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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

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【重層世界のフェアリーテイル】ムゲンの大地へと(後編)

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第1章(2)


「あの大物のトコに行く奴らの為に、俺様が幻獣を引き付けるぞ! そうすれば皆俺様に感謝! 俺様大活躍!」
 木崎 光(きさき・こう)が剣を抜き、勢い良く叫ぶ。注意を引く為にはまず目立つ事と考えたようだ。
「天に轟け俺様の声! ヒャッハー!!」
 その思惑が通じたのか、近くにいた幻獣達が光の方へと進路を変える。同時に光の持つクリスタル――先ほどレギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)から分かたれた物――が黄色く輝き、走る速度が上がりだした。
「ヒャッホー! じゃなかった、ヒャッハー! 凄い速さだぞ!」
 幻獣達の間をすり抜け、すれ違いざまに薙ぎ払って行く。その一撃で倒れた幻獣はいなかったが、これで明確に光をターゲットにしたようだ。
「暴走大特急が暴走超特急になってる……あれだよね、あの子の頭の中では戦いの頭数には入れられて無いんだよね、自分」
 追うラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)は最早ため息をつくしか無い。本来は光を盾で護るのが自身のスタンスなのだが、あれだけ先に行かれては追い付くのも難しそうだ。
「こういう時に限ってマズい事になったりするし……って本当になってる!」
 引き付けたは良いが、予想以上の幻獣に囲まれて逃げ場を減らして行く光。それを助ける為に急ごうとしたラデルの横を二つの影が走り抜けて行った。
「仕方が無いのぅ。これも契約のうちか」
「……行きます」
 黄色い光を放ちながら走っているのは辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)東 朱鷺(あずま・とき)の二人だった。共にクリスタルによる力を受け、一気に光の近くへとやって来る。
「千羽鶴を失っても、まだこれがあります……」
 朱鷺の両手から吹雪が舞う。
 いや、吹雪と言っても冷気では無く、言わば霊気。陰陽師の術によって自在に形を成す紙吹雪だ。それを可能な限り大きく展開し、幻獣を攪乱するように走り回る。
「この世界といい、わらわにとっては楽なものじゃな。依頼も簡単な物であるしのぅ」
 浮足立った幻獣目掛け、今度は刹那が裾からダガーを取り出して投げつけた。光の背後から迫ろうとしていた幻獣を倒した刹那はそのまま大きく跳躍。降り立ったと同時にダガーを引き抜き、光へと囁きかける。
「そのまま派手に暴れるが良い。その方がわらわもやり易いからの」
「お? 聖域で見た顔だな。一緒に戦うなら大歓迎だぞ!」
 幻獣の攻撃をかわし、反撃で音速の剣を振り下ろす。更なる幻獣の反撃を朱鷺の紙吹雪が防いだ所に死角から迫る刹那。三人は即席の連携を活かしながら、ファフナーへの道を塞ぐ幻獣達を次々と減らして行った。

「が、頑張れせっちゃん、皆」
 三人から離れた場所ではアルミナ・シンフォーニル(あるみな・しんふぉーにる)が歌で周囲を鼓舞し、また、幻獣を諌めようとしていた。そのうち、幻獣の一匹がアルミナへと狙いを変更する。
「ひっ、こ、来ないでぇぇぇぇ!」
 大人しめなアルミナに似合わぬ大きな叫びで一瞬幻獣の動きが止まり、その隙に逃げ出した。だが幻獣の足は速く、次第に距離を詰められる。
「おっと、そうは――」
「――させないよ!」
 アルミナを護るように、ラデルとソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が割って入った。ラデルが盾で幻獣の攻撃を防ぎ、ソランが首の一つを拳で殴りつける。
「あ、有り難う」
「何、君のパートナーがうちの問題児を護ってくれたみたいだからね。これはお礼……というか、向こうの三人が速すぎてこうでも無いと僕の役割が無さそうなんだよね……」
「私も空飛べなくてハイコドの手伝いが難しそうだからね。こっちを手伝うよ。前は私達に任せて、援護に専念して頂戴」
「う、うん! 分かった!」
 半泣きだった顔を拭い、しっかりとした返事をするアルミナ。そんな彼女を見て、ラデルは心の中で涙を流していた。
(なんて素直な子なんだ。光にもこの子くらい……いや、二分の一……十分の一でもいい! 僕の話を聞いてくれる素直さがあれば……!)
 彼の心境はさておき、殴られた幻獣が再びこちらを向いていた。ソランが刀を抜いて応戦しようとするが、一瞬考えた後に再び鞘に納める。
「三つ首のケルベロスか……イヌ科の幻獣にはあまり酷い事したくないから、この子には手加減してあげないとね」

