天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

【新米少尉奮闘記】飛空艇の新たな一歩

リアクション公開中!

【新米少尉奮闘記】飛空艇の新たな一歩

リアクション





□■第一章■□

「本日は宜しくお願いします」

 その日、教導団本部の格納庫には小暮 秀幸(こぐれ・ひでゆき)の姿があった。
 李 梅琳(り・めいりん)から指示されている模擬戦の日が迫っている。それまでに、飛空艇の問題箇所を修復した上で、さらに模擬戦仕様に変更しなければならない。今日はそのため、腕利きの機工士達が格納庫に集合していた。その殆どが、今までこの飛空艇の発掘や整備に携わってきた者達だ。誰の顔にも、この機体に対する愛着が見て取れる。
 小暮の前に整列した教導団生達は、ぴ、と敬礼の姿勢を取る。が、誰もが早く機体に触りたくてうずうずしているという感じだ。
「今日やらなければならないのは、先ずエンジン部の問題箇所の改善。それから、武装の追加です。今日は一旦演習用の装備を乗せますが、演習でその有用性が認められれば今後も引き続き、正規の武装として搭載していく予定です」
 手元の資料を参照しながら、小暮はてきぱきと指示を出す。
 何度かの任務を経て、すっかり人の前に立つことにも慣れたようだ。
 いくつかの必要事項を伝え終えると、一同を図面の乗ったテーブルへと集める。
 置かれた図面には、エンジン回りの配管に赤いバツが付けられていた。一同がそれを覗き込む。
「まず何より、この配管をなんとかしないといけません」
「ネックはこの給水用のバルブです。非常時に外部からしか点検・補修ができないのは致命的ですよ」
 図面を指さして真っ先に口を開いたのは麻上 翼(まがみ・つばさ)だ。この飛空艇に携わるのは初めてだが、ここへは参加出来ない友人から飛空艇の状況と、改修計画を託されている。
「緊急時には、機関室からも給水、止栓できるよう、吸水口を増設することを提案します」
「それも勿論必要ですけど、ラジエーターそのものを大型化して冷却効率を上げ、暴走することのないようにすることも視野に入れてみてはどうでしょう」
 麻上の提案を受け、今度は一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が図面を指さす。
「幸い、まだ機関室のスペースには余裕があります」
「それよりも、スペースに余裕があるなら重要な部分の予備回路を載せておくべきじゃないかしら」
 一条の提案に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が口を挟んだ。
「輸送機で一番大切なことは、何より落ちないことだよ。そのためには、一つがダメになったら止まるようなシステムじゃ駄目」
「確かに、その通りです。予備はあった方が良い」
「ですが、冷却効率を上げることも重要なのは間違いないです」
「そうなのよね、確かにそれは課題だわ」
「冷却系を一系統に頼るんじゃなく、他の方法での冷却も取り入れるのはどうだ?」
 ルカ、一条、麻上が唸る横で、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)が提案する。
「他の方法というと?」
「船体横に、エアインテーク……つまり、吸気口だな、風の通り道を設置し、空冷システムを取り入れる」
「悪くないと思いますが、船体強度が下がるのでは」
「シャッターで開閉式にして、さらに強化装甲を施す。いざというときだけ開けるようにすればいい」
「それは良い方法ですね」
 湊川の提案に、小暮をはじめとして、議論に参加していたメンバーが納得の表情で頷く。
「エンジンの冷却装置の問題に関しては、機関室へのバルブ増設およびエアインテークの設置、さらに、予備の動力系統の搭載……以上で良いですか」
 ここまでの議論を小暮が纏める。異論は出なかった。
「では引き続き、武装の追加について検討したいのですが」
「ルカの言葉を借りるなら、先ず大切なのは落ちないこと……武装は最低限の追加にし、装甲の強化を行うべきと考えるが、どうだろうか」
 小暮の正面で、ルーのパートナーであるダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が口を開く。
「装甲の強化と言うと」
「例えば、この繊維――」
 そう言うと、ガイザックは懐から一本の繊維を取り出す。
「それはもしや、『戦乱の絆』……ですか」
 先の大きな戦いの末に手に入った、驚異的な強度を誇る繊維で紡がれた紐だ。小暮もその存在については知っていたらしい。
「これで防護ネットを編み、船腹に必要なときだけ下ろす。レーザーを拡散させるし、物理的な被弾も軽減できる」
「それは、可能であれば非常に魅力的な計画ですが、充分な量の繊維はあるのでしょうか」
「大量に採取されているはずだ、教導団で保管していないだろうか」
 ダリルの言葉に、小暮は手元のコンピューターを繰ってなにやら調べ始める。
「……すみません。少なくとも俺がアクセスを許可されている情報の中に、『戦乱の絆』に関するものはないようです」
 ネットの設置は名案、と思っていただけに小暮の顔にも落胆が浮かぶ。そうか、と言うガイザックも渋い顔だ。
「でも、俺も装甲を優先するって意見に賛成です。まあ、武装も対空ミサイルくらいは欲しいところですが」
 一瞬落ちた気まずい沈黙を打ち破るように手を挙げたのは、源 鉄心(みなもと・てっしん)だ。
「やはり他戦闘ユニットの支援、指揮に特化した装備にしておいた方がいいと思うんです。元々輸送機として整備されていますし」
「そうだな。だが、威力の高いミサイルの必要性は勿論だが、輸送機としての利用を考えるとそう多い弾数は積めない。それを考えた上で武装の強化を図るのであれば、レーザーバルカンの砲門を増やすことも提案したい」
 源が賛同を示してくれたことで気を取り直したか、ガイザックが改めて意見を加える。
 最終的に、武装は機体左右に対空ミサイル砲二門の搭載と、機体上部へのレーザーバルカン二門の追加、と決まった。
「それから、新入生など、管制システムの扱いに不慣れな人が搭乗する可能性を考えて、インターフェイスの改良を提案したいのですが。俺のパートナーが得意です」
 最後に源がそう提案し、隣でぴょこぴょこと飛び跳ねているイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を紹介した。魔導書の化身である彼女は、まあ本体は料理書なのだが、それでも曲がりなりにも情報生命体。コンピュータを扱うのは得意だ。
「それは……俺も考えつきませんでした。是非、お願いします」
 笑顔を浮かべる小暮の指示を受け、源がクックブックへ頼んだぞ、と告げると、クックブックは嬉しそうに目を輝かせた。
「模擬戦の日まで、時間がありません。分担して、作業を開始して下さい」
 小暮が一同を見渡して告げる。了解、と綺麗に揃った敬礼が応えた。



