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リアクション
第6章 空の上で
アガデの都上空は、地上の火災による黒煙で覆われているように見えた。
そこに、夜空を渡る白き流星のようなペガサスが迷いも見せず飛び込む。
ライド・オブ・ヴァルキリー。
その背に騎乗するはフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)。誇り高き女空賊である。
「……はっ!」
視界をふさぐ黒煙を突き抜けて早々、彼女は目に飛び込んできた光景に息を飲んだ。
火の海と化した街、路を跋扈する魔族の軍兵――まさかここまでひどいことになっているとは!
「イナンナの想像が的中していたってことね」
上昇気流に乗って届く苦鳴、その苛烈な光景に目を眇める。
だが彼女もそううかうかしてはいられなかった。夜空に白いペガサスはひと目をひく。彼女のまとった白銀の鎧もまた。
天使に似た羽を持つ飛行型魔族が、すぐに彼女の周囲を取り囲んだ。
「あなたたち……」
彼らを見返すフリューネの瞳に険しさが増す。
「はぁっ!!」
ハルバードが夜気を切り裂くうなりを上げた。エアリアルレイヴの熱い一閃。その白き輝きが触れるもの、皆滅していく。
「いくらでもかかって来なさい。あなたたちの相手は私よ!」
続々と集まってくる魔族を見渡し、宣言をするフリューネ。ハルバードをかまえ突貫しようとしたそのとき、複数のミサイルが彼女の頭上を追い越し眼前の敵に向かった。
機晶爆弾搭載で破壊力を増したミサイルが爆音とともに魔族を吹き飛ばすのを見て、振り返る。そこにいたのは小型飛空艇ヴォルケーノに乗った閃崎 静麻(せんざき・しずま)だった。
「フリューネ、あまり無茶をするな。俺たちもいるんだ、1人で全部どうにかしようと思う必要はない」
「……ええ、そうね。ごめんなさい」
我知らず熱くなっていた頭の中を入れ替えるように頭を振る。そんな彼女から目を離し、静麻も下を見た。
炎から追い立てられるように逃げる人々を、不意打ちするかのように路地から現れた魔族が襲う。
だがそんな彼らを保護せんと走り、魔族と戦う者たちもまた、そこには大勢いた。
「地上は地上の者たちに任せよう。歯がゆいが、俺たちにはどうすることもできない」
「ええ」
と、槍をかまえて不審な動きをする魔族に気付いた。相手が魔弾を撃つより早く、怯懦のカーマインを撃ち込む。
「まずはこの周辺を一掃しよう。――レイナ、クァイトス、やるぞ」
こくりと頷くクァイトス・サンダーボルト(くぁいとす・さんだーぼると)。
「分かりました」
2人のパートナーがあらかじめ定めてあった作戦位置につくのを見ながら、静麻はこれと定めた敵群に向かい機首を巡らせた。
夜の暗さにまぎれて全体数を把握できないでいたが、それでもかなりの数の飛行型魔族が空を埋めている。自分たちはわずかに5人。絶望的な数の差だったが、とにかく少しずつでも敵勢力を削って、制空権を確保しなければならなかった。
クァイトスの六連ミサイルポッドが下方の敵に向かって火を噴いた。破壊工作により、通常より破壊力を大幅に増加させたミサイルは着弾した魔族だけでなく、その近辺にいた魔族も爆発に巻き込んで吹き飛ばす。わずかにはずれた1発は、同軌跡上にあった外壁のクリフォトの樹に当たり、そこから現れようとしていた魔族ごと爆破した。
まだ硝煙のけぶる中、強化光翼をひらめかせ、レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)がレプリカデュエ・スパデの二刀を手に敢然と敵群へと飛び込む。視界をふさぐ煙にとまどっている隙をねらい、次々と斬り伏せていった。
「数百の魔族ですか。相手にとって不足ありません」
声に気負いはなかった。しかしその目は熱く燃え、この視界に入る敵はただ殲滅するのみと告げている。
「フリューネ、援護する。行ってくれ」
自翼で空を自在に飛ぶ敵を相手にヴォルケーノでは少々分が悪い。足であるヴォルケーノを狙い打ちされるのが目に見えている。後方からの援護に徹することを決めて、静麻はミサイルのスイッチに指をかけた。
