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リアクション
●幕間:願いを叶えて
「やーやー、お前が黒の商人かぁ?」
ぬぅ、と影の中からゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が姿を現した。
黒の商人はわかっていたとばかりに薄ら笑いを浮かべると、そちらを向く。
その後ろにはアンリの姿もあるが、静かに押し黙り、商人の背に隠れている。
「お前、人の願いを叶えて回ってるんだろ? 俺様の願いも叶えてくれねぇ?」
ひゃは、と喉の奥で笑いながら告げるゲドーに、黒の商人はほう、と口元を歪める。
「その、願いとは?」
「決まってんだろ、俺様の願い……それは、俺様だけが幸せになることだ!」
ある意味で一点のくもりもない瞳で断言するゲドー。
その姿に、黒の商人はふふふ、と笑う。
「どんなことをしても――ですか?」
「ああ、当然だろ。俺様が幸せになれるなら、ほかの奴なんて知ったこっちゃねぇ」
「ふふ、潔いお方だ――皆さんがあなたの様なら、私の商売ももう少し、楽なのですが。……ああ、もう来てしまった」
またお会いできることを願っていますよ、と口元に浮かべた笑みを深めると、商人はアンリを連れて先を急ぎ始める。
――そのすぐ後、契約者たちの足音と声が聞こえてきた。
「あんな大勢で来るから時間が掛かるんだバァカ」
悪態をつくと、ゲドーは来た時と同じように狂血の黒影爪を使って「影」の中へその身をもぐりこませる。厄介ごとはごめんだ。
足止めはしてやったぞ、と一方的に恩を売りつけて、不幸を一身に背負った男はその気配を絶った。
●3:邂逅
さて、時は少し巻き戻る。
「佐野っち! 人身売買とは見損なったで!!」
「……また来た」
牛皮消アルコリアたちが去ってようやく一息ついていた佐野亮司のもとへやってきたのは、日下部 社(くさかべ・やしろ)とメイヴ・セルリアン(めいう゛・せるりあん)の二人だ。それぞれがパートナーを連れている。
亮司ははぁ、とため息を吐く。
「同じ商人で更に大物の闇商人ならば、黒の商人に通じていないはずがありませんわ!」
メイヴがびしぃいいっと亮司を指さしてポーズを決める。
が。
「言っておくが、俺は徹頭徹尾一ミリたりとも関係ないからな!」
亮司は精一杯の抗議の声を上げた。
「え、そ、そうなん?」
「だから、倒すのは闇じゃなくて黒だ黒! ってそもそも俺は闇じゃない!」
社が、友情の一撃と称して振るおうとしていたグーパン(鉄甲に轟雷閃宿し中)を背中に隠す。
「ねえメイヴメイヴ、そのグラサンフードのいかにも怪しい人――」
メイヴのパートナー、ジェニファー・サックス(じぇにふぁー・さっくす)の言葉に亮司の顔がちょっとひきつる。
「黒の商人とは関係なさそうだよ? 聞いてる容姿とも違うし……」
ちょんちょん、とメイヴの洋服の裾を引っ張って諌めようとするジェニファーの言葉に、メイヴもううん、と首をかしげた。
「確かに……」
「お、俺は信じてたで佐野っち!」
「……」
社の言葉に、亮司はサングラスの奥からジト目で睨む。が、社は気に留めるふうもなくあははははとごまかすように笑うばかりだ。
と、その時。
少し先を行く連中の間から、ダダダダン! と景気のいい銃声が響いた。
なんだなんだ、とその場にいた全員が、先を急ぐ。
銃声の発生源は、イーリャ・アカーシ(いーりゃ・あかーし)だ。
弾倉にある限りの銃弾を撃ち尽くした銃口からは、薄く煙が立ち上っている。
「止まりなさいと言ったはずよ」
その、銃口の先には。
「おやおや……乱暴なお方だ。こちらにはあなた方の大切な人もいるというのに」
黒の商人は妙に粘着質な言い方で言うと、アンリを盾にするかのように振り向いた。
黒い、つばの広い中折れ帽に、同じ色の、襟が高く丈のやたらに長いトレンチコート。どちらも装飾はほとんどない。
帽子のつばで顔はほとんど隠れているが、かすかに覗いている口元は今にも死にそうなほど青白かった。
「甘く見ないで欲しいわね――」
イーリャは言いながら、空の弾倉を取り出すと、予備の弾倉に取り換える。
そして再び黒の商人に銃口を向けた。
しかし商人は銃口を突き付けられていることなど気にも留めない様子だ。
「絶対に、アンリさんは連れて帰るわ」
「それはご遠慮いただきたい、こちらとしても困ってしまいます」
商人は、芝居がかった動作で肩をすくめる。
「あのー、ちょっとすみませーん」
そんなシリアスど真ん中の雰囲気をあっさりぶち壊したのは、白木 恭也(しらき・きょうや)の上げた呑気な声だった。
「ちょっといいですか? 駄目なら戦闘後にしますけど」
そう言いながら、ぺちぺちと緊張感のない足取りで商人の前へと歩み出る。
「なんでしょうか?」
商人はふ、と笑うと恭也の方を向いた。それにぺこりとわざわざ頭を下げて、恭也は続ける。
