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第五章:Answer……

 王と六黒の最後の戦いが始まる少し前、闘技場のバックヤードにあるシャンバラの放送局である空京放送局の中継司令室に、リポーターとして駆け回っていたカレンとジュレールが訪れていた。
「助かります。私が撮った映像だけではちょっと素材が少なくて困っていたところだったんです」
 椅子をクルリと回したグラップラーの夜住 彩蓮(やずみ・さいれん)がカレン達に微笑む。
「ううん、ボク達じゃ高度な事は出来ないから、って思ってたから。彩蓮が協力してくれて助かったよ」
 彩蓮は、観客席で、試合を観戦しているフリをしつつ、試合内容をデジタルビデオカメラでこっそり撮影していた。この際、撮影している姿が見つかると色々と面倒なので、カメラはカバンの中に隠しておいたのだ。
 そして、彼女は撮れた映像を個人が特定出来そうな部分や公序良俗的に問題ありそうな部分などを編集し、インターネットの動画投稿サイトに『知られざる英雄たち』というタイトルをつけ、匿名でアップロードしていた。
 正統側が負ければ、残念ながらお蔵入りにしようと思っていたが、カレンとジュレールの呼びかけで、今、これをリアルタイム配信に切り替える作業を行っていたのだ。
「カレン、空京放送局の許可がおりた! 行けるぞ?」
 電話を切ったジュレールがカレンに呼びかける。ジュレールはもはや只のカメラマンではなく、局との交渉すら行うプロデューサーの役割も果たせるようなっていた。
「うん、生放送なんてボク始めてだよ」
「私もです。ネットに「子供たちの為に戦っている英雄たちがいる」という事を流し、世論に訴えかけたいと思っていましたが、まさか、こんな形になるなんて……でも、私達のしている事は彼らへの冒涜かもしれませんね。彼ら自身が求めていない事を、隠れて勝手に広めてしまうのですから」
「知る権利は誰にでもあるんだもん、気にすることじゃないよ」
「ええ、この映像を見た誰かが一人でも、彼らの姿に共感を覚え、シャンバラの未来や在り方を考えてくれるようになってくれたら――そう願いましょう」
 彩蓮がカレンに笑う。
「ボクは、この映像を、DVD/BD化して売っちゃおうかって考えてたんだ。勿論、その利益はシャンバラ各地の孤児院に寄付するつもり……でも」
「ええ、こういうのは生で観ないと伝わるものも伝わらないですよね」
「夜住彩蓮、行くぞ! 放映カメラの切り替えスイッチャーは任せる!」
 音響設備の前に座ったジュレールがヘッドセットをつける。
「了解です、ジュレールさん」
 カレンが一つ、大きな深呼吸をして前のモニターを見つめる。
「放送5秒前、4,3、…………スタートッ!!」
 キューを出すカレン。
 彼女たち3名のこのゲリラ的放送により、シャンバラ中の街頭テレビや、家庭のテレビ等に緊急放送として、キマクの闘技場の様子が映し出される。
 またネットの動画投稿サイトでは、彩蓮の流した映像が口コミで広がり、その動画再生数のカウンターが恐るべき勢いで伸びていった。



 一方、闘技場では三者三様の戦いがそれぞれ終局を迎えつつ合った。
 乱戦となっているのは悪路達と戦う翔、美羽、エヴァルト達である。
「やああぁぁー!!」
 周囲の敵全体を眠らせる広範囲スキル【ヒプノシス】で、子供達を人質にするキマクの穴の戦闘員達に眠気を与えてから、美羽がかかと落としで彼らを蹴り倒していく。
 かかと落としで攻撃する美羽の狙いは、相手の頭を蹴ることで、脳震盪を起こさせることである。これで敵を昏倒・気絶させて、重傷を負わせることなく次々とKOしていく。
「おら、これでもくらいな!」
 白兵武器のグレートソードを振り回して敵をなぎ払い、吹き飛ばそうとする翔をエヴァルトが止める。
「よせ! 子供達に当たったらどうする!?」
「う……なら、こうするぜ!」
 パッとグレートソードを捨てて素手で戦闘員の顔をアイアンクローしにいく翔。
「ぐぅええええぇぇー!?」
 ミシミシと敵の頭を締め付ける翔のアイアンクロー。