本当なら、その横について戦いたいのだが……そんな不満の響きを声の端々に聞き取って、フリューネはふふっと笑う。
「ええ。任せたわ、静麻」
「えっ?」
今のは聞き間違いか? 目を瞠る静麻の前、フリューネはペガサスの背を蹴り自らの翼で高く舞い上がった。ハルバードをかまえ、魔族に突貫していく。
「――よけいなことに気を散らしてる場合じゃなかったな」
彼女の姿に、静麻も気合いを入れ直した。
フリューネを待ち受ける魔族に照準を合わせ、ミサイルのスイッチを入れる。フシュッと空気の漏れるような音がして射出口が開き、全砲門からミサイルが発射された。フリューネを追い越し、前方に広がる敵を撃墜していく。
夜空に、花火のように赤き炎が散った。
(あれは……)
ぼんやりと、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は思った。
暗い視界。目を開けているのかも閉じているのかもよく分からない。パッとついては消えるあの光が現実か、そうでないのかも。
だが揺れる視界の所々で明滅する赤い光に意識を集中するにつれ、徐々に思考が形作られ始める。
そこに、にょきっとヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)が頭を突き出した。
「よかった、リネン! 気付いたのね!」
ゆっくりとまばたきをしたリネンを見て、ヘイリーは歓声を上げる。
「私……」
頭の中から霧が晴れていくにしたがい、リネンは意識を失う前の出来事を思い出した。下から何か飛んできたと思った次の瞬間、腹部にそれがぶつかった衝撃と激痛が走ったのだ。その痛みは、意識を失ってはいけないと思う暇すら与えてくれなかった。
今、その傷は消えていた。服にあいた穴と、わずかに皮膚に残ったあとがその痕跡を残すのみだ。この程度なら超人的肉体による回復力でそのうち消えてしまうだろう。
「ヘイリー……あなたの……おかげね……」
リネンが目覚めたことにほっとして、ヘイリーは次に屋根の上のフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)に向かっていた。
「あなたがいてくれなかったら……私……きっと死んでいたわ。ありがとう……」
「ううん……ううん!」
出血のひどいフェイミィの肩にヒールをかけながら、ヘイリーは頭を振る。おそろしい記憶――手を掴むのが間に合わず、地上に激突してしまうのではないかと思えたあの数秒を、無理やり意識の外へ追いやった。
リネンもフェイミィも生きている。無事だった。だからもう、あの恐怖は忘れなくては。でないと戦えない。
「……う……」
「あ。目、覚めた? もうちょっと我慢しなよね、すぐ元通りになるからっ」
こんな傷なんでもないと言うように、明るい声でヘイリーが告げる。
そのとき。
「フリューネ!?」
リネンが半信半疑といった声で天空を駆ける女義賊の名を叫んだ。
「えっ、まさか?」
こんな所に?
ヘイリーもすぐさま空を仰ぎ見る。
周囲すべてが敵という中にありながら、己の背丈ほどもある槍ハルバードを手に果敢に戦っているのは、まさしくフリューネ・ロスヴァイセその人だった。
「フリューネ……なぜ……」
声にかぶさって、ワイルドペガサスの羽ばたきがした。
「リネン、見つけましたわ」
純白の杖を手にユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)が傍らに降り立つ。
「ユーベル、あなたも来てくれたのね……」
「当然ですわ。イナンナ様から事情をお聞きしまして、その足でフリューネ様とともに参りました」
「フリューネ……。
立たせて、ユーベル」
「その傷……まだ休んでいた方がいいのではありません?」
そう言いながらも、ユーベルは差し出されたリネンの手を取り、立つ手助けをする。
「フリューネが来てるなら……彼女が戦っているのなら、私もまだ諦めない」
まだ私の翼は折れてなんかない……!
