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リアクション
もちろんすぐ捕まった。捕まらないわけがなかった。百歩歩いたかどうか、ボンクラそのものでしかない二人組では、むしろよくやった方かもしれない。だからといって誰も褒めることなどしないが。
というわけで、魔術師と助手は腕を縛られ足を縛られ、その上でセレンフィリティに音波銃をつきつけられていた。
「こんなものかしらね」
きつい痛いと訴える二人を無視してセレアナが強く縛る。
「逃げられると思ったの? 世の中、そんな上手くないわ」
セレンフィリティが言って、助手はまったくだ、と同意した。
「水着のおねーさんに縛られるとか、俺はそんな趣味持ってないんだけどな。先生はどうだか知らないけど」
「やめてください、その口ぶり。誤解しかねないじゃないですか。名誉毀損ですよ」
魔術師を魔精の元へ連れて行くために戦っていた悠司やアルコリア、鉄心としては、こんな緊張感のない会話を聞かされては文句の一つも言いたくなる。
「あんたらな、状況分かってんのかよ」
「アルちゃんたちが戦ったの、ぜんぶむだー」
「あまり、勝手に動いてほしくはなかったな」
白い目を向けられ、がっくりと頭を落とした。
「面目次第もありません。ただ、」
頭を上げた。自分を取り囲む契約者たちを見回す。
「戦いは、終わったみたいですね」
ほっと一安心、と冗談めかした言葉を口にした。
「そのために……?」
「僕は平和主義なので」
「と、先生はカッコつけるけど、もちろんそれだけじゃないよね」
魔術師は目を逸した。なによりも雄弁な答えだった。
「まぁ、それはいい。それよりも、おまえの願いを教えてもらおう。よもや、この状況で拒否できはしないだろう?」
天 黒龍(てぃえん・へいろん)が問い詰めれば、う、と唸りが返ってくる。
「教えてくれませんか〜? どういう思いで、どういうお願いを持っているのか、ですぅ。もし、誰か他の人のためのお願いだったなら、協力することだってやぶさかじゃありませんよ」
神代 明日香(かみしろ・あすか)が問いかければ、うう、と唸りが返ってくる。
「俺様も知りてぇな。命を使ってまで叶えたい、自分の幸せを捨ててまで叶えたい願いってヤツをよ。どうだ、教えてくれりゃ、この場の全員を敵に回して、逃げるための協力をしてやったっていいぜ」
ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)が提案すれば、ううう、と唸りが返ってくる。
じっと、視線が魔術師へと集まる。
「諦めなよ、先生」
他人事だと思いやがって、魔術師が助手を睨む目は、およそ平和主義者のものではなかった。
息を吸った。吐いた。腹を決めた。
「こうなったら仕方ない。一から話しましょう」
魔術師は淡々と語り始めた。
「きっかけは、この間帰省した時のことです。えっらい田舎なんですけどね、だからなのか、僕の子どものころから、じいさんばあさんだったようなお年寄りもいて、本当なのか嘘なのかよくわからない言い伝えを、未だに若いやつらに語って聞かせてる。『願いの魔精』っていうのは、そのうちのひとつです」
一旦言葉を切って、続ける。
「じじばばの話なんて話半分にも聞いてなかった。物置から古ぼけた古書だか手記だかが見つかっても、ボケたご先祖様が残した世迷いごとの記録にしか見えなかった。そんな時ですよ。じじばばの一人がポックリいっちゃったのは。ま、歳ですしね。何歳なんだか知らないけど。遅かれ早かれ、ではあったんでしょう。ただ、これで胡散臭い言い伝えを無理やり語って聞かせる迷惑な老人が一人いなくなった。今後もどんどんいなくなるでしょう」
遠い目をした。
「みんないなくなって、そうしたら、多分、じじばばの語った言い伝えもどこかで立ち消えてしまう。魔が差したんですよ。感傷的になって、わざわざ手記なんかを残したご先祖様のことに重ねて」
