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黒の商人と代償の生贄

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黒の商人と代償の生贄

リアクション

「はっ!」
 冴弥 永夜(さえわたり・とおや)が気合と共にクロスファイアの術を放つと、あたりを埋め尽くすシダが炎に包まれる。
 その後ろでは、パートナーのイレギオ・ファードヴァルド(いれぎお・ふぁーどばるど)がファイアストームで同じようにシダを焼き払っている。
 ツタの魔物の生息地を切り抜けてすぐに襲い掛かって来たのは、無数のシダの群れだった。シダ、とは言ってもその背丈は人間の腰ほどある。そして、先ほどのツタと同じように、根を二股により合わせて自立歩行をしている。明らかにただのシダではない。それが、無数。
「キリがないな」
 イレギオが少しうんざりしたように呟き、再びファイアストームを放つ。
 シダたちの間を炎が渡り、一部が炭化していく。が、炭化した仲間の体を乗り越えて、次から次へとシダたちは姿を現す。
 今一行が居るのは少し開けたホールのような場所。天井も先ほどまでの空間よりはるかに高い。川の流れからは少し外れているが、それでも足元は少しぬかるんでいて、空気も湿っぽい。
「さっきのと違って、本体とかもなさそうだしなぁ」
 ハァッ、と気合一閃、ニーア・ストライク(にーあ・すとらいく)が、毒蜘蛛の名を冠した短刀でシダたちを薙ぎ払う。爆炎波の炎を纏わせてあるため、切り付けられたところからは、樹木の焦げたにおいが立ち上る。
 しかし、倒せど倒せどシダ状魔物の数が減る気配はない。……いや、少しずつは減っている。それでもまだ無数にいるというだけで。
「……! なんか来るぞ!」
 その上、イナンナの加護を受けているニーアが何かに気づいた。
 と、ほぼ同時、地面を覆い尽くしているシダを割るように、洞窟の奥から巨大な影がふたつ、飛び出してきた。
「カエル……?」
 永夜がその姿を認めて眉をひそめる。確かにそのシルエットはカエルそのものだが、スケールが違う。人の身の丈よりはるかに巨大なカエルが二匹、ぬかるんだ地面を蹴散らしながらこちらへ向かってくる。
「次から次へと……!」
 ニーアが歯噛みする。
「よし、わしらは植物のほうを相手にしようかの。そなたたちはカエルを頼むぞい」
 そう言って一行の前に立ったのは、ルファン・グルーガだ。
 パートナーのギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)もまた、ぬぅと威厳のある態度で魔物たちの前に進み出る。ドラゴニュートであるギャドルの、その外見もあいまった威圧感に気おされ、シダの魔物たちは少しだけ後ずさる。
 それを見た永夜たちはこくりと頷き、カエルたちに向かって走り出す。
「行くぜぇぇ!」
 ようやく出番が回ってきたとばかりに嬉々とした表情を浮かべたギャドルは、そのまま勢いに任せて突っ込んでいく。
「ギャドル、気をつけい。こやつら、毒を持つ種のようじゃ」
 さまざまなことに造詣の深いルファンが、シダの形の特性からそのことに気づいた。
「へっ、そんなもん、燃やし尽くしちまえばいいだろ!」
 言うが早いか、ギャドルはあたり一帯にファイアストームの炎をまき散らす。
 隣ではニーアが、ツインスラッシュで手数を増やして攻撃に当たっているが、やはりなかなか数は減らない。

 と。
 シダたちが一斉に天を仰いだ。
「不味い……」
 ルファンはあわてて口元を覆う。
 ばさり、と音がして、シダたちの体から黄色い粉が飛び散った。毒を持つ花粉だ。
 げ、とニーアやギャドルは、ルファンにならって口元を覆ったが、カエルたちに向かって走っていた永夜はとばっちりを受ける形でそれを吸い込んでしまう。
「っ……しまっ……!」
 小さく呻いて、その場に崩れ落ちた。
 途端に意識が遠くなる。視界がぐるぐると回りだす。
「何をしておる、しっかりせんか」
 と、永夜が纏っている魔鎧、メルキオテ・サイクス(めるきおて・さいくす)が声を上げた。その声に永夜はハッと、瞬間意識をはっきりさせる。
 メルキオテは解毒の術を使えたはずだ。魔鎧を装着している今ならば、永夜にもそれが使える。
 永夜はかろうじて繋がっている意識を集中し、キュアポイゾンの呪文を唱える。

