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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

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緊迫雪中電車――氷ゾンビ譚――

リアクション


■■序


 雰囲気のある古びた白線の内側に、淡い桃色の花びらが一つ、ひらりと落ちてきた。
――桜だ。
 そこへ電車と呼ぶには、いささかレトロな車体がホームにて足を止める。
 新しい春の訪れを告げる鮮やかな花の色に、漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)が声をあげようとした数秒前、その香りと気配に中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)が微笑した。
「ドレス、桜ですわ」
 呟いた綾瀬の茶色い瞳は、鴉の濡れ羽によく似た色の布で、何重にも覆われている。けれど彼女は、金色の艶やかな髪の合間に覗く布越しの視覚よりも、その他の聴覚嗅覚味覚触覚が、非常に優れているのである。これは彼女が幼少時より、『視覚的な物に囚われない様に』と、目を布で覆い生活させられてきた事に起因する。
「春だわ」
 綾瀬の金色の巻き毛とは対照的な、夜のように黒く美しい体躯を風に揺らされたドレスは、返答しながら感覚を楽しんだ。ドレスは、絹よりもなめらかで麗しい漆黒の布でつくり飾られていた魔鎧だ。それはある日ふらりと綾瀬が来訪し、購入するまでの長きの刻まで終わらなかった。今でも人型にはならないドレスは、不自由さなどを感じさせずに乗車していく綾瀬に纏われている。
「そうね。この場において、私はただの傍観者ですわ……そう、今はまだ」
 綾瀬が笑み混じりの声音で返答した。


 彼女達が足を進めた乗車口の突き当たりには、大柄な楽器ケースが見て取れた。他にも大小問わず様々な楽器の数々を携えているのは、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)だ。音楽の名家に生まれたテスラは、青い短髪を揺らしながらサングラスをかけ直す。
「SLでの長旅――車内での弾き語りも悪くありませんね」
 音楽家として高名なマグメル家出身のテスラは、生まれつき視力が弱いため、屋内外を問わず光を遮断するために色の付いたグラスを身につけているのである。持ち込んだ数多の楽器に象徴されるように、テスラはその聴覚だ。音楽センスに秀でていた。
 彼女の呟きが、走り出したSLによってかき消されていく。


 テスラが足を運ぼうとしている中央の車両よりも更に先では、向かい合った席に座している凄艶な衣服を纏った女性が二人、話しをしていた。
「たまには休暇を空京で過ごすのも悪くないわ」
 陽気に告げたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)に対し、正面の席でセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が溜息をついた。
「載るSLの時間を間違えなければ、少しは観光の暇もあったと思うのよ」
 冷静なセレアナの声に、負けず嫌いさを滲ませる緑色の瞳をセレンフィリティが向ける。
「たまには電車の旅も良いじゃない」
「電車とSLは違うと思うんだけれど」
「機晶石が動力源なんだから、外見だけじゃない。――見て、桜が咲いてる」
 乗り換える駅で、飛び込んだSLの行き先が逆方向だったため、雪深いヒラニプラにあるシャンバラ教導団に所属する二人の目指す先は、空京だ。
 このSLは、ヒラニプラと空京の間を結んでいるのだったが、紛らわしい場所で上りと下りが行き違うのである。
「まぁ、トンネルを抜けて、次の駅で乗り換えればいいわね。ホテルのチェックインまでにはまだ時間があることだし――それにこのまま、各駅を行くのも悪くないのかも知れないわ」
 セレアナがそう呟いて、青い瞳を桜へと静かに向けた。
「朝食はバイキングなんだっけ?」
 セレンフィリティが視線を戻す。茶色いツインテールが静かに揺れた。
「そうね。夜景も綺麗なことで有名みたい」
 短い髪に手を触れながら、セレアナが静かに頷く。料理下手な彼女ではあるが、味を楽しむことは出来る。同様に、パートナーとの一時を過ごすことも楽しみだと、セレアナは考えていた。


 その頃、テスラが向かったのとは逆、後部よりの車両では。
「見てみて、桜」
 前方車両の二人同様、キサラ・エノールが声を上げていた。その声に、通路側に座っていた日向・シルヴァが幾度か瞬きをする。サクラ、という語に思い当たる物がなかったのである。
「本当に綺麗」
 たまたま二人の正面の席に座っていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、波がかった金色の髪を揺らしながら、窓の外へと視線を向ける。
「そうだ、チョコバー食べる?」
 尋ねたルカルカの金色の瞳に、キサラが微笑んで返した。
 そこへ臨席から、フラッシュの音が響いてくる。


 彼女達の隣席では、国頭 武尊(くにがみ・たける)が早咲きの桜をカメラで撮影していた。一通りうす紅色の花びらや萌えるような緑の若葉を撮影し終えた彼は、静かに立ち上がる。様々な車両にて、色々な風景を写真に納めようと、彼はサングラスの奧に隠れた真面目そうな黒い瞳の更に深淵で考えていた。同色の短髪が彩る彼の顔立ちは、精悍の一言に尽きる。
「段々雪が残るようになってきたな。コレも撮っておくか。良い思い出になるぜ」
そう口にした彼は、カメラのシャッターをきると、前へ前へと進んでいく。