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黒の商人と徒花の呪い

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黒の商人と徒花の呪い

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 ルファン・グルーガ(るふぁん・ぐるーが)は、パートナーのイリア・ヘラー(いりあ・へらー)を伴い、ジェシカの家の周囲に一軒一軒聞き込みを行っていた。
「そうねぇ……そういえば、妙な黒い影を見かけたわねぇ……ほんの、チラッと、だけど」
「それは、どの辺りだろうかのぅ」
 あの辺よあの辺、と道の向こうの方を指差す女性に、かたじけない、と一礼して、ルファンはその家を辞した。
「これで目撃情報三件目だね」
「そうじゃのぅ。やはり多いの」
 聞けた情報をまとめながら、イリアは携帯電話を取りだした。
 完全な統率は取れていないものの、友人、知人経由で捜査情報が入ってきている。
 既知の情報が何度も来たり、過去の情報が後から来たりと、伝達効率は悪いが、無いより良い。
 自分たちが得た「黒い男」の目撃情報も、そのネットワークに向けて送信した。
「おう、どうだった」
 そこへ、少し離れた所で周囲の警戒に当たっていたギャドル・アベロン(ぎゃどる・あべろん)が合流した。
 ドラゴニュートであるギャドルの外見は、聞き込みには少々不向きだ。
 もとよりギャドル自身、慎重な腹の探り合いだとか、細かい情報を聞き漏らさないようにだとか、そういうのは苦手だ。それもあって、いざというときの戦闘要員を買ってでているが、今のところ相手方が実力行使に出てくる気配は無い。
「また黒ずくめの男の目撃証言が出たぞ。ただ、チラッと見ただけらしいのぅ」
「ちっ、またかよ。まああの連中のことだ、むしろ目撃証言が出た方が驚きだけどよお」
 ルファンとギャドルのふたりは、以前黒の商人が現れた時にも事件に関わっている。
 その時は、どんなに追い詰めてもまるで手品のようにするりとすり抜けられてしまい、結局尻尾を掴むことは出来なかった。
「むしろ、余裕の現れなのかもしれんのぅ。いずれにせよ、黒の商人がこの町に居ることは確かなようじゃの」
 厄介な相手じゃのぅ、とルファンは空を見上げて眉をひそめた。


 ジェシカの家である屋敷の中でもまた、捜査が行われていた。
 ジェシカ自身はまだ昏睡状態だが、その家族や使用人への聞き込みを試みる者は少なくない。
 その中に、東 朱鷺(あずま・とき)の姿があった。
 朱鷺は、懐にコピー人形を忍ばせてジェシカの部屋を訪れた。看病のためにメイドが一人控えて居たが、捜査で必要だからと言って接触を許して貰った。
「失礼します、ジェシカさん」
 掛け布団の上で穏やかに組まれているジェシカの手をそっと取ると、懐からコピー人形を取り出す。
 そして、ジェシカの白くて細い指で、その背のスイッチを押した。
 ――本来なら、それでこの小さな、無機質な人形は、ジェシカと同じ大きさ、外見になるはずだった。
 しかし、スイッチを押した本人に「押す」という意思がなければ、コピー人形は反応しない。
「……あら?」
 何度か同じようにジェシカの指でスイッチを押してみるが、人形に変化はない。
 あまり長いことそうしていては、ジェシカの体に響く。
 朱鷺は仕方なく、取っていた手をそっと元の通り組ませ直した。
「壊れてしまったのでしょうか……」
 試しに自分でぽち、と押してみたところ、人形はみるみる膨らんで、朱鷺自身とうりふたつの外見に変化した。
 確かによく見れば人形と分かるが、遠目には分からない。
 これでジェシカのコピーを作って、式神の術で操り、術者をあぶり出そうという作戦だったのだが。
「……意識が無い人間が押しても反応しない、ということでしょうか。それはそれで興味深いですね」
 機能についてもう少し実験してみる必要がある。朱鷺は、自分と同じサイズになってしまったコピー人形を抱きかかえるようにして、ジェシカの部屋を後にした。

