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伝説キノコストーリー

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伝説キノコストーリー

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第2章 ワーム騒動勃発 1

 サンドワームの巣は、シャンバラ大荒野にいくつもの穴――つまり、入り口をもっている。
 マルコ・ポック率いるキノコ狩りツアー客が通ったのもその穴であるわけだが、またそこからしばらく離れた場所で、カツカツと足音を響かせる影があった。
 その影は一人の猛進する金髪少女を先頭に、連れ立つお供たちの図を構成していたわけだが、カツカツカツカツと歩く金髪少女は無謀にも冒険に詳しくないくせに「私についてきなさい」オーラを発しているわけで。
 ――ガンッ!
「いったあああああぁぁい!」
「お、お嬢様、どうされたのですかっ!? ややっ、おでこに巨大なたんこぶマーク! お嬢様、お茶目なお戯れですね」
「戯れてるわけではないですわ! この壁がわたくしの進路を邪魔立てしたのです!」
「ならば、不肖、この私ロウ・リータが王子のキスでその傷を癒して――」
「ええーい、寄るな変態!」
 げしげしと、キスを迫ってきた美男子に向かって、麗華・ビューティールドは必死に抵抗した。主人に蹴りつけられた美男子は、むしろもっと蹴ってくださいといわんばかりの恍惚な顔になる。
「ああ、お嬢様の足が私を蹴るとは……! 少女の足はなにものにも勝る珠玉の刑です!」
 どうやら、この変態、どうしようもないようだった。
 そんな変態とおでこを痛がる悲痛そうな麗華を見てくすくすと笑うシオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)に、月詠 司(つくよみ・つかさ)が横目で忠告した。
「ほら、だからあんなこと言ったらだめですよって言ったじゃないですか。意地っ張りなんですから、真に受けちゃうんですよ」
「だってぇ、面白いじゃない。お嬢様なんだから道ぐらい知ってるよねって言っただけで、それぐらい当然です! って言うのよ。あれだけ扱いやすいのも司以来、久しぶりだわ。……おもちゃ2号かしら」
「私、1号ですかっ!?」
 いつの間にか運命が定められていたところには驚きを隠せないが、とりあえず司は麗華のもとに駆け寄った。お嬢様のじんじんと痛むおでこをよく見てみる。
「これなら、冷やしたりしておけば大丈夫そうですね。パラケルスス、お願いしてもいいですか?」
「へっ、女性のお客さんなら大歓迎だぜ」
 名を呼ばれたパラケルスス・ボムバストゥス(ぱらけるすす・ぼむばすとぅす)は、少しばかりいやらしい手つきで麗華に近づいてきた。
「な、なんだか信用なりませんわね」
 それに嫌そうな顔をする彼女に、司は苦笑しながらフォローする。
「だ、大丈夫ですよ。これでも、腕は確かですから」
「そうなのですか? でしたら……いいのですけれど」
「これでも医者だからな。信用してくれていいぜ? 見捨てちゃぁおけねぇだろ? 医者としては。……まっ、モチロン女性優先だけどなっ」
 けたけたと笑いつつ、不良のやぶ医者っぽいパラケルススは、それでも慣れた手つきで麗華のおでこに治療をほどこした。
 それを、司のパートナーであるアイリス・ラピス・フィロシアン(あいりす・らぴすふぃろしあん)は、どこかぶすっとした顔で見つめていた。
「……おとうさん……すぐ手……出す……。だから……おかあさんと……うまくいかない」
 どうやら、パラケルススはアイリスにとって父親のようなものらしい。
 いまはここにいない母のことを思って、どこか信用のない目を向けるアイリス。とはいえ、パラケルススといえどもそれなりに礼儀はわきまえているらしく、まっとうに包帯を巻き終えた。
「ほい、これで終わりかな。ま、これに懲りたら、見栄を張らないこった」
「し、失敬な! 見栄など張っていませんわ!」
 ぷいっと顔を背ける麗華だが、その顔が図星を突かれて赤くなっていたのは誰にも明らかなことだった。そんな彼女を見てくすっと笑みをこぼして、麗華たちとともにキノコを探していたエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が声をあげた。
「それにしても……キノコの手がかりはなかなかつかめませんね」
「クク……デマ……かも」
「それはそれで面白いですが……研究材料が手に入らないのは困りますね」
 パートナーのネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)がぼそりと言った一言に、彼は苦笑して答えた。珍しいキノコという話だけに、サンプルが欲しいところなのだが……。
 エッツェルの疑問に、シオンが司を尋ねた。
「うちの1号くんは何か知らないの?」
「その名前は確定なんですかっ!?」
「ツカサ……どんまい……」
 司という名前がシオンの中で忘れられ始めていることに涙する彼に、アイリスがよしよしと頭をなでてあげた。アイリスの優しさに感動しながらも、とりあえず司は尋ねられたことを答える。
「まあ、そうですねぇ……キノコといえば動植物の遺骸を栄養源とする「木材腐朽菌」、植物との共生が必要な「菌根菌」、昆虫類に寄生する「冬虫夏草菌」、に分類されるそうですが……太陽のキノコがそんな地球の分類に素直なものかどうか……ただ、とりあえずはこのサンドワームの排泄物や死骸などを含んだ環境が重要そうですね。となると……サンドワームの巣の中でも、彼らの居住地のような場所に行く必要があるのでは?」
「なるほど……理にかなっていますね」
 お互いに眼鏡をきりっと持ち上げて、エッツェルと司が受け答えた。
