天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

黒の商人と徒花の呪い

リアクション公開中!

黒の商人と徒花の呪い

リアクション

 アルフレド捜索隊が谷に向かった、ちょうどその頃。
 佐野 亮司(さの・りょうじ)はひとり、ヴァイシャリーの街で聞き込みを行っていた。
 不本意ながら、周囲から「闇商人」の異名を取っている亮司としては、紛らわしい名前で怪しい商売をされてはたまらない。
 現に前回黒の商人が暗躍した時もとんだとばっちりを喰らったのだ。
 なんとしても尻尾を掴んで、変な商売は辞めさせたい。
「気になるのはアルフレドの支払った代償だよな……」
「じゃあ、アルフレドのおうちまででよろしいですかー?」
「ああ、頼む……じゃない」
 ぼんやりと考え事をしていた亮司は、いつの間にか自分の思考に割り込んできた声に向かって全力で突っ込んだ。
 我に返って見遣った先には、毎度おなじみ押しかけ護衛、伏見 明子(ふしみ・めいこ)の姿。
「ども、護衛の押し売りに来たよー」
 あははははと笑いながら手を振る明子に、亮司はハァとため息を吐いた。
 前回も勝手に押しかけてきて護衛とやらを名乗ってくれた明子だが、確かに、降りかかる火の粉を払ってくれた事実は否定できない。
 いや、勝手に火の粉に油を注いでわざわざ火事にしてから鎮火したような気もしたりしなかったりするが……いずれにせよ、今回も火の粉が降りかかる可能性は否定できない。
「余計な騒ぎを起こすなよ……アルフレドの家まで」
 サングラス越しにジト目で釘を刺しながらも案内を促すと、明子は了解ー! と元気に答えて歩き出した。方向感覚には自信がある。
 程なくして、ひとつの屋敷の前で足を止めた。
「ここか?」
「らしいわよ」
「はー、やっぱ結構なお坊ちゃんなんだな」
 明子が足を止めた屋敷は、立派な建物の多いヴァイシャリーの中でも、大きい方の部類に入るだろう立派な邸宅。
 ひときわ大きいというほどでは無いが、庭もよく手入れされていて、壁や柱の装飾も時代を感じさせる緻密なものだ。
 門の横に据えられた呼び鈴を押すと、中からメイドと思しき少女がぱたぱたと出てきた。
「どのような御用向きでしょう」
「アルフレド……さん、居るかな」
「申し訳ございません、アルフレド様はただいま外出中でございます。失礼ですが、お客様は」
「ジェシカさんのご両親に頼まれて、呪いについて調べている者です」
 亮司の言葉に、メイドの少女は合点がいったようだった。
「アルフレド様でしたら、今はジェシカ様のお屋敷にいらっしゃるはずですよ。よろしければご案内しますが」
「ああいや、いいんだ。それより、ちょっと話を聞いても良いかな?」
「わたくしに、でございますか?」
「そう、ちょっと気になって居ることがあってね。最近、アルフレドさんが、何か無くした、とか言ってなかった? それか、掃除とかしていて、無くなっているものがあった、とか」
 仮にアルフレドが「ジェシカを助けたい」と商人に願ったとしたら、その代償を払ったはずだ。
 危険な道中が代償――というのは、どこか腑に落ちない。
 しかし、メイドの少女は暫くうーん、と考えてから、
「いいえ、特にそのような話は伺っておりません。アルフレド様からも、使用人仲間からも」
「そうか……ありがとう、じゃああと一つだけ」
「何でごさいますか?」
「黒ずくめの、妙な形の水晶を持った男……ってのを、見たことはないか?」
 亮司の言葉に、少女はふるふると首を振る。
「申し訳ございません、分かりかねます」
「だよなぁ。ありがとう、助かったよ」
 軽くお辞儀をすると、亮司はそのまま踵を返す。
 後ろに付いて居た護衛の明子も、慌ててその後を追いかけた。
「もう良いの?」
「ああ。アルフレドが何か代償を支払った……って訳じゃ、なさそうだな」
 亮司はむぅ、と唸った。


