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黒の商人と徒花の呪い

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黒の商人と徒花の呪い

リアクション

 トマス達が得た情報は、契約者達のメールネットワークに乗って緩やかに拡散された。
 聞き込みのために街中に散っていた契約者達のうち数人が、アマンダの家へと向かう。
 一番早かったのは、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)の二人だ。
「おお、また立派なお屋敷だね」
「……だが、庭の手入れがずさんなようじゃの」
 立派な建物に感嘆の声を漏らすレキとは対照的に、ミアは伸び放題になって居る植え込みに目を留めて呟いた。
 レキが呼び鈴を鳴らす。顔を出したのは、メイド姿の女性だ。
「……何かご用?」
「えーっと、ジェシカさんの呪いの件で、お話を聞きたくて」
「ちょっと、待っててなの」
 メイドにしては幼稚な言葉遣いの女性は、ぱたんと一度ドアを閉めてしまった。
 暫く時間があって、もう一度扉が開く。
「入って良いそうなの」
 彼女に促されて、二人は屋敷へと足を踏み入れる。通されたのは応接間だった。
 程なくしてアマンダが現れて、二人の前へと腰を下ろした。
「それで、話って?」
「アマンダさんはジェシカさんのお友達なんだよね、だから、何か見ていないかなって思って」
「そうね、ジェシカとは友達よ……でもごめんなさい、毎日一緒に居たわけではないの。だから、よく分からないわ」
「覚えてる範囲で良いんだ、例えば……あの、黒ずくめの男を見かけたとか」
 レキの言葉に、アマンダはぴくりと片眉を上げた。
「あの、アルフレドを唆したっていう、黒い男?」
「うん。あの男は前、若い女性をモンスターの生け贄にしようとしたような奴なんだ。だからきっと、アルフレドさんも騙されて谷に向かったんだ」
「やっぱり、そうだったのね……」
 ああ、とアマンダは両手を顔で覆う。
「なんてこと……アルフレド、どうか無事に戻ってきて……」
「ボクたちの仲間が向かってるんだから、きっと大丈夫」
 レキがきっぱりと言うと、アマンダはゆっくり顔を上げた。何しろ自分で出した依頼だ、頼んだ相手を信じるしかない。そうよね、と取り乱した自分を恥じるように、アマンダは笑う。
「それより、アマンダさんも気をつけてね? 黒の商人は複数居るみたいだから。この周辺は油断ならないよ」
「ありがとう、気をつけるわ」
「のうアマンダ、まさか自分がアルフレドを手に入れる為に、友人に呪いを掛けた……などという事はないじゃろうな?」
 笑って話を切り上げようとするアマンダに、ミアがズバリ切り込んだ。
 アマンダは驚いた様に目を見開いて、動きを止める。
「ちょ、ちょっとミア、失礼だって」
 レキが慌ててたしなめるが、ミアも引く気は無いようだ。
「そうね……そう思われても、仕方ないかもしれないわね」
 アマンダは悲しそうに顔を伏せた。
 と、その時、部屋のドアがノックされた。顔を出したのは、先ほどのメイドの女性だ。
「またお客様なの。どうする?」
「お通しして」
 アマンダの言葉に、はぁいと答えて少女はぱたぱたと立ち去る。
「ごめんなさい、つい最近入った使用人なの。まだ教育が足りていなくて」
「大丈夫、気にしないから。でも、お客さんならボク達は失礼した方がいいかな……」
「気を遣わせちゃってごめんなさいね」
 そう言うが、引き留めたりはしない。
 レキはぺこりと頭を下げてアマンダの部屋を退出した。ミアもその後に続く。アマンダに厳しい視線を向けながら。