【金剛力】で怪力を発揮させた握力で、戦闘員を苦しめつつ、そのまま地面に勢い良く叩きつける。
 観客席の椅子を破壊して地面に叩きつけられた戦闘員がぐうの音も出せず、気絶する。
「弱い!! 出直してこい!!」
「ロイヤル!? 後ろ!」
 美羽が叫ぶ中、翔に向けて槌を振り下ろす戦闘員。
「チッ!」
 翔に襲いかかった戦闘員に高速でドロップキックをかますエヴァルト。
 しかもただのドロップキックではなく、空飛ぶ魔法を使い、着地せぬまま連続で蹴りつけ、龍飛翔突での強烈な急降下キックで蹴り飛ばす。
「ぐはぁぁー!!」
 観客席の前に設けられた柵から戦闘員が落下していく。
「隙を見せるな! 数の勝負では向こうが多いのだ!」
「助かったぜ、ネクターマスク!」
「違う! ネクサーマスクだ! 何だその桃の香り漂う甘そうな名前は……」
 苦笑する翔。
「はは……悪い。俺達は甘くはないんだしな」
「フ……言うぜ? ならばどちらがこいつらを多く片付けるか、競ってみるか?」
「よし、受けてやる!」
「私も参加させてもらいますよ?」
 二人の陰から乳白金のポニーテールを揺らし、紫月唯斗のパートナーである魔鎧のビーストマスタープラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が現れる。
 彼は、方向感覚、密偵、追跡技能で怪しい人間をチェックし、エクス達とは別の角度からキマクの穴について調べていたのだが、唯斗の勅命を受け、ここにはせ参じたのである。
「荒野の獣達よ!!」
 闘技場内に隠しておいたプラチナムに懐いた獣達が四肢を躍動させ、キマクの穴の戦闘員に襲いかかる。
「コハク!!」
 美羽がもしもの時のために隠しておいたパートナーのヴァルキリーのドラゴンライダーコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がレッサーワイバーンに乗り、空からキマクの穴の戦闘員達を強襲する。
 普段は争いごとが苦手なおとなしい性格のコハクだが、今回は子供たちのために頑張っている王大鋸を助けるため、美羽と共にこっそり参戦していた。
「待ちくたびれたぜ!! 美羽!!」
「ブレスは駄目だからね! みんなを丸焼きにしちゃうよ!?」
「わかってるって!」
 コハクはワイバーンを急降下させ、騎乗したまま敵に白兵戦を仕掛けていく。
 両手に持った2本の忘却の槍から【シーリングランス】を放って、刺した戦闘員を一時的な記憶喪失に追い込んでいくコハク。
「劣勢ですね……」
 美羽が悪路に近づく。
「まだ抵抗する?」
「いえ、美羽。私は君たちと戦うつもりはありません。どのみち、三人がかりでは勝てないでしょうし、用意していた増援部隊も来ませんしね……先ほどのもう一人居たマスクマンが恐らく潰してくれたのでしょう」
 悪路の読みは当たっていた。王に活を入れたトライブが、悪路の用意した戦闘員の増援を舞台裏で既に始末していたのだ。
「ですが、王のパートナーの方は、無事ですしょうか? アレは私の策には含まれていません。乱暴な事をされてなければよいのですが?」
「大丈夫よ!」
「……どうして、そう言い切れるのです?」
 悪路が呟くと同時に、闘技場の貴賓席から爆発が起こる。ロケットランチャーが炸裂したような地響きが闘技場を揺らす。
「私たちは一人一人じゃ弱い……けど、みんながいるんだもん! まとまった私たちがどれだけ強いか、それが策略とやらの貴方の計算に入ってなかった。それが敗因よ!」
「……成程、この次は分断作戦も取り入れた方がよいみたいですね……」
 笑みを浮かべた悪路が片手を振りあげ、ライトニングブラストを放つ。
「!?」
 眩しい閃光が走り、美羽が目を瞑る。
「……逃げた? ううん、退いたの?」
 美羽が次に目を開けた時、悪路の姿は何処にも見当たらなかった。



 爆音が起きた貴賓席ではむせ込むリリィ相手にラルクが奮闘していた。
「そんじゃ、ま……いかせてもらうぜ!」
 そう宣誓し、ヒロイックアサルト【剛鬼】を使用して身体能力を向上させたラルクの重い拳が槌を構えたリリィを軽く弾き飛ばす。
