた目で見られてしまった。
「う……それはまぁ…」
 遙遠の手が横に伸び、それ以上進むのをやめさせる。少し先の開けた場で、ドゥルジが今また数人の村人を捕らえていた。
 足下で気絶した村人の1人に、石の欠片を埋め込んでいる。埋め込まれた直後、村人はパチリと目を開いて立ち上がった。
「シラギを捕らえてこい」
「……ドゥルジさまの、おおせのままに…」
 村人はふらふらと、おぼつかない足取りで去って行った。
「あれで13人目です。ほかにも村人を見つけたら連れてくるように指示されているようで、その者たちもやはり埋め込まれて手下にされています」
 単身森の中を探すよりは、よほど効率的だ。
 このとき、遙遠は携帯が震えたのを感じて、少し離れて携帯に出る。しかしそのことにも気づかないほど、要は目前の光景に見入っていた。
 ドゥルジは次々と倒れた村人に石を埋め込み、命令を出している。
(――ああ、そうか…)
 ふっきれた思いで前に出た。
「またおまえか」
 現れた要に、ドゥルジが言う。
(オレは、こいつのことを嫌いになりきれない。もしも出会いが違っていたら、友人にだってなれたかもしれないよねぇ)
 だけど。
「オレはおまえが、くだらない目的のためにこんなことをしてるなんて思わない。何か事情があるとは思う。でも目的達成までの過程で、おまえは他人を傷つけすぎるんだ」
 オレがそれを止めてやる!

 両手に魔法力を集積する要の横に、遙遠がついた。
「正悟さんと連絡がとれました。もうじきこちらへ駆けつけてくるはずです」
「分かった」
「何か作戦は?」
「火術と氷術を交互に同一箇所にぶちこんであいつの強度を落としたあと、再生能力が追いつかないほど散弾をブチ込みまくる、ってのはどう?」
「無謀ですね。それ、彼が金属製と仮定して話してませんか?」
 だが再生能力を使わせれば、かなりエネルギーを削ることはできるだろう。後続の者たちがくるまでの足止めには有効だ。
「ブリザードは遙遠が受け持ちます」
「じゃあ、始めようかねぇ」
 両手をドゥルジに突き出し、要は炎を放った。



 軽い地揺れがした。
「始まったみたいだな」
 パチン、と音を立てて如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が手元の携帯を閉じる。
 遙遠が知らせてきた場所は、ここからはかなり距離があった。
「ねぇねぇ、ドゥルジは向こうにいるの?」
 岬 蓮(みさき・れん)が東を指す。
「ああ。今、遙遠と要が足止めしてくれてるそうだ」
「分かった。
 行こっ、アイン! みんな!」
 蓮の言葉に、大多数の者が東に向かって走り出した。
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)が、正悟とすれ違いざま足を止める。
「ヒラニプラの方は?」
「まだ早すぎる。閃崎は山葉の帰りを待ってから向かったはずだから、今向こうに着いたぐらいじゃないかな」
「そうか」
「何か分かったらすぐ連絡を入れるよ」
「分かった。頼む」
 走り去っていく紫音たちを見送ったあと。
 正悟は残った者を見回した。
 九条 イチル(くじょう・いちる)ルツ・ヴィオレッタ(るつ・びおれった)アニエスカ・サイフィード(あにえすか・さいふぃーど)そして椎名 真(しいな・まこと)原田 左之助(はらだ・さのすけ)の5人が、村人がドゥルジの手下に変えられていることを知って、そちらの救助を申し出てくれていた。
「遙遠によると、10人以上の村人が石を埋められて、捜索させられているそうだ」
「早く助けてあげないと、戦闘に巻き込まれる可能性だってあるよね」
 ドゥルジの元へ連れて行こうとしてるんだし。
「しかし、そうは言うてもどうやって見つけるのじゃ? この広い森の中をバラバラに動き回っている者を、偶然に頼って見つけている時間はないぞ?」
 ルツのもっともな言葉に、正悟がごそごそと上着のポケットから小箱を取り出した。
「これでおびき寄せる」
 正悟が持っていたのは、もともとこの村のご神体として奉られていた2つの石の片割れだった。
 1つは赤龍によってドゥルジの手に渡ってしまったが、もう1つはこうしてここにある。
「やつらはこの石も探しているそうだから、きっとこれに引き寄せられてくるはずだ。そこをみんなで押さえこめばいい」