 そのときである。
 それまで無口で黙っていたままの少年が声をあげた。
「お嬢様……」
「どうしたの? ニート」
「反応……あり……」
 喋るということを苦手とするいかにも暗い少年、ニート・オッタークは、ぼそぼそとそんなことを知らせた。彼の手に持っているパソコンはレーダー画面を浮かべており、ピコンピコンと音を鳴らしている。なんでもビューティールド家特注の特別製らしく、自慢げに麗華が語っていた品だった。
 それは、生体反応を感知するレーダーらしい。
「ど、どこですのっ!? もしや、サンドワームが……」
「いえ、上です……これは……人間?」
「上? 人間?」
 情報の違和感に麗華たちが首をひねったそのとき。
 空から、悲鳴とともに何者かが落ちてきた。
「きゃああああああぁぁぁ」
 女性の悲鳴らしきものが聞こえて麗華たちが空を見上げたそのとき、目の前に見えたのは小ぶりのちょっとかわいらしいお尻であり――瞬間。
「危ない……!」
 それまで、影となって背後から麗華を見守っていた辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が、彼女をかばって飛び掛った。
「きゃっ!」
 麗華が上品な声とともに弾き飛ばされると、それまで彼女がいた場所に落ちてきた集団は刹那をクッションにしてようやく着地する。
「危なかったあ……クッションがなかったら即死だった」
「はい、百点満点!」
 最初に着地した羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)に習うように、華麗に新体操のような着地を決めるシニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)。続いて、降り立ったのは彼女たちとともにいた緋山 政敏(ひやま・まさとし)だ。
「うわぁっ……と、なんとか無事にすんだか」
 声はそれぞれに自分の身の無事を確認して、声をあげた。しかしながら、その無事の要因はなんと言っても彼女たちの下でつぶれている刹那なわけで。
「むぎゅ……」
「あ、ごめん、ごめん……クッションかと思ったら人だったのね……」
 小さな声をあげる小さな少女にようやく気づいて、落ちてきた集団はやっと腰をあげた。
「な、何ですのあなた方は!?」
「あれ……あなたたち」
 声を荒げて詰問するお嬢様に気づき、まゆりは自分たちがどんな状況にいるのかようやく把握した。すると、今度はお嬢様を見つめはじめる。
「うーん、場違いそうなお嬢様に従者の人が二人」
「な、なんですの……」
 麗華の戸惑いの声も聞こえていないのか、今度はその従者へと目をやる。
「しかも一人は……」
「ネームレスたん、ハァハァ」
「……うざい」
 美男子のくせに幼女にもだえる男と無口な少年。まゆりはしばし考え込んだ。
 その時点で彼女のパートナーであるシニィは気づいていたことだが、どうやらまゆりの面白そうレーダーは彼女たちを探知したらしい。猫目でにやっといたずらげな笑みを浮かべると、まゆりは突然びしっと麗華に提案した。
「よし、決めたわ! あなたたちについていきましょう!」
 いや――決定だった。
「ちょ、ちょっと何を言ってますの!?」
「気にしない気にしない。ほら、言うじゃないの。旅は道ずれ世は情け。しかして人はうんたらかんたら」
「肝心なところは覚えてないではないですかっ!」
 どれだけ麗華が文句を述べようと、もはやこれは決定事項らしかった。
 わがまま度合いで言えば麗華もわがままであろうが、それ以上にまゆりはマイペース過ぎる娘なようだ。麗華の反論など気にもしていないようで、楽しい旅路を予感して鼻歌を歌っている。
 麗華はさらに詰め寄ろうとしたが、それを遮ったのは精悍な顔つきでイケメンを気取る顔だった。
「ちょっと、人の話を聞きな……」
「まあ、落ち着いてください。澄んだ湖のようなあなたの声がそのような弁論に使われるなど、もったいないことです」
 すかさず麗華の手を握って、ぐいっと自分の方へ顔を振り向かせたのは政敏だった。どこの王子様ですか? と言いたくなるような顔で、彼は彼女を見つめる。
「貴方のように美しい方が、何故、このような場所に?」
 そっと背中に手を回し、さらに顔を近づける政敏。麗華はそのような男女の距離になれていないのか、トマトのように真っ赤に顔を染めてしどろもどろになっていた。
「う、美しいって、あなた、このわたくしに向かってそのようなことは当たり前……」
「こんな所より、外に出て僕とお茶でも如何でしょうか?」
 いまどき、ありえないほどの定番台詞でナンパを遂行する政敏に、麗華は怒りと戸惑いと羞恥が混ざり合ってオーバーヒート状態になった。
 それを見かねた影が、瞬時に政敏へと鉄槌を下す。
「貴様、麗華お嬢様に何をする!」
 それまではネームレスの幼女っぷりを堪能していたロウであったが、ことはそんなことを頭から吹き飛ばすほどのことだったらしい。彼の細身の長剣が政敏へと斬りかかった。
 が、それをなんてことのない動作で捌くと、政敏は次のときにロウの首元に手刀の先を突きつけていた。
「ぐ……」
「これでも、それなりにサンドワームの巣へ入るぐらいの実力は持ってるつもりだぜ」
 ロウは、納得のいかないながらも静かに剣を収めた。政敏としても、無理に争うつもりはない。だが、これで通じているはずだった。つまりは、連れて行って損はない人材だという、売り込みだということが。
「実力は認める。……だが、麗華お嬢様に近づくことは許さん。なぜなら、麗華お嬢様の足は私を蹴るためだけにあるから――ぶほぉぁっ」
「死ね、死ぬがいいのですわ、この変態!」
「あ、ありがとうございます、おじょうさまー!」
 麗華に足蹴にされながら喜ぶロウを見ながら、やっぱり面白いやつらだと政敏は思った。
 どうやら、退屈はせずに済みそうだ。