 パティシエール「薔薇の雫」は、ヴァイシャリーの中心部にある、小さな洋菓子店だ。
 ただ、イートインスペースも備えており、さらに百合園女学園に近いこともあって、店はいつも若い女性客で賑わっている。
 その中に、閃崎 静麻(せんざき・しずま)エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)の三人が聞き込みに来ていた。
「お嬢さん達、ちょっと良いかな?」
 テーブルを囲んでティータイムを楽しんでいる女性グループに、静麻が代表して声を掛ける。
 おそらくは百合園の学生であろう。今まで若い女の子独特の「えーやだうっそー!」のノリで会話を楽しんでいたと思ったのに、静麻が声を掛けると全員ぴたりと静かになって、何のご用でしょう、とにっこり微笑む。
 しつけが行き届いている。
「俺、探偵やってる閃崎っていうんだ。あ、こっち二人は助手のエースとエオリア」
 そう言って静麻は、ちょっと勝手に変な設定付けないでくれよ、と言いたげな顔をして居るエースに目配せ一つ。
 エースの方も、確かにそう言っておいた方が聞き込みはしやすいだろうと引き下がる。年下の静麻に助手扱いされたのはちょっと気に入らないけれど。
「探偵さんですか?」
「ああ、ちょっと事件を調べてるんだけど、最近変な人とか見なかったかな?」
 さりげなく同じテーブルに腰を下ろしながら、静麻はとりあえず、探偵らしい質問を彼女達に投げかける。
 しばらくは静麻に任せることにして、エース達は隣のテーブルに腰を落ち着けた。
「変な人……ねぇ」
「あ、この間ほら、なんかまっくろな人が居たとかなんとか」
「そういえばそんな話あったね、西の方だっけ?」
 いきなりビンゴだ。静麻は、それもしかして、とジェシカの家の位置を告げる。
 すると女の子達は、ああでも無いこうでも無いと暫く議論した結果、
「たぶん、その辺だと思います」
「本当か? それはすごい情報だ、助かるよ」
 静麻のその言葉に、女の子達も気をよくしたのだろう。
 そういえばさー、と徐々に外向きのお行儀の良い顔がはがれてきて、元のおしゃべりのペースに戻って、事件と関連があるんだかないんだかよく分からない話を次々繰り広げる。
 しかし静麻は、その一つ一つに丁寧に相づちを打って聞いている。いきなり核心に切り込むには、デリケートな話題だ。
 五分、十分ほどだろうか、女の子達のたわいも無い話を聞いてやり、充分に彼女らの緊張がほぐれたところで、静麻はところで、と声を潜める。
「アルフレド、って男を知ってるか?」
「アルフレド?」
「ああ、私知ってますよ。近所ですから」
 ほとんどの女の子が首をかしげる中で、一人だけそう答えた。静麻は内心、しめた、とガッツポーズ。
「アルフレドのことがその、何だ、好きな奴とか、心当たりねえかな」
「アルフレドを?」
 その子は、うーん、と必死に思い出すように顎に人差し指を添える。
「確か、婚約中の彼女さんがいたと思います。ジェシーとか、ジェシカ、とか、そんな名前の」
「他には?」
「他、ですか? どうだろう……アルフレドって、優しいんだけど、ちょっと頼りないっていうか……」
 そこまで言って、彼女は言っていいのかなぁ、という感じで少し口ごもった。
 しかし、静麻が促すより先に、周囲の女の子達の方が興味津々という感じで「何よー」「教えなさいよー」と促すものだから、彼女の方も仕方ないなぁ、と苦笑いをして、それから小さな声で言った。
「超ヘタレなのよ」
 その一言に、女の子達は大爆笑。
 また、アルフレドを探しに行った契約者仲間と、多少情報交換を行っている静麻やエースたちも、思わずプッと吹き出した。
(まあその、彼女達の言うところの「超ヘタレ」が、実力は全く伴わないながらも危険な谷に行って、生還したのだ。少しは褒めてやるべきかもしれない)
「実際よく婚約できたなーって思うもん。……まあ、アルフレドのとこも、婚約者さんのとこもお金持ちのおうちだし、いろいろあるんだろうけど」
「それって、政略結婚じゃないか、ってこと?」
 「お金持ち」の一言に、今まで黙って聞いていたエースがぴくり、と顔を上げて会話に割り込んだ。
 ジェシカの家の財政状況は気になって居た。
 もしもジェシカが死ぬことで、誰かが大金を得るとか――そういうことがあるのなら、遺産がらみの事件という事も考えられる。」
「もしかしたらそうかも、って思っちゃうよね」
「その、婚約者さんのおうちもお金持ちなの?」
「らしいですよ。なんでも、大きな商売をしてるんだとか。アルフレドのおうちも商家ですから、怪しいですよ」
「でも跡取り娘がお嫁に行っちゃったら、おうちの商売はどうするんだろう?」
「あ、婚約者さんにはちゃんとお兄さんがいて、その人が継ぐんじゃないか、って」
 婚約者の名前はうろ覚えなのに、そういう話はしっかり伝わってきている。全く人の口に戸は立てられぬ。
 しかし、これで遺産がらみという線は薄くなった。エースはありがとう、とにっこり微笑む。
 その人当たりの良い柔らかな笑顔に、女の子達はぽやん、となる。
「でも、アルフレドがどうかしたんですか?」
「うん……たいしたことじゃ無いんだ、ちょこっとだけ、俺たちが追ってる事件に関わってるかもしれない、ってくらい」
「そうですか……ヘタレですけど、悪い人じゃないんです。変なことに巻き込まれてないといいけど」
「それは、大丈夫。僕たちもついてるからね」
 ずっと、静かに控えていたエオリアがやっと口を開く。
 エースに輪を掛けてほんわか系の外見を持つエオリアの笑顔には、充分な説得力があったのだろう。
 アルフレドを心配して居た女の子も、じゃあ大丈夫ですね、とにっこり笑う。
 それから暫く他愛の無い話に付き合ったが、それ以上の収穫はなさそうだった。
 最後に静麻が彼女達のテーブルの伝票を持って立ち上がった。
 大丈夫です、と引き留める女の子達には、情報料だ、とウインクを一つ。
 会計を済ませて店外に出てから、三人は路地に入って情報を整理する。
「やはり、遺産がらみの線は薄そうですね」
「アマンダの名前は出なかったな……でも、ジェシカの名前も曖昧だったし、仕方ないか」
「あと気になるのは、黒の商人の目撃情報だな」
 静麻の言葉に、エースもこくりと頷く。
「他にも目撃情報が無いか、情報を共有した方が良さそうだな」
 言うと、エースは携帯電話を取りだした。
 協力関係にある友人へ、ここで得た情報をメールする。と同時に、心当たりのある限り、この依頼に参加している友人へもメールを回し、情報を拡散して貰うよう依頼した。