自分で自分に呆れたような口調。
「それで、召喚を行った?」
「ええ。それが成功したんだから本当に驚いた。いや、召喚地点がズレているんだから、失敗なのかな。ともかく、召喚してしまった魔精をそのまま放っておくというわけにもいかないし、こんな辺鄙な場所までやって来た、という次第です」
話は終わった、煮るなり焼くなり好きにしろ、そう開き直ったか魔術師は胸を逸した。
長い話を聞き終えた契約者たちは話の検分を始めた。
「この話が口からでまかせではないという保証は?」
まず黒龍が疑った。それに対してティーが、
「嘘感知で気をつけていましたけど、違和感はありませんでした」
「あぁ、それは俺が保証する。こんな時に先生が嘘つけるわけないよ」
「僕にこの状況で嘘をつく度胸はありません」
なんとも情けない保証を助手にもらいながらも、魔術師はなぜか誇らしげな顔をした。誰も褒めてはいない。
「それではですねぇ、そろそろ、きちんと、質問に答えてほしいな〜なんて思うんですけど」
きちんと、を協調する口調の明日香に、魔術師は露骨に、げ、という顔をする。
「今の話が全て本当のことだと言うのなら、おまえは魔精に願うような願いなど持ちあわせていないのだろう。それはいい。その方が、都合がいいとも言えるしな」
黒龍の追求を、鉄心が引き継いだ。
「だけど、俺が『叶えたい願いがあるのか』と尋ねた時、キミはあると答え、それに対してティーの嘘感知は引っかからなかった」
「嘘はついてないけど、ごまかしてはいる、なんてのはナシよ」
セレンフィリティが改めて魔術師の頭に銃をつきつけた。
「だから諦めろって言ってんのに」
助手までが呆れた口調で四面楚歌。
実に往生際が悪い。魔術師はヤケクソ気味に言い放った。
「いいじゃないですかそれはもう。こんな状況ではどうやったって叶うわけがないですからね。思う存分、あなたたちの目的を果たしてくださいな。それと、別に僕の願いを叶えることに協力するとか、そういうのもいりません。そっとしておいてください」
契約者たちは顔を見合わせた。確かにこうなってしまえば魔術師の生殺与奪を握ったも同然だ。魔術師が魔精の元へ向かうことを阻止したことになる。あとは魔術師から情報を引き出すにしろ、魔術師の「願い」を使って魔精を救うにしろじっくりやればいい。魔術師が、協力するなそっとしてくれと言うのなら、無理強いして願いの内容を聞き出すことなんてない。
が、隠し立てられると好奇心がそそられる。自然の摂理である。
悠司がつついた。
「あくどいこと考えてた、って感じじゃないよな」
「これでも善人のつもりです。そっとしてください」
明日香がつついた。
「誰か大切な人を守りたい、っていうのも違いそうですよねぇ」
「軽い性格に軽い生き方がモットーです。いい加減やめてください」
黒龍がつついた。
「では、私利私欲か?」
「ささやかな幸せさえあれば満足する人間です。ほんとそろそろ勘弁してもらえませんか」
アルコリアがつついた。
「じゃあ、なにかはずかしいことー?」
詰まった。核心だった。
「先生カッコつけだからさ」
詰まった魔術師の代弁。バカやめろよせ、らしくもなく声を荒げる魔術師を無視して助手は言ってのけた。
「魔精を救う、なんて、素直に言うのが恥ずかしいんだってさ」
盛大な舌打ち。天を仰いで、がっくりと肩を落とした。図星のようだった。
「え、なにそれ」
小夜子が意外そうに目を瞬いた。
魔術師はこの世の終わりのような長いため息をついて、
「……あーほら、魔精の声ですよ、あれ。あなたたちはそれを聞いてここにいる」
頷く。
「僕もそれを聞いてここにいる」
魔術師は微笑んで言った。
「これでも善人のつもりですから」
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