 すると次第に視界がクリアになっていき、意識もはっきりしてくる。
「助かった、ありがとな」
 永夜は纏っている鎧をぽんと叩くと、再び巨大カエルに向かっていく。
 そして、永夜が立ち上がったのを確認したニーアとギャドルは、顔を見合わせタイミングを合わせると、同時に爆炎波を放つ。
 少しずつ少しずつ数を減らしてきたシダたちは、ここへきてようやく、その減少が目に見えてきた。
 二人が同時に放った爆炎波によって、シダたちはその数を一層減らす。殲滅も時間の問題だろう。
「うむ、この調子ならば――」
 ルファンがほっとした表情を浮かべた、その時。
 ズ、ズ、と何かが這いずるような音が、洞窟内に響く。
「なんだ、アレは!」
 ギャドルが叫ぶ。

 その視線の先には、実に巨大な――ワニ。

「ワニってあんなにでかいっけ?!」
 その姿を認めて、ニーアが素っ頓狂な声を上げる。
「まあ、カエルもあのサイズじゃしのぅ……パラミタワニ、という奴かの」
 どこか達観したような表情でルファンが呟く。
 カエルに比べれば拡大率は小さいのかもしれないが、それでも体の厚みだけで人の胸くらいまではありそうなワニ、などというのは地球上では早々お目にかかれるものではない。
 がばちょ、と口を開けば簡単に人ひとりくらい丸のみにできそうな大きさだ。
「これは、殺し甲斐がありそうね」
 口元に微かな笑みを浮かべて進み出るのはミルゼア・フィシスだ。パートナーのリディル・シンクレアと共に、巨大ワニへと狙いを定める。
「あいつの相手は私がするわ」
 言うや否や、ミルゼアは焦げたシダたちを踏み分けて走り出す。
 そのあとにすかさずリディルも続く。
 二人は微妙に進路を違え、それぞれワニのもとへ一直線に駆けていく。ちょうど、ワニを挟み込むように。
 呼吸を合わせ、同時に飛ぶ。
 ワニは――尻尾をどちらに向けて振るおうか、一瞬悩んだようだった。反応が遅れる。
 その隙をついて、ミルゼアの持つ黒い大剣、ディザスター・オリジンと、リディルの持つ白い大剣、ディザスター・リカバリーがほぼ同時にワニをとらえる。
 ワニの分厚い皮膚はそう簡単には切り裂けないが、ミルゼアの金剛力を乗せた一撃は、押しつぶすようにしてそれに傷を付けた。
 ぎゃあぉ、と、ワニの口から悲鳴が漏れる。トドメを刺すには至らなかったらしく、ダメージを受けたことでパニックに陥ったワニは、自らを害したミルゼアに向かってその巨大な口を開ける。
 しかしミルゼアは、厚い皮膚にめり込んだ大剣を引き抜いたばかりで態勢が整わない。ミルゼアの顔に、焦りが浮かぶ。
「ミルゼア様を害することは許しません」
 そこへ素早く、先に態勢を立て直していたリディルが間に入り、ミルゼアを挟んで閉じようとしていた咢をその白い大剣で受け止めた。
 ぎぃんと、牙と金属の触れ合う嫌な音が響き渡る。
 その一瞬でミルゼアは得物を構えなおす。そして、たん、と地面を蹴るとワニの背に向かい飛び上がった。
 そして空中から、落ちる勢いと武器の重量とを生かし、一気にワニの背へ大剣を突き立てる。
 ミルゼアが手にしているのはかなりの大きさの剣。その重量も相当なものだ。
 落下の勢いが十分乗った一撃は、ワニの分厚い皮膚をもやすやすと切り裂き、その背骨を叩き割った。
 おおん、とワニの断末魔が響き、体の自由を失った巨体はドォ、とその場に倒れて動かなくなった。瞳にはまだ意思があるようだったが、もはやぴくぴくと痙攣することしかできない。
「見かけ倒しだったわね」
 ふん、とつまらなそうにつぶやくミルゼアの横で、リディルはわずかに安堵の表情を見せた。