「レリウス」
 友人のレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)の姿を見つけたグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、軽く片手を上げて声を掛けた。
 聞き慣れた声にぱっと顔を上げたレリウスは、パートナーのハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)と共にグラキエス達の元へやってくる。
「来ていたのか」
「ええ、依頼を受けて……グラキエスも?」
「それもあるが、どうも気になる事があるんだ」
 グラキエスはぽつぽつと以前出会った黒の商人についての情報をハイラルに伝える。
 どうやら、それが後ろで糸を引いているのだろうということも。
「それは確かに捨て置けませんね」
「俺は外に聞き込みに出るが、どうする」
「ご一緒しましょう。ハイラル、ジェシカの看病は頼みますよ」
「おう、分かった。珍しいな、お前が人命優先するなんて」
 レリウスに命じられたハイラルは、ちょっと意外そうな顔を浮かべる。
「ジェシカの身に万が一の事があれば、黒幕は仕事が終わったと姿をくらますかもしれませんから」
 が、すぐさまレリウスの口から返ってきた答えに、そういうことね、と肩を落とした。
「よし、じゃあ行こう。エルデネスト、ロア、屋敷の方は頼んだぞ」
 グラキエスは振り返ると、少し離れた所で待機していた二人のパートナー――エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)に声を掛けた。
「あの制服は、鏖殺寺院!?」
 が、ロアの姿を認めたレリウスがぴくりと片方の眉をつり上げる。
 ロアが身につけているのは、鏖殺寺院の制服。教導団、国軍に身を置くレリウスとしては、寺院の関係者を見過ごすことは出来ない。
 しかし、ロアは顔色一つ変えずにレリウスの方に顔を向ける。
「アイゼンヴォルフ君、私はただの記憶媒体です。鏖殺寺院のように、エンドに酷いことはしません。……ヴァッサゴーのように、人前で不埒なことも」
「顕現したときからこの格好なんだ……気になるとは思うが、俺も、ロアも寺院じゃない。信じてくれ」
 ロアの言葉にほんのり、グラキエスとそのパートナーの悪魔にいろいろ見せつけられてきたことを思い出していたレリウスは、ハッと我に返る。
「魔道書ってんなら、どっかのデータ拾って具現化しちまったのかもしれねえな」
 ハイラルの言葉に、ロアがこくりと頷く。
 それをみて、レリウスもふぅとため息を吐いた
「そういうことなら……信じます」
 グラキエスとレリウスは、何度も行動を共にして居る。寺院の影は見えないということは、レリウスもよく分かっている。
「……改めて、行きましょうグラキエス」
 レリウスの言葉に、グラキエスも頷いて歩き出す。
「じゃあ、頼むぞ。エルデネスト、何かあれば呼ぶ」
「屋敷内の調査はお任せ下さい」
 ロアがぺこりと一礼して、グラキエスを見送る。
 その横でエルデネストがむすーっとした表情を浮かべていた。いや、ぱっと見はいつもの薄ら笑いなのだが、何というか、目が笑っていない。
『……グラキエス様、まだ印が完全に馴染んでいないのでしょう? 何かは無くとも、苦痛を感じたときは、お呼び下さい』
 周囲には聞かれないよう、テレパシーで意思を伝える。するとグラキエスからは、分かった分かった、と短い答えが返ってきた。
「……そっか、エルデネストこっちか……んじゃ、聞き込みは頼んだぞ!」
 グラキエスと引き離された事に対して、明らかな不愉快オーラを垂れ流しているエルデネストの元から、ハイラルはジェシカの部屋に行くのを良い口実として、そそくさと立ち去る。
「では我々も行きましょう」
「……そうですね」
 まだ些か納得がいかない様子ではあったものの、ロアに促されるようにしてエルデネストは屋敷内の聞き込みを開始した。

 一方で屋敷の外に出たグラキエスとレリウスは、主に妙な魔力の流れがないかどうかを中心に、不審人物の目撃情報を探した。
「……静かなものだな」
「そうですね……しかし、変です。植物たちが静かすぎる」
 草の心、人の心を使って植物たちの声に耳を傾けていたレリウスが眉をひそめた。
「というのは?」
「元気がない……というのでしょうか。ストレスを感じているようです」
 ヴァイシャリーには、丁寧に丹精された庭が多い。そこに息づく植物たちは、普段であれば穏やかな声を聞かせてくれるのだろう。
 しかし今はどこの植物たちも、何か不穏なものを感じているかのように、そっと息を潜めているようだった。
――お願いします、何か変なことがなかったか、教えてくれませんか
 レリウスは穏やかに、植物たちに語りかけて回る。
 するとやがて、少しずつ植物たちはいろいろな事を教えてくれた。
 近頃、悪い力がジェシカの屋敷を中心に渦巻いていること。
 怪しい男が数人うろうろして居ること。
 そいつらは、人と出会いそうになるとどこかへ消えていくこと――
「いよいよ怪しいですね」
「ああ……黒の商人とみて、間違いないだろうな」
 以前関わったとき、商人がふっと虚空に溶けていく姿をグラキエスも遠目とはいえ確かに見ている。
「複数か」
「ええ、男達、と言っています」
 厄介だな、と呟きながら、グラキエスは得た情報を、パートナー達、あるいは情報を共有している契約者達に向けて発信した。