 そのとき、正悟の背後の草むらが大きくざわめいた。

「ほら、さっそく――」
「だれか、助けて…!」
 よろめき、真の足元に両手をついたのは、村の巫女見習いの少女・ヒノエだった。
「きみ、しっかりして!」
 地面に崩れたまま、ぜいぜいと苦しげに息をしているヒノエを見て、思わず真が支え手を出す。
「助けて、ください…」
 ヒノエは目の前に現れた真の手が、唯一のより所であるかのように、全力でしがみついてきた。
 汗にまみれた蒼白の顔が、彼女の耐えている苦痛の激しさを物語っている。
「ヒノエちゃん!?」
「正悟さん……うそ……どうしてここに…? ううっ…」
 苦痛にゆがむ面を見て、ヒノエを支えようと伸ばしていた手を引っこめる。
 正悟の手には、べったりと血がついていた。
「ヒノエちゃん、ごめん!」
 仰向けになっていたヒノエをうつぶせに返す。
 彼女の背は、右肩から腰までばっさりとけさがけに切り裂かれていた。
 生きているのが不思議なほどの大けがに、イチルが息を飲む。
「ひどい……アニー、早くヒールを!」
「はいですっ」
 急ぎアニエスカが横にすべり込み、ヒノエの背中にヒールをかける。痛みに強張っていたヒノエの顔が、傷がふさがっていくにつれてゆるんでいった。
 指が折れそうに感じるぐらい強く握り締められていた力も、徐々にほどけていく。
「この傷は相当鋭利な刃物でやられたものだな」
 真の肩口から様子を伺っていた左之助がつぶやく。
「兄さん、それって」
「例のドゥルジというやつは、エネルギー弾を使うんだろ。これは別のやつの仕業だ」
 まさか、ドゥルジに操られた村人が?
「ヒノエちゃん、一体だれにやられたんだ?」
 動揺を押し隠し、努めて優しい声を保ちながら正悟が訊く。
 ヒノエは見知った者と出会えたことにほっとする思いで、涙をこぼした。
「ああ、正悟さん…。どうか、村のみんなを助けてください…」



「うわあああーーーっ」
「く、くるなぁっ」
「いやっ、助けて! 置いてかないで!」
「きゃあーーーーーっ!!」
 岩山の周辺は、今混乱の極みにあった。
 森に隠れていた者たちが、スキル・毒虫の群れによって集められた毒虫たちと、それを放った襲撃者たちに追われて我先にと逃げ出した場所。
 しかしそこにも、襲撃者の仲間が待ち受けていた。
 教導団軍服と軍用ヘルム。その手に握られているのは、血に染まった凶刃の鎖。
「皆さん、バラバラに逃げては駄目です。それではとても効率よく殺すことができません」
 顔に巻きつけてあるサラシのため、声はくぐもっている。
 背後の敵から逃げることに必死な村人たちの耳に自分の言葉が届いていないことを知ると、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は小さく舌打ちをして、アボミネーションを放った。
「ひ……ひいっ…」
 岩山と自分たちの間に立つ人間から、背後の毒虫よりもさらにおぞましい気配が発せられるのを感じて、村人たちが立ち止まる。
 周囲から迫り来る毒虫たちから身を守るようにくっつき合い、やがて村人たちは年寄りを最奥に、自然と1つの円になって固まった。
「ご苦労さま」
 毒虫の群れのあとからゆうゆうと、ヒロイックアサルトの輝きに包まれた1人の女性が歩み寄る。
 こちらは蒼空学園の制服を着ていたが、バンダナとスカーフを巻いているため、やはり何者かは分からない。
「わ、わたしたちが何をしたというの…」
 夫らしき男性の背に、後ろからしがみついていた中年女性が、果敢にも言う。
「あら。変なことを言うのね。何かした者しか殺してはいけないというきまりはないのよ?」
 くすり。月美 芽美(つきみ・めいみ)は笑った。
「いいこと教えてあげる。人は、生まれてくるのに理由なんかないように、死ぬことにも理由なんかないのよ。人は、ただ死ぬの。それだけ。
 もちろん死に方にはいろいろあるでしょう。あなただったら、ベッドの上での自然死がお好みかしら? 私は、血がたくさん出る方法が好き。この手が血に染まるのが好きよ」
 彼女の狂気の言葉におののく人々の前。
 等活地獄が発動した。

「もう。楽しんでるのは分かるけど、時間かけすぎだよ」
 少し離れた所で周囲を警戒しながら、霧雨 透乃(きりさめ・とうの)がつぶやいた。
 なにしろこの森には、別の目的で多数の生徒が集結している。いつ邪魔をしに現れるか分かったものでない。
 村人殺戮をドゥルジになすりつけるためにもさっさと終わらせてこの場を立ち去らなければいけないのだが、久々に思う存分人殺しができることに、芽美はすっかり舞い上がっているようだった。
 逃げ場を失った人々の中に嬉々として飛び込み、拳をふるう姿は、まるでヒツジの囲いに侵入した狼のようだ。本能のみに支配され、飽くことなく次々とほふっていく。
 生死を賭けた戦いを好む透乃としては、無抵抗の者をただ殺して何が面白いのかサッパリだったが、それで親友の満足気な笑顔が見られるなら、それはそれでよかった。
 今もまた、毒虫の群れを突っ切って森に逃げ込もうとした男が、陽子によって切り伏せられている。
「あとどのくらいかかりそうーっ?」
 つい、問いかけてしまった。
 次の瞬間。