「なんでこんな変な商売をしてるんですか? 代償と引き換えに願いを叶える……って、その代償をあなたが受け取るわけじゃなし、黒の商人さんには何もメリットがないですよね? 慈善事業……ってわけでもなさそうですし」
「慈善事業です」
商人は間髪入れずににっこりと作り物めいた笑みを浮かべて答える。といっても、口元しか見えないのだが。
「それにしてはやってること黒いですよ?」
「手段は選ばぬ、というのはクライアントの意向にすぎません。……まあ、われわれにもメリットはある……と、だけ申し上げておきましょう。ですが、それは皆様にはなんら関係のないことです」
商人の物言いは丁寧で柔らかいが、しかしこれ以上話すことは何もない、という有無を言わせぬ雰囲気を漂わせている。
恭也はそれでも一応の納得はしたのか、わかりました、とつぶやくとぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました。では」
そして踵を返すと、そのまますたすた歩き去ろうとする。――自分の疑問が解決すればいいらしい。
「いやいやいやいや待て待て待て待て!」
しかしそこをすかさず、パートナーのアベル・アランド(あべる・あらんど)が首根っこを?まえて止める。
「今回の目的はアンリの救出だろう」
「分かってるって、冗談だよ」
「本当か? 今、本気で帰ろうとしただろ。まったくお前は、戦闘前に気の抜けた発言をするな、周りの様子をよく見て行動しろ」
心底呆れかえったという口調で恭也に告げると、アベルはそれから、と商人に向き直る。
「おまえにどんな考えがあるのかは知らんが、俺はこのやり方が気に食わん。さっさと廃業しろ」
威圧的なアベルの態度にも、しかし商人は怒るでもなく苛立つでもなく、ただうっすらと唇を笑みの形に作っているだけだ。
「貴方のしていることはただの誘拐で、犯罪行為です。看過するわけにはいきません。アンリさんを返してもらいます」
アベルの隣に立って朗々と口上を述べるのはシャンバラ教導団のエールヴァント・フォルケンだ。
「そうそう、それにシャンバラで商売するならギルドに入ってないといけないんだよ! 入ってないでしょ?やばいよ、無認可の商人はギルドに目を付けられるんだよ! ここに予備のギルド会員証があるから売ってあげないこともないよ! 五万Gくらいでいいよ!」
続いて湯島 茜(ゆしま・あかね)が、商人ギルド会員証を取り出して法外な値段を吹っ掛ける。
「……あの、一応ここに警察機構の人間がいることはお忘れなく」
エールヴァントがぼそっと小声で釘を刺した。
「でもほら、需要と供給というやつですよ! あちらに需要があれば売り相場の十倍くらい出せますって!」
「いや、それはいらないんじゃないかな……そういう商売とは違うみたいだし」
「ええっ、でもギルドに入ってないのはまずいですって!」
「そろそろよろしいでしょうか、急ぎますので」
こちらが揃わぬ足並みでじたばたしている間に、黒の商人はさっと慇懃に一礼すると、アンリを連れて踵を返す。
あっ、と誰の口からともなく焦りの声が漏れる。
「待て……!」
ここで逃すわけにはいかない。契約者たちは一気に地面を蹴って黒の商人に迫ろうとする。
しかし。
「あとは、任せましたよ」
商人がぼそり、と呟くと。
地面から次々と、無数の機晶姫が姿を現した。少なくとも、両手の指では数えきれない。
どうやら、影の中に潜っていたらしい。
「待ってました、っと」
さらには、とんとん、と軽くステップを踏みながら、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)が暗がりから現れた。
彼女だけではない。パートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)も続いて現れる。
さらに、キュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)とヴィゼント・ショートホーン(びぜんと・しょーとほーん)にリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)と、全部で六人の契約者たちが、次々と一行の前に立ちふさがる。さらに、彼らの視界には入っていないが、身をひそめている松岡 徹雄(まつおか・てつお)と辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)も、静かに一行に対峙している。
「邪魔はさせないよっ!」
「お前たちは……!」
中には顔見知り同士もいるのだろう。目の前に立ちふさがった契約者の姿に、動揺を見せる者もいる。
しかしこうなってしまえば、アンリを救うためには契約者といえど、倒さなければ進めない。
短い、息の詰まるような対峙。
それはほんの、一瞬だった。
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