 イヌ科なのか。

「さぁ行くよ! ハイコド、今のうちに行っちゃって!」
「任せたよ、ソラン!」
 ソランが鞘を被せたままの刀でケルベロスに殴り掛かった隙に竜螺 ハイコド(たつら・はいこど)がサーフボード状の飛行器具、ファルコンボードで飛び上がった。続いて他の者達も一気にファフナーへと迫る。
「気を付けろよ、ハイコド。これだけ広いと飛行型の幻獣がいても不思議ではないからな」
「大丈夫。その辺りは警戒してるし、それに――」
 魔鎧の藍華 信(あいか・しん)の忠告に答えるそばから鳥の幻獣が襲い掛かる。だが、相手はハイコドへと辿り着く前に下から重力の干渉を受け、落ちて行った。
「ソランが何とかしてくれるからね」
「そうか。なら好きにやれ。ハイコドの思うままに、その為にワタシは……俺は力を揮おう」
「有り難う、信。取り敢えずは何とかして近付かないと……ん?」
 ハイコドが地面を見下ろすと、一人不思議な行動を取っている者がいた。他は皆ファフナーを警戒しつつ進んでいるのだが、覆面をしたその人物――結城 奈津(ゆうき・なつ)だけは真っ直ぐにファフナーの下へと走りこんでいた。
「オラ! ファフナーこのヤロー!! あんた、幻獣の王なんだろ!?  デカいナリしといて正気を失ってるなんて弱っちぃヤツだな! 瘴気だか何だか知らないが、そんな言い訳鼻で笑うねっ」
 見事な啖呵。ファフナーが奈津の方を見ても、全く怯む気配を見せない。
「……こんな小っさい人間に鼻で笑われてムカつくか? ならその怒り、あたしにぶつけてみろよ! あたしは逃げも隠れもしない! 真っ向からぶつかり合ってその腹に溜まってるモン全部出し切ってみやがれ!
 謎の覆面レスラー結城 奈津、あんたの全てを受けきる覚悟を持って行くよっ!!」
「まだ真っ向から近付くつもりだ! なんて勇気だ」
「あぁ。だが、謎のという割に思い切り名乗っていた気がしたのは気のせいか?」
 上空から見守るハイコドと信。その間にも奈津はファフナーへと迫る。と、そこでファフナーが尾を動かし、奈津目掛けて振り回した。
「心頭滅却すれば何とやら! オラァァァァァ!!」

『受け止めた!?』

「ラァァァァァァダァァッ!?」

『と思ったら吹き飛ばされた!!』

 思わずハモる二人の声。その間にも吹き飛んだ奈津に向け、二撃目が襲い掛かろうとしていた。
「間に合うか……!?」
 咄嗟に投擲可能な盾、ブルームーンディスクを構えるハイコド。その瞬間、持っていた赤いクリスタルが光り、レギオンの黄色いクリスタル同様複数の物へと分割された。飛び散らずに残った一つの光りが身を包むと共に、これまでに無い力がハイコドへと流れ込む。
「これは幻獣の……ヘルハウンドの力か。行け、ハイコド!」
 信の声と共にディスクが放たれる。ファフナーの尾は飛んできたディスクによって軌道をズラされ、奈津のいた場所から離れた所を通り抜けた。
 その奈津は一ノ宮 総司(いちのみや・そうじ)猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)、二人によって助け出されていた。総司も勇平も黄色いクリスタルの光りを放ち、普段以上の素早さを手に入れている。
「大丈夫ですか?」
「無茶しすぎだぜ。聖域で見たベヒーモスだって筋肉だらけのオッサンで互角だったってのに、それ以上の相手に真っ向から突っ込むか?」
「あたたた……悪い、助かった」
「無理をしないで。戦いを続けるにしても、一度治療を受けて下さい」
「あぁ。ここは俺達に任せておきな」
 二人が奈津を下がらせ、代わりにファフナーへと走り出した。それを援護するのは魔導書 『複韻魔書』(まどうしょ・ふくいんましょ)だ。
「さて、魔力の伝達が従来通りになったとは言え奴にどこまで通じるか」
 炎が、氷が、そして雷がファフナーへと駆け巡る。
「やはりあの巨体相手ではそうそう効かんか。だが、意識をこちらへと向けた、そのわずかな隙があれば十分よ……今の勇平にはな」
 複韻魔書の言葉通り、勇平、そして総司は一気にファフナーの足下まで迫った。
「ここまで飛び込めば逆にやられ辛いでしょう」
「そうだな。後は少しずつでも削っていきゃいつかは致命傷になるだろう……けど、倒すしか道は無いのか?」
「分かりません。ですが、一つ考えてる事があります。ここに『大いなるもの』が封印されていて、その瘴気が狂暴化の原因になっているのなら……引き剥がす事で解決を図れないでしょうか?」
「瘴気か……問題はこんなデカい奴をどうやって動かすかだな」
「風圧とか、爆風の衝撃で動かすには大き過ぎますね。僕達はファフナーの注意を引くようにしましょう」
 剣を抜き、刀身に雷を纏う二人。足下を狙った攻撃が行われている間、上では土方 歳三(ひじかた・としぞう)が小型飛空艇に乗って旋回を行っていた。
「無理はするなよ、総司。俺たちに出来ることをすれば良いんだ……二人とも、行けるな?」
「任せて貰おう。こちらとて、やらねばならん事に変わりは無いからな」
「ったく、馬鹿夫婦に付き合わされる身にもなってもらいてぇが……仕方ねぇな」
 その両脇には真田 幸村(さなだ・ゆきむら)須佐之男 命(すさのをの・みこと)が飛んでいる。手段の一致した三人の英霊は、空から思い思いにファフナーへと向かって行った。
「にしても、あの糞餓鬼め。変な石を使ったせいか妙にいきり立ちやがって」
「確かに無茶ではあるが、何かしらの効果は期待出来るかもしれないだろう」