 時を同じくして、冴弥永夜とイレギオ・ファードヴァルドの二人は、二匹の巨大なカエルに向き合っていた。
「さっさと片付けるぞ」
 永夜はちゃきっと愛用の銃を構えると、一歩前に進み出る。
 それに油断なく反応したカエルが、げぇこ、と鳴いた。
 手のひらサイズのカエルならばただのかわいらしい鳴き声なのだろうが、このサイズともなると、鳴いただけで大気が震える。
 一瞬その振動に二人の動きが止まる。その間にカエルたちは手足を伸ばしてジャンプの体勢を取ろうとする。どうやら攻撃パターンは、鳴くか踏み潰すかのようだ。
 永夜は何とか態勢を整えると、手にした曙光銃エルドリッジから立て続けに銃弾を発射する。発射された銃弾は左右からカエルたちの進路を塞ぐ。
 巨体は咄嗟の動きができない。もたつきながらもなんとかよけようとしたカエル二匹は、思いっきり互いに頭をぶつけた。
 そこへ、イレギオの放ったサンダーブラストが降り注ぐ。
 ぎゅうう、とカエルたちは悲鳴を上げて、ぷすぷすと黒煙を上げその場に崩れる。
「……見かけ倒し、か」
「大きいだけだったな」
 イレギオと永夜がふぅと一息ついた横で、静かな地響きを立てて巨大ワニもその場に倒れた。



「よし……先を急ごう」
 先遣隊には少しずつ疲れの色が見えてきた。しかし、水源まではまだある。
 一行はシダ魔物が残っていないことを確認してから歩き始める。
 そのすぐ後をついてくるのは、トマス・ファーニナルたち一行だ。
 手には土木工事用のシャベルを携えている。
「よーし、ここはそれほどやることはなさそうだ!」
 地形を検分して指示を出すのはテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)。手にはもちろん匠のシャベル。

「ぬかるんでたみたいだが、今は乾いてるな……しっかり固めて、足場の確保!」
「オーケー、わかったよ」
 テノーリオの指示に従って、トマスはシャベルを振るう。
 先ほどまでぬかるんでいた足元だったが、せっせとシダを焼き払ったおかげか、だいぶ水分が飛んでいる。しかし、ぬかるんでいる部分と乾いている部分が飛び飛びのため歩きづらいことに変わりはない。
 トマスたちは手早く、乾いている部分から土を持ってきて、ぬかるんでいる部分をつぶしていく。そして、通りやすい一本の道を作っていく。
「行軍のための進路確保演習、と思えばね」
 えっさほいさとシャベルを振るいながら生き生きしているテノーリオの方をちらっと見て、トマスは苦笑した。
 トマスたちが道を固めた後から、ウイユを擁する後続のチームがついてくる。

 魔物はすでに先行するチームによってすべて成敗されているし、通りやすい道が設置されていることもあって、ここまで彼らは体力も精神力も削ることなく進めている。先行するチームには疲労が見えたが、ヒュドラや黒の商人と戦闘になっても、後続チームは万全のコンディションで挑めるだろう。
「ミカエラ、先はどうだ?」
 トマスが、パートナーのミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)に声をかける。
 ミカエラはコクリとうなずくと、勢いをつけて飛び上がった。ヴァルキリーの十八番、バーストダッシュだ。
 天井付近まで飛び上がったミカエラは、奥へと続く道……というか壁の切れ目というか……を覗き込む。
「……この先でまた川と合流しています。ただ、川の流れは先ほどより細いです」
「水源が近いのかもしれませんねぇ」
 魯粛子敬がひげを撫でながらつぶやく。その言葉に、一行の顔が引き締まった。
「……それから、先行隊が足を止めています」
「何かあったのかな……急ごう」
 トマスの言葉に、ミカエラも地面へと降りてくる。
 そして一行は洞窟の奥へと向かう。



 さてその頃。
 足を止めていた先行隊の目の前では、巨大なキノコと数人のコントラクターたちが戦闘を行っていた。
 とはいえ戦闘は契約者たちが圧倒的に優勢で、わざわざ手を出すまでもなく片が付いた。
「あーあ、先行しておこうと思ったんだけど、追いつかれちゃったね」
 追いついてきた格好になる先行隊の面々を見て肩をすくめたのは、エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)だ。隣にはパートナーのアルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)の姿もある。さらには佐野 和輝(さの・かずき)とパートナーのアニス・パラス(あにす・ぱらす)の姿も。
 どうやら、一行よりも先回りして何らかの作戦を決行しようとしていたようだが、道中の魔物の数の多さに足止めされ、結局合流してしまったらしい。
「あれだけの魔物たちを、よくすり抜けれたものだ」
「少人数だったから、見つからなかったようです。離脱も楽だったし」
 和輝がやれやれと肩をすくめる。
「黒の商人の足止めをするつもりが、俺らが足止めされてしまいましたよ」
 ともあれ四人は一行に合流し、水源を目指す。