 入れ替わりにやってきたのは、樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の二人だった。
 先頭に立っているのは月夜。ぺこりと頭を下げると、アマンダの正面に腰を下ろす。
 刀真は座らず、月夜の後ろに立った。
「こんにちは、あの、突然来ちゃってゴメンね」
「いいえ、いいの。大切な友達を助けるためですもの」
 アマンダの言葉に、刀真の目がぴくりと動いた。
 大切な友達、ね……と口の中だけで呟く。
「そうだよね、ジェシカの事、心配だよね」
「ええ……どんどん衰弱してると聞いているわ……」
 ため息を吐いて俯くアマンダ。
 落ちてしまった重苦しい沈黙を振り払う様に、月夜が口を開く。
「ねえ、ジェシカってどんな子なの?」
「優しくて、おっとりしていて……いつもふわふわ笑ってるような子よ。とても……良い子」
「そっか。素敵な子なんだね」
 月夜の言葉に、アマンダはそうね、と笑う。
「そんな素敵なお嫁さんがもらえるなんて、アルフレドは幸せだね」
 アルフレド、という名前にアマンダの表情が変わった。けれどそれはほんの一瞬で、すぐにそれは取り繕うような笑顔の下に隠れてしまう。
「……そう、ね」
「ねえ、アルフレドとジェシカはどうしてつきあい始めたの?」
「元々、家族ぐるみのつきあいがあったのよ。私の家とアルフレドの家、それから、私の家とジェシカの家。それがいつの間にか……ね」
 アマンダは大切なところを、たぶん、わざとぼかした。
「アマンダ……俺は今回の呪いは、個人的な感情から来ていると思っている」
 と、今まで黙っていた刀真が不意に口を開いた。
「呪いっていうのは、掛ける方のリスクも大きい。人を呪わば穴二つ……って言うくらいだからね。遺産とか、そういう利害関係で言うなら……そこまでしてジェシカを排除する必要がある人間が思い当たらない」
「何が言いたいのかしら」
「恨みや妬み……そういう方向なら、心当たりがある。そう思ってここへ来た、ということだ」
 刀真の言葉に、アマンダは不愉快そうに眉を寄せる。
「私が、ジェシカを呪っていると?」
「……どうなんだ」
 刀真の目がスッと細くなる。
「人を疑うのなら、証拠をお持ち下さいな」
 ぴしゃり、とアマンダが言い放った。
「……それもそうだ、失礼した」
 これ以上話は聞けなそうだ、と判断した刀真は一旦、引く。
「だが、同じことを考えている人は多いだろう。仲間が迷惑を掛けるかもしれないな」
 邪魔をした、と言って刀真は月夜を促して部屋を後にした。

「……全く、なんで僕がメイドなんか……」
 自らが身につけているメイド服をぴろん、とつまみ、不機嫌そうな顔をして居るのは天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)だ。
 場所は、アマンダの家の使用人室。
 昔は多くの使用人が詰めていたのだろう事をうかがわせる広い部屋に、しかし今居るのは四人だけ。
 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)天神山 保名(てんじんやま・やすな)、そして葛葉――「悪人商会」を名乗る、裏の仕事人たちだ。
 どう頑張ってもメイドには化けられそうにない鍬次郎だけは執事服に、残りの三名はメイド服にそれぞれ身を包み、使用人として屋敷に潜り込んでいる。
「あの女……じゃない、『お嬢様』に張り付いてれば、旨い仕事が舞い込んできそうだからな」
 長い髪をオールバックにして伊達眼鏡を掛けた鍬次郎は、一見すると柔和な雰囲気なのだが、よく見ればその目つきは鋭く、まっとうな家業の人間とは思えない。
「でも、なかなか尻尾を出さないの。つまらないの……もう、壊しちゃいたいの」
「やめとけって、そのうち尻尾を出すだろうさ……お楽しみはそれからでも遅くねぇ」
 本来は十二歳ほどの外見のハツネだが、今はちぎのたくらみを利用して大人の姿になっている。しかし、行動や口調は本来のそれのまま。
 超感覚で出現している真っ白な狐の耳が、不機嫌そうにゆれている。
 が、鍬次郎の言うことには逆らわない。ハツネは機を待つ獣のように、その息を潜めてメイドのフリを続けることにする。
「しかし、ワシも長く生きて居るが、まさかメイドの格好をするとは思わなかったのォ」
 そんな部屋の中で、保名だけがメイド服を見ながら楽しそうにして居た。