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願いの魔精

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願いの魔精

リアクション

 パチリパチリと、唐突に場違いな拍手の音が響いた。全員の目が一斉に向く。
「いやあ、素晴らしい。素晴らしい茶番です。思わず幕を待たずして拍手をしてしまいました」
 手を打ち鳴らせながら、ゆっくりと歩くは両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)の姿。その隣で白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)がケッと吐き捨てる。
「よくもまぁこれだけ善人気取りどもが集まったもんだぜ」
 穏やかとは言い難い物言いに、契約者たちの警戒心がかき立てられる。ことに、竜造の様子たるや、今にも手にした獲物を振り回し踊りかからんとしそうなほど殺気立っているのだから、これからなにかが起こるに決まっていた。
「そう構えないでください。私たちにも少し思うところがあるというだけですよ」
「構えるな、だって? 面白い冗談を言いますね」
 竜造や悪路を以前から知る者も少なくはない。そのうちの一人であるリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)はすでに剣を抜いている。しかし、違和感を憶える。確かに竜造は強者と戦うことを望み、そのためには手段も選ばない。が、多数の契約者たちがいるこの場に、たった二人で乗り込むほど後先を考えないわけではない。それに、悪路である。彼のパートナーの姿が見えない。
 悪路は涼しい顔で言葉を紡いだ。
「面白いですか。人の姿をしながら人並みの自律もできない、人のまがい物を憐れむあなたたちには負けますよ」
 まったくだ、と竜造が続ける。
「役立たずの道具なんてのは、さっさと処分するに越したことはねぇってのにな」
 場が色めき立った。武闘派はもう二人を叩きのめすことしか考えていなかったし、そうでない者も、もはや非難する声を上げるという程度ですまそうとは考えていなかった。
 そして、行き着くところまで行ったことを確認した悪路は笑った。
「こんなところでしょう」
 合図だった。
 視界いっぱいに、うんざりするほどの煙が広がった。あっさりと悪路と竜造の姿を覆い隠し、煙を吹き飛ばそうとする契約者たちが手足に僅かなしびれを感じて動きを鈍らせる。その隙をついたのが三道 六黒(みどう・むくろ)だった。
 六黒の梟雄剣ヴァルザドーンが振られる。渾身の力で繰り出された一撃は、完全に不意をつかれた契約者たちの体を吹き飛ばすに十分なものだった。
「奇襲とは、セコい真似を!」
 六黒の大剣を受け止めたのは、リュースが両の手で構える黒曜石の覇剣だった。小さな刀身の破片が宙を舞った。
「戦に姑息も卑怯もあるまい。一纏めに全て戦法よ」
 竜造と悪路の挑発じみた物言いに視線を集めて、身を潜めた竜造のパートナー松岡 徹雄(まつおか・てつお)が煙幕ファンデーションとしびれ粉を放って動きを鈍らせる。タネを明かせば単純な手ではあるが、感情をつついたことが功を奏したと言えるだろう。
 そのまま何度か剣を打ち合わせ、鈍い音を響かせる。
「目的は、魔精ですか?」
 然り、と六黒が答えた。
「魔精の力はわしにこそ相応しい。何を思う間もなく、わしが有効活用してくれる」
「自分の欲望のために、ですか」
「知れたこと。だが、おぬしらにそれを非難はできまい。偽善で救おうなどと考えているのだからな」
 何度目からの打ち合い、埒が明かぬと悟った両者は飛びすさって仕切り直す。
「偽善? 偽善で結構、オレは心の友であるヴィーの思いを信じていますから」
 ヴィナが少女を救うことを望んでいる、リュースにとってそれこそが行動理念であり、揺るぎないものだった。

 結城 奈津(ゆうき・なつ)が放ったバイタルオーラを、竜造は身をよじって回避し、頬も裂けよとばかりに笑みを浮かべた。その笑みに危険を憶えた奈津は、思考を挟まずバックステップ。不安定な姿勢ながら、金剛力によって取り回される竜造の梟雄剣ヴァルザドーンが、つい一瞬前まで奈津の体があった空間を通過していった。
 奈津は歯噛みした。余裕ありげな竜造に対して、こちらは冷や汗をかいている始末だ。思った以上に実力差のある相手だと分かる。それでも。
 汗を拭い、奈津はファイティングポーズをとった。
「あたしはプロレスラーだ。目の前で女の子に危害が加えられそうになってるのを、放っておけるもんか! プロレスラーはヒーローなんだからな!」
 奈津のパートナー、あえて今回は手助けせず、奈津を見届ける姿勢を崩さないミスター バロン(みすたー・ばろん)が頷いた。
「奈津、貴様の言っていることは自分を守るための詭弁であり偽善だ。俺にはそれに手を貸すことはできん。このリングにはお前一人で上がれ。だが、邪魔立てもせん。俺は貴様の戦いの結末を見届けよう」
「おう!」

「私の、貴重な客人として君を招待しよう! そう、モルモットという名の客人として!」
 ゼブル・ナウレィージ(ぜぶる・なうれぃーじ)は哄笑を上げて少女へと狙いを定める。その哄笑にクスクスという笑いが重なった。
「ねぇ、壊していいかしら、おじさん」
 ゼブルに立ちふさがったのはハツネとパートナー二人。
「さあ、早く彼女を避難させるのじゃ」
 保名が肩越しに振り返って、少女をかばう霜月とクコに声をかけた。
「すみません、この場は任せます」
 二人が少女の手を引いてこの場を離れるのを見届けて、改めてゼブルに向き直る。そのゼブルの背からアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)がおずおずと顔を覗かせた。
「トモちゃん……願いでもなんでもトモちゃんに会えるなら……」
 頼りなかった顔が引き締まる。目前の相手を睨みつける。
「保名様の望みのために、させません……!」
 葛葉もまた睨みをきかせ、両者が激突する。