「随分疲労が残っているな? リリィ? 紫音に手こずったのか?」
「ええ。よもや3ラウンド目を戦うとは思ってもいませんでしたから……それにロケットランチャーでここを吹き飛ばすなんて乱暴な戦法も」
 リリィがチラリと目をやると、床に出来た大きな穴から落ちぬように戦うウィキチェリカとミューレリアの姿がある。
 拳銃タイプの光条兵器を出したミューレリアが、スキルの【銃舞】を用い、ガン=カタの要領でルーンの剣を持つウィキチェリカを追い詰める。
「オラオラ、白いの! 私に接近戦を挑むなんて百年早いんだよ!!」
「もう! こんな事になるなら全力で氷術なんかするんじゃなかったー!」
 そうは言いつつ、ウィキチェリカがミューレリアの背後にある穴を見る。
「(あそこに落としてしまえば……)」
「!?」
 後退したミューレリアの足が空中に浮く。
「やぁ!!」
 女王のバックラーで体当たりの様に、ミューレリアを押し出すウィキチェリカ。
「勝った!!」
「甘いぜ!!」
 穴の淵に残った足をかけたミューレリアが空中へと跳ね、クルリと身を翻す。
「白いの! 覚えておきな、戦闘は火力だぜ!」
 ミューレリアが、ただ一度の射撃で4発の銃弾を放つスキル【魔弾の射手】を用い、大魔弾『コキュートス』の入った拳銃、そして残っていた機晶ロケットランチャーの銃口を一斉にウィキチェリカに向ける。
「お仕置きしてやるぜ!! 全弾発射!!」
――ドドドドッッドーン!!
「きゃああああぁぁぁー!!」
「チーシャ!!」
 爆炎と共に吹き飛ぶウィキチェリカに気をとられるリリィ。
 被弾し、力なく落ちていくウィキチェリカを助けようと走りだす。
 しかし、それより早くたくましい男の手がウィキチェリカの氷霊の衣を掴む。
「ふぅ……危ねぇ。おらよ!」
 ラルクが掴んだウィキチェリカを床に降ろす。
「……ど、どうしてです?」
「別に、理由なんかねえぜ。今の隙だらけのリリィを攻撃しても面白くもなんともないから、それだけだ」
 ラルクが髭を撫でながら豪快に笑う。
「……ふぅ、ここまでのようですわ」
 リリィが武器を床へと投げ捨てる。
「何だ? 降参か?」
「ええ、わたくしは、闘技場での戦いに勝とうが負けようが、王に金を踏み倒されれば組織の負けだと考えていました。そしてその逆もまたしかり。王が上納金を出したらこちらの勝ちですわ。王が、ランドセルを回収してでも金をつくる或いは別の方法でも金をつくり差し出す。と言うなら、シー・イーは無事に帰そうと思っていました」
「? どういう事だ?」
「先ほどから闘技場内をテレビカメラが五月蝿く動いています。でしたらこの絵、きっと多くの人々が見ている事でしょう? 視聴率が上がる、つまりそのお金は組織に入るということです」
「……してやられたって訳か?」
「さぁ? お互い無駄な消耗戦をせずにすんで良かったのではないでしょうか?」
 ラルクはリリィ達に一杯食わされたな、と思いながら腰に手を置き、シー・イーを見つめるのであった。


 リリィの言う通り、彩蓮、カレン、ジュレールがシャンバラの放送局である空京放送局の協力の元に始めた緊急特番は、インターネットで試合の様子を流していた彩蓮の動きもあり、爆発的な視聴率をたたき出していた。
 空京の街頭テレビでも、通行していた人々も思わず足を止めて中継される闘技場の闘いを見守っていたが、その数は次第に膨れ上がっていった。
「ものすごいアクセス数です! サーバーがパンクしそう!!」
 ネットをチェックしつつテレビの中継をしていた彩蓮がパソコンの画面を見て嬉しい悲鳴をあげる。
 すかさずジュレールが叫ぶ。
「大丈夫だ! こんな事もあろうかと空京放送局を通じて増強用のサーバーを既に用意させておいた!」
 カレンが頷き、祈るように手を組んでモニターに映るボロボロの王を見つめる。
「王……ボク達みんなの希望を背負い立ち上がって! あなたは決して独りじゃないよ!!」
 まるでカレンの呼びかけに応えるように、モニターの中の王が渾身の力を振り絞って立ち上がる。