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黒の商人と代償の生贄

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黒の商人と代償の生贄

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●2:闇商人と黒の商人

 それに少し遅れて、本隊として進んでいる中に、佐野 亮司(さの・りょうじ)の姿があった。
 「闇商人」の通り名で呼ばれる亮司としては、黒の商人などという紛らわしい名前で変な商売をしている連中を見過ごすわけにはいかない。それに、聞いた限り商人側になんのメリットもなさそうな「商売」など成り立つわけがない、という好奇心も少し手伝って、ウイユの依頼に答えたのだ。
「……で、なんでお前も来てるんだ。しかも雁首揃えて」
「だって、今までのパターンだと確実に佐野さん、とばっちり食らうじゃない」
 亮司の隣にぴたりとついて歩く伏見 明子(ふしみ・めいこ)がしれっとした顔で答える。その後ろには、明子のパートナーの九條 静佳(くじょう・しずか)鬼一法眼著 六韜(きいちほうげんちょ・りくとう)のふたり。さらには明子が纏っているセーラー服はレヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)が魔鎧形態に転じたものだ。(ちなみにレヴィ、悪魔に騙されてセーラー服型の魔鎧にされたという恥ずかしい経緯の持ち主だ。人間型は結構なイケメンである。)
「護衛の押し売りよ」
「自分で押し売りって言うなよ……」
「じゃあ、押しかけ護衛」
 明子の言動には呆れながらも、自分が散々とばっちりを食らってきた過去と、明子の腕っぷしが信頼できることは事実だ。
「報酬は出来高制だからな」
「はーい」
 亮司の言葉に満足そうに返事をする明子。
 そんな二人の姿を、少し遠くから見つけた人物がいる。
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)だ。
「闇商人さん」
 ありったけの軽蔑を込めました、という声色で呼びかけながら、音もなく亮司の背後に歩み寄る。
 うぎゃぁ、と声にならない悲鳴を上げて亮司と明子が振り返る。
「……人身売買とか、幻滅です……」
 さっそくとばっちりかぁあああ! と頭を抱える亮司、よりも早く、明子が叫んだ。
「第一の刺客がアルコリアさんかぁあああっ!」
 アルコリアとしてはわかったうえでちょぴりちょっかいをかけてみただけ、なのだが、護衛の方が要らない勘違いをしてくれたようだ。これで正当防衛成立だ。してやったり。
「ううう、よりにもよって話が通じない上に力でも止められないよーな人が……!!」
 アルコリアの実力は、ただでさえ強力な契約者たちの中でも掛け値なしに最強クラス。明子もアルコリアと渡り合うに十二分な能力を持っている、とはいえこの状況、戦うだけ損だ。しかし戦わなくても、このままでは亮司ともども蹂躙されるだけと思われた。
「いいわよやったるわよー!!」
「あら、あなたがお相手してくれるんですか」
 半ば自棄になって得物を構える明子と、楽しそうに受けて立とうとするアルコリア。
 緊迫した空気の中、明子がパートナーたちにいくわよ、と掛け声をかけるや否や。
「よし、逃げるよ」
「よし、逃げンぜ」
「よし、逃げるのですー」
 セーラー服を含めた、明子のパートナー三人の声がきれいにハモった。
 明子がずっこける。
「ちょっと! 一応これお仕事なんだけど!」
「だってー、ジャタの森でこんがりんこにされたばっかりじゃないですかー!!」
「……仕方ない、明子が逃げないなら付き合うよ……」
 明子の突っ込みにそれでも抵抗しようとする六韜に対し、静佳は半ばあきらめ気味に踵を返した。
 六韜がえええ、と不満そうな声を上げるが、そんなことはお構いなしに明子はアルコリアと、静佳はアルコリアのパートナーのナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)に対峙する。
 四人の瞳に静かな火花が散る。うふふと愉しそうな笑みを浮かべるアルコリア。それと対照的に、ナコトは冷ややかな瞳で静佳と向き合う。
 そして。
「あるこりゃーさんはマスターが、ナコト様は紗那王が抑えるとしてー……」
 残された六韜が、明子とアルコリア、静佳とナコトを順番に見ていく。
 あちらの陣営にはまだ二人、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)が残っている。対してこちらは六韜ひとり。
「……どうしたってラズンちゃんがわりとどーしよーもない気がするのです……」
 まだ多少常識の通じるシーマは良いだろうが、アルコリアに通じるところのある性格の持ち主であり、かつ六韜よりも腕っぷしが上のラズンを止める自信は、六韜にはなかった。
「きゃふ、ラズンと遊んでくれるの?」
 ラズンの笑顔が怖い。
 しかし六韜の葛藤などつゆ知らず。明子たちはついに地を蹴って得物を交え始めた。
 洞窟内でぶつかり合うにはあまりに強大な力だ。このままでは余波が周囲にまで及んでしまう。
「ううう、こうなれば一発芸なのです! 光れ、アウィケンナのつえー!!」
 言いながら六韜が取り出したのは、アウィケンナの宝笏。
 古代の魔術師が使っていたといわれる宝笏は、六韜の力に呼応するように光り輝く。
 すると。
「あら……?」
 目にもとまらぬ速さで明子と得物を交えていたアルコリアの動きが一瞬、鈍る。
「今なのですマスター!」
「小癪な真似をしてくれますね……」
「っていうか! 今回の相手は黒! 黒の商人だから! 闇関係ねぇから!」
「そうよ! っていうかヒュドラ相手にしてよ!」
「……知ってますよそれくらい」
 アルコリアの動きが鈍った隙にトドメの構えを取る明子の胸元……というか、着ているセーラー服から抗議の声が上がる。それにかぶせるような明子の声に、アルコリアは白けたように構えを解くと、肩をすくめてみせた。
「ちょっとご挨拶しただけです」
 さっさと黒の商人を追いましょう、とアルコリアはあっさり亮司に背を向けるとすたすたと歩き始める。
「え、えええ?!」
 これだけ引っ掻き回しておいてぇえ、とじたばたする明子たちを尻目に、アルコリア達はあっという間に見えなくなってしまうのだった。