「きさまら! 何してやがる!!」
 正悟が、透乃に猛然とタックルをかけた。

「おっと」
 殺気看破でギリギリ気づけた透乃が、ぽんと肩に手を置いて飛び避ける。
 ほどけかけたスカーフを深くたくし込んで、透乃は地面に楽々と着地した。
「べつにいいじゃん。村なくなったんだし」
 軽口で返しながらも、激怒した正悟を見て、内心これはやばいと思っていた。
 芽美たちの方をちら見すると、案の定、ほかの真やイチルたちが武器を手に走り寄っている。
 2人がすぐさまやられるとは思えないが、数の差は歴然としている。
「それに、襲われるってことはさ、ここの人たちにも襲われる理由があったってことでしょ。彼らが悪いんだよ」
 とは陽子からの受け売り。
「ふざけるな! じゃあなんでそうやって変装で姿を隠してやがる! 自分たちのしていることが恥ずべき行為だと承知しているからだろうが!! うすっぺらい嘘を吐くな! きさまらがしているのはただの火事場泥棒で、きさまらは性根の薄汚れた最低の人殺し野郎だ!!」
 怒りの言葉とともに、コピスが抜かれた。
 正悟から猛々しい殺意が向けられたのを感じて、ゾクゾクする。
 彼は強い。激しい死闘を予感して、胸を高鳴らせる透乃だったが。
 ごうと音がして、森に紅の魔眼で威力を上げた陽子のファイアストームが放たれた。離脱の合図だ。
「頃合いだね」
 つぶやくと、熱くなりかけた頭を冷ますように振って、透乃は光る箒に飛び乗った。
「あっ、待て!!」
「行くよ、2人とも」
 透乃の言葉に、芽美は右腕に巻きついていた真のナラカの蜘蛛糸を左手で引きちぎると、同じく光る箒に乗って陽子の隣に舞い上がる。
「――くそッ!」
 飛び去って行く3人を、なす術なく見上げていた正悟だったが。
「そんなことより正悟さん、早く火を消さないと大変なことになります!」
 イチルの叫びではっと我に返り、すぐさま消火活動にとりかかった。



 ルツの氷術、左之助のアルティマ・トゥーレ、そして動ける者全員が上着を叩きつけるなどの早期消火が功を奏して、森の延焼は防ぐことができた。
 怪我や毒を負った村人たちは、重傷だったが、アニエスカによってヒール、ナーシングを受けて、どうにか一命をとりとめられそうだった。
 死の間際まで追いやられ、痛めつけられた者たちの心を、イチルが幸せの歌で解きほぐそうとしている。
 その光景を見て、もうここで自分にできることはないと悟った正悟は、やはり手の空いた真、左之助とともにこの場を離れることにした。
 石を持った自分がいつまでもここにいては、彼らのためにならない。
 ドゥルジに操られた人たちを見るのも、つらいだろう。
「ああ、いいぜ。ここにいてももう俺らにできることはないしな。
 それにしても、不愉快なやつらだったな。もう少しで面ァおがませてもらうはずだったんだが」
 真が糸で拘束し、左之助が顔を覆ったスカーフを引き剥がすはずだったのだが、もう1人の教導団服の者に邪魔をされてしまった。あと一歩だったのに、と左之助が悔しがる。
「彼ら、蒼学の制服着てたけど……違うよね?」
「当たり前だ。ああいう卑怯者は、それと分かる扮装をしたりはしないもんだ」
「そうだよね」
 ほっと胸をなでおろした真だったが、それでも、完全には晴れなかった。
 昨夜から今朝にかけて、この村がドゥルジに襲撃されたことを知っていたのは蒼空学園にいた者に限定されている。もちろんその中のだれかから聞いた者かもしれないが、どちらにしろ、野盗の類でないのは間違いない。
「蒼学の制服を着ていたってことは、蒼学に罪をなすりつけようとした可能性もある。一応この件は山葉の耳に入れておいた方がいいだろうな」
 携帯を取り出し、歩きながら報告を入れる正悟。
 立ち去ろうとしている彼らに、その意味を理解したイチルが視線を合わせて、ここは任せてと頷いた。
 まだ震えが止まらないでいる老女の背中をさすりながら、幸せの歌を歌い続ける。
「皆さん、ありがとうございました…!」
 森へ消えていく3人を見て、ヒノエが深々と頭を下げた。