 作業は、極めてスムーズに始まった。
 事前の打ち合わせでしっかりと改装する内容を決めていたということもあるし、何よりほぼ全員がこの飛空艇の構造を既に知り尽くしているというのが大きい。
 ルー、ガイザックの二人は、機関室の空いたスペースに、予備の回路を設置していく。スペースの都合上、全く同じ回路を二つというわけには行かず、予備回路は一回り小さい。
「ま、予備で回してる間に直せばいいのよ」
 本回路と予備回路とを切り替えられるよう、配線を繋ぎながらルーが言う。
「予算的にも、その方が助かるわ」
 その近くで、腕に付けたハンドヘルドコンピュータに入力作業を進めているニケ・グラウコーピス(にけ・ぐらうこーぴす)がにこやかに笑った。これだけの改造にはそれなりに、いや、エンジンの予備ともなればかなりのコストが掛かる。削れるところは削らなくちゃね、と言うグラウコーピスの手元には、今回の改造に掛かる予算書がまとめられていた。

 そんなルー達の横では、麻上が指揮を取って冷却装置の改造を行っている。
 冷却装置に最短距離で繋げられていた配管を一度外し、室内で迂回させ、途中に吸水口と逆流防止の弁を取り付ける。普段は吸水口を閉じておき、万が一の際には此処を開いて給水することが出来るようにする計画だ。さらに、緊急時はここで弁を閉じれば、圧が抜ける事もない。
 だが、それだけの配管の変更となると一筋縄では行かない。数人がかりで持ち上げなければ動かないような重たいパイプをあっちへこっちへ動かす必要がある。
 さて誰がどうやって手を付けるか、とパイプ担当になった数人が顔を見合わせる。
「力仕事は任せておけ」
 そんな重量級のパイプを前にあっさりそう言うったのは、麻上のパートナーである月島 悠(つきしま・ゆう)だ。怪力の籠手を付けた上で鬼の力を解き放つ。見た目は変わらないが、筋肉の量がぐっと増える。
「悠くん、そっちのパイプ外して、こっちに持ってきてください」
「ああ、解った」
 麻上の指示に従って、月島は言われたとおりにパイプを外して床へと下ろす。
 床に置かれたパイプが転がり、ごろんごろんと低い音がした。
 そのパイプを受け取るのは湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)アルバート・ハウゼン(あるばーと・はうぜん)、それからソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)の三人だ。
 テクノクラートである湊川とアーティフィサーであるグロリアが中心となり、配管の分解清掃と、念のため防腐剤のコーティングを行う。それが終了したら、今度はトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)の二人が分解されたパイプを組み立てる。
「ボルトのゆるみは決して無いように、慎重に」
 今は一線を退いているものの、アーティフィサーとして研さんを積んだ経験のあるウォーレンシュタットが、まだ経験の浅いファーニナルの作業を慎重に監督している。
 そして、再び組み上がったパイプを月島が再び配管していく。
「悠くんが支えてる間に溶接しちゃうから、よろしくおねがいします」
 麻上の指示にこくりと頷くと、月島はよっ、とかけ声一つ、力を込めてパイプを持ち上げ、支える。そこへ素早く麻上が溶接機のトーチを握って近づくと、一気に接合部を熱して溶接してしまう。
 後々メンテナンスが必要な部分はボルトなどで固定し、万が一にも漏れが発生したらまずい部分は溶接、と手段を選びながら、作業は順調に進んでいく。