「待て、リネン」
自身のワイルドペガサスを呼び、飛び乗ったリネンに向かい、屋根の上で仰向けになったフェイミィの手が突き出された。
その指の間からは紐でくくられたナツメ型の黒曜石のような物が垂れている。
「何? これ」
ヘイリーが指でつまみ上げ、しげしげと見入った。
「木の化石……かな?」
「これが……おそらくやつらの護符だ。これのせいでやつらはイナンナの結界内でも動けている……」
フェイミィは覚えていた。自分を槍で貫いた魔族が、これを体から引きちぎられた途端、白炎に包まれ燃え上がったのを。あれは夢などではない。
「これを失えば、やつらは自滅する。無理に殺そうとしなくても、いい」
「フェイミィ……分かったわ」
リネンはその情報をテレパシーでアガデにいるコントラクターや騎士たちに送った。昼間のうち、彼女はかなりの数のコントラクターと騎士に会っていた。彼らに、彼女とは面識のないコントラクターたちにも伝えるように頼んでから空へ舞いあがる。
その手に握られたカナンの剣が、すれ違いざま魔族を斬り裂いた。
凄烈の風。
斬り裂かれた魔族は、己がなぜそうなったかも分からないまま、身を折って落下していく。
「リネン」
彼女の登場にフリューネは驚かなかった。
「あなたのテレパシーを聞いたわ」
「あのほかにも、彼らはイナンナの結界に触れれば、護符があっても耐えられないわ。だからもし危険と思ったら、迷わず上に逃げて」
上空で戦う者たちを見て説明を補足する。そして剣をかまえ、自分たちを遠巻きにしている魔族に油断なく視線を巡らせた。
彼女とユーベルの登場を警戒し、様子見をしているが、またすぐ攻撃が始まるだろう。
そう思った矢先。
「皆さん、お気をつけください! 魔弾がきます!」
クァイトスとともに上方からの援護についたユーベルが声を張った。
同時に彼女が手を指し示す先で天のいかづちが雷光とともに走り、中距離から撃たれた魔弾を破壊していく。クァイトスも静麻もミサイルで弾幕を張ったが、それでも全方位からのすべての魔弾を食い止めることはできなかった。
「させない……!」
ワイネドペガサスの背を蹴り、迫り来る魔弾にバーストダッシュとアクセルブレスの加速で猛然と立ち向かう。
だが彼女の剣が魔弾に届くはるか先、下から割り入ったフェイミィの光輝のバルディッシュが振り切られた。
「うおおおおぉぉーーっ!!」
強烈ななぎ払いで魔弾はすべて断ち切られ、その場で爆発し消滅する。
「フェイミィ! もう大丈夫なの?」
「ああ。ヘイリーのヒールのおかげで先まで以上に上々だ。心配させて悪かったな」
自分を見て笑顔になってくれたリネンに、グッと親指を突き出す。
「べ、べつにあんたのためにしたわけじゃないわよっ。今、戦力は1人でも欠けたら大変だからしたんだからねっ」
ヒールがあるからって無茶したら、もう治してなんかやらないわよっ。
憎まれ口をたたきながらヘイリーはクァイトスやユーベルとともに全方位の敵に対処すべく三角形をつくる。
「さあ反撃開始よ!」
宣言とともに引き絞られたアロー・オブ・ザ・ウェイクが、前方の魔族を射た。鎖骨を貫いた矢は、同時に首飾りの紐を見事断ち切って、魔族を燃え上がらせる。
「いくぞ。一点突破だ」
「いつでも!」
静麻とユーベルの援護でフリューネとリネンが前方の敵に突貫をかけた。そんな彼女たちの背後を突こうと、左右に展開していた魔族が回り込もうとする。
それを見て、レイナはクァイトスと頷き合った。
クァイトスのスナイパーライフルによる援護射撃の中、彼女は二刀のほか、ヴァルキリーの脚刀も用いて戦う。必殺の一撃を心がけなくとも首飾りの紐を切ればいいという情報は、彼女の攻撃をはるかに楽なものにした。
フェイミィもまた、2人の背中を守るべく、その戦いに身を投じる。
もう、フリューネと並んでいるリネンを見ても胸は痛まない。
なぜなら、決めているから。
(オレはリネンを守る盾、そしてリネンの敵を討つ剣だ!)
その迷いのない決意が、彼女の技を激烈なまでに冴えさせる。
光輝のバルディッシュは持ち主の思いを吸い取ったかのようにひと際輝きを増し、その光刃でもって触れるものあらばそのすべてを斬り裂いていった。
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