「まぁいいさ。さて……そんな訳で龍王さんよぉ、異世界の神が直々に勝負を申し入れる……殺す気で来な、殺されるつもりは毛頭ねぇけど」
 須佐之男が飛行に使っていた剣を握り、攻撃へと転じる。素早い彼の連撃に対し、ファフナーは左腕で防御を行った。
「俺が真に戦いたいのは高潔な魂を持つ龍王……その魂を、呼び戻すのだ!」
 今度は逆から幸村が剣を振るった。須佐之男とは対照的に力を籠めた一撃を放ち、右腕を抑え込む。
 足下と両腕、四肢へと纏わりつかれた所に追い打ちで歳三が雷を纏った刀を抜いた。狙いはファフナーの背後だ。
「一人一人の雷なら大した事は無いだろう。だが、こうして連続で受ければ……!」
 複韻魔書から続けての電撃。これにより僅かながらファフナーの動きが止まる。その隙を突く形で須佐之男の言う『糞餓鬼』、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が飛び込んで来た。
「もしも瘴気の根源がファフナー自身なら、怪しいのは……!」
 氷の翼を煌めかせ、氷藍がファフナーの胸元まで肉薄する。動きが止まっているとはいえ、巨大な相手の眼前に飛び込むのは実に危険な事だが、氷藍にそれを恐れている様子は見られない。
「幻獣のくれたこのクリスタルが俺に勇気をくれる。その勇気をお前にも……!」
 弓を構えた氷藍の一撃。クリスタルから伝わった力が氷藍の身体を通して弓、そして矢へと宿りながらファフナーの胸元へと撃ち込まれた。氷藍が瘴気の源だと推測する、胸部の結晶へと。
「ファフナー、まだ『お前』の意識が残っているなら答えてくれ。このままでいいのか? このまま得体の知れないものに身体を蝕まれて、その命を潰えさせても構わないのか……?」
 だが、ファフナーは答えない。
「ファフナー……!」
 氷藍の呼びかけも虚しく、ファフナーが正気に戻る事は無かった。お返しとばかりに尾を捻らせ、攻撃の意思を見せる。
「……! マズい!」
 ファフナーの動きを察知したハイコドが動き出した。が、攻撃を抑え込むには若干遠い。
 勢いをつけ、襲い来る尾。それに対し、ハイコドはファルコンボードに乗ったまま突撃を行うという手段に出た。
「ハイコド、無茶をするな!」
「大丈……夫。幻獣の力で……!」
「力で対抗出来てもファルコンボードが保たないぞ!」
 信の懸念通り、ハイコドと尾に挟まれる立場となったファルコンボードに亀裂が入った。クリスタルの力を得た突撃で尾は氷藍へと当たる事は無かったものの、代わりにファルコンボードを破壊されたハイコドが空中へと放り出される。
「レギオン!」
「あぁ……!」
 そのハイコドを助け出したのはレギオンだった。気配を殺して潜みながらファフナーの様子を探っていた彼は、咄嗟にトリィ・スタン(とりぃ・すたん)を箒から降ろして浮上。無事にハイコドを空中で受け止める事に成功した。
「油断するな、まだ攻撃があるぞ!」
「分かってる……!」
 地上から叫ぶトリィの声と同時に迫り来る尾を回避するレギオン。ハイコドを乗せながら箒を巧みに操る彼をファフナーは執拗に追い続ける。そのうち、レギオン達は違和感を覚え始めた。
「妙だな……何故ファフナーはあの場から動かない……?」
「確かに。僕は飛び回られないように翼を狙うつもりだったんですけど、それ以前に飛ぶ気配すらありませんね」
「調べたい所だが、こうも執拗に狙われては離れるのも厳しいか……」
 離れようとすると尾が退路を塞ぐように襲い掛かる。その繰り返しだ。
「ファフナー! 足下がお留守とは余裕だね!」
 その時、ラデルによる治療を終えた奈津が走りこんで来るのが見えた。総司と勇平が攻撃を行っている足へと向かい、大きく跳躍する。
「今度はあたしの番だよ! これがっ……あんたに贈る技、ドラゴンスクリューだっ!!」
 渾身の力を籠めたドロップキック。インパクトの瞬間に足を捻る旋回式の蹴りをお見舞いした奈津が反動で跳躍すると同時にファフナーの体勢が僅かに崩れた。
「受けた借りは返すよ。ファフナーにも……それから、助けてもらったあんたにもね」
 空中で一回転し、見事に着地した奈津が上を見上げる。そこには尾の攻撃から逃れ、自陣へと引き返して行くレギオン――そして、奈津を助けた一人であるハイコド――の姿があった。